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第六話 悲しみを味わう前に

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 鳴り響く軽快な音楽に導かれ、静馬は眠たい目を擦りながらスマートデバイスに手を伸ばしてアラームを止める。
 起き上がって差し込む日差しに目をやりながら霞がかった思考を働かせて朝食の準備を整え、テレビの電源を入れた。

『……入手した書面によると……、≪魔眼≫の発表は事実だと確認されました』

 どうも片手間で見ていたとはいえ、昨日からニュースが賑やかだなと思っていた静馬は耳に飛び込んできたニュースの一部から習った授業内容を思い出して納得した。
 もっとも、今回の内容は日本ではなく、他国の事だったのでそこまで深く取り上げられることは無かった為に直ぐに次のニュースに移っていく。

「さて、今日も一日頑張りますかね」

 独り言を呟きながらも飲んでいたコーヒーを飲み切り、出かけれるように準備を整えていく静馬のスマートデバイスからメッセージの通知を示す音楽が流れた。

「ん、りょーかいっと」

 一通り片づけた静馬は通知を確認してメッセージを送信すると時間まではテレビでも見て暇を潰す事にしたのだった。





「そういえば、≪魔眼≫のニュース見た?」

 連絡がきた通りに和也たちと教室に向かう静馬に陽が話題として今朝のニュースの事を聞いてきた。
 隣を歩いていた和也も見た見たと大げさにしながら嬉しそうに話し出すのを見て続けるように静馬も話す事で話に入る。

「やっぱりあんな事まで知れちゃうとなると六天魔は凄いと思うよ」

 そういう静馬に二人はやっぱりと言わんばかりに顔を見合わせて頷く。そして、元々がそんなに詳しくは内容が取り上げられていなかった為に話題が今日の授業へと変わっていく。
 既に静馬が編入して数日、今日も朝から予定されている戦闘訓練も数回行われている事も有って誰と戦ったとか手強かったという話が自然と出てくる。
 そして、戦闘訓練で遅刻者にはめでたい事に教師との一対一の戦闘が待っていて、通常の一対一よりも厳しく過去に経験した者はその後遅刻が無くなると言われている。また、その惨劇を見た生徒たちも遅刻する事をしたくなくなったと震えながら言うほど厳しいもので、早く準備して教室から移動するのが当たり前となっている。

「じゃあ、静馬に提案なんだけど戦闘訓練なんだが一緒にやらないか?」

 いつものように既にいるクラスメイトに挨拶をしながら席に着こうとした静馬に和也が思い出したように声を掛けてきた。
 その和也の申し出はいつも誰とやろうかと悩む静馬からしたらありがたい物だったが、他に組む知り合いがいたらもし訳ないので聞き返すことにした。

「一緒にって良いのか?」

「おう! 同じクラスの大半とはもう一度は手合せしたからな」

「そっか。なら、一緒にやろ」

 周りを確認しても特に誰かから待ったと言われる訳でも無く、簡単に今日の相手が決まった静馬は申し出を受ける事にした。

「よっしゃ! じゃあ、申請に行ってくるから!!」

「ちょ、待った」

「あぁ、行っちゃったよ」

 走って行った和也に声をかけ損ねて落ち込みながら後ろから声を掛けてきた陽はそんな様子の静馬に不思議そうな顔をしながら聞いてくる。どうやら、他の友達と話していたようで静馬たちの話を聞いていなかったようだ。

「あれ、静馬君どうしたの?」

「あぁ、陽。実は和也と戦闘訓練を一緒にやる事になったんだが、あいつが申請に行くって言って行っちゃったから」

「へぇ、和也君となんだ」

 陽は何かを考えながらもちょっと残念そうな顔をしていたので静馬はつい気になって聞いてしまった。

「それがどうかしたのか?」

「ん、何でもないよ。さっきの話だけど、もうすぐ授業なのに行っちゃったの?」

「そうなんだよ」

 仕方ないなあと笑う陽の言葉と笑顔に静馬は勿論の事、和也の騒がしさで様子を見ていた周りのクラスメイトまでもが釣られて笑う。
 そんな事も知らずに何やらブツブツと言って頭を押さえながら和也が帰ってくるとその様子を見た全員が更に笑って教室内が一気に騒がしくなる。
 戻ってきた途端に笑われた和也は意味も分からずに静馬たちの顔を見て不思議そうな顔をしているが、そんな和也をしり目に笑っていた全員が時間を見て授業への準備のために移動を始めた。




「そういえば、ここ最近は遅刻者がいないから先生相手に戦うっての見ないね」

 ふと、思い出した陽の言葉に静馬と和也は一瞬だけ固まってしまう。ただ、直ぐにその事に気が付いた陽に声を掛けられて再起動した二人は急いで少し先にいた陽に追いついて話始める。

