Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

068

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「なーんかダメダメじゃね? 派手にしくったわ……」


この場にいる全員の言葉を、代弁したかのようなベギーネルの呟き。
遠退いたカリバーンの連中の気配を横目で追いながら、彼女はふらふらと起き上がる。

グラールの青年とツインテールの少女もまた、それぞれの因縁の相手へと意識を向けているらしい。立ち上がった取引相手を警戒するように体勢を立て直しながらも、その敵意を向ける先がこちらではないということを、ベギーネルは感覚的に悟っていた。
彼女は、グラールの二人がこちらに顔を向ける前に、ポケットから替えのカラスマスクを取り出し、すぐに素顔を覆い隠した。

そして、全部上手くいけばグラールと手を切れたのに、と。
誰にでもなく、舌打ちを漏らすベギーネル。
無理もない。今まで幾度となく繰り返されてきた、ガエブルグとグラールの腹の探り合いは、今夜で終わるはずだったのだ。0番を隔離病棟に匿っていた研究員が、ガエブルグからの働きもあって、グラールの深層まで入り込むために、その身柄を彼等へ引き渡した。
それをベギーネルは研究員本人から聞いていた。

今まで、研究員からの情報を基に、0番が鍵を殺す手段になることを繰り返し訴え続けていたガエブルグだったが、グラールは、実体のわからない鍵という爆弾に対しては、慎重な姿勢を貫いてきた術師結社だ。
ガエブルグに鍵を殺害するという強硬手段を取らせまいと、彼等は、0番が鍵を殺せる証拠がないことと、紋章術の使い手に悪影響を及ぼすことを理由に、研究員を通して0番を囲い込んできた。
それならば、と、証拠を突き付けるために0番の毒をアタッシュケースに詰め、グラールに押し付けようとしていたガエブルグ。そして、それを素直に受け取ることは、0番の毒と、ガエブルグの主張を認めることと同じだと、頑なに理由を付け、アタッシュケースを受け取るまい、認めまいとしていたグラール。

その水面下の争いは、ガエブルグが『白雪姫』で実証してみせたことによって、壊された。
今回の取引で、彼等が0番を寄越してくれば、ガエブルグは鍵を殺す手段を手に入れ、さらに、わざわざ0番をグラールの施設に引き渡すことで、術師結社の深部に入り込んだ研究員から、グラールの情報を得られる。
天下の術師結社、聖杯を内外から押さえ付けられる手筈だったのだ。


「残念だけど、取引は破綻だね。お互いに、カリバーンには貸しが出来たみたいだ」


わずかに苛立ちの混じった声で、それでも冷静にベギーネルに告げるイルエ。
その横で、ふたつ結びの髪を揺らし、少女が踵を返した。


「……カルナ。どこに行くんだ?」


顔を向けずに、言葉だけを投げる青年。
カルナは勢いよく振り返ると、張り裂けそうな声を返した。


「どこも何もないよ! テールをカルナに返してもらうんだもん!」
「今から追っても無駄だよ。カリバーンの方々は、逃げ足の速さが取り得なんだ」
「だから早く追いかけて――」
「カルナ」


イルエが繰り返した声に凄みはない。
ただ、静かで穏やかな口調には、言いようのない強制力があった。
ぐっと唇を噛んだ少女は、演習場の砂地へと呪うような目を落とす。

実際は、追い付く追い付けないの問題ではなく、カルナが彼女――ミントを追おうとすれば、ベギーネルが黙ってはいないことを察しての制止だろう。
グラールにもこんな平静な人間がいたのかと、ベギーネルは夜暗の中でイルエの表情を窺う。
腰に垂らしていた懐中電灯は、先ほどの音波の所為で壊れた。
ガラクタと化した明かりをその辺にほっぽかすと、彼女は心底だるそうに息を吐いた。


「取引はまだ終わってねーっての。あの赤髪の電波野郎、殺してやんよ」
「あぁ、そうだったね。その前に僕がやるかもしれないけど」
「ふざけんな。オマエが言い出した交換条件っしょ。自分で条件破るとかねーわ」


ベギーネルのかったるそうな声に、イルエは黙った。
暗闇に紛れて微笑のみを返す。

破る気満々じゃねーの、と。
ベギーネルは毒々しい深紫の瞳を歪ませた。

彼女の傍らでは、紋章術をもろに受けてしまった青年が、死人よろしく転がっている。


「あいつ……あいつがアニキを……」


地面に伏したまま、呪詛のように繰り返すチャック。
ベギーネルはブーツの先でうつ伏せのスーツ姿を蹴転がすと、しゃがみ込んでその顔をまじまじと見下ろした。


「あ、姐さん……あの金髪のガキっすよ。あいつが取引の邪魔した、杯の野郎なんすよ!」
「わーったわーった。喉笛潰すって言ったっしょ、腰巾チャック」


紋章術を受けたのも問題だが、カラスマスクが壊されたのだからサングラスも例外ではない。
割れたレンズをそのままに、顔面から血を流しているチャック。
襟首を引っ掴んで顔を近づけると、傷の具合をじーっと見つめる。……が、ベギーネルは壊れたサングラスから覗いた瞳孔を認めるなり、何やら退屈そうな声音を出した。


「……なーんだ、つまんね。目ん玉潰れてねーわ」


ぎょっと見開かれた両眼。
それを無視して、彼女は襟首をぶら下げたまま立ち上がった。
その様子を黙って見つめているイルエと、今にも地団駄を踏みそうに震えているカルナ。


「じゃ、オレら帰るかんね。精々夜道に気ぃ付けろよ、聖杯。今日は月が出てねんだ」


心にもない捨て台詞を残して、対照的な二人に背を向ける。
ベギーネルは、青年をゴミのように引きずりながら歩き出した。


ミントのことを思えば、この場でカルナを黙らせておいた方が得策と言えるのかもしれない。
だが、相手は三人。こちらは一人。
ツインテールと荷物持ちはともかくとして、青年に嫌な感じを受けた。
ここで戦うのは、ベギーネル本人にとって得策ではない。
死に急ぐのは趣味じゃない。
取引も台無しだしさっさと帰る、というのが、冷めた彼女なりの結論だった。

ジャラジャラと鎖を揺らしながら、ベギーネルはポケットからケータイを取り出す。
運が良かったのか、あの音波はポケットの中までは破壊しなかったようだ。
ディスプレイの明かりをまぶしく感じながら、アドレス帳の連絡先を選択する。
何度かのコール音が途絶えた。
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