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第四話 先人たちの威光

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 静馬たちが教室に戻ってから暫くして橘は教室にやってきた。
 クリスタルを手に入れたことで皆が互いに自慢して騒がしくなっていた教室内を一回見渡して全員が戻っている事を確認した橘は特別教室でも話したクリスタルについて簡単にまた話始める。

「同じ話が有るかもしれないけど、聞いてちょうだい」

 クリスタルとは何故できるのか、なぜ因牙武装と呼ばれる物に変化するのかと言う問いかけは誰一人として分かるものがいなかった。
 そう、クリスタルについて現状で分かっている事は、エヴォルオ因子が変化した物で生成者エスペランサー又は周囲を漂う因子を利用して因牙武装として姿を変える事、一度クリスタルを生成した者はその後に一切クリスタルを生成できなくなる事までは今までの結果から分かっているがなぜそうなのかと言われると研究が終わっていない為に不明なのだ。
 その為、クリスタルの取り扱いには気を配る必要が有る。

「さて、ここで皆に質問なんだけど、クリスタルを実際に友達と見せ合ったりして何か思った事無い?」

 そう言って改めて全員の顔を見るように教室内を見渡した橘に誰もが近くの人と顔を見合わせたり、話したりし始める。

「えっと、色の違いですか……?」

「それよ!久本さん」

 生徒が答えれたことが嬉しいのか大げさとも言えるほどに喜びながらそれについて話始めた。
 色は属性を持っている証拠で現在は八属性在る事が確認されている事、未だに属性を持つ条件が不明な事などからクリスタル生成後の初回の展開はデータを取る事が国によって義務付けられているらしい。
 その説明に静馬も含めて数人が先ほどの職員の動きを思い出していた。

「属性は何が有るかしら?」

 その言葉に教室中からどんどんと言葉が飛んでいき、それに合わせて炎、水、風、地……と前に記入されていく。
 最終的に前に書いてあるのが炎水氷風雷地光闇の八属性。
 炎は赤色、水は青色という感じでクリスタルの色に色がついているが、色がついていないクリスタルに関しても無属性として扱う場合も有ると解説していく。

 
「……という事などからクリスタルの生成時は国としても新たな発見が有るとされているの。改めていうけど、クリスタルは使用者に合わせて生成されるのは話した通りで、どんな人にどんなクリスタルが生成されるとかは一切解明されてなくて現在も研究が行われているわ」

 一度、話を終わらせるように深く呼吸をしてからまた教室内に目を向ける橘。

「じゃあ、次に因牙武装について話していくわね」

「実際に体験した訳だけど、クリスタルに因子を送り込む事で活性化させて因牙武装を展開するんだけど、ここで疑問が出てこないかしら?」

 それは単純な事と言わないばかりに橘は教室内を見渡してくるが反応が二通りに別れている事で誰に聞くべきか悩んでいるようだ。
 そんな中で誰かに見られているように感じた橘がそっちを見ると久本が訴えかけるような目で見ていた。

「またで悪いけど、久本さん、お願い」

「えっと、大きさっていうか質量が増える事と何の基準で何に変わるかって事が……」

「それよ」

 橘はその言葉に満足しながら頷き、分かり易くかみ砕きながら説明していく。
 聞いていた静馬も含めた全員が教科書に書かれている事も話しているが、ところどころに私見を挿みながらなので関心する部分もあった。

「因牙武装は前田隆芳まえだたかよし博士によって開発されたわ」

 でもなぜ開発できたかなどは一切不明なのよと続けた橘にまさかという思いが静馬に湧き上がる。

 もともと、エヴォルオ因子が発見された後に各国で研究が進められていたとはいえ、兵器の開発という事もあって研究自体が極秘扱いだった。
 だからこそ、前田隆芳まえだたかよし博士によって開発され、全世界に発表された時は驚きと共に検証の為といった建前でのプロトタイプの強奪や博士の拉致などが多々発生した。
 そして、世界が混乱してしまい、各国が自国の利益のために互いにけん制しあう中、唐突に前田博士はクリスタルを生成できる生成機とその設計図のみを残して他界してしまう。
 日記などの状況証拠などから前田博士は因牙武装を開発した苦悩から自らの手で命を絶ったと推測された。
 そして、それ以外にも何か残されていないかと各国による調査が行われるもその事を予想していたのか、生前の前田博士により他の物は全て破棄されていた。
 結局、残された資料は話し合いの結果、各国に全て配られる事になるも余りにも少ない資料の為に配られた設計図から生成機を利用した研究を進めようとした国も有ったが全ては失敗に終わってしまう。

