Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
95 / 97
第2章

094

しおりを挟む
「『人魚姫』は後で聞くとして。今はもっと大切なことがあるんじゃないかしら?」


そう問いかけたワズサの目線はクロノに向けられていた。
社長が何を言いたいのか、それがわからないほどクロノはバカではない。


何をしたいのか。

その問いにクロノは言葉をつまらせた。
誰かの力を借りるなど、クロノにしてみれば極力避けたいことである。とはいえ、どうしようもないこの現状を踏まえれば、現実的なクロノとしては、得手不得手よりも少しでも成功率を上げる方が重要なのだ。


やがて、意を決したかのように、クロノは応接間にいる全員を見回した。


「どんな理由であれ、俺のヘマが招いたことに変わりはない」


やられっぱなしは趣味じゃないんだ。
いらないとわかっていながらも、クロノは呟くように続けた。

守るはずの少女に守られたことも、実力は互角だろう相手に惨めにやられたことも。
どれもこれも、悔しくて仕方ない。


「だから、借りを返しに行くための力を貸してほしい。…………頼む」


クロノの声音は、頼み事をするにしては事務的な淡々とした物言いだった。

エイレンとビビアン、そしてナツメの三人が意外そうに顔を見合わせている。


思い返せば、こうやって面と向かって誰かに頼み事をするのは始めてかもしれない。
とはいっても別にクロノの感覚としては頭を下げたわけではなく、手伝いを要請しただけだ。

紋章術だけでなく愛用のナイフを失ったクロノとしては、紋章術師と呼ばれる彼らの力を借りたほうが効率いいし成功率が上がるから、という身も蓋もない考えによるものだった。
とはいえそんな考え一つとっても、今までのグラールにいた頃のクロノでは選択する余地のない手段だったから、ずいぶんとカリバーンに染まってきたらしい。


ミントがいるであろう場所は、グラール本部か実験施設のどちらかだろう。
そのどちらにしても敵地に、敵の心臓部に飛び込むことに変わりはない。

四大化け物のうち残りの三人が未だ活動しているグラールもそうだが、それ以上に、実験施設という場所が紋章術の使い手にとって危険な場所であるらしい。グラール第二演習場へ向かう途中に読んだ、シグドから送られた施設の情報にそのことが書かれていた。

あの場所は、どういう原理かわからないが、そこで誕生した人工紋章術を除き鍵も含めすべての紋章術の使用が制限されるのだという。……いや、そんなこと以上に。施設の奥に繋がっている隔離病棟と呼ばれるエリアでは、理性や自我を持たない正真正銘の〝失敗作〟と呼ばれる使い手のなり損ないが大量にいて、そいつらは、紋章術の魔力にあてられたら、とち狂ったかのように殺戮を求める生物兵器になるのだという。……後者に関しては信憑性はないが。


クロノの言葉に最初に答えたのはシグドだった。


「俺はその言葉を、三年前に聞きたかった」
「シグド……」
「断る理由なんかねぇよ。俺たちは、手ぐらいならいつでも貸してやる」


当然だと言うような口調でシグドは告げた。
その「俺達」がシグドとミラノだということは今更な話だけど、片方はまだ気を失ったままだというのに勝手に決めて良かったのだろうか。いやそれでも、否定することはないだろうとわかっていても、シグドが即答してくれたことは、クロノにとってすごく嬉しいことだ。

先陣を切ったシグドに続くように、次々とクロノへ言葉が放たれる。


「当然だぞ! 仲間なんだから、クマノミとイソギンチャクのように協力し合わないとな!」
「そうね。彼女を助けたいのは私たちも同じだもの」
「なんか良いよね、こーゆーの。連合軍みたい!」


エイレンやビビアンが、そして面白半分にナツメが頷いた。

驚きで返答を失うクロノにシグドは、ほらみろ、とでも言いたげな視線を送る。
それを受けたクロノは、どこか脱力したような苦笑いを贈り返した。


と、そんな空気を遮るようにロザリアがシグドを指さした。


「感動的な空気に思わず流されそうになっちゃったけど、シグド、君は前線を手伝ったらダメだからね。かなりダメージを受けたんだから、安静にしてないと」
「は? んなもん、ミラノがいれば――」
「良いわけないでしょ。君の体質はサリアさんでもお手上げだったんだから」
「…………」


黙ったシグドに、ロザリアは呆れを隠すことなくため息をついた。
面倒くさそうに黙った『人魚姫』と、真剣な表情の治癒の紋章術の目線が交差する。

困惑で狼狽したクロノが弾かれるようにシグドに声をかける直前。


「ま、別に好きにしたら良いよ。戦わなければ体に支障はないだろうしね」
「…………わかった」


意外にもシグドは素直に頷いた。
その口調は渋々といった物言いだった。だがそれでも、改めてソファーに座り直した辺り、素直に従うことにしたらしい。ソファーに深く座ったシグドは寝息でも聞こえてきそうなぐらい微動だにしないけれど、銀毛の隙間から見える菫色は体面側で寝ているミラノをじっと見つめている。心配そうなその表情に、疲労と気怠さが垣間見えた気がした。


