4 / 19
4話.似たもの親子
しおりを挟む「では貴女を処分していいか、お父様に聞いてみましょうか。私は、お父様なら“そんなの勝手にしろ”って言うと思うけど。貴女の名前も、覚えてないんじゃない?」
「こっ……のガキ………!」
あらあら、猫さんがどこかに行ってしまったみたい。
マルテッロは我を忘れて私に飛びかかろうとした。コーラルは咄嗟に私を庇おうと抱きしめるが、そんな必要もない。
「きゃあ!」
ドサッ!
彼女は“偶然”濡れていた床で滑って、受け身も取れずに転んだ。
「うぅ……」
「人事権はコーラルにあるけど、コーラルはこの人をどうするの?」
私は彼の赤い目をじっと見つめた。コーラルは私の視線に応えたが、先にスッと目を逸らしたマルテッロを見やる。
「……メルクーリオ・マルテッロ。貴女には窃盗の容疑だけではなく、公爵家の後継者であるお嬢様明確にを害そうとしたので、地下牢に入って頂きます」
「そんな……」
その後、メルクーリオ・マルテッロの部屋からお母様のアクセサリーが見つかり、彼女は鞭打ちの後に実家の伯爵家へと送還された。
私が小細工をするまでもなく簡単に消えてしまったマルテッロに、私は安心した。
もし彼女が侍女としてもう少しまともだったら、私の
手で彼女の部屋にアクセサリーを隠し、犯人に仕立て上げなければならなかった。流石に罪のない人間を罪人に仕立て上げるのは私も良心が痛む。
せめて私に害を加えようとしなければ、公爵家から追い出されるだけで済んだかもしれないのに……まぁ、煽ったのは私だけれど。
彼女は今回の件で賠償金を背負い、実家からも追放されるか……追放されなくても、まともに嫁ぐことも出来ず社交界にも出入りできなくなるだろう。
このことがちゃんと社交界に伝わって、お父様に近づこうとしている女への、いい見せしめになるといいのだけれど。
5歳の身体では活動に限度があるけれど、だからこそ手段は選んでいられない。
今後もお父様の周りには目を光らせておかないと……。
私と、お父様の平穏のために。
------------
「旦那様、例の侍女の処理は終わりました。子爵家からは賠償金の支払いはありましたが、見放されて除名されたそうです」
「そうか」
コーラルがメルクーリオ・マルテッロについての報告をするが、ピラッタはいつも通り興味なさそうに書類を仕上げていく。
実際、本当に興味がないのだ。
彼女が盗みを働いていると聞いたときも「ダイアナのアクセサリー程度なら好きにさせればいい」と答えたほどだ。
愛する人の遺品であれ、彼には石ころ同然。
その異様な偏愛にコーラルはいつもゾッとさせられる。
「お嬢様の慧眼には驚きました。全て理解して、すぐに問題点を……」
「世辞はいい。あいつの行動は、全て報告書に書いておけ」
「……かしこまりました」
家令であるコーラルは、公爵家当主であるピラッタの命により家令として次期後継者であるサファイアを見定める役を担っていた。
サファイアの父であるピラッタは自身の手により領地の管理を行い、壊れかけた公爵家を立て直すため投資や商売、信用回復など大変忙しいためサファイアを見定めている暇はない。そうでなくても彼は他人に興味がなく、特に女と子供は忌避していた。それは自分の娘であろうが例外ではなく、彼がサファイアを私的に共にいるとこは誰も見たことがない。
けれど、“後継者に相応しい人間であるか”という点においてはピラッタは常にサファイアを気にしていた。後継者として相応しいか計りたい、けれど子供に近づきたくない。それを解決するために指名されたのが、家令であるコーラルだ。
そのため、毎日の行動を専属侍女と連携してチェックしていた。
コーラルはピラッタが当主になるよりも前の幼少のときからこの家で執事として働き、家令に上り詰めた。そのため、ピラッタのことも公爵家のこともよく知っている。
そんな彼は思う。
“お嬢様は旦那様にそっくりだ”、と。
コーラルは、サファイアが父へ向ける愛が普通ではないことに気づいていた。
あれはただ娘が父を無条件に愛する刷り込みのようなものではない。普段は冷静なのに自分の興味のある人間にだけ異様に入れ込み、どれだけ冷たくされても気にすることなくただ自分の愛を貫き執着する様。
それは、ダイアナを愛したときのピラッタにそっくりだった。
あの頃のピラッタのことを、コーラルは良く覚えている。
招待状などいつも捨ててしまうのに、あの頃はいつどのようにダイアナに会えるか分からないと全ての招待に応じ、社交界からと情報屋を使っての両方で彼女の身辺を徹底的に調べ上げていた。
それに、人の誕生日すら一度も祝ったことがないのに彼女との記念日をいくつも作り、毎日山のように贈り物をした。
口下手にも関わらず、歯の浮くようなセリフを書き綴った手紙を何通も手紙を出して、プロポーズのときには跪いて熱い愛の言葉まで贈った。
