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第1章
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クロノとミントを見て、彼女は笑みを浮かべる。
左右に結えた黒髪をぴょこぴょこと揺らし、にやけた笑みを零すのは、童顔術師のナツメ。
身を包む服装は和服を改造したようで、戦闘用にと動きやすくした着物、だろう。――その胸元には、聖杯のエンブレムがある。
「恋は人を変えると言うけれど、ここまで変えるとはねー」
「冗談はその姿だけにしてください」
「あ、ビー。もう話は終わったんだ」
ナツメはクロノの言葉を聞かなかったことにして、扉の近くに佇んだままのビビアンへ視線を向けた。目を丸くするミントと対照的に、呆れたため息を吐くクロノは慣れた様子だ。
「で、何でクロノ君がここにいるの?」
「エイレンが二人に仕事を頼んだからよ」
「あ、もしかして人魚姫と赤頭巾?」
「ええ」
ナツメは、きゃっきゃと声を上げて笑い転げた。
しばらくして、どすんと鈍い音が聞こえた。どうやらソファーから落ちたらしく、それがまたおかしかったのか笑い声が止む気配はない。
ミントが心配そうにソファーを見るより先に、クロノは彼女の目線を自身へ向けさせる。
「そのことで話があるんだ」
「……? はい」
「俺も君も、この結社の仲間入りすることになった」
驚きで見開かれる木苺色。
だが、意に介した様子もなく彼は言葉を続ける。
「成り行きとは言え、君の仲間入りも勝手に決めたのは悪かったと思うけど、俺にとっても君にとっても悪い話ではないと判断した」
「…………」
「それで、早速仕事を頼みたいと言われた。候補は二つあったけど、どっちも他の使い手と接触する内容で、場合にもよるだろうけど、おそらく高確率で戦闘になるはずだ。……でも、こっちはまだ保留だから、どうするかは、君自身が決めてほしい」
「………………」
「まあ、わざわざこっちの意見を確認するくらいだから、断っても良いと思うけど」
クロノ個人の話をすれば、彼は受けるつもりでいた。
同時に、ミントの同行は拒否するつもりでもあった。結社の仲間入りは仕方ないと割り切れても、その上で押し付けられた仕事で戦闘を強要されるのは彼女には酷な話だろう。それに、本人の意見を無視するわけにもいかない。こういうことは、本人の口から言うべきだ。
そして何より、クロノとしても、そこまで彼女の身の振りを決めてやる義理はない。
「……わたしは、大丈夫です」
一体何が大丈夫なのだろうか。
返答になっていないその言葉に、クロノは僅かに顔をしかめた。
続きを待っていると思ったのだろう、ミントはたとだとしく言葉を重ねる。
「あ、えっと……だって、クロノさんが助けてくれたから、わたしはここにいるんです。わたしが、クロノさんを信用しようと決めたんです。だから、結社の仲間入りも他の使い手との戦闘も、わたしは大丈夫です。役に立てないかもしれませんけど、精一杯頑張りますから」
「……」
「だから、置いていかないでください」
縋り付くような赤紫色の眼差しに、少年はすいと目を細める。
そういうことか、とクロノは腑に落ちた様子だ。
要するに、安全だが見知らぬ環境に身を置くよりも、危険でも見知った人間の側にいたいと言うことらしい。グラールに狙われていることは本人もわかっている。今更、一般社会に戻れないことは承知の上だろう。
帰る場所のないミントにとって、頼れる相手がクロノだった。それだけの話だ。
けれど同時に、その深紅色の目はしっかりと捉えていた。
ただでさえ白い肌を更に白くさせて、震えを隠すために握りしめたであろうその手が微かに震えていることを。大丈夫だと頷いてはいたが、その目は漠然とした恐怖を映し不安げに揺れている。本当は、怖くて仕方がないのだろう。
クロノは呆れたようにため息を吐くと、その金色の髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「……まあ、君も仕事を受けるなら、しばらくは嫌でも俺と一緒だろうけど」
そんな気休めでどうにかなるものではない。だが、こくりと首を振った少女が、強張らせていた表情をふにゃりと崩したのを見るに、そこそこの効果はあったのだろう。
と、そこに空気の読まない声が響く。
「それじゃあ、話もまとまったところで、早速仕事に向かってくれるかしら?」
「俺はまだ何も答えてないんですけど」
「あら。貴方はひとりでも行くつもりでしょう?」
「……」
わかりやすい性格をしているつもりはないが、こうも考えが読まれてはおもしろくない。