「そりゃ、あんなんになるぐらいだったら皆遅刻するの止めるだろ!」

 和也のその言葉に同意するように頷く静馬。そんな二人の姿を見た陽はそれもそっかと納得したが何か思い出したのか意地悪そうな笑顔を浮かべて和也に話しかける。

「でも、最初に喜んで挑んだ人いたよね~?」

「うぐっ、あ、あれは仕方なかったんだよ!」

 思い出したくない記憶を思い出したのか苦い顔をしながら必死に言い訳をし始めた和也の姿に最初は耐えていた静馬も耐えきれなくなって笑い始める。そして、同じようにからかっていた陽も笑い始める。

「じゃ、じゃあ、今日も、挑んで、みる?」

 息も絶え絶えになりながら聞く陽の言葉に顔どころか身体全体を使って拒否する和也。その姿に静馬も笑いながら陽に乗っかって和也をからかい始める。

「いやいやいや、静馬と戦った後じゃ無理だって」

「やってみなきゃ、わかんないんじゃない?」

「無理だって! ただでさえ、数人がかりでも無理だったんだぞ?!」

 そういう和也の言葉で思い出されるのは橘の思いつきで行った橘を相手にした一一対多の戦闘訓練。挑んだ複数の生徒たちが無残に一撃で戦闘不能されていったと思えば、実際はギリギリの所で意識を保てる程度の攻撃に留めておいて二週、三週と複数回戦う事にされていた様は実際にやってない生徒たちもドン引きだった。
 そして、和也は三人の内で唯一それに参加してボコボコにされた経験が有るからこそ、余計に必死になっているのだろう。

「あんなのに一撃入れるって無理だぞ!!」

 今までに増して必死に訴える和也の言葉に笑っていた静馬たちも落ち着きを取り戻して率直な思いをつい言葉として零してしまう。

「流石、亀の甲より年の功って感じだな」

「えぇ、本当にそうよね」

「へぇ、それは誰に対してかしら?」

 陽が答えた後に後ろから聞こえた声。
 静馬は一瞬、誰の声か理解できなかったが、陽の顔が青ざめやってしまったと言わんばかりの表情になっている事から理解してしまった。そして、それが正解というように頭に強い衝撃と痛みが走る。
 頭を押さえながらも振り返った静馬の視界には素晴らしい笑顔には似合わない威圧感を放っている橘が立っていた。

「……、いつから聞いてました?」

「あんなのにってところからね」

「はぁ、そこからですか」

 黙り込んでしまった二人に代わって橘と話す静馬だが、聞かれていたところから考えると一人だけでうやむやにするのは不可能に近いと考えて視線で陽や和也に合図を送ろうとするが、視線の先には後悔しているような表情をしながらもこちらを見て合掌している姿の陽と何とかして気配尾を隠そうとする和也の姿があった。

「ここ最近は遅刻者もいなくて私も身体を動かすことが無かったから久しぶりに運動しようと思ってたんだけど、相手がいなくて困っていたのよね?」

 遠回しに名乗り出れば許してあげると言わんばかりの言葉と様子からどうやっても逃げ出せない事を悟った静馬は諦めて相手になる事を告げる。

「いつもと違うし、条件も一撃入れるってのから難易度を上げる為に変えるから」

「えっ、マジですか?」

「マジよ。で、さっきから話に入らずに合掌してる桜庭さんと藤井君はどうする?」

 まさかの話に絶望している静馬を無視して橘は他の二人にも話を振る。もっとも、話を振られた二人は焦りながらもどうにか回避しようと必死になっている。

「私たちは遠慮します。ね、和也君?」

「お、おう」

「あら、残念ね。ここ最近は良い感じだったから実際に立ち合って見たかったんだけど」

「それはまたの機会に。今日のところは静馬君に譲ります」

「そう。なら、そろそろ行きましょう」

 何とか地獄行きから逃げ切った二人の表情は非常に安堵したもので、逃がした本人でもある橘も誘っていた時に話した内容に嘘は無いのか、非常に残念そうな顔をしながらも話を終わらせた。
 一人被害を被る事になった静馬はそんな三人の姿に気を取り戻して和也と陽の二人を恨めし気な目で見る。

「そうですね。逝きましょう」

「あっ、そういえば学院長がもしかしたら行くかもって行ってたから」

「「「えっ」」」

 ふいに思い出すように橘が呟いた言葉に三人が固まる。勿論、言った本人もあまり嬉しくないようで、乾いた笑みを浮かべてボソッと小さな声で不満を漏らしていたのは仕方ない事なのだろう。
 もっとも、三人はそんな事も気づかずに目を合わせて聞き間違いではないかと確認するのに必死だったようだが。
 そして、歩き出した橘の後に続くように三人も不穏な空気を纏いながらも歩き、訓練場にたどり着いた。
 橘の後に続くように現れた三人の様子に先に来ていたクラスメイトたちは不思議そうな顔をしながらも授業が始まるのを待っていたが、静馬は既に決まってしまった運命の事で頭が一杯になっていて気が付きもしなかった。

