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フォトブック
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翌日、日曜日。
今日も、彼は朝から元気にてきぱきとやるべきことをこなしていた。
「日曜は2軒掛け持ちでカテキョのバイト入れてるんで。帰りは7時頃になるかなー」
家庭教師という仕事に合わせ、今日は今までになくきりっと引き締まったシャツとスラックスというスタイルだ。ちらりと腕時計を確認するさりげない仕草も、何とも絵になる。こんなキラキラな家庭教師が来たら内心ビビるな。
ってか、カテキョ掛け持ちとか、奏くん絶対頭脳明晰な子だ。
「朝食、作ってありますよ。じゃ行ってきます」
寝ぼけた顔の俺に爽やかに微笑むと、彼はジャケットを羽織りつつ颯爽と玄関を出て行った。
——えー、なんかすごいかっこいい彼氏と付き合ってる気分。
「は??」
脳がバグ起こすほど寝ぼけてるのか俺は。
心身の過労に淡い不安を感じつつ、俺はぶんぶんと頭を左右に振った。
彼の作っておいてくれた目玉焼きとグリーンサラダ、焼けたトーストをテーブルに並べ、マグカップに湯を注いで粉を溶かしただけのブラックコーヒーを作る。
そうして俺は、椅子に座ると再び彼のフォトブックを膝で開いた。
昨日、気づけば深夜まで繰り返し眺めた、そのフォトブックを。
美しい写真たちが並ぶ。
彼の様々な思いのこもった、時に温かく、時に寂しげな、幾つものシーン。
途中に数ページ、少し趣向の違うページが挟まっている。
『同じものを撮りたいというリクエスト』と、その1ページ目に小さく印字されている。
そこからは、同じ被写体を撮った二枚の写真が見開きに並べて綴られていた。
花。空。雲。
鳥。猫。
木洩れ日。夕陽——。
同じ対象を撮っていても、見比べてみると二枚の表情は結構違う。
そして、一方の写真には、小さなコメントが一言ずつついていた。
『失敗したって笑ってたけど、なかなかいい』
『ドヤ顔』
『アングルが残念』
どこか微笑ましいその言葉を見ながら、俺は一つのことに思い至った。
恐らく——
コメントのついた方の写真は、彼の恋人が撮ったものなのだ。
もう一度、ページを戻す。
『同じものを撮りたいというリクエスト』。
その文字を、読み返す。
彼の恋人は、彼を深く愛している。
はっきりと、そう思った。
だって——そうだろう。
その人を本気で愛していなければ、そんなことは思わない。
同じものを撮りたい、なんて。
自分のことを思い返せば、明白だ。
俺は、彼女の趣味に興味を持ったことなど、一度もなかった。
仮に彼女が写真好きだと知っていても、そんな趣味に付き合う気には、多分ならなかっただろう。
めんどくさい、の一言で。
この男は、きっと——彼の見ているものを、一緒に見たかったんだ。
彼が心を動かされるものに、一緒に感動したかったんだ。
不意に、じわりと目が熱くなる。
見合いが進む、というその状況は——もしかしたら、その男にもどうしようもないことだったのかもしれない。
心から愛する相手を、どうしても手放したくない。そんな強烈な感情が、結婚後も別れたくないなどという非常識な言葉に変わったのだとしたら。
『今夜、部屋に行く』と切羽詰まったメッセージを送ってまで、奏くんに会うことを望んでいる、彼の恋人。
その話を聞いた瞬間、俺は奏くんがその男の都合の良い餌にされると思い込んだ。
そして奏くん自身、彼の言動に大きく戸惑っているようだが——
もしかしたら、彼には本気で奏くんに伝えたいことがあるのではないのだろうか。
トーストが最早冷めきったことも忘れ、いつしか俺は繰り返しそんなことを考えていた。
*
夕方。
奏くんからメッセージが届いた。
『あと一時間くらいで帰ります。
夕食は、今日は外で食べませんか? 近くに回転寿司ありますよね。その辺で適当に。いかがでしょう?』
彼のことだ。
今日も俺がまたキッチンに立つことを考え、そういう手間のない方法を提案してくれたのだろう。
回転寿司……そう言えば、久しく行ってない。
彼女とは、だいたいお洒落なイタリアンやカジュアルフレンチ、カクテルバー……何となく、そんな感じだった。
今思えば、どこか薄っぺらいセレクトだったような気もする。
『うん。いいね。
じゃ、君が帰ってくるの待ってるよ』
俺は素直にそんな言葉を送り返した。
適当に身支度を整え、彼が帰宅するのを待って、俺たちは近所の回転寿司へ向かった。
日曜の夜はそれほど店も混んでおらず、間もなく案内された席へ向かい合わせに座った。
