パパ溺愛幼女奮闘計画

片原痛子

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15話.この魔女って私のことですか?

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中は本当に天井が高くて、座席も一階だけでなく壁際に二階、三階とあって驚いた。まるでお城のようだ。
天井を見上げながら歩く私の手を引きながら、サトゥルノは「前見ないと危ないぞ」と苦笑いする。
私たちは一階席の中央の席に座ることになり、開演前に席に着いたのだけれど……。

「全然見えないわね」

私の背では前の人の頭で、全然舞台が見えなかった。公爵家の椅子はいつも高さを合わせるためのクッションが引かれていたので、普通の座席は子供用に作られていないことを失念していた。

「あー……ごめん。クッション貰ってくるよ」

そう言ってサトゥルノは離れてしまったので、その間に私は今回の劇について振り返る。

今日の劇の舞台は五百年前。
王子に恋をした魔女が王子の婚約者に嫉妬して精霊の力で王国に災いをもたらし、それを魔法使いたちが力を合わせて止めるという演目だ。

……あの、自意識過剰でなければこの悪役の魔女って私のことです???

「お待たせ、どうぞ」

戻ってきたサトゥルノからクッションを受け取り椅子に座り直すと、高さは合うが足が宙ぶらりんになってちょっと心許なかった。しかし、こればっかりは物理でも魔法でもどうにもならないのだからどうしようもない。

「ねぇ」

「ん?」

私は開演前に隣に座るサトゥルノに小さく声をかける。

「この話って実話?」

「まさか!ただのフィクションだよ。ただ、500年前に王都に豪雨による災害があって魔法使いたちが活躍したっていうのは本当らしいけど」

「そう……」

後世にはそれとなーく都合が悪いことをぼかしながらあの事件が伝わっているらしい。
そりゃあ、精霊信仰で崇めるべき精霊を自国の王子が誑かして、報復を受けて討伐することになった、なんて恥ずかしくて歴史に残せないか。
それにしても、大精霊の私を嫉妬に狂った横恋慕の悪女扱いするなんて……。

「ははは」

「!?ま、まだ始まってないぞ」

「失礼。何でもないわ」

つい、声に出して笑ってしまった。
いや、別に私が悪く言われるのは構わない。実際に王都もそこに住む民も無関係なのに巻き込まれ被害を受けたのだから。
私が気に食わないのは、諸悪の根源である王子が被害者扱いされていることだ。あいつが私が死んだ後ものうのうと幸せに暮らしただろうこと考えると腹が立つ。

「ほら、始まるよ」

ムカついて足をバタバタ足を揺らしていると、幕が上がり、舞台が始まった。

第一幕。森の湖のほとりに住む若い魔法使いの娘はある日、馬で遠乗りをしていた王子を偶然見かけ一目惚れをする。その時、王子の乗っていた馬が怪我をして王子を森に置いたまま逃げ出してしまう。
途方に暮れる王子に、娘は王都までの案内役を買って出る。二人は互いの境遇の違いに驚きつつ、短い間に交流を深めていく。すっかり王子を好きになってしまう娘であったが、城に辿り着き彼を出迎えた婚約者の令嬢を見てショックを受ける。

第二幕。現実を思い知り一人小屋に帰る娘。あれは奇跡の出会いだと王子を諦めようとするが、道中で知った王子ではない一人の人間としての彼をどうしても思い出してしまう。そうして日々を過ごしていた娘のもとに、王子が結婚するという噂が飛び込んでくる。
その話を聞いた娘は嫉妬から我を忘れ、無理矢理に精霊を操り結婚を台無しにしてやろうと目論む。

第三幕。結婚式当日、空は晴れ、王都中が賑わい祝福ムードの中教会で式が開かれた。しかし、突然激しい豪雨が王都を襲い、店や家を壊しながら人々を押し流していく。
王国を揺るがすその災禍に、火・水・風・土の四属性の大精霊に仕える魔法使いが現れその厄災と戦った。
火の精霊が人々を温め、水の精霊が荒ぶる水を沈め、風の精霊が天雲を打ち払い、土の精霊が大地を安定させた。
そうして決死の作戦も失敗し、精霊にも見放された娘は国外追放され、王子と婚約者は国中に祝福されながら誓いのキスをして舞台は終わった。

