Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

067

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直後、クロノたちの背後で地面を蹴る音が聞こえた。


「お、お前たち、まさか愛の逃避行でも――」
「違うから黙ってろ」
「人様の戦利品横取りとか、マナー違反じゃね?」


エイレンの奥から、更に状況を引っ掻き回しそうな人物が怒鳴り声と共にやって来る。
予期していた中で最も嫌な形で挟み撃ちにされてしまった。


「やっと追いつい…………ミント?」
「カルナはあんたを、ミントを探してたんだよ!」


後方のベギーネルと前方のツインテール――カルナが、それぞれミントの名前を呼ぶ。
呼ばれた本人はと言うと、二人の顔を見比べてから、困惑した様子でクロノへと助けを求めるような視線を向けた。どうやらミントは理解が追い付いていないらしい。


「もう追い付いてきたのか!」
「ミント、カルナから盗ったものを返して!」

 ――どういう状況だ、これ。


だが、それは少年も同じだった。僅かに表情を引き攣らせたクロノだったが、現状を把握させてもらえる程の時間の余裕はないようだ。
警戒を解かないまま、ナイフへと伸ばした手が、ポケットの中へ突っ込まれる。

それは、一種の賭けだった。

その手が触れたのはケータイで、それは隠すことなく取り出される。そして、クロノは躊躇うことなく着信履歴の一番上を押した。
無機質な呼び出し音が微かに聞こえたが、すぐにエイレンの声に掻き消される。


「お前、こんな時にどこにラブコールしてるんだ!」
「返してよ! テールは元々カルナのものなんだから!」
「金髪のオマエ、何でミント連れちゃってんの?」


前後から各々の言葉が飛び交った直後。


「あー! お前は!?」


慌てて追い掛けて来たのだろう一般人が、クロノを指差しながら悲鳴に近い声を上げた。
もうどうしようもない、と、クロノも臨戦態勢を取りかけた時だ。


『…………お前、何してんだよ』


電話の向こう側から、普段通りと言えば普段通りの面倒そうな声が聞こえた。
無事に繋がったことに、内心胸を撫で下ろしながら、クロノは電話相手へ話し掛ける。


「この場から逃げたいんだ。手を貸してくれ」
『…………』


かみ砕きまくった簡潔な言葉に、旧友は沈黙を返した。


「お願い、カルナの援護して。ここで倒しちゃうから」


ツインテールを揺らしたカルナは、イルエへ援護要求しながら、刀を抜く。


「黒羽くんに警戒しなよ。何かする気だからね」
「そんなの知らない!」


イルエの忠告を無視して、カルナは一気にクロノとミントへ距離を詰める。


「っ」


すぐに反応して動こうとしたのはエイレンだった。
だが、同時に背後でベギーネルが地面を蹴って駆け出した。
二人を守ろうとしたエイレンは一瞬戸惑った様子を見せたが、自身が持つスーツケースを優先したらしい。クロノたちに背を向け、彼女を迎え撃とうとする。

利き手がケータイで塞がっているクロノは、咄嗟に紋章術で応戦しようとした。
ぶわりと高まる魔力と冷えていく空気。

次の瞬間。紋章術を使おうとした彼の隙を狙って、イルエが何かを少年へと投げつけた。

少年に当たったと同時、それは魔導汚染に似た魔力を辺りに撒き散らし、クロノはそれをもろに浴びてしまった。


「なっ」


具現化しようとしていた紋章術は、まるで氷が溶けるかのように消える。
クロノは何とも言えない喪失感と脱力感に襲われて、体がグラリと揺れた。


「クロノさんっ!」


ミントが慌ててクロノの体を支えた直後。
二人の目の前でカルナの刀とベギーネルの拳がぶつかり合う。


「オマエ、しつけーわ。いー加減、ミント狙ってんじゃねーっての」
「狙うも何も、ミントから返してもらいたいだけだもん!」


武器を構えたも無視されたエイレンが、きょとんと目を丸くしている。
クロノとミントもまた、目の前で繰り広げられた展開に驚きを隠せなかった。


『ケータイを外に向けろ。ぶっ放してやる』


クロノが何か言うより先に、今まで静かだったケータイが響かせたのは物騒な言葉だった。
彼の言葉にクロノが反射的に自身の目の前へとケータイを向けた瞬間。


『――――――!』


ケータイの向こうから届いたのは、衝撃波に近い音の波だった。
何の音も聞こえないのは、おそらく、ミラノのものだからだろうか。

無音のシャウトは、ケータイを向けられたグラールとガエブルグ、その中でも特に、目の前にいたカルナとベギーネルに直撃した。彼女たちをはじめ、矛先にいるイルエやその隣にいるもう一人のローブはもちろん、反対側にいながらも膨大な魔力にあてられたのだろう一般人までもが突然の衝撃に膝を付いた。ケータイを持っているクロノと、その背に庇われているミントには被害がなかったが、エイレンも少しふらついている様子だ。

それはまるで、先程何かをぶつけられたクロノの、少しマシになった症状に似ている。


「オマエ、何でその力……」


忌々しそうにクロノを睨むベギーネル。
音の超音波のせいなのかカラスマスクに罅が入り、それは乾いた音を立てて地面に落ちた。
彼女の素顔を見たミントが、その濃紫色の目を見つめ、思わず零す。


「ネル……!?」


彼女の声は呟きと呼ぶにはあまりにも小さく、ミラノの攻撃に掻き消されて、クロノの耳にすら届いていない。
衝撃波が鳴り止んだ直後。比較的被害が少ないエイレンはすぐに体勢を立て直した。


「良くわからんが、やったなクロノ。今のうちに逃げるぞ!」


わざわざ大声で言わなくても良いような事を声高らかに告げるエイレン。
彼はそのまま当たり前のように鉄扉を開けた。


「ミント。そいつじゃねーっしょ! オレらんとこに来い!」


その言葉にミントは真っ直ぐベギーネルを見つめる。
彼女は黙って返事を待っていた。


「ごめん、ネル。わたしは、この人の力になるって決めたの」


少女の返事に、ベギーネルは僅かに目を見開く。
そしてミントは、先行した赤毛を追って、振り返ることなく演習場の外へと駆けていった。
その背中を無言で見送るベギーネルを一瞥してから、クロノも彼等へと背を向ける。

二人を追い掛けながらクロノは、静かになっていたケータイの通話が切れていないのを確認してから、改めてシグドと、そしてミラノにお礼を告げる。言われた本人は、面倒事は二度と手伝わないなどと何度目かわからない文句を言い残してケータイを切ったのだが。


「ナイスプレーだったぞ、クロノ。……二人とも、帰りはしっかりオレについて来い!」


言いたいことを言うだけ言って、エイレンは足早に演習場から離れる。
クロノたちは、エイレンが取引で横取りしたセラの遺体をスーツケースごと連れて、自分たちの結社への帰路についた。
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