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第七話 絶望に飲まれて

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 どうしてもこれから橘相手に戦わなければいけない事を認めたくない静馬はくどい様に確認する。

「やっぱりやるんですか?」

「もちろん、やるわよ。ルールはみんなの前で発表だから楽しみにしててね」

「せめて、ルール変更は無しにしませんか?」

「駄目よ。そんなんじゃ私が面白くないもの」

 せめてもの悪あがきとルール変更を無しにしてくれないかと懇願した静馬の思いは簡単に断られる。
 終わった。静馬の心の声を外に出すのならそれだろう。
 ただでさえ一撃を入れるという条件が厳しいものだったのに流れからいって簡単なものに変わるとは思えない。
 だからこそ、静馬は何とかして回避しようとしたし、他の参加者が出てこないかと期待した。もっとも今それは全部が叶わなかった夢となったが。
 各自で訓練をしていたクラスメイトたちが集まり、橘がこれから始める事について話し出す。
 知っていた和也と陽を除くクラスメイトたちに一瞬走る緊張感も直ぐに相手が自分ではないという事実に無くなり、静馬にご愁傷様と言わんばかりの視線が集まる。
 既に逃げ道も無くなった静馬は死刑執行を待つだけの囚人の気持ちを味わっているようなものでクラスメイトの視線も合わさってさっさと終われと願うだけ。
 最後にと和也と陽に視線を向けるも微妙に愛想笑いを浮かべて視線自体は合う事も無く、そんな静馬の様子とは裏腹に楽しそうにデュエロ・フィールダーの操作を進める橘。
 暫くすると準備が整ったのか、意気揚々とデュエロ・フィールダーに向かう橘の姿に静馬は諦めて重い手足を引きずって後に続く。
 そんな静馬と橘に騒ぎ始めたクラスメイトの様子に橘はその騒がしさに振り返る。

「ちょっと、騒がしいわね。これはみんなが私と模擬戦したいって事で良いのかしら?」

 その言葉に道連れを期待した静馬が振り返って見たのは一斉に横に首を振るクラスメイト一同。出来ればそっちにいたかったと思う静馬だったが、首を振るクラスメイトたちの後ろににこやかな笑顔を浮かべながら立っている人の姿に気が付いた。

「あら、もう授業は終わりなのかしら?」

 唐突に聞こえた声に全員の視線がその人に集まる。
 集まった視線を気にせずに先ほどと変わらずにこやかな笑顔を浮かべたままの森沢に橘は今までの様子が嘘のように引き攣った顔で話しかける。

「学長、本当に来たんですか……」

 傍にいた静馬にしか聞こえないほどの小さな声でぼそっと呟かれた言葉から橘がどうにかして顔に出ない様にしている思いが分かる。
 ただ、森沢はその事に気が付いていないのか相変わらずの様子のまま、橘と話すために生徒に断りを入れながらも橘に向かって歩み寄る。

「生徒の大半がここにいるように感じるけど、これから何をするのかしら?」

「神居君と私で模擬戦を行う予定です」

 あらあらとちょっと困ったような表情を見せる森沢の姿に橘は疑問に思って問いかける。

「そうだったの。今日はこれで終了って言ったら時間が勿体ないから私との模擬戦にしようと思ったんだけど残念ね」

「えっ、そ、そうでしたか」

「えぇ、私も久しぶりに体を動かしたいし、生徒たちとも触れ合いたかったから」

 その言葉に何とか言葉を返す橘だったが、視線は明後日の方を見ているらしく、それを見た森沢が少し頭を傾げている。
 勿論、それを聞いた生徒たちも信じたくない言葉を聞いたと森沢に驚きの視線を向けたが、残念そうにする姿に安堵の表情を見せる。ただ、橘と話している森沢にはその様子は見えず、逆に何か良い事を思いついたというような森沢の表情も生徒たちに見える事は無かった。

「それよりその模擬戦の間は他の生徒たちはどうするのかしら?」

 振り返り生徒たちを見渡しながら森沢はそう話す。
 できる限り自然に森沢と視線を合わせないように必死になる生徒がいるなかで聞かれた事に内心では助かったと思いながら橘は視線を生徒たちの方へ向ける。

