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第1章
筆頭魔術師様が海の底まで追いかけてきました。 4
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次の日、私の前に姿を現したクラウス様は、いつもよりも格式が高い印象の服を着ていた。
マントが、魔法と海水の合間で、フワリと揺らぐのは、どこか幻想的だ。
黒い軍服に、真紅の瞳とお揃いの赤いマント。
剣の代わりに、腰に挿されているのは、銀色の石が嵌め込まれた、短めの杖だ。
……いつも口の端を歪めて微笑んでいるような、少し軽薄にも見える表情は、今日は見受けられない。
その姿と表情から、私は察してしまう。クラウス様は、地上に帰るのだと。
「……クラウス様、お元気で」
「……レイラ?」
「また来ても、いいですよ」
「少し用事を済ませてくるだけだ。残念ながら、呼び出しがかかってしまったからな」
その呼び出しが、緊急のものだということは、私にだってわかる。
だって、一昨日クラウス様は「そろそろ、お仕事に戻らなくていいんですか?」と睨んだ私に、「筆頭魔術師ともなると、有事の際以外は暇なんだ」って、苦笑しながら言っていたもの。
「っ……クラウス様! 危険なのですか?」
ドレスの裾をギュッと掴んで、質問する。なぜかわからないのに、泣きそう。
涙なんて見せたくないから、下を向いている私には、その時のクラウス様がどんな顔をしていたのか見えなかった。
クラウス様は、返事の代わりとでもいうように、私の頭にキスをした。
「三日で、片づけてくるから。そうだな、次来る時は、土産を買ってこよう。宝石でもドレスでも」
「……お肉。お肉食べたいです」
その沈黙は、たぶん忘れられない。
ロマンチックなおねだりじゃなくてごめんなさい。でも、地上のお土産……。とっさに、お肉が浮かんでしまったのだもの。
「ふはっ。可愛いな、レイラは。……そうだな。ドラゴンの肉なんてどうだ?」
「定番……。いいえっ、食べられるのですか?」
「絶品だ」
ふんわりと、優しく抱きしめられる。
「……レイラ。次は、レイラの気持ちを聞かせてくれるか?」
その少し掠れたような、低い声が、好みすぎてクラクラする。そう、クラウス様は、見た目が良いのはもちろん、声がとても素敵なのだ。
人魚は歌を愛している。つまり、声フェチが多いのだ。
「……クラウス様」
「おとぎ話の結末から、俺が守るから」
その言葉をもらった瞬間、いつも不安だった心の中のモヤモヤが綺麗になくなってしまう。
代わりに、生まれ出ずるのは、新しい暗雲。
私ではなくて、クラウス様が、泡になってしまうのではないかという、得体の知れない不安。
クラウス様が、片耳につけていたピアスが鈍く赤く点滅する。
「……時間切れか」
「クラウス様?」
「また、あとで」
次の瞬間、私の目の前から、クラウス様は消えてしまった。それは、たぶん空間魔術の一種なのだろう。
……この時の私は、クラウス様が、ある意味本当に命をかけて会いに来てくれていたなんて、知らなかった。
だって、当たり前のように過ごして、笑っていたから。
海の底で、普通の人間は過ごすなんて、できないってこと、前世の経験で知っていたのに。人間と人魚は、違うことも、わかっていたつもりだったのに。
魔術を行使し続ければ、魔力は減っていく。あとから理解した時、私はようやく自分の気持ちと向き合うのだ。
そして、その日から三日経っても、クラウス様は、帰ってこなかった。
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