そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら

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望まれない結婚ではないのですか。旦那様?

第十一話 旦那様が出かけたので。

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「いってきます」

「いってらっしゃい」

 ただそれだけの会話は、キースと別れてから、私が渇望していた言葉だった。
 幼馴染と、毎日繰り返していた。もちろん、ずっとそれが続くと信じていた。
 ごく普通の挨拶、ごく普通の日常。

 そして、リーフェン公爵が出かけると、急に室内がひどく広くなった。
 それに、朝からなんだかとっても疲れた。

 私は、一息つくと夫婦の部屋から勇気を出して、外に出てみる。

 王宮にいた時は、どこで魔力を持った人と出会ってしまうかわからなかったから、怖くて部屋の外に出ることもできなかった。

 でも、ここは違う。リーフェン公爵が私のために用意してくれた、自由に過ごすことができる空間だ。幸せだ。

 ドアの外には、ミスミ騎士長が控えていた。

「おはよう。ミスミ騎士長。リーフェン公爵と一緒に行かなかったの?」

「おはようございます奥様。ええ……。ここで、奥様をお守りするように仰せつかっております」

「見張っておけって?」

「――――っ。違います。奥様は何か勘違いされているようです」

「ごめんなさい。意地悪な言い方をしたわ」

 実際に、私のことを見張っているように命令されていたとしても、それを表に出すことなどできるはずがないのに。今のは質問を間違えた。

「……庭に出ても、いいのかしら?」

 恐る恐る私は伺いを立ててみる。部屋にいるように言われたら残念だけれど、それも仕方ないと思いながら。

「もちろん! もちろんです奥様! この屋敷すべては奥様の自由にするようにと我が主は言っておられました」

 なぜかミスミ騎士長は、力を込めてもちろんと言った。
 それを聞いた私は、スキップする勢いで外に出る。ミスミ騎士長が苦笑していた気がしたけれど気にしない。

「わあっ! 広いしとてもきれいに整えられているのね!」

「――――奥様のために、用意された庭です。もともと、ここはとても殺風景な場所でしたから」

「そう……」

 たぶん、魔眼の姫を妻に迎えるにあたって、外に出ることが叶わない姫のためにリーフェン公爵が用意したのだろう。幼馴染はそんな心配りをいつも周囲にしている人だった。

 ――――まあ、まさか私が嫁に来るなんて思ってもいなかったのだろうけど。

 もしも、本当にただ魔眼を持っているだけの姫だったなら。足かせにはなるとしても、意外にうまく暮らしていけたのかもしれない。だって、ここは王城よりもずっと穏やかで素敵な場所だから。

「ここで、お茶を楽しんだりもできるのかしら?」

「用意させましょうか」

「ええ、旦那様がお休みの日にね」

「――――今のところ、我が主に休みはないかもしれません」

 ――――そんなに忙しいの?!

 たしかに、一般的には新婚から一週間くらいは休暇がもらえるはずなのに、今日も出仕したリーフェン公爵。私を避けているというのならわかるけれど、朝からの様子ではそういうわけではないみたいだ。

「……体を壊してしまいます」

「たぶん、止められるのは奥様だけですよ」

「そうかしら?」

 私に、そんなことを言える権利があるとは思えない。
 それでも、今度もう少し休むようにお願いしてみようと私は思う。
 幼馴染だったころから、真面目すぎるところがあった。今もたぶんそれは変わらないのだろうから。時々誰かが止めてあげる必要があるのかもしれない。

「ええ、あんなに幸せそうな顔、初めて見ましたから。これまでは、仕事で自分を追い込むことで精神の均衡を保っているようなところがありましたからね……。なぜかはわかりませんが」

 私が原因なのだろうかと思うのは、自意識過剰だろうか。
 でも、たぶん原因の一つなのは間違いない。
 罪悪感のあまり、胸が押し潰されそうになる。

「……じゃあ、今度休みの日にここで一緒にティーパーティーがしたいってお願いしてみるわ」

「そうですね。それはとても良い案に思えます」

「そうと決まったら、お花のお世話をするわ!この花壇、まだ何も植えていないものね!」

「――――え?」

 早速、私は花壇にどんな色の花を植えるか計画を立て始める。スコップや、庭いじり用の手袋、帽子もかぶって……。庭師にいろいろ教えてもらうこともできるかしら?

「変わったお姫様だ……」

 ミスミ騎士長が、少しあきれたように、それでもとても興味深そうにつぶやいた声は、風に流れて消えていった。
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