人々の拍手に合わせて、私は一人面白くない気持ちで一緒に手を叩いていた。
劇としては役者の演技力も高く、歌も演出も面白かったが、脚本がフィクションと史実が混ざり合ってなんだかグロテスクだった。


私は大精霊だったときのことを思い出す。
王子と初めて会ったとき、確かに彼は遠乗りで私の住む湖を訪れた。しかしその理由は、大精霊が住むといわれる湖で精霊、つまり私に会うことだった。
王子は王位継承権一位で王家の血筋として精霊との親和性も高かったが、素直で単純で馬鹿だったため王太子として支持されていなかった。けれど王太子になりたかった馬鹿王子は、大精霊からの支持を受けて王太子になるため私を誑かすことにしたのだ。

この劇では娘の独りよがりな恋だったが、私は確かに口説かれていた。長く生きてきて、崇められることはあれど「愛してる」なんて直接的に告白されたことは初めてだった私は、あっという間にのぼせ上り彼のために何でもした。
なのにあの馬鹿、あっさりと影響力のある家の令嬢と結婚して「愛してるのは君だけだ。彼女とは仕方なく結婚した、愛情はない」と言いながら裏ではよろしくやっていたのだ。
それを知った私は怒り狂って「あの女と別れないなら殺す」と宣言し、結婚式当日に本当に決行したのだった。

精霊とは自然そのものであり、通常は死という概念は存在しない。力を使い果たし一時的に消失することはあるけれど、時間が経てば再生できる。
そのうえ大精霊にもなると無尽蔵にあるため力を使い果たすことはなく、消失してしまうと世界を構築するエーテルが大幅に欠け、四属性のバランスが崩れるので殺すことはほぼ不可能に近い。
しかし、精霊が邪悪に落ちた時のために方法は用意されている。その方法というのが、他の精霊たちが対象の精霊が邪悪な存在であることを認め、対象となる精霊より上位の精霊であり尚且つ対象の精霊の属性と異なる三属性の精霊を集め、精霊が再生するために必要なエーテルの塊である核を破壊することだ。私の場合は私が最上位精霊だったので同じく他の大精霊の力が必要で、第三幕でそれぞれの大精霊を連れた魔法使いが現れたのはその話が元になっているのだろう。
核が破壊されれば精霊は肉体が二度と再生されることなく、永遠にこの世界から消える。人間のように魂が他の肉体に移り転生することもない。未来永劫に世界から消え去るのだ。

私のときはたまたま他の大精霊と契約していた人間が三人いた奇跡の時代だったので、運よく私を殺すことが出来たが、普通はこうはいかない。そもそも大精霊を操れるほどの親和性と魔力回路を持つ人間が必要で、そのうえで人隠れて生きている大精霊を探してこなければいけないのだ。
その点でいえば現実の方が物語より劇的だ。

「サファイア嬢?そろそろ帰ろう」

「ん?あぁ、そうね」

私が思い出に浸っている間に観客はほとんどいなくなっていた。
サトゥルノは申し訳なさそうな顔で私の手を取る。

「あんまり面白くなかったか?恋愛劇よりは楽しめるかなと思ったんだけど」

「まぁ、正直あんまり楽しめなかったわね」

「楽しませるって言ったのに申し訳ない」

楽しめなかったのは私の個人的な因縁のせいだが、私は特にフォローしない。
こんな面倒くさい婚約者、早く嫌になればいい。

「実は俺もあんまり観劇は得意じゃないんだ。じっとしてると落ち着かなくて」

「ふーん……」

サトゥルノは真面目そうに見えるので、少し意外だ。

「俺は跡継ぎじゃないから勉強もほどほどでいいし、休日は暇になって最近は料理とか作ってみてるんだ」

「器用貧乏なのね」

「もっといい言い方がないか?」

「節操なし」

「悪化してるじゃないか!」

私たちはそんな冗談を言いながら劇場を出た。

「疲れたから休憩しようか。近くにいいカフェがあるんだ」

「分かったわ」

「少し歩くから、俺の腕をしっかり握っててくれ」

そういうとサトゥルノは私の手をしっかり握って、目の前に広がる人混みの中へと慣れたように潜っていく。しかし、サトゥルノは私に合わせてゆっくりゆっくりと歩き、何度も振り返りながら人とぶつかりそうになると私の肩を抱いて人を避けてくれる。
なるほど、人気がある理由が察せられる。




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