夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら

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第2章

国宝クラスの茶器

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 * * *

 無事にお茶会を終えた翌日。
 アシェル様は今日もお休みを取っていた。

 宰相のお仕事が忙しすぎたため領地関連のお仕事が山積みになってしまったらしい。

 その合間を縫って、初めてとも言うべき夫婦二人だけのお茶会を開催している。

(気合いを入れてベリーパイを焼いたけれど、気に入っていただけたかしら?)

 フォルス辺境伯領は緑豊かな美しい領地だけれど、その一方で王都のようにオシャレな菓子店などない。

 だから、お客様へのお菓子は料理長と私が協力して作っていた。

「いつもの料理長の菓子と違うな……」
「えっ、ええ……」

 私が作りましたと言えばアシェル様は手放しで褒めてくるに違いない。
 でも、私が聞きたいのは嘘偽りのない感想だ。

「甘さ控えめでうまいな」
「そうですか!」
「そういえば、先日カイン・フォルス辺境伯にお会いしたとき、妹の作るパイの自慢を延々とされたな」

 相変わらず、カインお兄様の妹贔屓はすごい。

「……それは、兄が申し訳なく。それにしても、せっかく王都にいらしていたなら顔を出してくだされば良いものを」
「いや、陛下から緊急の呼び出しでな。君に会えないことを嘆きながらもトンボ返りだ。そして俺も君の淹れる紅茶は最高に香りが良いと返しておいた」
「……どこでその話を」

 トンボ返りだったというなら、王城で会話したに違いない。

(まさか陛下の御前――あり得ないわね)

「陛下がうらやましがっておられたので、二人で自慢しておいた」
「な、ななな」

 私の田舎パイや私が淹れたごく平凡な紅茶を陛下に自慢するなんて……我が夫と兄ながらめまいがしてしまう。

 そこで、アシェル様の紅茶がもうすぐ空になることに気がつく。

「おかわりいかがですか?」
「ああ、いただこう」
「それにしても、二人のお茶会に国宝クラスの茶器を使うなんて、贅沢すぎませんか」
「普段から使って慣れれば良かろう」
「でも、割ってしまったら」

 ボソリとつぶやいた瞬間、アシェル様が真顔になった。

「それはいけないな」

 それはそうだろう、国宝クラスの茶器を使わせていただいているのだ。

 壊してしまわないように細心の注意を払うべきだし、こうして和やかな雰囲気の中で最高級の茶器を使うのもベルアメール伯爵夫人としてふさわしい振る舞いを身につけるための訓練だったのだ。

 自分の考えの浅はかさを密かに恥じていると、アシェル様がポットを自分のほうに引き寄せた。

「もし茶器が割れて、君の柔らかい指先が傷ついてはいけない」
「……」
「これから先、二人きりのときに君が飲む紅茶は全て俺が淹れることにしよう」
「……!?」

 アシェル様のことを尊敬だけしていたいけれど、それと同時に私に向けられる重すぎる愛に気がつきつつあるから……。

「問題ありません。割ったりしませんので」

 私はニッコリ微笑んで、茶器を再び自分の手元に引き寄せたのだった。
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