 残された資料などから因牙武装はエヴォルオ因子の濃縮した空間に人間の血液と高エネルギーを流すことでエヴォルオ・クリスタルを生成し、クリスタルに周りのエヴォルオ因子を意図的に集めようとする事で変化して展開される事が判明した。
 また、その後の調査にて因牙武装に展開するにはそのクリスタルは展開しようとするエスペランサーが結晶化させた物でなければ意味が無く、例え親兄弟などの肉親であろうともクリスタルが自分の物でなければ展開する事は不可能な事、一度でもクリスタルを生成したエスペランサーは例えそのクリスタルを破壊、消滅させたとしても、その後同じようにクリスタルの生成は失敗する事なども調査の結果で判明する事となる。

 ただ、なぜ前田博士が初めて因牙武装を開発する事が出来たか、因牙武装の展開後の形体の違いなど謎な事も多くあり、一部ではエヴォルオ因子は実は小さな生命体の集合体で在り、全てのエヴォルオ因子の意識は一つで構成されている、何処かにエヴォルオ因子の本体ともいえる物が存在していて世界に散らばっているエヴォルオ因子の行動を逐一把握しているという冗談じみた噂が存在している。



「結局、各国はそのまま使用する事を決めたわ」

 順調に進んでいく授業の最中、橘が話し終えたタイミングでドアをノックする音が聞こえてきた。
 タイミングの良さや何が有るか知らない生徒全員の視線がドアに向けられる。
 勿論、橘は事前に知っていたのか、少し嬉しそうな笑みを浮かべながら話すのを止めてドアに向かう。
 橘によって開けられたドアの向こうには一人の職員が立っていて、手に持っていた書類の束を橘に何か話しながら渡した。

「では、これで」

「ありがとうございます。お疲れ様でした」

 ドアを閉め、振り返った橘は手に持った書類を軽く確認しながら教壇の中央に戻ると顔を上げて生徒たちと視線を合わす。
 橘は自分を見ている全員と目を合わせた後にニコっと笑みを浮かべて手に持った書類を掲げて話し出す。

「ちょうど良いタイミングで皆の因牙武装について調査報告書が届いたわ」

「今から配っていくから各自確認して今後に生かすようにしてね」

 そう言って橘が配り始めた報告書を受け取った静馬は目を通す。そこには言われた通りに嵐狐についての情報が書かれていた。
 上からエスペランサーの名前、クリスタルの数とその属性、因牙武装の形状、因牙武装の名前が項目ごとに書かれており、一番下には担当した職員と思われる名前と共に少し考察が記載されていた。

「手元に有る報告書にも書いてあると思うけど、クリスタルを因牙武装として展開させると形が変化するわ。そして、その変化した後の形状も大まかに分けられているわ」



 展開後の形状によって刀剣とうけん系、槍杖そうじょう系、弓銃きゅうじゅう系、楯鎧じゅんがい系、特異とくい系などに分けられている。
 特にどの形状が多いとか強いとかは無く、見た目が違うだけというのが現状での調査で分かっている。勿論、同じ刀剣系で刀と云えど、長さや太さなどの違いはあり、それが同じでも全く同じ因牙武装にならない。
 もっとも、そんな事が教科書に書かれていようと気になってしまうのだろう。一人の生徒が橘に質問する。

「一般的に同じ形状だからと言ってまったく同じ因牙武装になるとも言えないわ」

「先生ー、どれが一番強いんですか?」

「どれが強いってのは無いわね」

 その答えに教室中から声が上がるも橘は気にしてないようで説明を続けていく。

「さっき言った通りに因牙武装は人によって違うわ」

「≪弱さは心の弱さ、強さは思い込み≫って言った人がいたんだけど、その通りだって思ったの」

「弱いのは強くなろうと思えば無くす事ができて、強いのはその人が思い込んでいるだけって事が多いから」

 何かを思い出すように話す橘の言葉の反応は人それぞれといった感じを受けた。

「まぁ、簡単にいうと強い弱いは人次第って事ね」

「じゃあ、俺でも強くなる事は出来るんですね!?」

「えぇ、その為にも勉強しましょうね~」

 クラスでも有数の脳筋と言われてる長谷川の質問と答えにクラス中から笑いが零れる。勿論、静馬も笑っている一人だったが長谷川はそんな事は関係無いと何かやる気に満ち溢れていた。

「次はみんなの目標になる人たちについて説明していくわよ」

「六天魔の事ですか?」

 その言葉に頷く橘の姿に教室中から騒めきが広がる。
 それを確認するように見渡す橘は静かになるのを待っているのか話始める様子が見えない。そして、徐々に静かになった生徒たちを確認した上で話始めた。