「じゃ、授業を始めるわよ」

「各自、パートナーについては既に登録を済ませた様ね」

 授業開始を告げるチャイムを聞いた橘は周りを見渡し、次に手に持っていた端末を操作して背後に有るデュエロ・フィールダーを起動させた。
 訓練場に用意されていた舞台を五部屋に区切るように現れた光の壁は中で行われる戦いを安全な物にする為に放出された因子の一部で構成されており、中の余波が外部に影響しない様に遮断している。

「じゃあ、順番にデュエロ・フィールダー内に入って始めて良いわよ」

「さて、行きますか」

 何とか気持ちを取り戻した和也の言葉に取りあえずは目の前の事に集中しようと静馬は頭を振って地獄の事を忘れる事にした。そして、和也の後に続くように用意された空間に入る。




 デュエロ・フィールダーによって仕切られた空間と言えど元となった場所とは変化が無い為、何もない平に整えられた床とデュエロ・フィールダーで作られた壁のみ。
 しかし、デュエロ・フィールダーの機能で使用者を因子で作られた不可視の密着型シールドで覆っており、安全の確保とシールドエネルギーの残量で勝敗を決める事が出来るようになっている。勿論、使用者たちにもシールドの残量が分かるように壁の一部にそういった情報表示されるようになっていた。

「おし、準備完了だな。生憎と手を抜くつもりは無いからな」

「良いよ。こっちも全力で良くし」

 互いに向かい合った二人の間に緊張が高まっていく。壁に用意されていた情報画面が切り替わり、カウントダウンの数字が表示されて一拍開けた後にだんだんと数を減らしていく。
 目を逸らさずに向かい合った二人もそれを視界の淵に捉えながら、相手の行動に対応できるよう考えながらもその時が来るのを待つ。

「「3、2、1」」

 ゼロとなるのが早いか和也が飛び出して静馬に向かって手に持っていた片手剣を振るう。勿論、静馬も同じように動いていたので和也の動きを手に持っていた嵐狐で受け止め、一瞬の均衡の後に押し返す。

「へぇ、なかなかやるじゃん!」

 その反動を利用して後ろにとび退いた和也はそんな事を言いながら着地と同時に先ほどと同じように間を詰めてくる。
 しかし、一つだけ違う事が有った。それは片手剣を持っている手の反対の手に持っている盾を前に構えてチャージをするような姿勢で片手剣はまったく見えないようにしている事だ。
 勿論、静馬としてもただ立っているだけではなく、すれ違えるように体勢を変えて嵐狐を構えて間合いに入るのを待つ。だが、和也はそれを見越してか速度を上げて一気に間合いを詰めようとした。
 急激に変わった和也の移動速度に静馬は一瞬だけ思考が停止してしまうが、もう数歩というギリギリの所で避ける事に成功する。
 判断が鈍ってしまい、避けながらという体勢を崩した姿勢で嵐狐を和也に向かって突き出す静馬だったが、それは虚しく空を切るだけだった。

「うわ、これ避けるのか」

「そっちこそ避けてるからお相子だぞ」

「じゃあ、こんなんはどうかな!」

 一瞬、静馬は和也を見失うが返ってきた声に頭を後ろに下がる。が、少し遅かったようで和也の持っていた片手剣が掠ったのか頬の一部に痛みを感じる。

「ちっ、掠ったか」

 デュエロ・フィールダーが有るとはいえ、片手剣が軽く当たった頬に痛みまでは消せず、それ誤魔化すように頬を撫でながらも静馬は和也から目を離さない。いや、離せないの間違いだろう。
 既に静馬から距離を取って少し乱れていた息を整え、いつでも動けるような体勢になっていた。

「どんどん行くから頑張ってくれよ!」

「くっ、このまんまじゃヤバい」

 和也は楽しそうにしながら片手剣と盾を器用に使い、静馬に向かって攻撃を仕掛けてくる。剣が防がれた場合は盾による殴打や角を利用しての突き、その速度は最初の頃に比べると早く、静馬としても対応に困るもので有った。

「楽しいねぇ。こんなん久しぶりだなぁ」

「おいおい、まだ早く出来るのかよ」

「そんな事言ってても対応できてんじゃん」

 どんどんとスピードを上げて攻撃を仕掛けてくる和也に対応しながらもこのままではヤバいと静馬は思ってしまう。しかし、なんとかしのぎ切った所でタイミングよく少し距離を開ける事に成功する。

