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第五話 次に

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 午前最後の授業はモンテリーゾ博士と前田博士と合わせて三賢者と呼ばれている最後の一人ウィリアム・リー・ウルフ博士の解説から始まった。

 ウィリアム・リー・ウルフ。
 その人物はランフランコ・モンテリーゾ、前田隆芳と並んで功績を称される科学者の一人。
 ウルフ博士は元々モンテリーゾ博士ら数人とエヴォルオ因子の発見チームに所属しており、その中でも特にEVEが作り出したゲートの先に興味を持っており、その先に存在するであろう世界を未開拓地ソヴァンジェージョと名付けた。
 そんな彼だからこそ目を付け、研究を進めたのがエヴォルオ因子の空間干渉及びその活用方法。

『エヴォルオ因子が大量に存在する空間に何らかの力若しくは高エネルギーが存在する場合、空間に歪みによる空間干渉が起きて空間自体にも影響が起きる』

 ウルフ博士が最初に発表した時はもっと曖昧なものだったが研究の続行と迷宮の調査などによりそこまで特定に繋がった。
 ただし、それでも迷宮化を引き起こす自然環境下での空間干渉現象の解明には至る事は無かった。
 これは空間干渉によって迷宮化している場所の調査研究の結果で熱などといったエネルギーでエヴォルオ因子に変化が起きる事は確認され、それを元に空間保護装置のデュエロ・フィールダーが作られたが、自然環境下にはデュエロ・フィールダーに使用が検討されたエネルギーや実際に使用している電気がそこに存在していなかった事が分かったからだ。
 その為、龍脈から流れ込んだ気をエネルギーとしているなどと一部では噂されている。
 ただ、ウルフ博士は何か気になる事が有るのか世界各国を飛び回り、実験中に姿を消したモンテリーゾ博士たちの救助を目的とした実験に進んで参加している。

「これが現在三賢者と呼ばれている三人の最後の一人、ウィリアム・リー・ウルフ博士よ」

「あの、先生。デュエロ・フィールダーって安全なんですか?」

 生徒の口から零れた声は誰もが思う事だった。その声に静まり返った教室が生徒たちの気持ちを表していた。
 いくらデュエロ・フィールダーが空間保護装置とはいっても仕組みとしては空間に干渉して物体に保護を掛けている。
 とは言え、意図的に迷宮化を引き起こしかねない状態を作り出しているのだからちょっとした弾みで迷宮が誕生してしまうかもしれない、ゲートが開いてEVEが出現したり、ソヴァンジェージョに迷い込んでモンテリーゾ博士のように戻ってこれなくなるかもしれない。だからこそ、気になって口に出たのだろう。
 
「そうね、心配になるのは分かるけど、昔のはいざ知らず今の……例えばこの学校に置いてあるのとかはだいぶ改良されたから事故が起きる事は無いはずよ」

 橘の言葉に安心感が有ったのか、不安げな様子を見せていた数名の生徒の顔に安堵の色が見えた。

「それに戦闘訓練をやる頻度も多いからこそ、デュエロ・フィールダーのメンテナンスは毎日やってるし、そうそうケガをするような事態にもならないわ」

「ただ、注意してほしいのはデュエロ・フィールダーを使って作った空間での話だからね。迷宮とかでは常に危険と隣り合わせだと考えて行動してほしいわ」

 デュエランダーは兎も角、ピオニローラーは迷宮やソヴァンジェージョに行く事になる。
 少しずつ分かってきている事も有るとはいえ、未知の領域に踏み込むのだから危険がない方がおかしい。

「そうそう因みに言うけど、探索関係の実習は学内に専用の簡易迷宮が有って訓練出来るようになっているわ。もっとも簡易とは言っても実際よりはマシなぐらいにしてあるだけで注意を怠ればケガや事故とか起こるからね」

 ええーという声が教室中から出るがそれにため息を一つして橘は答える。

「あのね、ピオニローラーの行くところは我々人類の手の入っていない未知の世界なの。だから、何が起こるかも予測できないのよ」

「それなのにケガしない環境で訓練して、いつものノリで探索してみなさい。即大ケガ、運が悪いと……」 

 言い聞かせるように話す橘にばつが悪くなったのか静馬は勿論の事、クラスメイトの誰一人としてそれに言い返さない。
 それを見た橘は生徒たちの反応に理解したと判断して話を続ける事にした。

