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旦那様には理由があったのかもしれません 1
しおりを挟む「さて、そろそろ終業にするか。送っていこう」
この3年間、私はいつも一人でフリーディル侯爵家に帰っていた。
ウェルズ様は心配していたけれど、人妻の私がマークナル殿下に送ってもらったなら、面白おかしく噂する人もいるに違いない。今までは頑なに断っていた。
「……あの」
「断るのはよしてくれ。ウェルズに頼まれていることもあるが、何かがあってからでは遅い」
そういえば、ウェルズ様も私のことを『守る』と口にしていた。それに、マークナル様が私を『守ってくれていた』とも。
「そうですね。お言葉に甘えます」
マークナル殿下は真剣な表情だ。
目と鼻の先程度の距離だが送ってもらうことにする。
「それでは、お願いいたします」
「ああ、馬車を用意しよう」
マークナル殿下がエスコートの手を差し出してくれた。家に帰るだけなのに大事になってしまったようだ。
(でも、二人きりの今なら聞けるわね……)
マークナル殿下も私が質問したいことがあると気がついているのだろう。
黙ったまま、私をじっと見つめている。
「……マークナル殿下。ウェルズ様が帰ってこられた日『無理矢理間に合わせた』と仰っていましたよね。もちろん和平が結ばれるのが早いほうが良いでしょうが、期日が決まっていたように思えたのですが……」
ずっと気になっていた。ウェルズ様の様子を見る限り、私のことを放置したかったわけではないようだ。そこには理由があったように思える。
それに、使用人たちに私が意地悪されていたことについても、マークナル殿下に物申したい様子だった。
今しか聞けない、そんな気がしてまっすぐにマークナル殿下を見つめる。
「……そうだね。俺は答えを知っている。だが、事実はウェルズの口から聞いた方が良いだろう」
「……わかりました。この件についてはウェルズ様に直接聞くことにします」
「ああ。ところで、もしまだカティリアが3週間後に白い結婚を宣言する気持ちでいるのなら」
「マークナル殿下?」
「その先に、少しだけ俺のことを考えてほしい」
驚きすぎて、即座にはマークナル殿下が言ったことを理解できなかった。
けれど、マークナル殿下の紫色の瞳は真摯に私のことを見つめている。
「……それは」
パクパクと陸に上がった魚みたいに浅い呼吸を繰り返す。
3年間、誰よりも近くにいて私を助けてくれたマークナル殿下。
(――でも、私が隣にいたい人は)
考えないようにしていたはずなのに、あまりにも答えは明らかだった。
そのとき、馬車がガタンと音を立てて止まった。
王宮からすぐ近くの距離にあるフリーディル侯爵家。
「もう着いてしまったか……。その表情からして、良い返事はもらえそうにないな」
「……あの」
「困らせるつもりじゃなかった。確かにこの3年、あれだけ君が俺を頼るように仕向けたのに、君は変わらなかったものな……。それに、あいつは宣言通り3年以内に君の元に帰ってきた」
そのあと、どうやって自分の部屋に戻ってきたのかわからない。
けれど、私は一つの決意をしていた。
(私に興味がないから3年間放置していたという答えでも構わない。ちゃんと、理由を聞かないと前に進めない……)
けれど、ウェルズ様は夕食の時間になっても、真夜中になっても帰ってこなかった。
待てど暮らせど帰ってこないなんて、少し前なら当然だと思っただろう。
(……けれどこの1週間、ウェルズ様はいつもそばにいたから)
夜には入ったことがない夫婦の部屋。
それでも、3年間、毎日、毎日、ウェルズ様が帰ってくる日を夢見て掃除も換気も欠かしたことがなかった。
(それが私の答えだったのね)
真夜中になりようやく上ってきた月は左側だけが輝いている。ほのかに輝く月を見上げる。
考えてしまうのは彼のことばかりだ。
「――――ウェルズ様」
「カティリア?」
無意識につぶやいてしまったその名に返事がくるなんて思ってもいなかった私は肩を揺らす。
もし名を呼んで返事をしてもらえたならと、何度思ったことか。
振り返れば、緑がかった青い瞳が暗闇の中にもかかわらず美しく輝いていた。
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