「…………」


先程のロザリアとの問答について今すぐにでも詰め寄りたいクロノだったが、彼らの会話の内容には心当たりがありすぎた。あの時紋章術を暴走させたミラノの一番近くにいて、一番影響を受けたのはシグドである。音の紋章術について詳しく知らないクロノでも、それがどれほどのダメージになるのかは想像に難くない。何しろ、ケータイ越しでもイルエたち全員を怯ませて膝をつかせるほどの威力があることを、身をもって知っているのだから。

黙り込んだクロノの横顔を見てから、ワズサがパチンと手を叩く。


「それじゃあ、みんなはミラノちゃんが起きるまでに準備をすませないとね」


がんばって、と他人事みたいに告げるワズサ。
彼女だけはクロノに協力すると言わなかったのだから、当然の反応だろう。何しろリアフェールの社長は滅多なことがない限り本部から出ることはないのだから。
主婦は主婦らしく家庭を守ってますわ、と言うのが彼女の言い分である。

ふむ、と一つ頷いたエイレンがビビアンを見やる。


「どうする? ビビアン」
「情報収集が先決よ。彼女の居場所に関して情報が少なすぎるわ」
「あのバカルナの性格で考えるなら実験施設だろうけど、上層部からの命令だったらあの機械城だろうしね」


ウンウンと頭を捻るカリバーン組。
やっぱりビビアンやナツメがグラールに戻れなくなってから、収集出来る情報量が少なくなった感は否めない。

クロノはその会話を半分聞き流しながら、ソファーの背もたれに体を預けた。
作戦会議に参加するつもりなどこれっぽっちもない。
我ながら、発案者のくせに無責任だ。

目の前に座っていた『赤頭巾』はワズサに連行されて行ったので、今は入れ替わりでロザリアが腰掛けている。
おそらくあの少年もミント奪還には参加せずにこの建物に残ることになるのだろう。

つかの間の休息を精一杯満喫しようと、いつの間にかに目を閉じているシグド同様クロノもリラックスモードに入りかけていた時だ。


「なぁ肋……じゃなくて、クロノだったっけ?」


不意に、クロノが座るソファーの背もたれに、いつの間にかに寄り掛かっているフィズが声をかけてきた。
肋、などという意味不明な呼び方をしようとしていたが、まさか肋骨骨折の話題を掘り起こすつもりじゃないだろうな、とクロノは今にもえぐられるかもしれない最大の古傷を思い、内心何とも言えない苦笑いを浮かべた。


「そうだけど……何?」
「別に用があるわけじゃないけど、生きた都市伝説に会えるとは思ってなかったから感動してるだけ」


しかも同い年みたいだし、とフィズは失礼なことこの上ない発言をいけしゃあしゃあとする。
なぜだか「生きた都市伝説」は嫌な予感しかしない。


「そういや、エイレンはどうだったんだ?」
「あの赤髪リーダーなら、少し記憶が飛んだのと、しばらく紋章術使用禁止」


クロノの問いに、フィズはなぜか呆れ半分に答えた。


「今回みたいなことは今まで何回もあったようだし、その度にその部分だけ忘れてるんだよ」


あいつすげえな。
呆れ半分感心半分で続けられたフィズの言葉を、正直クロノは半分も聞いてなかった。

あの藪医者は今まで何度も挑戦し、その度にあのバカと同じ会話を繰り広げているということだ。エイレンが相手なだけに、これはもうソエストの精神が異常に強すぎると言うことにしかならない。とは言えクロノは、あの二人に関してあまりにも興味がないしもう二度と関わりたくないから、聞き流していたのだけれど。


「まぁでも、リーダーは気付いたら使えるようになってるから安心していいよ」


問題はお前らだけど、とフィズはどこか楽しそうに続ける。
その「お前」というのがクロノ自身であるならば、「ら」というのはシグドのことなのだろうか。自分たちで何とか出来る問題じゃないのをわかっていながらの発言は、嫌味以外の何物でもないだろう。


「シグドは大丈夫なのか?」
「自分の心配しろよ。……まぁ、シグドは仕方ないって感じだな」
「その仕方ないってのは、さっき言ってた体質ってやつか」
「ま、鍵には鍵なりの事情があるんだろうな。よくわかんないけど」


フィズはそう言ってからりと笑った。
誤魔化された気がしなくもないが、ここで彼を問い詰める意味はないだろうと、クロノは流されておくことにした。今後必要になることなら、知り合ったばかりのフィズではなく、本人に直接問いただしたほうが手っ取り早い。


しかし、鍵には鍵なりの、ということはミラノにも当てはまることなのだろうか。そんなことを考えながらクロノは目線をフィズからシグドに、そしてミラノへと向けた。
喋ったり動いたりしなければ本当に人形みたいだと思うクロノの視線の先で、ミラノが光の宿らない瞳で少年を見つめ返していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。 なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。 銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。 時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。 【概要】 主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。 現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。

処理中です...