「模擬戦を見学の予定ですが……?」

「見学……。 じゃあ、その間は私と模擬戦をする事にしましょう」

「えっ、学長とですか? 」

 やっぱりと手を叩き、橘は振り返りながら花咲くような笑顔を見せて提案してくる森沢に驚きの声を上げて一瞬だけ視線を動かすが、直ぐに生徒たちの方に視線を戻して様子みた。
 どうやらそれに驚いたのは橘だけではなく、生徒たちもそうだったようで視線で断ってほしいと訴えかける生徒たちの姿が有った。だが、その様子に気が付かない森沢はまるで決まった事のように橘に話しかける。

「えぇ、先ほど言った通りに体を動かす事と生徒たちと触れ合う事も出来て良いし、見ているだけよりは実際に訓練した方が良いと思うから」

「そ、そうですか。 学長が良いって言われるなら良いんですが……」

「なら、決まりね」

 あまりの森沢の様子に反対する事も出来ずに押し切られた橘に断ってくれる事を祈りながらも様子を見ていた生徒たちの視線が集まる。その視線に一瞬だけ気後れした橘だったが既に模擬戦することが決まって喜んでいる森沢に声を掛けれる訳もなく、何か言いかけた口を閉じた。
 その様子にクラスメイトたちが聞こえない程度に口を開いて愚痴のようなものを言っているのが静馬からは良く見え、同じように静馬からも驚きの声が漏れてしまう。

「マジかよ……」

 できればそのまま飛び火しない事を祈りたい静馬だったが、その様子を陽に見られたようでこちらを見ながら何か言っている。静馬は口の動きでなんとなくだが、何を言っているのか分かった。

『何言ってるかわかんないけど、その笑顔は酷すぎるよ』

「まぁ、そっちも頑張れよ」

 陽に向かってそう返したところを今度は和也にも見られてしまう。そして、二人は静馬の言っている事が分かったのか、二人して何か言っているようだ。
 もっとも直ぐに伝わっていない事に気が付いて凄い顔で睨むだけになったが、その姿に静馬はお互いに頑張ろうと言わんばかりの笑顔を返す事にした。

「あっ、神居君に言い忘れてたけど、私たちの方のルールはさっき言った通りに一撃じゃなくて気を失うまでってルールにしたからね」

「えっ」

 二人の方に意識を向けていたので急に橘に話しかけられ、その内容を聞いた静馬は驚きの声と共に橘を見る。
 既にデュエロ・フィールダーの操作は終えたのか、静馬を除く生徒たちと話始めた森沢をしり目にデュエロ・フィールダーの入り口の前で立っていた橘は静馬の反応を訝しげに思いながらも静馬の傍まで戻ってくる。

「さぁ、そろそろ行くわよ」

「えっ、いや待って……」

「学長、そちらの設定も終わっているので入って頂いて大丈夫です」

 静馬が未だに驚いている間に橘はその腕を掴み、引きずりながらもデュエロ・フィールダーまで戻った。そして、入る前に思い出したのか森沢に向かって声を掛けてから中に入るのだった。
 声に気が付いて振り返った森沢は引きずられている静馬に向かって笑顔と声援を送ってくれていたが、その後ろで和也と陽が手を合わせて合掌しているのが静馬には見えた。

