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14話.はじめての外出
しおりを挟む晴れて正式にサトゥルノと婚約した訳だけれど、特段私の生活が大きく変わると言うことはない。
サトゥルノは普段は学院に通っていて、私は今まで通り家で勉強をするだけだ。ただ、二週間に一度顔合わせをするのが義務付けられた。
そして今日が記念すべき初デート記念日だ。
「こんにちは、サファイア嬢」
「こんにちは、婚約者様」
「……まぁいいか。今日は親交を深めるために観劇を予約したんだけど、どうかな?」
「私は行きたいところはないから好きにして。気に入らなければ帰るだけだし」
「はは、それは責任重大だな。精一杯エスコートさせていただくよ」
そう言ってサトゥルノは私の手を引く。が、身長差がありすぎてどう見ても婚約者同士と言うよりも、手を繋ぐ兄妹にしか見えない構図が出来上がった。
しかも歩幅も彼の一歩が私の二歩と、全く違うせいでどうしても歩調が合わない。
「歩き辛いならいっそのこと抱えようか?」
「嫌よお父様にも抱いてもらったことないのに」
「えっ、それは……悲しいな」
「変な慰めは要らないわよ」
殆どサトゥルノの手にぶら下りながら何とか馬車の前にたどり着くが、今度は馬車のステップは高すぎて足が届かない。
「……はぁ。ラピス、ちょっと抱えて、」
「失礼」
私がラピスを呼ぼうとした瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。驚き見上げると、サトゥルノの顔がすぐ近くにあって、自分が彼に抱えられていることに気づいた。
「ちょっと!さっき抱き上げないでって言ったじゃない!変態!」
「わっ!危ないから暴れるなよ!これは流石に不可抗力だろ!」
「貴方に抱えられなくてもラピスに抱えてもらったわよ!余計なことを……」
座席の上に下ろされた私は手でドレスを払った。まだ足と背中に不愉快な大きな手の感触が残っている。
馬車に乗り込みながらそれを見たサトゥルノは流石に機嫌悪く座席にドサッと腰を下ろした。
「はぁ………。はいはい、余計なことして悪かったよ。いつもこんな風に侍女に抱えて乗せてもらってるのか?」
「いつもも何も馬車に乗るのは初めてだから」
「えっ」
「そういえばそもそも外出自体が初めてね」
精霊のときは常に自然と一緒だったため外の世界が珍しいということはないが、私が死んでから500年経つので人間たちの暮らしがどう変わっているのかは気になる。
私は初めて乗る馬車が珍しくて、中を見回す。
馬車は思ったより狭くて、木の匂いがする。
「……」
しかし、そんな私とは対照的にサトゥルノは眉を顰め険しい顔をしている。特に深刻な風に言った覚えはないけれど、私たちの冷え切った親子関係が気になるらしい。
「公爵様とは遊びに行かないのか?」
「お父様は忙しいから」
お父様は忙しくなくても私と外出してくれるとは思えないけど、そんなことをサトゥルノに言っても仕方ないから私はそれだけ言って窓の外を眺めた。
馬車が動き出して座席がガタガタと揺れる。クッションのおかげで尻が痛くなることはないけれど、身体が軽いため高く弾むたびに大袈裟に宙に浮いてしまう。
暫く無言のまま馬車は進んでいたが、考え込んでいたサトゥルノはようやく言葉を絞り出した。
「君は、もっと外の世界を知るべきだと思う」
「……何がいいたいの?」
「公爵家だけが世界の全てじゃない。世界は君を必要とする」
「………」
彼なりに、愛されないのに健気に父親を慕う娘を励まそうとしてくれているらしい。私はお父様の愛が欲しいわけじゃなくて、お父様の美貌をひたすらに愛でたいだけなので、全くの的外れな訳だけど。
「お父様のかっこよさは世界の全てだからいいのよ」
「えぇ???」
「あれは精霊の最高傑作だわ。あんな美しい存在が呼吸をして動いているのを見ているだけで永遠を生きられると思うのよね……」
「あの、話が全然見えないんだが」