クロノはイエスともノーとも答えず、ちらりと改めて若草色の少女を見やる。
あの一件は間違いなく重要なものだった。
それは何も結社に限ったことではない、当事者であるミントはもちろん、その場に居合わせたクロノたちにとってもだ。
――そう言えば、あの〝音の紋章術師〟の捕獲はどうなるんだろ。
考えても仕方がないのは十二分にわかっていても、ふと浮かんだ疑問。
あの金髪の女性がセラの探す人物であることは間違いない。だが、それはつまり、彼女の傍らにいる旧友もまたこの一件に巻き込まれる羽目になることを意味するのだ。
不意にクロノは、呼び出された一室でのやり取りを思い出す。
何故紋章術師が直々に平の使い手を呼び出したのか。
結局セラは決定打には触れず言葉を濁すに留まったが。あれが説教するためだけに呼び出したものではないことは容易に想像出来る。
他組織の使い手と接触するも始末せず、捕獲対象は抵抗に遭い見逃した。誰かが提出した報告書通り、クロノはあの現場で一切の戦闘行為を行っていない。
あの娘が生きていたとは驚きだ。……しかも、お前の知り合いだったとは。
その言葉の解釈が正しければ、恐らくセラは、事をスムーズに運ぶためにクロノを同行させるつもりだったのだろう。だが、少年がいようがいまいがお構いなしにセラは〝音の紋章術〟を捕獲するためにあの銀髪と対面するはずだ。どう転んでも、衝突は避けられそうにない。
それならば、クロノがやることはセラが接触するより先に旧友と合流することだ。
助っ人には心もとなくとも少しでも戦力はあるほうがマシだろう。
どこにいるかはわからないが、人の集まる場所に行けば情報くらいは得られるはずだ。
そのためにもまずは、こんな場所でいつまでも時間を無駄にするわけにはいかない。
「それで、どんな内容なんですか」
「貴方と同じような状況に置かれている人を助けて、ついでに勧誘するだけよ」
「……」
「今この結社に足りないのは人員よ。所属希望者探しをするよりも、新しい拠点を探している人を招いた方が手っ取り早く戦力と人員が集まるわ」
あっけらかんとビビアンは言い切った。
どうやら、クロノたちがカリバーンに勧誘された理由も、人員補給のためだったようだ。確かに理屈で考えるなら、元々結社にいた人間なら即戦力としては申し分ない。ただし、勧誘された側の気持ち的にはどう映るかわからないけれど。
無感情にクロノは問いかける。
「何か、他に情報はないんですか?」
「大した情報は集まってないけれど、赤頭巾はついこの間壊滅した組織の生き残りで、人魚姫は壊滅寸前の組織にいるみたいよ」
左右に結えた黒髪をぴょこぴょこと揺らし、にやけた笑みを零すのは、童顔術師のナツメ。
身を包む服装は和服を改造したようで、戦闘用にと動きやすくした着物、だろう。――その胸元には、聖杯のエンブレムがある。
「恋は人を変えると言うけれど、ここまで変えるとはねー」
「冗談はその姿だけにしてください」
「あ、ビー。もう話は終わったんだ」
ナツメはクロノの言葉を聞かなかったことにして、扉の近くに佇んだままのビビアンへ視線を向けた。目を丸くするミントと対照的に、呆れたため息を吐くクロノは慣れた様子だ。
「で、何でクロノ君がここにいるの?」
「エイレンが二人に仕事を頼んだからよ」
「あ、もしかして人魚姫と赤頭巾?」
「ええ」
ナツメは、きゃっきゃと声を上げて笑い転げた。
しばらくして、どすんと鈍い音が聞こえた。どうやらソファーから落ちたらしく、それがまたおかしかったのか笑い声が止む気配はない。
ミントが心配そうにソファーを見るより先に、クロノは彼女の目線を自身へ向けさせる。
「そのことで話があるんだ」
「……? はい」
「俺も君も、この結社の仲間入りすることになった」
驚きで見開かれる木苺色。
だが、意に介した様子もなく彼は言葉を続ける。
「成り行きとは言え、君の仲間入りも勝手に決めたのは悪かったと思うけど、俺にとっても君にとっても悪い話ではないと判断した」
「…………」
「それで、早速仕事を頼みたいと言われた。候補は二つあったけど、どっちも他の使い手と接触する内容で、場合にもよるだろうけど、おそらく高確率で戦闘になるはずだ。……でも、こっちはまだ保留だから、どうするかは、君自身が決めてほしい」
「………………」
「まあ、わざわざこっちの意見を確認するくらいだから、断っても良いと思うけど」
クロノ個人の話をすれば、彼は受けるつもりでいた。
同時に、ミントの同行は拒否するつもりでもあった。結社の仲間入りは仕方ないと割り切れても、その上で押し付けられた仕事で戦闘を強要されるのは彼女には酷な話だろう。それに、本人の意見を無視するわけにもいかない。こういうことは、本人の口から言うべきだ。
