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第2章
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「……お前。あの時から何も変わってねぇんだな」
ぽつりと告げられた言葉。
そしてシグドは、そのバイオレットの瞳で射抜くようにクロノを見据えた。
真剣なその目付きには、責めるでも諭すでも呆れるでもない純粋な心配が見える。不覚にもクロノは、その目線に彼と同じ深紫色の瞳を持つ女性の残像が重なって見えた気がした。
『大切なものに拒絶されることを怖がっていても仕方ないでしょう?』
柔らかく微笑む〝あの人〟の言葉が、頭の中で反響する。
あの時違うと否定出来なかったのは、その微笑みのせいなのか、見透かしたような瞳や声のせいなのか。
……それとも、図星だったからなのか。
その答えを、クロノは未だわからずにいた。
「頼ってほしいなら、まずお前が頼れ」
紋章術消失を知ったクロノが見せた反応に対してシグドが言い放った口調と同じ言い方。
あの時見せた不機嫌そうな表情が、まだ文句を言い足りなかったからなのか、とクロノはぼんやりと思う。
〝あの人〟とは正反対の、どこか突き放すような言葉。
いつもそうだ。
彼ら姉弟は、いつも人が必死になって隠している部分を簡単に見抜いてしまう。
クロノが何か言うよりも先に、背中に声が響く。
「エイレンもナツメも、気が済んだかしら」
冷たい口調と眼差しでビビアンが言った。
同意するように、穏やかな微笑みをたたえたワズサが頷く。
「そうね。話が終わったなら、報告をしてちょうだいね」
その言葉に、クロノとシグドは示し合わせたように顔を見合わせる。二人は、空気を呼んだのか単に緊張しているのか、黙ったまま固まっている少年に目を向けた。そうしてから、クロノとシグドは改めて顔を見合わせる。
誰が報告すべきか、というクロノとシグドの無言のやり取りは満場一致でクロノになった。
シグドや少年しか知らない状況もあっただろうが、おそらく、彼らが一番知りたい情報を説明できるのはクロノだけだろう。
「カリバーンの屋敷で他結社と、……聖杯と遭遇してシグドたちが倒れた後で、あいつが俺たち全員の身の安全と引き換えに自分の身を差し出したんだ」
端的なクロノの説明に、それぞれ思うところはあったのだろう。
それでも、最初に質問をしたのはナツメだった。
「まさか、ミントちゃんが、自分の意思で持ちかけたの?」
「ああ」
クロノだって、その行動の正論さに納得はしているが未だに賛成していない。
気まずい沈黙が流れる直前、ふとワズサがシグドに視線を向けた。
「じゃあ、シグドくんとミラノちゃんは? 何かあったのよね?」
ワズサの質問に、シグドはいかにも不愉快だという表情を浮かべた。
「…………」
「シグドくん?」
「……グラールの研究員らしい奴に、ミラノの紋章術を暴走させられた」
「それは本当か!?」
シグドの言葉に食いついたのは、意外にもエイレンだった。
だん、と机を叩いたエイレンにシグドは小さくうるせぇと呟いた。
「んなことでいちいち嘘つかねぇよ」
「なら、彼女は施設にいた実験体、ということなのか?」
「単刀直入に言えばな」
エイレンが「ミラノは実験体だったのか」と口にした時正直クロノは内心焦ったのだが、彼の予想に反してシグドは真顔で淡々と答えていた。
「いや、だがおかしいぞ。彼女は『人魚姫』だ。あの施設では鍵も人工鍵もなかったはずだぞ!」
残念なことに、エイレンだけは未だに『人魚姫』の鍵はミラノだと思っているようだ。
そして意外なことに、ビビアンもナツメもその知識を訂正していない。
それよりも。一体エイレンは何を根拠にその言葉を言ってるのかが、クロノは気になった。