「奏くん。今日はもしかして、俺がキッチンに立たなくて済むように、こういうアイデアを出してくれたんだろ?」
俺の質問に、彼はあくまでさらりと答える。
「ん、ああ、それもありますかね。
回転寿司って、適当に腹も満たせるし、何より気楽じゃないですか。でも、思ったより来るチャンスないんですよね。気の置けない相手とじゃないと間が持たなくなりそうだし、ひとりで入るのもどこか寂しいし。
そうだ、あなたとならちょうどいいじゃん!って、ふと思いつきました」
少年のように悪戯っぽく微笑む彼を、届いたビールを傾けながら見つめる。
「——観せてもらったよ、あのフォトブック」
「……そうですか。
自分の作品観てもらうって、やっぱ気恥ずかしいですね」
彼は、どこか照れ臭そうな表情を浮かべた。
「いや。
何度も、繰り返し観た。
素敵な作品だ。本当に」
ジョッキをぐっと呷り、テーブルにしっかりと戻してから、俺はひとつ息を吸い込む。
なぜか、緊張している。
理由のわからないそれを振り切り、真っ直ぐに彼を見た。
「奏くん。
あのフォトブックを観て、思ったんだ。
恋人に、もう一度会って——ちゃんと、彼と話をしてみたらどうだろう?」
「————」
口元の微笑を消し、彼は俺をじっと見つめ返した。
「君の話を聞いた段階で、俺は君の恋人を、なんていい加減で狡い男なのかと、頭から決めつけていた。
けど——君と彼が一緒に撮ったあの写真を見て、はっきり思った。
彼は、君のことを深く愛していると」
「——海斗さん……
あの写真、俺と彼が撮ったって……気づいたんですか」
「君の今の状況を思いながら観るせいなのか、あの見開きで綴られた写真から何かビリビリと伝わってくるものを、俺は感じた。——深い繋がりのような、何かを」
「……」
「彼との関わりがはっきりしなければ——君のこの先も、曖昧なままだろう?
いつまでも彼から逃げて、逃げつつも彼を想い続けるなんて、苦しみが増すだけじゃないのか?
彼が、何を君に伝えたいのか、はっきりと聞いて……君も、彼に伝えたいことをちゃんと伝えるべきだ。
ただ——結婚後も関係を続けたいという彼の希望だけは、拒否してほしい。
どんなことがあっても。
君も彼も、結婚するその女性も、それでは決して幸せにはなれない。
俺は、そう思う」
「——……」
俺の言葉に、彼は硬い表情で静かに俯いた。
今日も、彼は朝から元気にてきぱきとやるべきことをこなしていた。
「日曜は2軒掛け持ちでカテキョのバイト入れてるんで。帰りは7時頃になるかなー」
家庭教師という仕事に合わせ、今日は今までになくきりっと引き締まったシャツとスラックスというスタイルだ。ちらりと腕時計を確認するさりげない仕草も、何とも絵になる。こんなキラキラな家庭教師が来たら内心ビビるな。
ってか、カテキョ掛け持ちとか、奏くん絶対頭脳明晰な子だ。
「朝食、作ってありますよ。じゃ行ってきます」
寝ぼけた顔の俺に爽やかに微笑むと、彼はジャケットを羽織りつつ颯爽と玄関を出て行った。
——えー、なんかすごいかっこいい彼氏と付き合ってる気分。
「は??」
脳がバグ起こすほど寝ぼけてるのか俺は。
心身の過労に淡い不安を感じつつ、俺はぶんぶんと頭を左右に振った。
彼の作っておいてくれた目玉焼きとグリーンサラダ、焼けたトーストをテーブルに並べ、マグカップに湯を注いで粉を溶かしただけのブラックコーヒーを作る。
そうして俺は、椅子に座ると再び彼のフォトブックを膝で開いた。
昨日、気づけば深夜まで繰り返し眺めた、そのフォトブックを。
美しい写真たちが並ぶ。
彼の様々な思いのこもった、時に温かく、時に寂しげな、幾つものシーン。
途中に数ページ、少し趣向の違うページが挟まっている。
『同じものを撮りたいというリクエスト』と、その1ページ目に小さく印字されている。
そこからは、同じ被写体を撮った二枚の写真が見開きに並べて綴られていた。
花。空。雲。
鳥。猫。
木洩れ日。夕陽——。
同じ対象を撮っていても、見比べてみると二枚の表情は結構違う。
そして、一方の写真には、小さなコメントが一言ずつついていた。
『失敗したって笑ってたけど、なかなかいい』
『ドヤ顔』
『アングルが残念』
どこか微笑ましいその言葉を見ながら、俺は一つのことに思い至った。
恐らく——
コメントのついた方の写真は、彼の恋人が撮ったものなのだ。
もう一度、ページを戻す。
『同じものを撮りたいというリクエスト』。
その文字を、読み返す。
彼の恋人は、彼を深く愛している。
はっきりと、そう思った。
だって——そうだろう。
