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第1章

筆頭魔術師様が海の底まで追いかけてきました。 2

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 尾ひれをひらひら揺らしながら、海の中を逃げ回る。
 気に入らないことに、筆頭魔術師クラウス様は、地上のように歩いて追いかけてくる。
 前世の記憶と相まって、ここが海の中だってこと、思わず忘れてしまいそうだ。

 その上、癪なことに、クラウス様は、お姉様を早々に懐柔してしまった。
 甘いマスクと、豊富な魔力量。
 一般的には、魔力量の多さが、人魚にとって、異性の魅力の尺度だ。

 転生者の私にとっては、それは重要な基準ではないけれど。

「――――だって、王子様ではないのだから、いいじゃない? レイラは、声を失っていないし、まだ人魚のままだわ」
「でも、魔法使いだよ? 悪い魔法使いかもしれないよ?」
「え? 魔術師と魔法使いは、違うわ」
「え? どこらへんが?!」

 私とお姉様の認識には、大きな隔たりがあるようだ。世間知らずというだけではなく、この世界の常識というものに、私は疎い。

「――――魔法使いと魔術師は、魔法を使うのは同じでも、その使い方が違うのだもの」
「そういうもの?」
「子どもでも知っている常識だわ」

 自然とその辺りは、大人になる過程で理解していくことらしい。
 おかしい、転生チートが仕事をしていない。

「……そう。魔法使いなんかと一緒にしてもらっては困る」

 深紅の瞳を、不機嫌そうに細めて、クラウス様が急に会話に加わって来た。心臓に悪いことこの上ない。

「クラウス様。では、魔術の力で、クラウス様は深海まで来たのですか?」
「空間魔術の一種だな。俺の周囲だけ、圧力と空気を維持するようにしている。……人魚は、当たり前のように使っている魔法を学問で再現したものだ」
「人魚の魔法?」
「そう、人間には、代償なしに使うことが出来ない魔法を、人魚は息をするように使うことが出来る」

 少しだけ、クラウス様の瞳に不穏な光が宿った気がして、思わず視線を逸らしてしまった。
 なぜなのだろう。クラウス様は、魔法が嫌いなのだろうか?

 そんなことを思っていた私の髪が、一房掬い取られる。桜貝のような淡いピンクの髪。

「……地上にはない、美しい髪の色だ」
「そうなのですか?」

 クラウス様の海の泡のような銀の髪、そして真紅の瞳。ファンタジーを感じていたけれど、この世界の人たちがみんな色とりどりというわけではないようだ。

「あっ!」

 少しだけ眉根を寄せたクラウス様が、私の髪に口付けた。この人やっぱり、王子様なのではなかろうか?

「……レイラ姫」
「姫はいらないです」

 悲劇の人魚姫みたいで嫌だから。

「……レイラ」
「いきなり、呼び捨てですか? クラウス様」
「ならば、俺のことも、クラウスと」
「はぁ。ご遠慮いたします」
「そうか。残念だ、レイラ」

 その言葉を告げた途端、クラウス様が、眉根を寄せたまま笑うから、思わず心臓がゴトッと音を立てた気がした。
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