「えぇ、分かったわ。神居君、頑張ってね」

「「ご愁傷さま」」



 まるで逃げるようにデュエロ・フィールダーに入った橘だったが、中に入ると直ぐに大きなため息と共に掴んでいた静馬の腕から手を離す。

「はぁ、神居君。腕を引っ張ってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」

 やっと解放された腕を回して問題が無いかを確認する静馬。それを確認した橘は気を取り直すようにもう一度大きくため息をした後に話始める。

「じゃあ、ルールはさっき言った通りに気絶するまでの模擬戦ね。勿論、私も有る程度は手加減して攻撃するから頑張って避けるか防いでね」

「えぇ、そのつもりですけど……」

「そんなに消極的じゃダメよ」

 あまり乗り気ではないような静馬の返事に少し怒ったようのか腰に手を当てて話す橘の姿と言葉に静馬は譲歩を引き出せないかと橘を見るが効果は無かった。

「ダメって言われても困るんですけど」

「はいはい。そんな目でこっちを見ない。大丈夫、手加減するからすぐに終わるって事はないし」

「まぁ、そう言われるなら頑張ってみます」

「そう、その意気込みよ。じゃないと私が楽しめないし、あっちには巻き込まれたくないしね……」

 静馬の言葉に大げさな仕草で頷きながら答える橘の姿にぼそぼそと話した最後の方の言葉を聞き取れなかった静馬は首を傾げる。だが、直ぐに森沢の事で何か言っていたんだろうと思い、向こうに参加しないで済んだことを感謝した。
 勿論、あまりにも早く橘との模擬戦を終わらせてしまうとそっちに参加するはめになる事を思い出して出来るだけ長く抗い続ける事を心に誓った。

「その様子だとそろそろ準備はできただろうし、攻撃してきても良いわよ?」

 静馬は橘のその言葉に気を引き締めて意識を橘に向けていく。徐々に高まる緊張感など物ともせずに特に構えを取らずに立っている橘と嵐狐に手を掛け、前かがみになる事で素早く踏み込めるように構える静馬。
 実力差が有る事を知っているからこそ簡単に橘に近づくという考えが浮かばない静馬との間にどれぐらいの時間が経ったか分からない。
 ただ、静馬は先に動くことが悪手だという事もこのままでは埒が明かない事は分かっていたからこそ意を決して仕掛ける事を決める。
 知らぬ間に乱れた息を整え、心を落ち着かせるように大きく一息をした後に静馬は動いた。

「行きます!」

「へぇ、予想より速いわ」

「くっ、そんな事言っても防いでるじゃないですか」

 素早く踏み込んだ静馬に対して意外と言わんばかりの表情を見せながらも余裕が有る身体捌きで上段から斬りかかった静馬を避ける。分かっていた事とはいえ、いとも簡単に防ぐでもなく避けられた事に改めて力の差を実感する静馬。

「うん、最初は反撃はしないからこの調子でバンバン攻撃してきなさい」

 少し距離を取った橘は何回か頷いた後に静馬を見つめて言う。ただ、そんな姿を見た静馬にすれば嬉しい事ではなく、苦行の始まりのように感じてしまった。

「はぁ、通じないのに攻撃しろって言われても」

「なんか一気にやる気なくしちゃって。そんなんじゃ勝てるものにも勝てなくなるわよ」

「そんなこと言われても」

 言葉とは裏腹に斬りかかる静馬だったが、相変わらず余裕でそれを躱されてしまう。
 その後も何回も斬りかかるがいとも容易く避ける橘の姿に意地になって向かって行きそうになる気持ちを無理やり抑え込み、一度距離を取る事で仕切り直そうとする。

「そっちから攻撃してこないなら前言撤回でこっちから攻撃していく事になるわよ」

 橘から言われたことに静馬は反射的に動いてしまう。あまりにも急な動きと焦りが予想を超えていたのかその静馬の動きに虚をつかれたのか、橘は今まで展開していなかった因牙武装の槍を使って静馬の攻撃を受け止める。

「ちょっと…、今のは焦ったわ」

 防がれたことに気が付いて距離を開けた静馬に橘はそんな事をいった。だが、静馬にはそんな事をまともに聞いている余裕は無かった。
 自分のした事でとはいえ、橘が今まで展開していなかった因牙武装を展開したその事実に橘がどう動くか分からなかったからだ。
 だが、そんな静馬の姿を気にする事も無く、橘は手にした槍を構えずに動くつもりも無いのかただ立っているだけだった。
 さっきよりも警戒しないといけない状況で互いににらみ合う形の静馬と橘。改めて、静馬はどうしたものかと思うが結局は良い案が思いつかず、結局のところはそれしかないかと思った事が口から零れる。

「あぁ、こうなりゃダメで元々で行くか」

「あら、イイ顔になったっ」

 言うが早いか、一直線に橘に向かっていった静馬はその勢いのままに嵐狐を突き出すが、少し驚いた顔をした橘は槍を振る事で簡単に防ぐ。

「くっ、なら……」

 弾かれた力を利用して静馬は身体を素早く回転させて横薙ぎするが、一歩下がる形でそれを避ける橘。そして、静馬は避けられたと分かると追いつくように一歩踏み込んで斬り上げる。

