Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

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「『人魚姫』は後で聞くとして。今はもっと大切なことがあるんじゃないかしら?」


そう問いかけたワズサの目線はクロノに向けられていた。
社長が何を言いたいのか、それがわからないほどクロノはバカではない。


何をしたいのか。

その問いにクロノは言葉をつまらせた。
誰かの力を借りるなど、クロノにしてみれば極力避けたいことである。とはいえ、どうしようもないこの現状を踏まえれば、現実的なクロノとしては、得手不得手よりも少しでも成功率を上げる方が重要なのだ。


やがて、意を決したかのように、クロノは応接間にいる全員を見回した。


「どんな理由であれ、俺のヘマが招いたことに変わりはない」


やられっぱなしは趣味じゃないんだ。
いらないとわかっていながらも、クロノは呟くように続けた。

守るはずの少女に守られたことも、実力は互角だろう相手に惨めにやられたことも。
どれもこれも、悔しくて仕方ない。


「だから、借りを返しに行くための力を貸してほしい。…………頼む」


クロノの声音は、頼み事をするにしては事務的な淡々とした物言いだった。

エイレンとビビアン、そしてナツメの三人が意外そうに顔を見合わせている。


思い返せば、こうやって面と向かって誰かに頼み事をするのは始めてかもしれない。
とはいっても別にクロノの感覚としては頭を下げたわけではなく、手伝いを要請しただけだ。

紋章術だけでなく愛用のナイフを失ったクロノとしては、紋章術師と呼ばれる彼らの力を借りたほうが効率いいし成功率が上がるから、という身も蓋もない考えによるものだった。
とはいえそんな考え一つとっても、今までのグラールにいた頃のクロノでは選択する余地のない手段だったから、ずいぶんとカリバーンに染まってきたらしい。


ミントがいるであろう場所は、グラール本部か実験施設のどちらかだろう。
そのどちらにしても敵地に、敵の心臓部に飛び込むことに変わりはない。

四大化け物のうち残りの三人が未だ活動しているグラールもそうだが、それ以上に、実験施設という場所が紋章術の使い手にとって危険な場所であるらしい。グラール第二演習場へ向かう途中に読んだ、シグドから送られた施設の情報にそのことが書かれていた。

あの場所は、どういう原理かわからないが、そこで誕生した人工紋章術を除き鍵も含めすべての紋章術の使用が制限されるのだという。……いや、そんなこと以上に。施設の奥に繋がっている隔離病棟と呼ばれるエリアでは、理性や自我を持たない正真正銘の〝失敗作〟と呼ばれる使い手のなり損ないが大量にいて、そいつらは、紋章術の魔力にあてられたら、とち狂ったかのように殺戮を求める生物兵器になるのだという。……後者に関しては信憑性はないが。


クロノの言葉に最初に答えたのはシグドだった。


「俺はその言葉を、三年前に聞きたかった」
「シグド……」
「断る理由なんかねぇよ。俺たちは、手ぐらいならいつでも貸してやる」


当然だと言うような口調でシグドは告げた。
その「俺達」がシグドとミラノだということは今更な話だけど、片方はまだ気を失ったままだというのに勝手に決めて良かったのだろうか。いやそれでも、否定することはないだろうとわかっていても、シグドが即答してくれたことは、クロノにとってすごく嬉しいことだ。

先陣を切ったシグドに続くように、次々とクロノへ言葉が放たれる。


「当然だぞ! 仲間なんだから、クマノミとイソギンチャクのように協力し合わないとな!」
「そうね。彼女を助けたいのは私たちも同じだもの」
「なんか良いよね、こーゆーの。連合軍みたい!」


エイレンやビビアンが、そして面白半分にナツメが頷いた。

驚きで返答を失うクロノにシグドは、ほらみろ、とでも言いたげな視線を送る。
それを受けたクロノは、どこか脱力したような苦笑いを贈り返した。


と、そんな空気を遮るようにロザリアがシグドを指さした。


「感動的な空気に思わず流されそうになっちゃったけど、シグド、君は前線を手伝ったらダメだからね。かなりダメージを受けたんだから、安静にしてないと」
「は? んなもん、ミラノがいれば――」
「良いわけないでしょ。君の体質はサリアさんでもお手上げだったんだから」
「…………」


黙ったシグドに、ロザリアは呆れを隠すことなくため息をついた。
面倒くさそうに黙った『人魚姫』と、真剣な表情の治癒の紋章術の目線が交差する。

困惑で狼狽したクロノが弾かれるようにシグドに声をかける直前。


「ま、別に好きにしたら良いよ。戦わなければ体に支障はないだろうしね」
「…………わかった」


意外にもシグドは素直に頷いた。
その口調は渋々といった物言いだった。だがそれでも、改めてソファーに座り直した辺り、素直に従うことにしたらしい。ソファーに深く座ったシグドは寝息でも聞こえてきそうなぐらい微動だにしないけれど、銀毛の隙間から見える菫色は体面側で寝ているミラノをじっと見つめている。心配そうなその表情に、疲労と気怠さが垣間見えた気がした。


