Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

014

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 カリバーンの本部は、思いの外、敷地があるようだ。

 部屋を出るなり、目の前に広がるだだっ広い長廊下。どうやら先程の洋室は、廊下へ面した一室にすぎなかったらしい。一直線に伸びた臙脂色の絨毯。上質そうなカーテンが下りた格子窓。柱には燭台が設けられ、雨雲とカーテンで薄暗くなった館内を柔らかく照らしている。
 クロノはそれらを横目に、通りすぎる扉の数を数えながらビビアンの後に続いた。
 長廊下だけでも、部屋の数は相当数ある。この分なら、外から見てもそれなりに立派な洋館なのかもしれない。絵に描いたような洋風邸宅だ。
 サスペンスドラマでも起こりそうだな、と彼は冗談にしても笑えない想像をする。


 ――まあ俺もサスペンスフルな気分なんだけど。


 つまり、不安要素が満載だ。
 当たり前だった。ひとまず勧誘には応じたとはいえ、クロノはカリバーンと言う組織についてはもちろんのこと、実はビビアンのことすらもよく知らないのだ。
 グラールから脱出した際、屋上へ駆け付けた彼女を赤星だと判別出来たのは、ほとんど反射的なものだった。ケータイ越しでしか感じたことのなかった声音と、雰囲気。女性がまさにそれを兼ね持った人間だったからこそ、あの場でとっさに確信が持てた。恐らく、彼女がヘリウムガスでも吸って登場したなら「あんた誰だ」の一点張りで話にならなかっただろう。
 クロノは先導する栗色のロングヘアを見やる。
 お互いにちゃんと話をする機会が出来たこと自体、初めてだった。しかも完全な初対面でないだけに、何やら妙な気分だ。


「ちょっと気になったんですけど。赤――」
「ビビアンで良いわよ。暗号なんて他人行儀だもの」


 言わんとしていたことを読まれるのは、ケータイ越しでも背中越しでも同じことらしい。
 じゃあビビアン、とクロノがどこか慣れない調子で続ける。


「拠点が広すぎませんか。都市伝説扱いされてる組織のわりには、人目に付きやすいと思いますけど」
「大丈夫よ。カリバーンにはそれを隠し通せる技術があるわ」
「…………この木造建てに?」


 身も蓋もない彼の言いように、肩をすくめた後姿。


「技術と言うよりは、能力と言った方がわかりやすいかしら。ここには、他組織に存在を悟られないための紋章術が使われているから」


 つまり、それを施している使い手がカリバーン内にいるわけだ。
 魔導反応をうやむやにするのか、もしくは洋館そのものを目視出来なくするのか。クロノには馴染みのない紋章術の種類なので勝手がわからなかったが、合点はいった。
 とはいえ、これだけの邸宅を隠すには相応の魔力がいるはずだが。


「それが逆に魔導反応を示して、手掛かりになるようなことはないんですか」


 ビビアンが背中を見せたまま、彼の疑り顔に微笑みかける。……いや、微笑む気配を帯びる。
 クロノは、ふと以前のようにケータイ越しに話しているような錯覚を感じた。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。今更になって騙したりしないわ」
「え? 俺はこの結社外の敵を心配してるだけですよ」
「そうかしら。貴方、さっきから声が硬いけど」
「…………」

 ――だから苦手なんだ、この人は。


 くすりと肩を揺らしたビビアンから、彼は部が悪そうに視線を逸らす。


「安心して。私たちは紋章術で本拠を守っているから、グラールみたいな機械仕掛けのお城は必要ないのよ。――あれだけ大きな施設なら仕方ないけど、いざという時に身動きが取れないものね」
「それがわかってて、何で電気系統をとばしたんですか」


 本当にミントを無事に保護する気があったのか、と聞きたいのだ。
 実体験として、屋上から動けないと言う状況に追い込まれたクロノは、あんな無茶苦茶な手を取らざるを得なくなった。もちろん死ぬつもりなんか毛頭なかった彼だったが、首を刈り取られるか、転落死するかのどちらかを選ぶつもりで、迷わず後者を取ったわけだ。
 ミントにもいきなり紋章術を使わせて、少なからず負担をかけたに違いない。


