溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら

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第1章

筆頭魔術師様が海の底まで追いかけてきました。 4

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 * * *


 次の日、私の前に姿を現したクラウス様は、いつもよりも格式が高い印象の服を着ていた。
 マントが、魔法と海水の合間で、フワリと揺らぐのは、どこか幻想的だ。

 黒い軍服に、真紅の瞳とお揃いの赤いマント。
 剣の代わりに、腰に挿されているのは、銀色の石が嵌め込まれた、短めの杖だ。

 ……いつも口の端を歪めて微笑んでいるような、少し軽薄にも見える表情は、今日は見受けられない。

 その姿と表情から、私は察してしまう。クラウス様は、地上に帰るのだと。

「……クラウス様、お元気で」
「……レイラ?」
「また来ても、いいですよ」
「少し用事を済ませてくるだけだ。残念ながら、呼び出しがかかってしまったからな」

 その呼び出しが、緊急のものだということは、私にだってわかる。

 だって、一昨日クラウス様は「そろそろ、お仕事に戻らなくていいんですか?」と睨んだ私に、「筆頭魔術師ともなると、有事の際以外は暇なんだ」って、苦笑しながら言っていたもの。

「っ……クラウス様! 危険なのですか?」

 ドレスの裾をギュッと掴んで、質問する。なぜかわからないのに、泣きそう。
 涙なんて見せたくないから、下を向いている私には、その時のクラウス様がどんな顔をしていたのか見えなかった。

 クラウス様は、返事の代わりとでもいうように、私の頭にキスをした。

「三日で、片づけてくるから。そうだな、次来る時は、土産を買ってこよう。宝石でもドレスでも」
「……お肉。お肉食べたいです」

 その沈黙は、たぶん忘れられない。
 ロマンチックなおねだりじゃなくてごめんなさい。でも、地上のお土産……。とっさに、お肉が浮かんでしまったのだもの。

「ふはっ。可愛いな、レイラは。……そうだな。ドラゴンの肉なんてどうだ?」
「定番……。いいえっ、食べられるのですか?」
「絶品だ」

 ふんわりと、優しく抱きしめられる。

「……レイラ。次は、レイラの気持ちを聞かせてくれるか?」

 その少し掠れたような、低い声が、好みすぎてクラクラする。そう、クラウス様は、見た目が良いのはもちろん、声がとても素敵なのだ。

 人魚は歌を愛している。つまり、声フェチが多いのだ。

「……クラウス様」
「おとぎ話の結末から、俺が守るから」

 その言葉をもらった瞬間、いつも不安だった心の中のモヤモヤが綺麗になくなってしまう。

 代わりに、生まれ出ずるのは、新しい暗雲。

 私ではなくて、クラウス様が、泡になってしまうのではないかという、得体の知れない不安。

 クラウス様が、片耳につけていたピアスが鈍く赤く点滅する。

「……時間切れか」
「クラウス様?」
「また、あとで」

 次の瞬間、私の目の前から、クラウス様は消えてしまった。それは、たぶん空間魔術の一種なのだろう。

 ……この時の私は、クラウス様が、ある意味本当に命をかけて会いに来てくれていたなんて、知らなかった。
 だって、当たり前のように過ごして、笑っていたから。

 海の底で、普通の人間は過ごすなんて、できないってこと、前世の経験で知っていたのに。人間と人魚は、違うことも、わかっていたつもりだったのに。

 魔術を行使し続ければ、魔力は減っていく。あとから理解した時、私はようやく自分の気持ちと向き合うのだ。

 そして、その日から三日経っても、クラウス様は、帰ってこなかった。
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