「つまり、お父様と一緒に居られる私は最高に幸福だから他人にどうこう言われたくないってこと」
私はサトゥルノの目をまっすぐ見た。
サトゥルノの目には嫌悪、心配、戸惑いが見てとれる。お父様の態度に嫌悪を抱き、私の境遇に心配をして、私の妄信に戸惑っているようだ。
だから私は十分に幸せだという気持ちを込めて、自信満々の目で見返す。
「………」
「………」
「……そっか、幸せならそれでいいよ」
彼の目がふっと和らいだ。
理解はできないけど、一応納得したらしい。別に彼に認めてもらう必要はないからどうだっていいけど。
「余計なお世話なのよね」
「はいはい、そうだな。余計な心配をして悪かったよ。ほら、街に入るぞ」
「!」
私は窓枠にしがみつき、外を覗いた。
「わぁ……」
建ち並ぶ活気のある商店街を行き交う人々。
それは、私の生きていた頃からあまり変わってはいなかった。
もっと魔法が発展して便利になっていたりすると思っていたけど、街中にも魔法の技術は存在しなさそうだ。
「なんか、思ってたより普通」
私の感想に、サトゥルノは苦笑いを浮かべる。
「君は本当に冷めてるな……俺が初めて外出したとき、世界にはこんなに沢山の人が住んでいるだって驚いたのを覚えているよ」
「世界って……大袈裟」
「今考えればそうなんだけどさ、今まで屋敷の中でしか生きていなかった俺には見たことないものがいっぱいの外の世界は大冒険だったんだよ」
「冒険ね……」
精霊だったときの私は自由そのもので、世界中が私の庭で、どこにでもいて、けれど誰にも掴むことができない存在だった。
それが今や令嬢として一生屋敷で生きていくしかないなんて、惨めなものだ。お父様の存在がなければ今頃家出していただろう。
「海……」
「え?」
「海が見たい」
私たち〈水の精霊〉の生まれた大いなる海。
王都は内陸にあるから海を見るには港町に行かなければならない。果たして生きている間に見に行くことが出来るのか……そう考えると私は何だか虚しい気持ちになってしまった。
そんな私を見てサトゥルノは頷く。
「そうか、分かった」
「?」
「今すぐには無理だけど、必ず君を海に連れて行くよ」
そう言ってサトゥルノは小指を差し出す。
約束ということらしい。前回あんな騙され方をしたのに、懲りない人だ。
「別に貴方と行きたいわけじゃないんだけど」
「それはまぁ……俺で我慢してくれ。公爵様を連れ出せる言い訳はちょっと思いつかない」
「お父様を動かすのは誰でも無理よ」
まぁでも一人で行くのは難しいから、精々利用させて貰うとしよう。
私はサトゥルノの小指に自分の小指を絡めた。
「よし、馬車も丁度着いたみたいだし今日は観劇デートを楽しもうか」
サトゥルノに手を引かれて、私は馬車から降りる。
劇場は、屋敷のように大きく煌びやかで、人がたくさん集まっている。
「でかい……」
「ははは、中に入ったらもっと広くて豪華で驚くよ」
中に入っていく人たちはみんな男女のカップルか家族連ればかりだ。私とサトゥルノは名目上は婚約者なので、周りと同じカップルなわけだけれど、絶対にそうは見えないだろうな。
それを裏付けるように、サトゥルノと同い年くらいの令嬢がサトゥルノを見て囁き合うのが聞こえた。
「あっ……アルベロ様だわ」
「本当だわ。今日も素敵ね……ご一緒されてるのは妹さんかしら?」
「あら、アルベロ様に弟妹なんていらしたかしら?」
「いなかった気もするけれど……じゃあ、従妹の方かしら?」
「今度聞いてみましょう」
まだデビュタントをしていないし、外出もしたこともない私は社交界で知られていない。そのせいで私は周りから謎の人物と認識されているようだ。
きっとこれからサトゥルノの婚約者として発表されれば、テゾーロ公爵家の令嬢という肩書きよりサトゥルノの婚約者という覚えられ方をするんだろうな、と私は漠然と思った。
「?どうかしたか?」
「……何でも」
手を引くサトゥルノの横顔を見ながら私は想像もつかない十年後に思いを馳せた。
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