「…………」


先程のロザリアとの問答について今すぐにでも詰め寄りたいクロノだったが、彼らの会話の内容には心当たりがありすぎた。あの時紋章術を暴走させたミラノの一番近くにいて、一番影響を受けたのはシグドである。音の紋章術について詳しく知らないクロノでも、それがどれほどのダメージになるのかは想像に難くない。何しろ、ケータイ越しでもイルエたち全員を怯ませて膝をつかせるほどの威力があることを、身をもって知っているのだから。

黙り込んだクロノの横顔を見てから、ワズサがパチンと手を叩く。


「それじゃあ、みんなはミラノちゃんが起きるまでに準備をすませないとね」


がんばって、と他人事みたいに告げるワズサ。
彼女だけはクロノに協力すると言わなかったのだから、当然の反応だろう。何しろリアフェールの社長は滅多なことがない限り本部から出ることはないのだから。
主婦は主婦らしく家庭を守ってますわ、と言うのが彼女の言い分である。

ふむ、と一つ頷いたエイレンがビビアンを見やる。


「どうする? ビビアン」
「情報収集が先決よ。彼女の居場所に関して情報が少なすぎるわ」
「あのバカルナの性格で考えるなら実験施設だろうけど、上層部からの命令だったらあの機械城だろうしね」


ウンウンと頭を捻るカリバーン組。
やっぱりビビアンやナツメがグラールに戻れなくなってから、収集出来る情報量が少なくなった感は否めない。

クロノはその会話を半分聞き流しながら、ソファーの背もたれに体を預けた。
作戦会議に参加するつもりなどこれっぽっちもない。
我ながら、発案者のくせに無責任だ。

目の前に座っていた『赤頭巾』はワズサに連行されて行ったので、今は入れ替わりでロザリアが腰掛けている。
おそらくあの少年もミント奪還には参加せずにこの建物に残ることになるのだろう。

つかの間の休息を精一杯満喫しようと、いつの間にかに目を閉じているシグド同様クロノもリラックスモードに入りかけていた時だ。


「なぁ肋……じゃなくて、クロノだったっけ?」


不意に、クロノが座るソファーの背もたれに、いつの間にかに寄り掛かっているフィズが声をかけてきた。
肋、などという意味不明な呼び方をしようとしていたが、まさか肋骨骨折の話題を掘り起こすつもりじゃないだろうな、とクロノは今にもえぐられるかもしれない最大の古傷を思い、内心何とも言えない苦笑いを浮かべた。


「そうだけど……何?」
「別に用があるわけじゃないけど、生きた都市伝説に会えるとは思ってなかったから感動してるだけ」


しかも同い年みたいだし、とフィズは失礼なことこの上ない発言をいけしゃあしゃあとする。
なぜだか「生きた都市伝説」は嫌な予感しかしない。


「そういや、エイレンはどうだったんだ?」
「あの赤髪リーダーなら、少し記憶が飛んだのと、しばらく紋章術使用禁止」


クロノの問いに、フィズはなぜか呆れ半分に答えた。


「今回みたいなことは今まで何回もあったようだし、その度にその部分だけ忘れてるんだよ」


あいつすげえな。
呆れ半分感心半分で続けられたフィズの言葉を、正直クロノは半分も聞いてなかった。

あの藪医者は今まで何度も挑戦し、その度にあのバカと同じ会話を繰り広げているということだ。エイレンが相手なだけに、これはもうソエストの精神が異常に強すぎると言うことにしかならない。とは言えクロノは、あの二人に関してあまりにも興味がないしもう二度と関わりたくないから、聞き流していたのだけれど。


「まぁでも、リーダーは気付いたら使えるようになってるから安心していいよ」


問題はお前らだけど、とフィズはどこか楽しそうに続ける。
その「お前」というのがクロノ自身であるならば、「ら」というのはシグドのことなのだろうか。自分たちで何とか出来る問題じゃないのをわかっていながらの発言は、嫌味以外の何物でもないだろう。


「シグドは大丈夫なのか?」
「自分の心配しろよ。……まぁ、シグドは仕方ないって感じだな」
「その仕方ないってのは、さっき言ってた体質ってやつか」
「ま、鍵には鍵なりの事情があるんだろうな。よくわかんないけど」


フィズはそう言ってからりと笑った。
誤魔化された気がしなくもないが、ここで彼を問い詰める意味はないだろうと、クロノは流されておくことにした。今後必要になることなら、知り合ったばかりのフィズではなく、本人に直接問いただしたほうが手っ取り早い。


しかし、鍵には鍵なりの、ということはミラノにも当てはまることなのだろうか。そんなことを考えながらクロノは目線をフィズからシグドに、そしてミラノへと向けた。
喋ったり動いたりしなければ本当に人形みたいだと思うクロノの視線の先で、ミラノが光の宿らない瞳で少年を見つめ返していた。
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