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第1章
017、『赤頭巾』
しおりを挟む足元で、地面のくぼみに溜まった雨水が跳ねた。
先程まで降っていた雨はもう止んでいて、じめりとした蒸し暑い空気がこの空間を包んでいた。愛用の剣で体を支えながら、鉛のように重たい足をなけなしの体力で必死に引きずる。足元の砂が、行く手を遮るかのように纏わり付いてきた。
微かに見えた人影。
助けを求めるように、その人に無意識で手を伸ばす。
「……っ」
その〝女の子〟が振り返ったところで、意識が途切れた。
・
ケータイで確認した現場は、都会の中でも辺境の位置に存在する。
少年は一人、緑の多い街中をぼんやりと眺めていた。
現在クロノはミントと別行動をしている。
理由は、この街のどこかにいるターゲット『赤頭巾』を迅速に見つけるため。二人で行動するよりも別々の方が早く見つけられます、と言い張って譲らないミントの意見を採用した結果だった。とは言え、クロノとしても反対する理由はどこにもなかったのだけれど。
何しろ、この流れと展開は、少年にとっても都合が良い。
意気揚々と探索に向かった萌葱色の後姿を見送ってから、クロノは懐かしい街並みを見渡した。ここは、彼にとっていろいろと馴染みの深い場所だ。もちろん、旧友にもそれは当てはまる。組織からの仕事はともかく、彼自身の目的を果たすためにも、ミントが告げた別行動は有難い話だった……のだが。
――ま、そう簡単に見つかるわけないか。
どれだけ街を回っても、それらしき人物を見かけることはなかった。
見知った銀髪やその連れはともかくとして、そもそもクロノは『赤頭巾』の容姿情報は一切知らなかった。ケータイのポインターが示すからだの、会えばわかるだのとエイレンに曖昧な言葉で流されたことはまだ記憶に新しい。一体全体、何を元に人探しをしろと言うのか。
ため息と共にケータイを出し、いったん合流するべきかと結論付けてミントに連絡を取ろうとした矢先、まっさらなアドレス帳とご対面した。新しいケータイと共に支給された通信機にばかり気を取られ、そもそも使うこともないだろうと放置したことを思い出す。これでは、どのみち連絡など取れない。ミントだけでも後で聞いておくかと、ぼんやり考えながらクロノはケータイをポケットにしまう。
また一人探す人間が増えたな、と意味のないことを考えながら、僅かに感じる魔道反応を頼りに適当な角を曲がって路地に入った時だ。
切羽詰まった声が響く。
「く、クロノさん!」
聞こえたのは、探していた人物の声。視線を向けると、焦ったような困ったような表情を浮かべたミントが、オロオロした様子で立っていた。
遠慮なく怪訝な表情を浮かべたクロノは、一瞬躊躇った後、若干の警戒心と共にそちらへと足を向ける。近付いて来る少年に向けて、彼女は困惑顔のまま、無言で地面を指差す。
その示された先――、少女の数メートル奥には人間が倒れていた。
微かに感じる見知らぬ魔導反応に、その人物が紋章術の使い手なのだと理解する。
「……誰だ?」
「わかりません。見つけた時にはもう倒れていたんです」
放っておけなくて、とミントは言葉を続けたがクロノは聞いていなかった。
この場に戦闘痕はなく、また血痕も見当たらない。ならば、疲労や空腹などの体調的理由で気絶したか、予期せぬ一撃で意識を飛ばしたかの二択だろう。
――まさか彼女が気絶させた、なんてことはないよな。
笑えない冗談を想像しながらクロノは、倒れている人間を改めて観察する。
背丈は恐らくクロノの目線ぐらい。常識外の某術師はともかく、この身長なら平均的に考えれば年齢は中学生ぐらいが妥当だろう。うつぶせに倒れているので性別はわからない。男にしては長めで女にしては短めの茶色い髪に、健康的な小麦色の肌。コートかローブかはわからないが、身を包むその布には黒っぽくなった赤い模様がまだらに描かれている。片手は、這ってでもどこかに行こうとしたのか、何かを掴もうとしたのか、こちらへと伸ばされている。
もう片手には、気を失っても離さない、片手用の両刃剣。柄の中心にはめ込まれたゴールデンブラウンの水晶が、鈍く光を反射させている。いや、よく見ると所々に傷があるのが見て取れた。刀身も、支障のない程度に刃こぼれをしている。
外装の血痕と合わせて考えるに、どこかで戦闘を繰り広げていたのは間違いない。
「…………」
余程のイレギュラーがない限り、使い手はみなどこかの結社に所属している。
それならば、この茶髪も身元を証明するものを身に付けているはずだ。クロノやミントが胸元に付けている二振りの剣と同じく、何かを象ったエンブレムを。
まさか赤頭巾なのか、と感慨もなく思いながら一歩踏み出したと同時。
ポケットに入っているケータイが震えた。
クロノはケータイを取り出して、画面を眺める。
電話が告げる着信。それも、見たことのない番号。誰のアドレスも登録されていない、まだ新しいこのケータイにかけてくるのは、恐らくエイレンたちしかいないだろう。
そう考えたクロノは、一瞬の逡巡の後、通話ボタンを押した。
『――こちら、カリバーン本部。最初に言っておくけど、この電波は赤星のおかげで、そう簡単に盗聴されないようになっているから安心して良いよ』
聞こえたのは、まだ幼さがある男の子の声。
見知らぬ声に警戒心を抱く前に告げられた、結社の名前と知り合いの暗号名。それはクロノが彼の話に耳を傾けるのに十分すぎる効力を発揮した。
『君は、クロノくんだね?』
「……誰ですか?」
『僕はカリバーンの通信部の人間だよ。……まぁ、自宅警備員だと言った方が君にはわかりやすいかな?』
それはまさに、出発前のミントの問いかけに対する答えそのものだ。
結社に残っている彼に最も相応しい代名詞。……だが、あえて触れなかったエイレンたちの挙動を、苦しい言い訳で押し切ったリーダーの言葉を思うと、恐らくどこかで円卓での会話を聞いていたのだろう。
性格が悪いなと思いながら、クロノはあえて無視をした。
「一体何の用ですか」
『別に普段通りの口調で構わない。これでも一応、君の方が年上なんだから』
年下だったのか、と落ち着き払いすぎる声に見当違いなことを考えながら、クロノは再度問いかける。
「それで。一体何の用だ」
『君たちの周囲に〝鍵〟の反応があった』
「………………は?」
『君たち二人の目の前だ。確保してきてくれ』
淡々とした、抑揚のない言い草。
機械的に告げられた内容に、クロノは自身の耳を疑った。
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