「勿論、救護室に医療系の因牙武装を持った職員がいるからよっぽどの事が無ければケガをしても大丈夫なんだけどね」

 流石にそれもそうかとすんなりと受け入れる静馬たち生徒の姿を橘は確認する。

「で、今週は個人技能の測定も兼ねた対人訓練を予定してるけど、早ければ来週から簡易迷宮を使うようにしていくからよろしく」

 そう続けた橘は簡易迷宮にも何段階か存在している事や迷宮によって内容が違う事を生徒たちにも分かり易いように説明した。
 話を聞いていた静馬が思ったのは、一番最初に使う迷宮は本当に素人向けと言える洞窟内を歩くだけの物で、少人数でグループに分けて引率を付けた上で中に入るという雰囲気を味わうだけの物という事だった。
 勿論、授業が進むにつれて使う迷宮も変わるし、引率なんてものも付かなくなるとはいえ、一番最初だから仕方ないのかと思う。

「取りあえず、来月の始めまでには各グループが引率なしで動けるようになるのが目標よ」

「先生、それはなんでですか?」

 明らかに何かあるという橘に一人の生徒が質問を投げかける。そして、それを聞いた橘が訳を話し始めた。

「予定表に書いてあったと思うけど、校外学習で行く先に管理されている迷宮が有るのよ。で、エスペランサーを目指す皆にはそこにグループで潜ってもらう予定になってるからよ」

 その言葉に教室中が驚きの声に包まれる。
 それはそうだろう。エスペランサーになる事を夢見て入学したとはいえ、一ヶ月も経たないうちに迷宮に潜る事になるのだから。
 不安に感じる生徒が多い事に気が付いている橘はそれを解消する為にその迷宮について話始める事でどうにか生徒たちを落ち着けようとする。

「そこまで心配する事は無いわ。管理されていると言った通りに定期的に調査団が派遣されている迷宮だから危険度も低いし、実際に私たちが利用する前日にも調査団が潜る事で迷宮内の安全を確認するようになっているから」

 それにと続けた橘によると去年も同じことを行っており、油断した生徒を除いてケガも無く無事に終わったらしい。また、我が校だけでは無く、日程を変えて他の高専も利用していてそっちでも同じような状況から問題無い事が確認されたらしい。
 そこまで聞くと生徒たちは真剣に授業を受けようと心に決めたのか橘の話を聞き逃さないようにと意識を向け始めた。 



 続く話に全員が真剣に聞く為、授業はスムーズに進んで予定していた事が終わったのか橘は時計を確認した。

「まぁ、良いわ。もういい時間だからこの授業はここまで」

 そう言って橘はこれでこの授業は終わりと教室から出ていく。
 時間はちょうど授業の終わる時間、合わせるように響き渡る昼を告げるチャイムの音にのそのそと動き出して食堂に向かう周りに合わせて静馬も席を立つ。

「静馬、飯一緒に食おうぜ!」

 静馬は声を掛けてきた和也に返事をしながら食堂まで案内されて廊下を歩き出す。
 二人で話しながら歩いていくがお腹が空いているからついつい話し出す内容もそれになってしまう。

「食堂って何かオススメのメニュー有る?」

「そうだなぁ、定番だけど日替わり定食かな」

 和也曰く今日はハンバーグ定食らしくご飯とみそ汁は食べ放題という事も有って楽しみにしても良さそうだと思ってしまう。
 因みに昨日は生姜焼き定食で美味しかったという和也は味を思い出したのか涎を出していた。
 たどり着いた食堂は既に同じように昼飯を求めてきた学生で混雑している。
 和也の後についてチケットを買って受け取り窓口で日替わり定食を受け取り、空いてる席を探していると後から来た陽に話しかけられた。