「まず知っているとは思うけど、六天魔って何かという事から説明していくわね」

 そう言って話す橘の声だけが教室に響き渡り、皆がその話に聞き入っている事が分かる。

「六天魔とは今から二年前に朝鮮半島で起きた“大襲来”の時に群を抜いて活躍した六人のエスペランサーの事よ」



 六天魔―――≪剣聖≫ウォルター・R・ピゴット、≪聖女≫ジュリー・グリーヴス、≪魔眼≫フェデリコ・ビエトリーエ、≪亡霊≫フリードリヒ・シールゲン、≪使徒≫ジェームズ・エイブラハム・マッキャロン、≪黒鎧≫の六人の事を指した総称で、どんなに普通の生活をしていても偶にニュースで取り上げられる事があるから知らない人はほぼいないほどの知名度を持っている。
 ただし、一般的に知られている事は少なく、日本では高専に入学する事で漸く詳しく知れるといった状況の為、呼び方は知っているがどういった人物かは知られていない。その為、橘の話を聞き逃さない様にと集中する生徒たちがいるのだ。

 さて、六天魔についてだが、元々は因牙武装の研究に協力した被験者たちで三人は軍人、残りは研究所関係者だったと言われている。もっとも、その話も大襲来までの事でその後は全員が所属していた組織から離れているらしい。
 勿論、そんな強大な力の持ち主たちの為、所属していた組織は勿論の事、関係ない諸外国までもがどうにかして一人でも確保しようと動いたが全て失敗した。その代償はかなり酷い有様だったと噂されており、多発した大規模災害の大半がその結果とも言われている。
 ここで気になってくる事としてよく言われるのがどうしてそのような存在がいたのに大襲来で壊滅的な被害が出たかという事だ。

「簡単な話なんだけど、各国の救援受け入れが遅かった事と因牙武装が開発されてから一年しか経っていない為に不安視されていた事も有ってエスペランサーが前線に配備されるのが遅れてEVEの被害が深刻化したと言われているわ」

「なぜ、六天“魔”って言われているか分かるかしら?」

 そう言って周りを見渡しながら問いかけてくる橘。
 話を聞いている生徒は誰一人としてそれに答える事は無いが、お互いに顔を見合わせたり、話している生徒もいる。
 橘はその様子から静かにスクリーンを起動させ、画像を表示させる。そして、そこに表示された内容は酷い物だった。
  一枚は平原のようなところに立つ人が写されているが、その立っている人の周りにはEVEや人の形をしたモノがかなりの数転がっている。
 他の二枚の内、一枚は上空から撮った物でビルが立ち並ぶ街の中に不自然な大きな窪みができている画像、もう一枚はどこかの建物の傍で六人の人影がお互いに対峙するように立っている姿が上空から写されていた。

「これは当時に撮られた写真よ」

「見て分かる通り、その力は確かに救いの手になったわ。ただし、何も力を持っていない人からするとその力は強すぎたの」

「そう、悪魔、魔人、魔王なんて言われるほどに……」

 その言葉は静まり返った教室内に静かにしかししっかりと響き渡る。その言葉に込められた意味に無意識に顔色を変える者や緊張により唾を飲み込んでいる者など様々な反応が有ったが共通している事はその力の危うさを感じているのだろう。

「さて、六天魔一人一人の話をしていくわね」

 空気を変える為に呟いたと思うその言葉に全員の意識が一瞬にして切り替わる。それ程に六天魔は畏怖の象徴と説明されてもクリスタルを使える者からすると憧れの対象でしかないようだ。
 三枚の画像が消えて新しく顔写真が六枚表示された。もっとも、その内二枚は隠し撮りされた写真のようで正面からは映っていないし、一枚は兜姿だから顔が分からない。
 その中から綺麗に正面から撮られている男性の写真が大きく表示され、それを使いながら説明が始まる。

