【完結】G材倉庫ジャック事件!

冴木 悠宇

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第二十八章 魔女が見つめる彼方

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 夜のとばりがしっとりと街を覆う。
 静かな夜の庭園に降り注ぐ月明かりが、ひとつの影を色濃く形作っている。
 うっすらと頬を上気させた菩薩様は、キュッと唇を噛むと、よっこいせと右腕を振り上げた。

 こつーん……。

 こつーん……。

 菩薩様が手に持った金槌かなづちを振り下ろすたびに、硬質な音が響き、静謐せいひつな庭園がざわめく。

 こつーん。

「ひとつ打っては~」いやいや、違う違う、それは違う。

「やはり、これくらいでないと駄目ですね、威力が足りない」

 菩薩様は、完成したばかりの「釘バット」を月の光にかざしてみた。
 ところどころびている鉄釘は、月の光を反射して鈍く光っている。釘バットとは物騒だが、攻撃力はなかなかのものだ。

「ふむふむ、うへへ」

 うっとりと釘バットを鑑賞していた菩薩様は、ふと我に返ってエヘンとひとつ咳払いをした。
 ふう……と吐息をついて、夜空を見上げる。夜空を飾る星々は何を語ることもなく、ただ静かに淡い光を地上へと投げかけている。

「袖触れ合う誰もが、快く受け入れてくれるものでもない。それは分かっているのだろうに。人は皆それぞれであり、それでこそ人であろう」

 菩薩様は、かたわらの酒徳利の麻紐を引いた。ひょいと酒徳利を細腕にかつぐと、ぐいっと酒を口に含む。
 眉間に微かなしわを刻んだ菩薩様は、釘バットにぷっと口に含んだ酒を吹きかけた。
 口元を拭うと、腕に口紅の色が移る。
 てらりと酒に濡れた釘バットは、神聖なる武具のようだ。

「さて、私の戦支度いくさじたくは済みました。ゆるちゃん、あなたはどうなのです……?」

 菩薩様のつぶやきを、夜風がさらってゆく。
 蒼い月の光は、菩薩様の表情に深いうれいを浮かび上がらせていた。

☆★☆

 雨――。
 冬の雨は冷たく、降り続くその様を見ているだけで、心まで冷え切ってしまいそうだ。
 こんな日は外に出たくないのだが、仕事となればそんな訳にもいかない。
 愛車に乗り込み、キーを捻った絵衣子えいこはわずかに顔をしかめた。

「どうしよう……」 

 ワイパーが動く機械的な音が耳障りだ。
 ハンドルに額を当てた絵衣子は、静かに息を吐く。車内はまだ温まっておらず吐いた息はうっすらと白い。
 今日は体が妙に熱っぽい、意識もぼんやりとしているようだ。
 昨夜のことだ――。
 絵衣子はリビングで、聖剣の光を浴びる女神の真の姿を見てしまった。
 その光景は息をすることを忘れるほどに美しく、ひざまずいてしまうほどに高貴こうき清廉せいれんであった。
 しかし、戦装束いくさしょうぞくまとう女神はその場にくず折れた。

「ゆるちゃん、しっかりしなさい!ゆるちゃんっ!」

 慌てて女神に駆け寄ってその体を抱き起した絵衣子は、何度も何度も名を呼ぶのだが、閉じられた瞳が開くことは無く。
 絵衣子の腕の中でぐったりしている女神の体は、きらめく光の粒子となって絵衣子の体に吸い込まれた。

「ゆ、ゆるちゃん……」

 残されたひとひらの羽根、はかないその存在。
 絵衣子はただ茫然ぼうぜんと、女神を抱いていた両腕を見つめることしかできなかった。
 そんな夜の出来事を思い出し、絵衣子はきつく唇を噛んだ。

「どうしようかな。このまま会社に行っちゃいけない気もするし。でも……」

 いくら考えても結論は出そうにない。
 絵衣子は女神の体に起こった異変が何なのか分からない、不安に押しつぶされそうでとても一人では家にいられそうにない。

「会社に行けば初瀬野はつせのさんもいるから。うん、大丈夫、大丈夫だから」

 絵衣子はバックミラーに映った自分の顔をじっと見つめ、何度もそう言い聞かせた。

「ね、ゆるちゃん」

☆★☆

 雨は一向に止む気配がない。雪にでも変わってくれれば、それでも気持ちが変わったのだろうに。
 ……ずっとずっと指折り数えてきた。
 何を?決まっている。
 自分を酷く扱った者達と、自分を傷つけた者達だ。

「あの人も、あの人も……。あの人だって。それに、あの人。冷たい態度、あからさまな侮蔑ぶべつ、理不尽な扱い……。馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして!誰もかれも、私に冷たかった!偉そうなこと言って私をこき下ろして、挙句の果てに、お前のためだって? ふざけないでよ!」

 打ち付ける雨に全身を濡らす魔女は、肩を震わせて笑い出す。

「あはは。そうよ、いい場所があるじゃない。そう、G材倉庫……。あれほどの特異点とくいてんはないもの。神格級の存在が集うまさに大特異点だいとくいてん! 私をしいたげた老害ヒロユキは逃げた、気持ち悪い老害ハツオはいなくなった。そう、私は愛されるべきなの。うふ、うふふふふふふふふ……」

 濡れそぼる外套がいとうひるがえし、魔女はゆっくりと歩き始めた。
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