「甘い。でも、良い感じね」

 敢えて槍で受け止め、一拍開けた後に弾いた後に一気に後ろに距離を取った橘は静馬を挑発するように首を傾げながら言った。

「そろそろこっちからも攻撃していって良いかしら?」

「それは遠慮したいです」

「残念」

 その言葉に一瞬だけ恐怖を感じた静馬だったが、それを押し殺して飲み込まれない様に橘を睨みつける。
 静馬の言葉を予想していたのだろう。静馬を見る橘の顔は笑っていてとても模擬戦をしているようには思えなかった。

「これでどうですか!」

 言葉と共に静馬は嵐狐の鞘に因子を纏わりつかせて地面に向かって振り下ろす。その行動に橘は疑問を覚えたが衝撃で地面が砕け、その破片や立ち込める砂塵で静馬の姿が見えなくなるとその頬を緩める。そして、それを突き破るように煙の中から何かが飛んでくる。
 急に飛んできたそれを橘は槍で叩き落し、よく見てみるとさっきまで静馬が手にしていた鞘だと気が付く。そして、それに一瞬だけ気が取られた橘に姿勢を低くしたまま煙の中から飛び出した静馬が嵐狐に因子を纏わりつかせながら横薙ぎした。
 しかし、それすらも橘は避けてみせ、お返しにと静馬を槍で薙ぎ払って吹き飛ばす。

「ぐっ、攻撃しないんじゃ無かったんですか?」

「あまりにもいい攻撃するからつい反撃しちゃった」

 そう言って笑いながら話した橘だったが、直に今までが嘘だったかのように真剣な顔つきになって静馬を見る。その瞬間から静馬は異様な威圧感を感じ、神経がすり減らされていくように感じた。

「でも、ちょうど良いからこれから攻撃していくわよ」

「マジですかって」

 言うのが早いか橘は槍を静馬に向かって構え、攻撃する事を示した上で一拍置いてから動き出す。静馬はそんな橘の動きを見て振り下ろされた槍を嵐狐で受け、受け止められた事と動きが分かるようにしている事から手加減してくれていると分かる。ただ、受け止めた時の衝撃で手が軽く痺れから油断できない。

「まぁ、こんなのは防げるわよね」

「結構、ギリギリなんですけど」

「そんな事言っているなら大丈夫よ」

 にこやかにそんな事を言ってくる橘に言い返したい思いが静馬の心に芽生えるも言う暇を与えないと繰り出される橘の槍を防ぐか避けるのに精一杯になってしまう。
 そして、右、上、下からの切り上げ、持ち手を狙った突きに薙ぎ払いと防ぎ、避けても続けて繰り出される事で完全に橘のペースに巻き込まれる。

「くっ、受け続、けるより、は!」

「へぇ、凄いわね。でも、まだまだね」

 薙ぎ払いに合わせて静馬はその槍を大きく弾き、無理やり嵐狐で斬りかかるが簡単に避けられてしまう。だが、避けられた事で距離が開いて攻められ続ける事が無くなったのは幸運だった。

「ハァハァ、流石、です、ね」

「神居君も同年代の中じゃトップクラスの実力よ」

 少しでも体力を回復しようと荒い息の中、静馬は橘に話しかける。
 特に疲れた様子も見せない橘はそんな静馬にそこまで注意を払う事無く、評価を伝えてくるがその姿に静馬から見て隙が有るように一切見えなかった。
 ある程度息も整い、体力も回復した静馬が自然と嵐狐を構えようと思った瞬間、橘もそれを察したのか言葉を放つ。

「で、そろそろ大丈夫でしょう?」

 見破られていたか……。静馬はそう思って一瞬だけ動きを止めてしまい、仕掛けるタイミングを逃してしまう。既に橘も槍を構え、いつでもかかって来いと言わんばかりの姿を見た静馬は深く呼吸をして覚悟を決める。