「ハァハァ、ちょうど良いからこっちからも行かせて貰う!」

「ちょっ、それはやばい」

 そういうと静馬は身体を低くして一気に和也に向かって距離を詰め、間合いに入った瞬間に足元を狙って横薙ぎする、だが、和也は飛ぶ事でそれを回避、落ちてくるのに合わせて片手剣を振り下ろしてくる。

「避けてそれを言うなよ」

 横薙ぎした勢いを利用してそれを横に避け、踏みとどまる勢いを利用して体勢を崩している和也に斬りかかるが、和也は持っていた盾でそれを受け止める。
 受け止めた嵐狐に一瞬だけ視線をやった和也は盾で横に弾き、それによって体勢を崩した静馬に向かって片手剣を突き出す。
 体勢を崩した静馬に一直線で迫った和也の攻撃だったが、弾かれた勢いを利用して静馬が身体を回転させる事でギリギリ当たる事は無かった。
 直ぐに追撃を掛けようとする和也だったが、静馬も簡単にそんな事が許す訳もなく距離を取る事でそれを無くす。

「このままだとタイムアップだから一撃勝負しない?」

「まぁ、現状の位置も仕切り直しにはちょうど良いから構わん」

 お互いに隙を探しながらも膠着した状況の中、和也が静馬に向かって提案を投げかける。静馬もその提案に迫りくるタイムリミットの事も有って乗る事した。 

「なら、決定!」

 和也のその言葉の後はどれほどの時間を無言で過ごしただろうか、お互いに緊張が高まっていく事が分かる。
 それが何を切っ掛けだったかはわからなかったが、二人ともに同じタイミングで攻撃を仕掛ける。

「「ハァ!」」

 和也は今まででも一番の速さでこちらに向かって剣と盾を構えながら距離を詰めてくる。途中で有ったチャージよりも早く、そして剣を隠す事無く突き出してきたのでそれを静馬はギリギリの距離で躱しながらも回転して和也の背中を斜めに斬りかかる。
 躱すタイミングがシビアだった為に静馬の横腹に剣が当たり、その痛みで狙いがズレたが、どうやら切っ先を当てる事ができたようで終わりを告げる音が鳴る。

「ちぇっ、負けかぁ」

「はは、ギリギリだったから焦った」

 そんな事を言いながら和也は倒れ込み、静馬も座り込んで体を休める。暫くの間、和也は悔しい雰囲気が滲み出して倒れ込んでいたが、直に体勢を変えて静馬を見るように座り込む。

「次は勝たせて貰うから」

「はいはい、そんなんはやってみないとわからないからなぁ」

 静馬は和也の言葉に軽く答えながらも天井を見上げ、久しぶりに感じた戦いの楽しさと勝つ事の清々しさに懐かしさを覚えていた。

「あぁ、なんかムカつくけど地獄行きのいう事は気にしない」

「忘れてたことを言うなよ」

 今までの清々しさが一瞬で無くなる言葉だった。変わりに押し寄せてきた絶望を前にこの場から動きたくないという気持ちすら出てくるほど、和也の言った言葉は静馬の気持ちを変えるには十分だった。
 既に立ち上がった和也に促され、静馬は渋々立ち上がりデュエロ・フィールダーから外に出る。既に他の何組かは終わっていたようで静馬たちと同じ時に入ったクラスメイトたちが思い思いに話しながら訓練をしていた。
 また、橘も静馬たちが外に出てきた事を確認したのか次の組に中に入るよう指示を出し、直ぐにデュエロ・フィールダー内の状況を表示していたモニターに視線を向けた。流石に安全が確保されているとはいえ、いつなんどき事故が起きるかもしれない為にモニタリングと救助の準備は必要だからだ。
 その姿を見た静馬と和也はデュエロ・フィールダーから離れ、生徒用に用意されているデュエロ・フィールダー内を映すモニターを一瞥してこれからの事を話始める。

「よし、まだ時間が有りそうだし、もうちょっと身体を動かしとくかな」

「まだ、やるんかい」

 少し離れた所にあまり人のいないスペースを見つけた和也はそう言うが早いか走っていき、静馬は和也の行動に呆れながらも、この後の事を思い出してどう乗り切るかを考え始める事にした。

「ふふ、結構仲良くなったみたいね」

「そうですね」

 深く考え込んでいたところに話しかけられ、ビクっと大きく震わせた静馬が何事もなかったように取り繕いながら振り返ると予想通りに橘が嬉しそうな顔をしながら立っていた。
 どうやら、考え込んでいる内に残っていたクラスメイトの訓練も終わったようでデュエロ・フィールダー内には誰もおらず、五部屋に区切られていたのも変更されてこれから行われるモノに合わせた一部屋設定になっていた。

「そろそろ始めるけど大丈夫そうね」

 橘の浮かべる笑みとその後方でこっちを見ながらも手を合わせる陽と和也の姿に静馬は深く考えるを辞めることにした。

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