何者かになりたかった、だが王子の嫁になりたかったわけじゃない。

竜鳴躍

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閑話 王妃とアクオス公爵との確執

アクオス公爵との確執は、陛下と王妃が学園を卒業する頃に遡る。


ジャスティ=ハスキー=アルティメット当時王太子は、はちみつ色の金髪に青い眼の精悍な美丈夫で、銀髪に菫色の瞳のオリーブ=ヘリオス公爵令息を常に従えていた。
金髪の美丈夫と銀髪の麗しき騎士の二人は美しく、その中に入っていけるのは、唯一。


「ジャスティ様!」


緋色の髪を靡かせて、婚約者のシルキィ=アクオス公爵令嬢が現れる。

アクオス公爵派の取り巻きの令嬢や子息が後ろに控えている。


「もうすぐ卒業パーティですわね。ドレスをお待ちしておりますわ。」

淑女らしくニッコリほほ笑むと、シルキィは去っていった。




「……はぁ~っ。」

「どうしたんです、ため息など。」

「婚約者なんだけど……。なんか怖いっていうか…。あわないっていうか。」

「……王族の結婚などそういうものでしょう。公爵令嬢で教養も地位も問題なしですし。合う合わないといっても仕方ないことです。ともに国をよくする相棒であればいいのです。それにその殿下の苦手意識も…夫婦となり、世継ぎのため肌を合わせていくうちに解消されるものでは。」

「……まあ、そう、思いたいけどねぇ。本当になんで私には選択の余地がなかったのだろう。」

「仕方ないではないですか。つり合いがとれる家で年齢のあうご令嬢は彼女しかいなかったのですから。」

「いなかった、というのは語弊だな。正確には、婚約者のいない令嬢が彼女しかいなかった、だ。」

大体おかしいのだ。

王太子がいるのだから、普通は王太子の相手が決まるまでは、適齢の令嬢は婚約を結ぶのを待つのではないのか?
特に高位貴族ならば。

………そんなに私と婚約するのが嫌だったのだろうか。

私に魅力がないとは思いたくない。


「君が令嬢ならよかったのに。っていうか、令嬢じゃなくたっていいじゃないか。」

「大体の人はやっぱり王妃は令嬢が好ましいと思うからでしょう?」

腰に触れようとする私の手を、オリーブは困ったような表情を一瞬浮かべて、ぽんと軽くはたいた。








「お許し、お許しくださいっ!」

学園の隅では、不穏な空気が漂う。

誰も来ない、片隅。


入学したばかりの令嬢が、上級生に取り囲まれていた。


「貴女派手ね。慎みが足りないわ。その馬鹿みたいなピンクブロンドを真っ黒に染めてひっつめにでもしなさい。そうね、眼鏡もかけてくるといいわね。社交界では茶色のドレスを着るのよ。」

「そっ……そんなっ。」


「それが嫌なら、早く分相応な婚約者でも見繕ってもらって婚約なさい。なんなら私がお相手をセッティングしてあげてよ?いいこと?未婚の令嬢で一番美しくて賢い女は私なの。」


「はっ……はいっ。」


―――――こうして一人、ライバルが消える。
どこで出会うか分からないもの。結婚するまで油断はできないわ。

シルキィの本性は、傲慢な女だった。







だが―――――――

まさかその新入生が、ヘリオス公爵家の令嬢だったとは。
それが大きな誤算となった。





「お兄様。あの女を王太子妃にしてはいけませんわよ。」

子ウサギのように震えていたのは演技。
オリーブの妹であるカリブは、希代の才女で、最近まで隣国に留学しており、齢15にして既に大学院まで修学している。

女性初の宰相を目指す豪胆な少女だ。
そして、美しい兄と同様に、輝かんばかりの美少女である。


社交界に一切出ていなかったため、顔が割れていないのを活かし、カリブはシルキィを探ったのだ。

「ありがとう、カリブ。怖い目にあわせて済まなかった。しかし、あいつの野生の勘は凄いな。」

「まぁお兄さまったら。王太子殿下をそんな獣のように。………派閥で固めて証拠は出していませんからね。令嬢も一人脅されれば何も言えなかったでしょうし。驚くことに影も買収していましたわ。あの影はクビにしなくてはですわよ。」

「なるほど、影を買収していたのでは、王族が調べても粗は見えないはずだ。」

王太子妃候補が1人しかいなかった理由。

それはシルキィのせいだった。

貴族王族たるもの、そりゃあ綺麗ごとだけではやっていけない。

だが、民を慈しみ大切にできねばならない。

王太子の婚約者という立場を勝ち取るため、政治を使うことは悪いことではない。
それがジャスティの愛を得られるかは置いておいて。
だが、いささかこれは…。


欲のままに自分に都合の悪い人間を虐げるような女は、妃の器ではない。





そして、卒業パーティの日。

体調が悪くなったからとジャスティはシルキィをエスコートしなかった。
その代わり、最後の務めとしてドレスは贈った。

自分の色を一切使わない、誰の色でもない真っ白なドレス。

シルキィはお気楽にも、花嫁衣裳のようだと喜んだ。

(うふふ。俺の色に染まれ♡とでも言いたいのかしらね。お可愛らしいこと。)


