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第3章
舞踏会と尾ひれ 2
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宮殿に着くと、正門の前で降ろされた。
招待状を見せると、なぜか正門を守っていた騎士が、目を見開いた後に深くお辞儀をする。
「……なぜ? みんなにこんな、礼儀正しいの?」
「いいえ。だって、その招待状、第三王子殿下の直筆じゃないですか」
「……普通は違うの」
「そんなに暇ではないでしょう。王族は」
それもそうか。酒池肉林を楽しんでいるなんて、そんなことはないだろう。だって、この世界には魔物がいる。
平和を守るのも容易ではないに違いない。
そんなことを考えていると、ギュッと私をエスコートしている手が、私の手を握った。
不審に思って顔を上げれば、目の前には淡い金の髪と青い瞳の王子様がいる。
先日お会いした時よりも、煌びやかだ。
濃紺の礼服に、金の飾り紐。それは、騎士服のデザインと揃えてあつらえられている。
けれど、白いマント、その高貴さは、周囲と一線を画している。
「お迎えにあがりました。姫」
「ルクス・ミディアム第三王子殿下、自らお出迎えなんて、恐縮いたします」
「無理に誘って悪かった。そんな顔しないでほしいな」
ルクス殿下の笑顔は、素晴らしく輝いている。けれど、どこか本心を隠しているように感じる。
けれど、それよりも、なによりも、問題は後ろに控える、少し背の低い騎士様だ。
認識阻害。
周囲にはどう見えているのだろう。
高度な魔法が発動しているのはたしかだ。
隣のストラト卿ですら、特に違和感を感じていないらしい。
たぶん、人魚にしかわからない類のこれは、魔術ではない。これが魔法。
やっと、人魚は生まれながらに、魔術と魔法の違いを理解するという意味がわかった。
目の前にいる騎士様。あんなに探していた人が、真後ろに控えていると気がついたら、ルクス殿下は、どんな顔をするのだろうか。
「ああ、エスコートを他の人間にさせるなんて、無粋なことをしてすまなかった。…………どうしても、クラウスの力が必要でね」
ようやく、私のそばに帰ってきたクラウス様。
ルクス殿下の隣に並んでも、遜色ないほどの高貴さだ。
後ろに佇む騎士の視線が気になるけれど、それでも会えたことが嬉しいという気持ちは偽れない。
その伸ばしたクラウス様の手に、そっと私は手を重ねる。
「ナティア殿が、迎えにきたか」
「え? わかるのですか?」
「…………これでも、この王国の筆頭魔術師だからな」
なんとなく、溺れかけていたり、血だらけになっていたり、魔力枯渇に苦しんでいる姿ばかり見ているせいで、クラウス様が最高位の魔術師という実感が持てない。
でも、周囲の誰も気がつかない、お姉様の魔法に、すぐに気がついた。
「ふ。今宵、レイラ姫をエスコートする栄誉を俺に下さいませんか?」
「え? は、はい」
クラウス様が、私に甘くて全身が沸騰しそうになるような煌めく笑顔を向けた。
そのことが嬉しくて、なぜか切なくて、それでも私は笑顔を返す。
うまく笑えているだろうか。
「それから」
そして響くのは、底冷えするようなルクス殿下の笑いを含ませたような声。
くるりと回った体。遅れてふんわりとその形を変える白いマント。
「捕まえた」
周囲がざわめく。
それはもちろん、王子様が、後ろに立っていて逃げそびれた騎士を急に抱きしめたからだ。
バキンッと派手な音を立てて、ルクス殿下のマントの留め具の宝石が割れる。
マントは一度だけふわりと広がると、地面へと落ちていく。
「……なにそれ。いくら、大きな魔石を媒体にしたからって、人魚の魔法を解くなんて。命でも、かけたの」
震えながら吐き出された声は、やはりお姉様の声だ。
「ふふ。願いの対価に王位継承権を放棄した」
正妃から生まれた第三王子は、王位継承権が高い。ましてや、豊富な魔力を持つという。
「ば、バカなの? そもそも、王位継承権をあなたが放棄したって、他の誰かがその責を」
「それでも、君が欲しかった」
私を迎えに来たせいで、お姉様は王子様に捕まってしまった。
声と命を差し出しても王子様からの愛が得られずに、泡になったという人魚姫。
それでは、人魚を愛してしまった王子様が捧げるのは?
もう一つの人魚姫の物語は、山場を迎える。
そして、人魚と筆頭魔術師の物語も。
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