見返りなんてなかった。けれどそれでも、ピラッタはダイアナに押しつぶすほどの愛を与え続けた。まるで、ダイアナ自身の気持ちはいらないとばかりに。
コーラルはその時、冷徹だった主にもようやく春風が吹き、その高揚感に舞い上がっているのだと思い、温かい目で見守っていた。しかしどんどん破滅的な道を進むピラッタに恐怖を覚え、何度も「行き過ぎている」と進言した。
それでも彼が行動を改めることはなく、ダイアナの方から家を出ていったときはピラッタが何を仕出かすか、戦々恐々としていた。公爵家を捨てることも、心中することも、彼の異常性の前には否定できなかった。
けれどコーラルの不安を他所に、駆け落ちしたダイアナを追いかけ続けることはせず、彼女が死んだ後は昔から良く知るピラッタの姿に戻ってくれた。
女主人が亡くなっているのに不謹慎だが、そのことにどれだけ安堵したことか。
ひとつ誤算があったとすれば、忘れ形見のはずのサファイアにまで興味を持たなかったことか。
けれど彼女は概ね善良に育っていた。父親が会いに来なくても、真面目に勉学に取り組み、使用人にも丁寧に振る舞い、わがままも散財も好き嫌いも言わない。
善良で優秀な、賢い少女だと思っていた。
彼女の父親への異常な執着に気付くまでは。
どうして会う機会はほとんどないのに、こうも似てくるのか。親子の縁とはつくづく不思議なものである。
こんな嫌なところで似ないで欲しかった、とコーラルは内心辟易していた。
その上、あの、人を切り捨てることになんの躊躇いのない目。
自分に処遇を求めてきたときの、氷のような目は毎日飽きるほど見るピラッタの目にそっくりで思わず目を逸らしてしまった。
5歳にしてもうあんな目をするなんて……。
それと、マルテッロが倒れた時に滑った、衣装部屋に突然現れた不自然な水溜り。
あれは水魔法だ。しかも、無から水を生み出す高位魔法。あれについても調査しなければならない。
……もしかしたら、お嬢様は旦那様を超える当主になるかもしれない。
コーラルはそんなこと考えながら、無表情で書類を片付けていくピラッタに未来のサファイアの姿を重ねた。
1
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
スラム街の幼女、魔導書を拾う。
海夏世もみじ
ファンタジー
スラム街でたくましく生きている六歳の幼女エシラはある日、貴族のゴミ捨て場で一冊の本を拾う。その本は一人たりとも契約できた者はいない伝説の魔導書だったが、彼女はなぜか契約できてしまう。
それからというもの、様々なトラブルに巻き込まれいくうちにみるみる強くなり、スラム街から世界へと羽ばたいて行く。
これは、その魔導書で人々の忘れ物を取り戻してゆき、決して忘れない、忘れられない〝忘れじの魔女〟として生きるための物語。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
• 『社交界の華は、影に咲く毒。〜私を捨てた世界、すべてお返しいたします〜』
YOLCA(ヨルカ)
ファンタジー
「その黄金の瞳……なんて気持ち悪いの。我が家に化け物は必要ないわ」
名門伯爵家の娘として生まれたエレーナ。しかし、彼女に宿った未知の能力を恐れた継母イザベラは、実父の留守中を狙い、幼い彼女を雪の降る町に捨て去った。
死を覚悟した彼女を拾ったのは、帝国の裏社会を支配する「皇帝の弟」ヴィンセント公爵。
彼はエレーナの力を「至宝」と呼び、彼女を公爵家の実の娘として迎え入れた。
それから数年。
エレーナは、二人の過保護な兄と、五人の精鋭部下に囲まれ、美しくも最強の工作員へと成長していた。
すべてを暴く『黄金の瞳』、すべてを操る『魅了』、そして伝説の師匠たちから授かった至高の淑女教育を武器に。
一方、継母イザベラは父を捨て、さらなる権力を手に入れるため、悪名高い侯爵の妻として社交界の頂点に君臨していた。
「お久しぶりです、お母様。……化け物と呼ばれた私からの、お返しを受け取ってくださいね」
捨てられた少女による、優雅で残酷な復讐劇。
今、その幕が上がる。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
n番煎じの脇役令嬢になった件について
momo
ファンタジー
ある日、突然前世の記憶を思い出したレスティーナ。
前世、知識モンスターだった研究者の喪女であった事を思い出し、この世界が乙女ゲーム『光の聖女と聖なる騎士』だった事に驚く。
が、自分は悪役令嬢でも無く、ヒロインでもない成金のモブ令嬢だったと気付いて本編始まったら出歯亀しようと決意するのだった。
8歳で行われた祝福の儀で、レスティーナは女神イリスに出会う。女神の願いを叶える為に交換条件として2つの祝福を貰い乙女ゲーそっちのけで内政に励むのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる