Strawberry&Cigarette

雪葵

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The Season of Fresh Green ー第2話ー

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「…………ん」

 差し込む日差しの眩しさに、岡崎は目を覚ました。

 ぼーっと霞む視界とまとまらない思考で、天井を眺める。


 んー……
 ここ、どこだっけ……


 ……あ……

 そうか。
 ……吉野の部屋だ。


 重い頭のエンジンが、少しずつかかり始める。

 ——思い出してきた……。
 昨日のこと。

 昨夜は……
 いつものカクテルバーで、マスターから吉野の話を聞いて。
 手当たり次第に酒を呷って……

 どうすべきか——散々迷って。

 結局俺は、吉野のところへ戻ってきたんだった。


 酒のせいで重く痛む頭をそろりと動かし、横を見る。
 ローテーブルを挟んだソファで、吉野が毛布を一枚かけて眠っていた。
 Tシャツから伸びる長い腕が、窮屈そうにソファからはみ出している。

 アメリカ赴任を辞退して以来、手のつけられない逡巡が自分の胸を占領していた。
 昨夜は、何かに縋りたい思いで、気づけばあのカクテルバーへ足が向いていた。
 マスターの言葉と強い酒が、脳と身体に染み込むにつれ——思いはやっと一つにまとまり始めて。

 結局……
 どれだけ必死に、別々の道を選ぼうとしても。
 お互いの側にいることでしか、幸せを感じられない。……俺も、こいつも。
 ——そういう答えが、自分の中で見えた気がした。

 その途端——自分でも無意識に押さえ込んでいた感情が、溢れ出した。


 こいつの側に、戻りたい。
 自分にはもう、それ以外の道は選べない。

 纏わりついてくる思い煩いは、とにかく今は全て振り払って——

 そうやって……
 酔っ払った勢いで、俺はこいつの部屋に押しかけたんだった。


 そうしたら、こいつは確か——
「そんなビッグチャンス、なにふいにしてんだよ」とか、ふざけたことを言い……

 それから、俺を力一杯抱きしめた。
 ——おかえり、と。


 そして……


「………………」

 そこで岡崎は、かあっと一気に赤面する。


 ……き、キスのどこが悪い。
 ひ、久しぶりだったし……想いがつい溢れたんだから、ちょっとくらい積極的になっても仕方ないだろっ!?

 自分自身に意味不明の言い訳をし、変な気恥ずかしさにもごもごと毛布の中で寝返りを打つ。


 ……で。
 まだ、何か続きがあったような……

 確か……
 あいつが、俺をじっと見つめて……何か言った。

 なんだっけ。
 えーっと……


 ………………嘘だろ。


 ——ぶっ飛んでる。
 どう考えても。


 けれど……
 吉野の迷いのない声と、真っ直ぐに自分に向けられた、その言葉。
 そして、強く自分を見つめた瞳は——疑いようがない。


「……………………」

 もやもやとしていた思考の靄が、一気にさあーーっと消えていく。
 心拍数の異常な急上昇を、どうすることもできない。

 おい……
 なんだよ、それ——どういう意味だ。
 ほんっっとにちょっと待ってくれ頼むから。

 それって、つまり……
 ぷっ……プロポーズ……
 とかなのか……???


「…………うぐっ……」

 カッと血がのぼる頭は、一層ガンガンと強烈に痛む。
 思わず両腕で頭を抱えると、背を丸めてもごもごと毛布の中に逃げ込もうとした。

 ……ってかこれ吉野のベッドと毛布じゃん! うあーめっちゃあいつの匂いするじゃんっっ!!

 今更のようにそういうことに気づき、もはや落ち着いて横になることすらできない。
 いささかパニック気味にぐわっと起き上がった。

「……っはぁっはあ……だめだやばい酸欠だ……」
 よろりとベッドから降り、とりあえず水を探しにキッチンへふらふらと向かう。


「…………んん……」

 そんな岡崎の動きを感じてか、吉野も微かに目覚める気配を見せた。


「…………!!」

 岡崎の鼓動はますます激しく乱れ打ち、わたわたと挙動不審になりつつも逃げ場はない。
 とにかく吉野の視線を正面から受け止めることだけは避けなければならない。
 最早他に方法がなく、ぐっと冷蔵庫と向き合った。


「……あ……岡崎……。
 ……おはよう」

 その背に、吉野の声が届く。
 起き抜けにしては、なぜかものすごく硬質な声だ。

「……お、おはよ……」

 岡崎も、冷蔵庫を向いて固まったままギクシャクと返す。

 でも……
 このままでいたって、仕方ない。

「……あ。
 ち、ちょっと喉乾いたし、水あればもらおうと思ってさ……」
 岡崎は、恐る恐る吉野を振り返りながら、とりあえずそんな言葉を繋げてこの場をなんとか切り抜けにかかった。


「……悪い、今水切らしてるんだ」

 見れば、吉野もソファから起き上がって姿勢を改め、とんでもなく緊張した表情で岡崎を見つめている。
 自分の思考にぐっと意識を集中するように、息詰まるような顔つきで深くひとつ息をつく。

 そして、真剣な眼差しで岡崎に話し出した。


「——岡崎。
 あの……さ。
 昨日の話、なんだけど……」


「…………え…………」

 自分の狼狽ぶりを気付かれたくないあまりに、岡崎は表情を強張らせ、ろくな返事も返せない。


「…………なあ。
 昨日俺の言ったこと……覚えてるか?」


「…………あ、えー……と……」


「…………岡崎?
 そういや……お前昨日、相当酔ってたよな……

 もしかして……
 俺の言葉、覚えてない……とか?」

 岡崎の不明瞭な返事に、吉野は俄かに疑わしげな目をして岡崎の様子をじっと窺う。

 違う!!
 覚えてない訳ないだろっっ!!?

 それどころか……一言たりとも、忘れてはいない……

 ……だ、だが……
 ここで今、「覚えてる」と答えたとしたら……

 どうなるんだよ??


 ——お前の気持ちを、聞かせてくれ。

 昨夜、こいつは、そう言った。
 初めて見る、真剣な目で。


 恐らく……改めて、そう聞かれる。
 間違いなく。

 ——なんて答えるんだ、俺……?


 ……いやいやいやいや!!
 心の準備がまだだ、全然!!
 このゼロ状態からプロポーズとか同棲とか……どう考えてもすっ飛ばしすぎだろ!!?

 だからって……
「無理だ」って答えるのか?
 断りたい訳じゃないんだ。決して。
 ……だったらなんて言うんだよ??


「ん、んーっと……
 お前の言う通り、昨夜はちょっと飲み過ぎたかもしれなくて……」

 脳内の混乱を全く整理できないまま、答えにもならない意味不明な呟きをボソボソと漏らす。


「……覚えてないんだな?」
「あ……それは……いやその……」


「……そうなのか……

 ——覚えてない……
 なら、いいか。

 ……あ、なんでもないんだ。気にしないでくれ」

 吉野は、硬く緊張した表情をどこかほっと緩めた。


 …………は?

「なんでもない」……?
「気にしないでくれ」……??


 こいつ……
 まさか、あの言葉を、うやむやにしたいのか?

 岡崎の表情が、また違う意味でぐっと強張る。


 待て吉野! なんだそれ!?
 そう心で叫びつつも……現状を覆す勇気が、どうしても出てこない。

 ここまで来てしまって、「いやいや全然覚えてるから」と訂正できるか、俺?
 ライトにそう言い出せる空気は、もはやどこにも見つからない気がした。


「————」

 昨日の言葉は……
 どうやら、今のであっさり取り消されてしまった……のか?

 岡崎は、半ば呆然とそんなことを考える。


「あ、そうだ。朝メシ、何がいい? コンビニで適当に買ってくるよ」

 吉野はもうほぼいつもの顔になり、既にそんな日常会話に戻っている。


 ……おい……
 じゃあ……昨日の言葉は……
 なんだったんだ?

 たった一晩で、それほど簡単に気持ちが変わってしまうのか、お前は——?

 少しずつ積み重ねたはずの、吉野の自分への想いの強さを信頼する気持ちが、一気にぐらぐらと揺らぐ。
 昨夜の吉野の言葉を、岡崎は幻でも追うように思い出す。


 この先——
 こいつの口から、昨夜と同じ言葉が再び出ることは、あるんだろうか……
 驚きすぎて……そして嬉し過ぎて度肝を抜かれた、あの言葉が。

「……いや、いい。
 もう帰るから」

 岡崎は、いろいろな衝撃を受け止め切れない複雑な表情で、そう小さく呟いた。


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