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18歳より先の未来
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なぜか帰りは、騎士団とは別行動となり、ディオ様とベルクール公爵家に寄ることになった。
もしかしたら、心配したミルフェルト様がまだ扉を出したまま待っていてくれるのでは、という予感もしたのでありがたい。
でも、不法侵入したようなものだから少し気まずい。今のうちに謝っておこう。
「あの、ディオ様。ミルフェルト様に送ってもらったので、勝手にベルクール公爵家の図書室に無許可で入ってしまいました。申し訳ありません」
「我がベルクール公爵家のものは、すべてあなたのものですから気にしないでください」
「――――すべて捧げるって、そういう意味ですか?!」
さすがにそれは重いです。ディオ様……。
ちらっと見るが、やはりディオ様はいつものように穏やかに微笑んでいた。
「とにかく、我が家に寄って行ってください。その姿のままでは、さすがに騒ぎが大きくなりそうです」
「たしかに、聖女がこんな格好で紛れているとかちょっと問題ですよね。それに、汚いしイメージダウンです」
「逆ですよ。そんな姿で凱旋したら、騎士たちに寄り添うけなげな聖女像が民衆にますます広がってしまうじゃないですか」
「……え?」
なんだか、ディオ様が私に対してなんらかの幻想を持っていることはわかっていたが、さすがにそれはないのでは。
しかし、そんなことを思ってコテンと首を傾げた私を見て、ディオ様は少し首を振った。
「いいんです。あなたは、そのままでいてください。俺とフリード、ライアス殿下が手をまわしますから」
なんだか、私の知らないところで裏から手をまわしているらしき発言をするディオ様。
どうもそれには、兄やライアス様も絡んでいるようだ。
どれだけ迷惑を裏でもかけていたのかと思うと、申し訳なさでどこかに閉じこもりたくなる。
「さ、我がベルクール公爵家へようこそいらっしゃいました。以前、聖女になったばかりの頃に遠征で寄っていただいた以来かな?」
あの時は、まだ聖女としては未熟だったけれど、遠征にお供したのだった。
騎士たちと話すのもひどく緊張するなかで、必死に回復魔法を使い続け、ディオ様の傷を最後に治した時に魔力切れを起こして倒れてしまったのだ。
「あの時は、無事に討伐成功した直後、リアナが倒れてしまったから大騒ぎだったね」
「その節はご迷惑をおかけしました」
エスコートの手を差し出しながらディオ様が私の事を、じっと見つめる。
「……その前から、リアナの事をいつも目で追ってしまっていたけれど、あの時自覚したんだ」
「なにをですか?」
その言葉を聞いたディオ様は、少しだけ遠くを見た後に、私の瞳をのぞき込んだ。
つい聞いてしまってから、これ聞かない方が良いやつなのではないかという予感がした。いつも、考えなしにしゃべってしまうところを本当に何とかしたい。
「リアナへの気持ちを……。18歳で死ぬことがわかっていたから伝えるつもりはなかったけれど」
俯いたディオ様は、少しだけ目線を落とす。
「覚悟していたのに、聖女としてすぐに危険に飛び込むあなたを守り続けることができない。それから過ごす毎日は、それだけが心残りで」
ディオ様は、ずっと私のことを守っていてくれた。
遠征にいるときも気にかけてくれて、緊張で誰とも話せない私に声をかけてくれた。
魔獣からも必ず守ってくれたし、エスコートしてくれる人のいない夜会でも、必ず傍にいてくれた。
「ディオ様がそれだけの気持ちで守っていてくれていたのに、私はなにも返せていないです」
「何度も助けてくれた。俺に最後まで生きるための意味をくれた。それで充分お釣りがきますよ。だから今度は俺の番だから」
ディオ様が私を救うために危険な目に合うとか、望まない。
ディオ様を助けて倒れてしまったのだって、ディオ様がほかの人が全員治ってからでなければ、治癒魔法を受けるのをかたくなに拒んでいたからで。
少し意地になってしまった結果なのだ。
自分の事よりも、いつもほかの人を優先してしまうディオ様を本当に尊敬している。
私の理想を私の目の前で実行してしまうディオ様が。
(そんなディオ様が思っているような……私は残念ながらそんな人間ではない)
ディオ様が理想とする私になりたい。
ディオ様にだけは幻滅されたくない。
そんなことを、そっと私は願い、そして決意した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ベルクール公爵家では、ディオ様のお母様はが自ら迎えてくれた。ベルクール公爵は、執務のため王都にいるらしい。
「初めまして。ディオの母、ソフィアです。聖女リアナ様。今まで表立ってお礼を言うこともできずに申し訳ありません。……息子を救っていただいてありがとうございます」
「ベルクール公爵夫人……もったいないお言葉です」
ベルクール公爵夫人は、ディオ様によく似ていて美しい方だった。
何よりもつややかな黒髪と、黒曜石のような美しい瞳が目を引く。
ベルクール公爵夫人は少し遠い、東の国の姫君らしい。東の国と王国との国交と和睦のために嫁いできたそうだ。
黒い髪、黒い瞳はこの辺りでは珍しいが、ディオ様はベルクール公爵夫人からその色を引き継いだ。
(いつか行ってみたいな……)
ピンクやブルー。この世界の色合いは美しいけれど。
それでももう戻ることのできない故郷を思うと無性に懐かしくなって泣きたくなる気持ちは、いつもディオ様を見るたびに静まっていた。
黒い髪と瞳の人が多く住むという東の国へいつか行ってみたい。
それは、18歳より先の夢を考えることが少なかった私にとって、大切な夢の一つになった。
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