おそらく、というか今までの発言を考えても、エイレンが施設の関係者かそれに近しい者なのは間違いないだろうけれど。
エイレンの的外れ発言に、ワズサは自らの頬に手を当てて首を傾げる。
「あら、『人魚姫』はシグドくんじゃなかったの?」
「え、社長?」
「な、なんだとぅ?!」
大袈裟に驚くエイレン同様に、クロノも目を丸くさせる。
シグドが鍵であることが社長公認だったこともそうだが、それ以上にクロノは、ワズサもまた〝鍵は一人〟だと思っていることに驚きを隠せなかった。
いや、もしかしたら。
ワズサやエイレンのような結社のトップが言っていることが正しくて、クロノたち社員の考えが間違っているのかもしれない。
『赤頭巾』や『茨姫』は一人しかいないのだから。
「本当なのか、青年!」
再び、エイレンは力いっぱい机を叩いた。
やばい、とクロノが思った時にはすでに遅く、シグドはエイレンの胸倉を掴みながら立ち上がり、睨み上げる。
「うるせぇって言ってんのがわかんねぇのか、騒音野郎。静かにしろ」
「お、おう。悪かった」
勢いに負けてカリバーンのリーダーは素直に頭を下げた。
大人しくなったエイレンに満足したのか、シグドはその手を離すと、元々いたソファーではなくミラノの側に膝をついた。
「……『人魚姫』は俺だが、鍵は俺とミラノだ」
エイレンの質問に対する回答にしては、シグドの言葉は乱暴だった。
今更な話ではあるが、『人魚姫』というのは七つの鍵のうちの一つに付けられた代名詞であり、つまり鍵の名前みたいなものだ。
けれど、ケータイが表示している『人魚姫』のポインターは一人だけである。
『赤頭巾』と戦闘を行なったあの辺境の町ではミラノとしか会っていないから必然的に彼女だと思っていたけれど、良く考えれば二人は常に行動を共にしている。あの地図はそこそこ広範囲を表示しているので、ポインターがシグドかミラノのどちらを示しているのか、真実はわからない。
黙り込んだ全員の思考を遮るように、手を叩く乾いた音が聞こえた。
ぽつりと告げられた言葉。
そしてシグドは、そのバイオレットの瞳で射抜くようにクロノを見据えた。
真剣なその目付きには、責めるでも諭すでも呆れるでもない純粋な心配が見える。不覚にもクロノは、その目線に彼と同じ深紫色の瞳を持つ女性の残像が重なって見えた気がした。
『大切なものに拒絶されることを怖がっていても仕方ないでしょう?』
柔らかく微笑む〝あの人〟の言葉が、頭の中で反響する。
あの時違うと否定出来なかったのは、その微笑みのせいなのか、見透かしたような瞳や声のせいなのか。
……それとも、図星だったからなのか。
その答えを、クロノは未だわからずにいた。
「頼ってほしいなら、まずお前が頼れ」
紋章術消失を知ったクロノが見せた反応に対してシグドが言い放った口調と同じ言い方。
あの時見せた不機嫌そうな表情が、まだ文句を言い足りなかったからなのか、とクロノはぼんやりと思う。
〝あの人〟とは正反対の、どこか突き放すような言葉。
いつもそうだ。
彼ら姉弟は、いつも人が必死になって隠している部分を簡単に見抜いてしまう。
クロノが何か言うよりも先に、背中に声が響く。
「エイレンもナツメも、気が済んだかしら」
冷たい口調と眼差しでビビアンが言った。
同意するように、穏やかな微笑みをたたえたワズサが頷く。
「そうね。話が終わったなら、報告をしてちょうだいね」
その言葉に、クロノとシグドは示し合わせたように顔を見合わせる。二人は、空気を呼んだのか単に緊張しているのか、黙ったまま固まっている少年に目を向けた。そうしてから、クロノとシグドは改めて顔を見合わせる。
誰が報告すべきか、というクロノとシグドの無言のやり取りは満場一致でクロノになった。