その人を本気で愛していなければ、そんなことは思わない。
同じものを撮りたい、なんて。
自分のことを思い返せば、明白だ。
俺は、彼女の趣味に興味を持ったことなど、一度もなかった。
仮に彼女が写真好きだと知っていても、そんな趣味に付き合う気には、多分ならなかっただろう。
めんどくさい、の一言で。
この男は、きっと——彼の見ているものを、一緒に見たかったんだ。
彼が心を動かされるものに、一緒に感動したかったんだ。
不意に、じわりと目が熱くなる。
見合いが進む、というその状況は——もしかしたら、その男にもどうしようもないことだったのかもしれない。
心から愛する相手を、どうしても手放したくない。そんな強烈な感情が、結婚後も別れたくないなどという非常識な言葉に変わったのだとしたら。
『今夜、部屋に行く』と切羽詰まったメッセージを送ってまで、奏くんに会うことを望んでいる、彼の恋人。
その話を聞いた瞬間、俺は奏くんがその男の都合の良い餌にされると思い込んだ。
そして奏くん自身、彼の言動に大きく戸惑っているようだが——
もしかしたら、彼には本気で奏くんに伝えたいことがあるのではないのだろうか。
トーストが最早冷めきったことも忘れ、いつしか俺は繰り返しそんなことを考えていた。
*
夕方。
奏くんからメッセージが届いた。
『あと一時間くらいで帰ります。
夕食は、今日は外で食べませんか? 近くに回転寿司ありますよね。その辺で適当に。いかがでしょう?』
彼のことだ。
今日も俺がまたキッチンに立つことを考え、そういう手間のない方法を提案してくれたのだろう。
回転寿司……そう言えば、久しく行ってない。
彼女とは、だいたいお洒落なイタリアンやカジュアルフレンチ、カクテルバー……何となく、そんな感じだった。
今思えば、どこか薄っぺらいセレクトだったような気もする。
『うん。いいね。
じゃ、君が帰ってくるの待ってるよ』
俺は素直にそんな言葉を送り返した。
適当に身支度を整え、彼が帰宅するのを待って、俺たちは近所の回転寿司へ向かった。
日曜の夜はそれほど店も混んでおらず、間もなく案内された席へ向かい合わせに座った。
「奏くん。今日はもしかして、俺がキッチンに立たなくて済むように、こういうアイデアを出してくれたんだろ?」
俺の質問に、彼はあくまでさらりと答える。
「ん、ああ、それもありますかね。
回転寿司って、適当に腹も満たせるし、何より気楽じゃないですか。でも、思ったより来るチャンスないんですよね。気の置けない相手とじゃないと間が持たなくなりそうだし、ひとりで入るのもどこか寂しいし。
そうだ、あなたとならちょうどいいじゃん!って、ふと思いつきました」
少年のように悪戯っぽく微笑む彼を、届いたビールを傾けながら見つめる。
「——観せてもらったよ、あのフォトブック」
「……そうですか。
自分の作品観てもらうって、やっぱ気恥ずかしいですね」
彼は、どこか照れ臭そうな表情を浮かべた。
「いや。
何度も、繰り返し観た。
素敵な作品だ。本当に」
ジョッキをぐっと呷り、テーブルにしっかりと戻してから、俺はひとつ息を吸い込む。
なぜか、緊張している。
理由のわからないそれを振り切り、真っ直ぐに彼を見た。
「奏くん。
あのフォトブックを観て、思ったんだ。
恋人に、もう一度会って——ちゃんと、彼と話をしてみたらどうだろう?」
「————」
口元の微笑を消し、彼は俺をじっと見つめ返した。
「君の話を聞いた段階で、俺は君の恋人を、なんていい加減で狡い男なのかと、頭から決めつけていた。
けど——君と彼が一緒に撮ったあの写真を見て、はっきり思った。
彼は、君のことを深く愛していると」
「——海斗さん……
あの写真、俺と彼が撮ったって……気づいたんですか」
「君の今の状況を思いながら観るせいなのか、あの見開きで綴られた写真から何かビリビリと伝わってくるものを、俺は感じた。——深い繋がりのような、何かを」
「……」
「彼との関わりがはっきりしなければ——君のこの先も、曖昧なままだろう?
いつまでも彼から逃げて、逃げつつも彼を想い続けるなんて、苦しみが増すだけじゃないのか?
彼が、何を君に伝えたいのか、はっきりと聞いて……君も、彼に伝えたいことをちゃんと伝えるべきだ。
ただ——結婚後も関係を続けたいという彼の希望だけは、拒否してほしい。
どんなことがあっても。
君も彼も、結婚するその女性も、それでは決して幸せにはなれない。
俺は、そう思う」
「——……」
俺の言葉に、彼は硬い表情で静かに俯いた。
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