「あっ、いたいた!」

 どうやら静馬たち二人と一緒に食べようと声を掛けてきたようだった。

「良かったら、一緒に食べない? 友達が席取ってくれてるんだ」

 そういって陽は奥の方に有るテーブルを指さす。
 その言葉に静馬と和也はその申し出に頷いて陽と共に一人だけ座っているテーブルに案内された。
 そこには待っている間暇だったのだろう、手に持ったスマートデバイスでゲームか何かをやっているようで手が忙しなく動いている。

「あっ、やっと来た。って、その二人は?」

「あ、うん、クラスメイトの二人で席を探してたから誘ったの」

「ふーん、良いけど。私は相川里琴あいかわりこよ」

 よろしくねと言いながら携帯をしまう相川に促されながら軽く自己紹介しながら静馬たちは席に座る。

「で、どっちが陽の?」

「えっ、里琴ちゃん、何言ってるの?」

 それを聞いた相川はなんとも言えなさそうな顔をして静馬たちを見た後に陽を見てため息を一つした。

「まぁ、良いけどさ」

「そう?」

 首を傾げながらも食事を始めた陽に合わせるように静馬たちも食べ始め、その美味しさに頬を緩める。
 それを見た和也は静馬の食べていたハンバーグを一口ほしくなったのか静馬に話しかける。

「な、なぁ、ハンバーグ一口くれないか?」

「は? 変わりに何かくれるのか?」

 ジト目で見つめる静馬の視線の先にはハンバーグを物欲しそうに見ながらうどんを啜る和也の姿。
 見た限りでは食べかけのかき揚げ以外に交換できそうな物は無いがそれでも和也は一口欲しいと改めて言っている。
 そんな和也をしり目に静馬は最後の一口となったハンバーグを口へと運ぶ。

「あーー!! なんで食べちゃうんだよ!」

「ん、何か言ったか?」

 白々しくいう静馬の肩を掴んで前後に揺さぶり、食べれなかった事に文句を言う和也の姿に陽と相川はお互いに顔を見合わせた後に笑いをこらえているのか身体を震わせる。

「ちょ、ちょっと放せ!」

 余りにも揺さぶられすぎたせいか、静馬は肩を掴んでいた和也の手を外して口に手を当てて吐き気を抑えようとしている。
 そんな静馬に声が掛けられ、直ぐ傍に水の入ったグラスが置かれる。

「うっ、ありがとう」

 置かれたグラスを手に取ってから目を瞑って一息ついてから一口水を口に含む。
 そのまま味わうようにゆっくりと気持ちを落ち着かせるように飲んでいく。
 
「大丈夫?」

 その声に静馬が目を開けて声の聞こえた方を向くと心配そうな顔をした陽と相川の姿が有った。
 そこまで顔色が悪くなっていたのかと静馬は思いながらも何とか笑みを返し、反対側で俯きながら暗い雰囲気を漂わせている和也に白い視線を送る。

「今度、食べればいいだろ」

「一週間後になるじゃん」

 俯いたまま答える和也に面倒になったなと思いながらため息を一つ。
 適当に話を誤魔化そうと陽や相川に視線で合図するとわかった頷いたのが見えた静馬は適当に返事をする。

「そういえば、放課後に一緒に商業区に行かない?」

「ん、どうして?」

 漸く顔を上げた和也の問いかけに見えない様にため息をつく静馬。

「行きたいのはやまやまなんだけど、荷物片付いてないから」

「えっ、そうだったの?」

「昨日、こっちに来たばっかりだからね」

「なら、今日は手伝いに行こうか?」

 そんな陽たちの言葉に静馬は感謝しながらも「もう少しで終わるから大丈夫」と言いながら水を飲む。
 少し残念そうにしながらも時計を確認した陽は言う。

「そろそろ、時間的にも教室に戻ろう」

 その言葉に全員が食器の乗ったプレートを手にして席を立つ。
 
「そうだな。午後からは一般教育の授業だっけ?」

「そうそう、確か国語と日本史だった筈」

 それを聞いた和也は嫌そうな顔をする。
 その気持ちはよく分かると静馬は頷き、陽や相川は誤魔化すように乾いた笑いを零す。

「じゃ、私はこのクラスだから」

 静馬たちにそう言って相川は途中の教室に入っていく。
 そして、それを見送った静馬たちも自分の教室に向かった。
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