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第0章
001、紋章術の使い手
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「あーぁ、一張羅なのに」
荒んだ繁華街の一角。
路地裏の夜が帯びる沈黙の中で、少年はぼんやりと呟く。
本来なら漆黒を基調としているはずの彼の制服は、ペンキでも浴びたかように赤黒く変色していた。少年がまとう服装は一見、学生服のようだったが、胸のエンブレムが示すのは学園のそれではない。
紋章術の使い手の一派、術師結社が用いる刻印。
それを身に付ける彼もまた、結社に所属する一員であること。そして、紋章術の使い手であることを表しているのだ。
夜暗と対をなすように鮮やかな金髪。
まだ僅かに幼さを残した目鼻立ちだが、少年は見た目とは裏腹に落ち着き払った様子だ。
深い赤褐色の瞳が、ゴミ漁りのカラスでも見るような視線を足元へやる。
そこには、五、六人の男たちが倒れていた。
大仰な刺青を彫った者、顔中にピアスを付けた者。服装だけは揃って黒のスーツという奇妙な男たちは、一目で〝その筋〟を思わせる。
しかし、屈強な体はいまや無残に転がり、汚れたアスファルトへと血の海を広げていた。
「満ち潮だなぁ」
少年は投げやりに独りごちると、濡れそぼった制服の裾をぞうきんみたいに絞る。
ぼたぼたと地面にシミを作る、どす黒い赤色の正体――この状況では誰の目にも明らかだろう。返り血の主たちはぴくりとも動かない。
七つの鍵の内、一つが取引される。
結社から与えられた情報を元にここへやって来たのだが、現場に集まった男たちを見るなり彼は情報がガセネタだと確信してしまった。
まず、人数が少なすぎた。そして、警戒が怠慢すぎた。
一番の理由としては、七つの鍵はそれ自体が強烈な魔力を帯びた魔導具であり、並大抵の人間が扱おうとすれば力にあてられて気が触れるようなケースも多々あると聞き及んでいる。そのため、七つの鍵に関与する行動には探索や調査に至るまで、紋章術の使い手の付き添いが義務付けられているのだが。
しかし取引現場の男たちといったら、なんなのだろう。
どいつもこいつもナイフにスタンガン。しかも図体ばっかり目立たせて、ボディービルダーかお前ら、と少年は呆れた。どう見ても、その中に、紋章術を扱える類の魔力に聡い人間がいるとは思えない。彼にしてみれば、男たちはいたずらな武装と凶暴さしか持ち得ない、いわば〝一般市民〟だった。
それが決定打だ。
だから、少年は「結社に目を付けられるような紛らわしいことはしない方が良い」と老婆心からスマイル全開で声を掛けてあげたというのに。タイミングが悪かったのだろうか。それとも、元から話の通じる連中ではなかったのだろうか。
問答無用で襲い掛かられた結果が、これというわけだった。
「ホントやんなっちゃうよな。俺がやったんじゃないのに」
そう。少年は自身の持つ紋章術すら使っていない。……使うまでもないと判断した。
だから、おそらく晩餐をえずきたくなるほどの蹴りや、眼前に宇宙を見るような殴打は与えたが、流血沙汰になるような致命傷とは無関係だ。ただ彼が身軽に凶刃を避けるうち、男たちが勢い余って同士討ちをやらかしてしまっただけのこと。
少年はおもむろに、グループの頭らしきスキンヘッドを蹴転がす。その下から、血塗れのアタッシュケースが覗いた。
どうせ七つの鍵の類似品かガラクタなのだろうが、ここまでやってしまったら持ち帰らないわけにもいかないだろう。
排水溝の髪の毛でも摘まむような仕草でそれを引き寄せた彼は、制服の内ポケットを探る。
手慣れた様子でケータイを取り出し、ボタンをいじると耳元へ寄せた。
荒んだ繁華街の一角。
路地裏の夜が帯びる沈黙の中で、少年はぼんやりと呟く。
本来なら漆黒を基調としているはずの彼の制服は、ペンキでも浴びたかように赤黒く変色していた。少年がまとう服装は一見、学生服のようだったが、胸のエンブレムが示すのは学園のそれではない。
紋章術の使い手の一派、術師結社が用いる刻印。
それを身に付ける彼もまた、結社に所属する一員であること。そして、紋章術の使い手であることを表しているのだ。
夜暗と対をなすように鮮やかな金髪。
まだ僅かに幼さを残した目鼻立ちだが、少年は見た目とは裏腹に落ち着き払った様子だ。
深い赤褐色の瞳が、ゴミ漁りのカラスでも見るような視線を足元へやる。
そこには、五、六人の男たちが倒れていた。
大仰な刺青を彫った者、顔中にピアスを付けた者。服装だけは揃って黒のスーツという奇妙な男たちは、一目で〝その筋〟を思わせる。
しかし、屈強な体はいまや無残に転がり、汚れたアスファルトへと血の海を広げていた。
「満ち潮だなぁ」
少年は投げやりに独りごちると、濡れそぼった制服の裾をぞうきんみたいに絞る。
ぼたぼたと地面にシミを作る、どす黒い赤色の正体――この状況では誰の目にも明らかだろう。返り血の主たちはぴくりとも動かない。
七つの鍵の内、一つが取引される。
結社から与えられた情報を元にここへやって来たのだが、現場に集まった男たちを見るなり彼は情報がガセネタだと確信してしまった。
まず、人数が少なすぎた。そして、警戒が怠慢すぎた。
一番の理由としては、七つの鍵はそれ自体が強烈な魔力を帯びた魔導具であり、並大抵の人間が扱おうとすれば力にあてられて気が触れるようなケースも多々あると聞き及んでいる。そのため、七つの鍵に関与する行動には探索や調査に至るまで、紋章術の使い手の付き添いが義務付けられているのだが。
しかし取引現場の男たちといったら、なんなのだろう。
どいつもこいつもナイフにスタンガン。しかも図体ばっかり目立たせて、ボディービルダーかお前ら、と少年は呆れた。どう見ても、その中に、紋章術を扱える類の魔力に聡い人間がいるとは思えない。彼にしてみれば、男たちはいたずらな武装と凶暴さしか持ち得ない、いわば〝一般市民〟だった。
それが決定打だ。
だから、少年は「結社に目を付けられるような紛らわしいことはしない方が良い」と老婆心からスマイル全開で声を掛けてあげたというのに。タイミングが悪かったのだろうか。それとも、元から話の通じる連中ではなかったのだろうか。
問答無用で襲い掛かられた結果が、これというわけだった。
「ホントやんなっちゃうよな。俺がやったんじゃないのに」
そう。少年は自身の持つ紋章術すら使っていない。……使うまでもないと判断した。
だから、おそらく晩餐をえずきたくなるほどの蹴りや、眼前に宇宙を見るような殴打は与えたが、流血沙汰になるような致命傷とは無関係だ。ただ彼が身軽に凶刃を避けるうち、男たちが勢い余って同士討ちをやらかしてしまっただけのこと。
少年はおもむろに、グループの頭らしきスキンヘッドを蹴転がす。その下から、血塗れのアタッシュケースが覗いた。
どうせ七つの鍵の類似品かガラクタなのだろうが、ここまでやってしまったら持ち帰らないわけにもいかないだろう。
排水溝の髪の毛でも摘まむような仕草でそれを引き寄せた彼は、制服の内ポケットを探る。
手慣れた様子でケータイを取り出し、ボタンをいじると耳元へ寄せた。
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