Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
71 / 97
第2章

070

しおりを挟む
遥か遠くに去って行ったカリバーンと、手ぶらのまま背を向けて帰って行くガエブルグ。
ここ第二演習場で、奇しくも顔を合わせることとなってしまった紋章術の三大結社の面々を思い出し、イルエは酷く楽しそうな笑みを浮かべた。

そして、特定の誰にか向けたわけでもなく、ただ言葉を口から滑らせる。


「これだから、紋章術師は楽しいんだよ」


イルエは、元仲間である使い手の金髪少年に投げつけた物を拾い始めた。
それは、強い衝撃に耐え切れず割れた試験管の破片。
中に並々と入っていたはずの液体は、その跡形すら見つからなかった。


「……イルエ。何であんな奴にそれを使ったの?」


ふて腐れたような声でカルナが問い掛ける。
そんな少女の言葉に、イルエは小さく笑った。


「彼、黒羽くんの通常時レベルは並の使い手程度だけど、逆境時レベルはとんでもないって話だからね。下手に刺激して火事場のバカ力を出されたら、面倒だったからね」
「意味わかんない」
「ピンチになると実力を発揮するタイプなんだよ。だから、先手を打たせてもらったわけ」


イルエは全ての破片を拾い終えたのか、立ち上がった。
そして、拾ったものを丁寧にアタッシュケースにしまう。


「尚更意味わかんない。あんなの、すぐに効果切れるじゃん」
「そうとも限らないよ」


にこりと微笑を浮かべたイルエは、それ以上何も言わなかった。
あの時のクロノが見せた反応を思えば、想像以上に効果があったことは予想出来る。
そして何より彼は通常の使い手と違い、積極的に紋章術を使いたがらないのだ。元々紋章術と相性が悪いのか、それとも何か別の理由でもあるのか。どちらにせよ、どのくらいの期間かはわからないが、紋章術が使えなくなったことは事実なので、クロノにとっては今以上に悪い状態になったことに変わりはない。

咄嗟の思い付きでおこした行動だったが、ナイスな判断だったと言える。


「はい、これ」


イルエは、取引が始まってから終始無言の人物へと、アタッシュケースを渡す。
目深く被られたフードがひとつ頷き、両手でそれを受け取った。
取引が終わったと言うのに一言も喋らないローブの人へ、カルナはジト目を向けるが、二人の会話の邪魔はしない。


「あと、ひとつ頼まれてほしいんだ。黒羽くんがあの時使った力の特定をよろしく」


ケータイの電波越しという不利過ぎる条件下でありながらもあれ程の絶大な破壊力が出せる紋章術など、イルエには心当たりがなかった。
強いて言うなら、ガエブルグが欲求する例の少女の力と酷似していると言ったところか。
黒羽――クロノに、そんな人脈はあっただろうかと、イルエは首をかしげる。

グラールで初めて顔合わせをした後、彼の周辺や人間関係は洗いざらい調べてある。彼が唯一今でも関係を続けているのは、現在進行形でリアフェールに所属している幼馴染みだけ。おそらく、あの時少年が電話したのはその幼馴染みで間違いないだろうが、記憶違いでなければ彼が扱う紋章術は雪だったはずだ。


 ――リアフェール、ねえ。


術師結社リアフェールと言えば、セラたちグラールの精鋭部隊を返り討ちにしたことはまだ記憶に新しい。実際にセラを殺したのはエイレンだとイルエは聞いていたが、それでも、カリバーンが到着するまで持ち堪えられるほどの戦力があるわけだ。イルエには知らされていないだけで、リアフェールに何か隠し玉があったとしてもおかしくない。


 ――まあ、調べてもらえばわかることか。


グラールの隠密部隊トップを連れて来て正解だった、と内心ほくそ笑む。
そうして、次の作戦を考えながら、イルエもまた演習場を立ち去る。
カルナとローブの人物も、彼の背中を追い掛けてこの場から離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...