そして何より、クロノとしても、そこまで彼女の身の振りを決めてやる義理はない。
「……わたしは、大丈夫です」
一体何が大丈夫なのだろうか。
返答になっていないその言葉に、クロノは僅かに顔をしかめた。
続きを待っていると思ったのだろう、ミントはたとだとしく言葉を重ねる。
「あ、えっと……だって、クロノさんが助けてくれたから、わたしはここにいるんです。わたしが、クロノさんを信用しようと決めたんです。だから、結社の仲間入りも他の使い手との戦闘も、わたしは大丈夫です。役に立てないかもしれませんけど、精一杯頑張りますから」
「……」
「だから、置いていかないでください」
縋り付くような赤紫色の眼差しに、少年はすいと目を細める。
そういうことか、とクロノは腑に落ちた様子だ。
要するに、安全だが見知らぬ環境に身を置くよりも、危険でも見知った人間の側にいたいと言うことらしい。グラールに狙われていることは本人もわかっている。今更、一般社会に戻れないことは承知の上だろう。
帰る場所のないミントにとって、頼れる相手がクロノだった。それだけの話だ。
けれど同時に、その深紅色の目はしっかりと捉えていた。
ただでさえ白い肌を更に白くさせて、震えを隠すために握りしめたであろうその手が微かに震えていることを。大丈夫だと頷いてはいたが、その目は漠然とした恐怖を映し不安げに揺れている。本当は、怖くて仕方がないのだろう。
クロノは呆れたようにため息を吐くと、その金色の髪をぐしゃぐしゃと掻いた。
「……まあ、君も仕事を受けるなら、しばらくは嫌でも俺と一緒だろうけど」
そんな気休めでどうにかなるものではない。だが、こくりと首を振った少女が、強張らせていた表情をふにゃりと崩したのを見るに、そこそこの効果はあったのだろう。
と、そこに空気の読まない声が響く。
「それじゃあ、話もまとまったところで、早速仕事に向かってくれるかしら?」
「俺はまだ何も答えてないんですけど」
「あら。貴方はひとりでも行くつもりでしょう?」
「……」
わかりやすい性格をしているつもりはないが、こうも考えが読まれてはおもしろくない。
クロノはイエスともノーとも答えず、ちらりと改めて若草色の少女を見やる。
あの一件は間違いなく重要なものだった。
それは何も結社に限ったことではない、当事者であるミントはもちろん、その場に居合わせたクロノたちにとってもだ。
――そう言えば、あの〝音の紋章術師〟の捕獲はどうなるんだろ。
考えても仕方がないのは十二分にわかっていても、ふと浮かんだ疑問。
あの金髪の女性がセラの探す人物であることは間違いない。だが、それはつまり、彼女の傍らにいる旧友もまたこの一件に巻き込まれる羽目になることを意味するのだ。
不意にクロノは、呼び出された一室でのやり取りを思い出す。
何故紋章術師が直々に平の使い手を呼び出したのか。
結局セラは決定打には触れず言葉を濁すに留まったが。あれが説教するためだけに呼び出したものではないことは容易に想像出来る。
他組織の使い手と接触するも始末せず、捕獲対象は抵抗に遭い見逃した。誰かが提出した報告書通り、クロノはあの現場で一切の戦闘行為を行っていない。
あの娘が生きていたとは驚きだ。……しかも、お前の知り合いだったとは。
その言葉の解釈が正しければ、恐らくセラは、事をスムーズに運ぶためにクロノを同行させるつもりだったのだろう。だが、少年がいようがいまいがお構いなしにセラは〝音の紋章術〟を捕獲するためにあの銀髪と対面するはずだ。どう転んでも、衝突は避けられそうにない。
それならば、クロノがやることはセラが接触するより先に旧友と合流することだ。
助っ人には心もとなくとも少しでも戦力はあるほうがマシだろう。
どこにいるかはわからないが、人の集まる場所に行けば情報くらいは得られるはずだ。
そのためにもまずは、こんな場所でいつまでも時間を無駄にするわけにはいかない。
「それで、どんな内容なんですか」
「貴方と同じような状況に置かれている人を助けて、ついでに勧誘するだけよ」
「……」
「今この結社に足りないのは人員よ。所属希望者探しをするよりも、新しい拠点を探している人を招いた方が手っ取り早く戦力と人員が集まるわ」
あっけらかんとビビアンは言い切った。
どうやら、クロノたちがカリバーンに勧誘された理由も、人員補給のためだったようだ。確かに理屈で考えるなら、元々結社にいた人間なら即戦力としては申し分ない。ただし、勧誘された側の気持ち的にはどう映るかわからないけれど。
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