「シルキィ=アクオス様。アクオス公爵。こちらに。」

騎士に呼ばれてシルキィが通された先は、王族の私室だった。


陛下妃殿下に、今夜欠席のはずのジャスティがいる。そして、オリーブ。そして………。


目に飛び込んだピンクブロンドの美少女に、シルキィは目を見開いた。


(あいつ……!いい根性しているわね。筆頭公爵家の令嬢である私のいうことが聞けないなんて。あの見目なら見初めた殿方もいるでしょう。密室に二人っきりにして閉じこめてやろうかしら。媚薬でも炊けば確実だわ。)



「さて、アクオス公爵。実は、残念なことが分かってね。」

陛下が口を開くと、見覚えのある男が拘束されてやってきた。


「ご令嬢につけていた『王家の影』だが、買収されていた。」

「ば、買収にございますか?」

「ああ、お前の娘に。」


「……!」


「お前の娘は、王太子妃にならんと、ライバルを脅していた。婚約を結べ、結婚してしまえとな。王家といえども既に婚約しているご令嬢を息子の婚約者候補にはできんからな。」

「分かりやすい暴力ではないですが……脅迫もしていたようですね。目立たないよう見栄えを悪くしろと。」


「……おまえっ!」

公爵が娘を睨む。


「申し訳ありません!どうやら王太子に恋するあまり、過ちを犯してしまったようです!!!婚約は辞退致しますゆえ!どうか!」

父親に頭を押さえつけられ、シルキィは怒りに震えた。


「信じてください!私はそのようなことはしておりません!そこの令嬢が私を嵌めたのですわ!!ねえ、ジャスティ様……!!私は立派な婚約者だったでしょう…!」



「立派にはしていたかもしれないけど、私はずっと君が何か得体のしれない恐ろしいもののようにしか思えなくて、内心怯えていたんだよ。私の直感が正しかったことが分かってほっとしているんだ。もう私を名前で呼ぶのもやめてくれないか。それに、彼女が嵌めたっていうけど、まぁ確かにある意味そうなんだけど。彼女は私のために動いてくれたのだよ。彼女の調べてくれた内容がとっかかりで、君とつながっていた影も捕まえられたし、そういうセリフは普通無実な人が言うんじゃないかな。」


「ですから…!!彼女が嘘を…!」


「呆れたな。我が妹を侮辱するとは許せない。」
ふつふつと怒りでオリーブはシルキィを睨む。

「い、妹ですって!!」


「色恋に関心はないらしいから、とっくに妃は辞退してるよ。妹が君を嵌める理由なんてない。君のような女にジャスティは任せられない。私が、ジャスティの妃になる!」


「……へ?」


「オリーブっ!!」

ジャスティがオリーブに抱き着く。

「嬉しい、オリーブ!ずっと私はオリーブのことが!」
「ばか、くっつくな!うっとうしい!」

全くお前は私がいないとダメなんだから…、などと目の前でイチャイチャする二人にシルキィは茫然となった。




「うそ……、うそよぉぉぉぉ!!!」



シルキィの正体は暴かれ、息のかかった者たちは全てブラックリストに載ってしまった。

犯罪を犯したわけではない。
事実、結ばれたカップルたちは幸せになっている。
表向き、爵位を下げられたり刑事罰を受けることはなかったが、アクオス公爵は隠居し、領地や財産を寄付という名目で減らすことになった。
親族は末端まで関わることを拒んだことにより、一人っ子であったシルキィが女公爵となるしかなかったため、王家が許すまで厳しい教育係がつけられた。

教会から大司教が派遣され、徹底的に躾けられる日々。
厳しい修道院に送られるのと変わらない生活をする羽目になった。



取り巻きたちも士官や出仕は期待できず、領地で細々と暮らすことを強いられた。

パーティの場で断罪しないことが温情だったのに、シルキィはいつまでも恨んだ。


一番シルキィが許せなかったのは、国内の貴族でアクオス公爵家の婿になる者がいなかったことである。

口に出さぬとも悪女として認識され、筆頭公爵家でありながら、王室と距離が生まれた家には、関わりたくない者の方が多かった。

結婚可能な年齢の者は、すぐに婚約を結び、結婚していく。





こうして、元々仲良くなかった2大公爵家は、決定的に袂を分かつことになったのである。





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