Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第1章

033、リアフェール抗戦

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『クロノくん。資料には目を通したかい』


 すっかり仕事の準備を終え制服を着込んだ少年は、長廊下でケータイ越しの自宅警備員の声に耳を傾けている。


『今回は他組織に先を越されているみたいだよ。それもグラールが相手だからね。正直に言って、怪我人はベッドで大人しくしていた方が長生きできるよ』
「もう治った」
『一日前にかい?』
「そうだな」


 だから何だ、と付け足さんばかりに有無言わせない口調のクロノ。彼はこれから向かう仕事の事以外は、言わばどうでも良いと言うような状態だ。
 普段の様子からは想像が付かない程、声音にひどく抑揚がない。

 ケータイ越しの少年の声がため息をついた。
 と思うと、唐突に言う。


『あぁ、そう言えば、君にはまだ僕の名前を教えていなかったかな?』
「は?」
『僕はナビィ。カリバーン唯一の通信部の人間だよ』


 何で今になって――と言うより、今この時に改まって自己紹介をし出すのか。それも、恐らく名前ではない。通称だ。通信部だから『ナビ』にした、みたいなやたらと安直なネーミングセンスを感じさせる。常ならば「名付け親はエイレンか」くらいは返したクロノだったのだろうが、彼は今、仕事内容に全神経を集中させている。水を差すような談笑に時間を割こうという意識が、これっぽっちもなかった。


『君はもう少し、肩の力を抜いた方が良いと思うよ。対人恐怖症と話しているみたいだから』


 お前に言われたくない、と胸中で独りごちる。
 クロノは、自宅警備員――もとい、ナビィのフォローを無下にする気満々だ。


「悪いけど、俺は今、仕事中毒症なんだ。仕事と関係ない話はしないでほしい」
『さすがは新人だね。頭が固くて恐れ入るよ』
「着信拒否にしていいかな」
『……リーダーから説明は受けたかい? 今回、君には僕の封印扉を使ってもらうよ。多用すると扉の位置を特定されかねないから、精々気を付けて』


 封印扉。
 恐らく、赤頭巾を回収した際にも使った、隠し通路のことだろう。
 エイレンが紋章術で封じた扉うんぬんと言っていたような気がする。
 それじゃあ死に掛けたら通信機を使うんだよ、と何故か改めて遺言用のボタン通信機がオススメされ、通話は切られた。


「遅くなりましたっ」


 見計らったようなタイミングだ。
 ミントが木製扉を蹴倒す勢いで、バタバタ部屋から飛び出してきた。
 クロノにとって半ば冗談のようなものだったが、本当に五分以内に支度したみたいだった。


「いや、急で悪いと思ってる」


 言いながら廊下を歩き始めると、彼女の足音も後に続く。


 ――リアフェールか。


 そこは、クロノが初めて所属した結社で。
 懐かしい、とただ単に言い表すには、複雑すぎる心持ちだった。
 クロノは密かに拳を固める。

 グラールに所属してからこうするまでに、ずいぶんと長い時間をかけた気がする。
 今度こそ本当の意味で、彼らを守れるのだろうか。
 とはいえ、クロノは内通者からグラールの動向を事前に聞かされ、勝手に囮を買って出て、独りでグラールの取引に応じたのだ。リアフェールからしてみれば、弱小組織である自分たちを見捨ててカリバーンに寝返ったように見えたとしても仕方ない。完全な独断だ。
 だが、クロノには今更許されようという気持ちはなかった。

 むしろ、そんなことはどうでも良い。
 ただ無事であってほしい。
 そのためなら、どこまで自分が犠牲になろうが構わないと、何の躊躇もなく決心していた。

 しかし、今回の仕事が何も失わずに済むとは、彼にはどうしても思えない。以前にも鍵の回収を命じたとき、ナビィの口調は飄々としすぎていた。今日もそのときと何ら変わらない調子だったが、封印扉や通信機の使用を勧められたことが引っ掛かる。
 想像以上にまずい状況なのかもしれない。

 結社同士の抗争場所で確認された鍵の確保及び生存者の保護。

 資料の仕事内容を反芻する。
 その抗争場所というのが、都会の中心部だということにもひどく焦燥を覚えるのだ。

 言うまでもないが、紋章術の使い手の戦闘は、一般人が取っ組み合ったりするのとは訳が違う。繁華街のど真ん中かで、派閥同士が相手を殺す気で暴れ回ったりしたら、無関係の人間を巻き込みかねないし、その辺に建っている建造物のひとつやふたつ、ぶち壊すかもしれない。
 運良く被害が結社関係者だけに止まったとしても、街中で紋章術や武器を振り回すことが、一般社会にどんな影響を与えるかなんて考えるべくもないだろう。
 一応結社は目立った不祥事を起こさないようにと、動向を秘匿するのが筋ではあるのだが、それが徹底できているのなら、ここまで過激派呼ばわりされることもない。


 ――テロ行為だけはやめてほしいな。


 クロノは嫌な予感しかしない心持ちを抱えながら、背後のミントを一瞥する。
 紋様の彫られた封印扉へ手をかけた。
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