「予定なら、グラールの使い手たちはみんな部屋に閉じ込められていたはずなのよ。セラだけだわ、真っ先にドアをぶち壊して外に出るなんて」


 ドアをぶち壊して、がやたら強調されたように感じたのは、クロノの気のせいだろうか。
 くるりと横顔だけ振り向かせたビビアンは、やはり微笑していた。


「何だかんだ言って、似たもの同士なのね。貴方たち」
「……冗談じゃないですよ」


 あんな化け物みたいな死神みたいな歩く核兵器みたいな組織従属型マシンと、何をどう間違えたら似通えるんだ、とクロノは当人に聞こえないのを良いことに胸中で好き放題独りごちた。

 そして、廊下を一直線に歩いていたビビアンは、突き当たりの大きな装飾扉の前で止まる。
 注意を向けていないと聞き逃していただろう。彼女が聞き手のいない独り言のように何かを呟く。……と思うと、扉の装飾が脈打ったかに見えた。
 紋様を白く光らせ、重厚な軋みを上げながら独りでに開け放たれる。
 呪文の一種だろうか。詠唱が必要な紋章術と言うのも聞いたことがなかったが、恐らく、あらかじめ掛けられた紋章術を他の人間が解くための仕組みなのだろうと踏んだ。
 ビビアンのような使い手でない人間でも、解除出来るのか。


 ――出来たんだから出来るんだろうけど、やっぱり聞いたことがない。


 ここに来てから腑に落ちないことばかりだ。
 クロノはひとまず考えないことにする。切りがないと踏んだのだ。

 扉を潜ると、頭上には蝋燭の立てられたシャンデリア。灯火を反射するくらいに磨き上げられた象牙色の床面には、カリバーンを表す剣のエンブレムがある。
 ホールか舞踏室を思わせるような空間で、ぽつりと椅子に座っていた少女。
 その顔が、クロノを捉えるなり、ヘリコプターを見つけた遭難者よろしくぱあっと輝いた。


「く……クロノさんっ」


 上ずった様子で歩み寄って来たミント。血に染まっていたフレアワンピースではなく、丈の長い白のティアードスカートとふんわりしたボレロに身を包んでいた。
 自分で着替えたのかな、と常なら考えもしないことが心配になる。
 だとしたら、いきなりショックが大きすぎたんじゃないか。
 僅かに表情を曇らせたクロノだったが。


「大丈夫なんですか? 突然、倒れたから……体はもうなんともないんですかっ」
「――ああ、いや、俺は大丈夫だけど」


 言いながら、ビビアンの自然な目配せに気付いた。
 情報伝達とオペレーターを兼任する通信部のトップだけあって、彼女は細やかな気遣いの出来る人間だ。ミントの体裁を見て、上手く手を打ってくれたのかもしれない。


「夜勤明けで疲れてたから、眠くなっただけだ。君は? 怪我とかなかったかな」


 幾分か穏やかさを帯びた口調と、赤褐色の眼差し。
 緊張の糸が切れたのか、ミントが泣きそうな瞳を揺らした時だ。

 ぶふっ、と吹き出すような声がホールに響いた。


「……ね、眠くなっただけ、だって。いきなり気絶して、眠くなっただけ、だって」


 生物学的に無理があるよねー。
 わけのわからない理屈をこねながら、けらけら笑い立てる鈴を転がすような声。

 クロノはこちらに背を向けて置かれた革張りのソファーへと、ちらりと視線を転じた。
 手もたれに乗せた両足を、ぶらぶら揺らしている声の主。


「ああ。いたんですか。背もたれで見えなかったな」
「…………」


 存外、不遜な言い草を向けた彼に、ミントが目を丸くする。
 笑い声はひょっこりとソファーの背から顔を出した。
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