「まず、≪剣聖≫のウォルター・R・ピゴットから説明していくわね」

「≪剣聖≫と呼ばれている通りに因牙武装は刀剣系を使って戦闘するわ。で、重要な事なんだけど六天魔の中では比較的まともな方に入るわ」

 引っかかる橘の言い方に首を傾げる生徒がいる中、敢えて気にしない方針なのか橘の話は続いていく。

 ≪剣聖≫ウォルター・R・ピゴットは、元イギリス陸軍所属の軍人で最終階級は中佐だった。
 EVEの出現以前から『士官たる者、剣を持たずして戦場に赴くべきではない』と信念の元に作戦時は剣を持ち歩き、戦場でも振るえるように日夜欠かさず鍛練していたらしい。
 そして、因牙武装が開発されて刀剣系の話を聞くと周りの話も聞かずに被験者として志願、見事に選ばれて望んだ刀剣系の因牙武装を手にした。
 ここまでは良くありがちな話だと思えるだろう。だが、ここからが六天魔の一人と数えられる由縁の始まりだった。
 曰く、EVEに対して因牙武装でも無いただのロングボウで矢を撃って眼に当てる事で討伐したとか大襲来の最前線でバグパイプの音でEVEを集めて一掃した、因牙武装の剣でEVEだけでは無く、その背後に有った建物も巻き込んで切り刻んだという。
 余りにも馬鹿げているような話を続ける橘に一同は唖然とするが、手元に有る教科書にも同じことが書いてある事から本当の事なのだろう。
 そして、教科書には付け加えるようにウォルターがアーチェリーの世界大会に出場した事が有ると書いてあり、参照ページにはその時に撮ったと思われるアーチェリーを構えるウォルターの写真が掲載されていた。

「で、ウォルター・R・ピゴットは他の六天魔と同じく大襲来が終わると何かに悩んでいる様子を周囲に見せていたらしいんだけど急に行方をくらますわ」

 教科書に意識を向けていた静馬の耳に飛び込んできた言葉はすぐさまそっちに意識を向けさせるには十分だった。

「当時の関係者の話では、曰く大襲来の時に自分の無力さから悔やんで姿を消したとか曰く因牙武装の力の強さに気が狂ったとか実はEVEと協力すると為に消えたとか言われていたわ」

 勿論、他にも急に姿を消した事から様々な噂が流れたんだけどと笑いながら続けた橘から改めて教科書に目を移す静馬。

「まぁ、他の六天魔を含めて同時にそれだけの力の持ち主が一堂に姿を消したからその力がいつ自分に向くかと恐怖に怯える人も多かった」

 因みにと続けて紡がれる内容は流石六天魔と言わんばかりの事ばかり。
 誰が鍛練して偶に出す被害が山の一部を断裂や周辺の木々を消滅させるなどの環境破壊と予想できるかといった感じ。まぁ、それでもまともな方と言われただけあってまともな目撃情報としてオーストラリアのビーチでサーフィンしてたとか路上でバグパイプの演奏してたとかが有るらしい。
 
「あの、そんな被害の出る鍛練って……」

「ん、六天魔の中では比較的まともな方っていうのがそれなのよ」

「鍛練以外では無害ってのが比較的まともなの」

 その言葉に何も言えなくなっているのを気にしていないのかどんどんと話は進んでいく。

「じゃ、次は≪魔眼≫に関して教えようかしらね」

 ≪魔眼≫フェデリコ・ビエトリーエ、元イタリア陸軍所属の軍人。
 公開された情報によると元々狙撃兵として部隊に所属していたが大襲来後に除隊する。
 因牙武装は弓銃系と言われており、大襲来の時に因牙武装を使って従来の狙撃距離を超える数十キロ離れた位置から狙撃を成功させたと言われている。
 確認されている弓銃系の因牙武装の中でも唯一桁外れの狙撃能力を持っている事から除隊に関してはかなり揉めたが常に居場所を公開する、暗殺などの犯罪行為に能力を行使しない、大襲来に類似するEVE災害又は一定数の各国から要請が有った協力事項は拒否する事ができないなどの条件を含む取引が有ったようで無事に除隊している。
 その為、六天魔の中で唯一居場所と行動が認知されている人物だが世界中を自由気ままに行き来して観光しているとか。

「と、ここまでが簡単なフェデリコ・ビエトリーエの説明なんだけど……」

 ため息しながら説明を続けようとする橘にさっき事から考えてもまたなんとも言えない話が有るんだろうなと教室中の視線が何か言いたげな様子で橘に向けられている。

「フェデリコ・ビエトリーエが訪れた国では政治家や軍上層部などに関しての不倫やら不正やらの情報がニュースで騒がれるの」

 聞いていた全員が体勢を崩すという面白い事態に気が付いた橘はニヤニヤと笑いながら見ているが、直に挙げられる質問にスラスラと答えていく事から毎年のように行われている風景なんだろう。

「まぁ、だからこそフェデリコ・ビエトリーエの来訪は一部では歓迎されている訳」

「その、そんな能力の使い方をしてても良いんですか?」

 その質問には橘先生も少し詰まるも六天魔の行動全てに制限を掛ける方が難しいという。
 確かに制限を掛けようとして、反抗された方が酷い結果にしかならない。やっぱり誰もがその力を向けられるのが嫌なんだろう。

「他にも六天魔の行動を監視していたりするから見逃されているってのが一番の理由だと思うわ」

 タイミング良く授業終了を知らせる音が鳴る。
 そして、それを聞いた橘先生は時計を一度確認して授業の終わりを告げた。
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