シグドや少年しか知らない状況もあっただろうが、おそらく、彼らが一番知りたい情報を説明できるのはクロノだけだろう。
「カリバーンの屋敷で他結社と、……聖杯と遭遇してシグドたちが倒れた後で、あいつが俺たち全員の身の安全と引き換えに自分の身を差し出したんだ」
端的なクロノの説明に、それぞれ思うところはあったのだろう。
それでも、最初に質問をしたのはナツメだった。
「まさか、ミントちゃんが、自分の意思で持ちかけたの?」
「ああ」
クロノだって、その行動の正論さに納得はしているが未だに賛成していない。
気まずい沈黙が流れる直前、ふとワズサがシグドに視線を向けた。
「じゃあ、シグドくんとミラノちゃんは? 何かあったのよね?」
ワズサの質問に、シグドはいかにも不愉快だという表情を浮かべた。
「…………」
「シグドくん?」
「……グラールの研究員らしい奴に、ミラノの紋章術を暴走させられた」
「それは本当か!?」
シグドの言葉に食いついたのは、意外にもエイレンだった。
だん、と机を叩いたエイレンにシグドは小さくうるせぇと呟いた。
「んなことでいちいち嘘つかねぇよ」
「なら、彼女は施設にいた実験体、ということなのか?」
「単刀直入に言えばな」
エイレンが「ミラノは実験体だったのか」と口にした時正直クロノは内心焦ったのだが、彼の予想に反してシグドは真顔で淡々と答えていた。
「いや、だがおかしいぞ。彼女は『人魚姫』だ。あの施設では鍵も人工鍵もなかったはずだぞ!」
残念なことに、エイレンだけは未だに『人魚姫』の鍵はミラノだと思っているようだ。
そして意外なことに、ビビアンもナツメもその知識を訂正していない。
それよりも。一体エイレンは何を根拠にその言葉を言ってるのかが、クロノは気になった。
おそらく、というか今までの発言を考えても、エイレンが施設の関係者かそれに近しい者なのは間違いないだろうけれど。
エイレンの的外れ発言に、ワズサは自らの頬に手を当てて首を傾げる。
「あら、『人魚姫』はシグドくんじゃなかったの?」
「え、社長?」
「な、なんだとぅ?!」
大袈裟に驚くエイレン同様に、クロノも目を丸くさせる。
シグドが鍵であることが社長公認だったこともそうだが、それ以上にクロノは、ワズサもまた〝鍵は一人〟だと思っていることに驚きを隠せなかった。
いや、もしかしたら。
ワズサやエイレンのような結社のトップが言っていることが正しくて、クロノたち社員の考えが間違っているのかもしれない。
『赤頭巾』や『茨姫』は一人しかいないのだから。
「本当なのか、青年!」
再び、エイレンは力いっぱい机を叩いた。
やばい、とクロノが思った時にはすでに遅く、シグドはエイレンの胸倉を掴みながら立ち上がり、睨み上げる。
「うるせぇって言ってんのがわかんねぇのか、騒音野郎。静かにしろ」
「お、おう。悪かった」
勢いに負けてカリバーンのリーダーは素直に頭を下げた。
大人しくなったエイレンに満足したのか、シグドはその手を離すと、元々いたソファーではなくミラノの側に膝をついた。
「……『人魚姫』は俺だが、鍵は俺とミラノだ」
エイレンの質問に対する回答にしては、シグドの言葉は乱暴だった。
今更な話ではあるが、『人魚姫』というのは七つの鍵のうちの一つに付けられた代名詞であり、つまり鍵の名前みたいなものだ。
けれど、ケータイが表示している『人魚姫』のポインターは一人だけである。
『赤頭巾』と戦闘を行なったあの辺境の町ではミラノとしか会っていないから必然的に彼女だと思っていたけれど、良く考えれば二人は常に行動を共にしている。あの地図はそこそこ広範囲を表示しているので、ポインターがシグドかミラノのどちらを示しているのか、真実はわからない。
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