「行きます」

 素早く動き出した静馬は嵐狐に因子を纏わりつかせ、一気に橘に向かって駆け出して距離を詰めていく。徐々に詰まる距離に橘は特になんとも思っていないのか相変わらず姿勢を変えずにいる。
 そんな橘に疑問に思いながらも静馬は手に持った嵐狐を振りぬいた。

「さっきから思ってたけど、もうその使い方が出来るって凄いわね」

 ちょうど当たると確信した静馬の耳にそんな言葉が聞こえた。その瞬間、橘の姿が消えて切り裂くように振るった嵐狐が空をきる。
 見失った静馬が橘を探すために後ろに振り返ろうとするが、視界に肌色の物が近づいてくるのが見えた。考えるよりも自然と身体が動いた静馬だったがその何かをギリギリの所で身体を逸らす事で回避する。

「げっ」

「うん、これを避けれるならもうちょっと行けるよね」

 拙いという思いと共に我武者羅に見えない橘の姿から距離を取ろうと後ろに下がるが、続けて繰り出される攻撃に思う様に動くことも出来ず、その場に立ち止まり嵐狐で受け止める。

「注意力散漫ね」

 やっとの事で視界にとらえた橘の姿だったが、不意に聞こえてきた声と共に右脇腹に痛みを感じる。その瞬間、静馬の身体は地を離れて吹き飛び、静馬の視界に足を振りぬいた橘が写るとその身体が床へと落ちて転がる。
 全身に走る痛みに耐えながらも立ち上がる静馬に橘は追撃を仕掛ける事は無く、構えすら解いてその姿を見ていた。

「まだまだ甘いわね」

 静馬が痛みでその言葉に答えれずにいると唐突に拍手の音がその場に鳴り響いた。その事を不思議に思って二人が音のする方を見てみるとそこには森沢が拍手をしながらにこやかな笑顔で立っていた。

「が、学長、どうしてこちらへ?」

「あら、そんな決まってるじゃない。他の子たちが寝ちゃったから少しの間はモニター越しに見てたけど、楽しそうにしてたからこっちに混じろうと思って」

 そんな森沢に橘が青い顔をしながらも何故いるのかと聞いてみると返ってきた言葉は二人にとってあまり嬉しいものではなかった。

「でも、神居君は凄いわ。生徒の中でも上位の実力を持っているわよ」

「あ、ありがとうございます」

 二人の様子を気にする事無く話す森沢は静馬をチラっとみた後に橘に向かいなおす。
 その様子に静馬が橘を見てみると青い顔をしながら数歩後ずさりしている見えた。どうやら橘としても森沢の相手をしたくないのだろう。
 さっき聞こえてきた模擬戦に混じろうと思ってという言葉が嘘で有ってほしいのか必死に話している橘の姿を見た静馬だったが、既に橘相手に手も足も出ない状況がさらに悪化するのは回避したいので心の中で橘を応援する。

「そうね、二人とも疲れていると思うから二人対私って形にしましょう」

 まるで名案だわっと嬉しそうに提案する森沢の姿に少しは希望が持てるかと静馬は考えるが、未だ必死になっている橘の姿からそう考えるのを諦めた。
 模擬戦前と同じように森沢の中では確定してしまったようで橘にもう少し距離を取るように言いながらも軽く静馬の位置を確認する。そして、見つめられた静馬は言いようのない恐怖と威圧感を感じて本能が森沢から目を逸らす事すら拒否してしまう。

「あら、神居君にはちょっと早すぎたかしら」

「さ、さぁ? どうでしょうね」

 そんな静馬の様子に思うところが有ったのか、森沢はまずはと言わんばかりに静馬を無視して橘に意識を向けている。
 一瞬だけ静馬はその姿に仕掛けるべきかと思うが、何で気が付いたのか瞬間的に向けられた森沢の視線だけで再び硬直してしまう。そして、それを好機と見たのか橘が一瞬で姿を消す。
 次に橘が現れたのは森沢の背後、槍を突き出した姿勢だったが最初からそんな事は分かっていたというように森沢によってそれは受け止められていた。
 静馬はそれを見てなんとか身体を動かし、森沢に向かって駆け出す。それに合わせて橘も攻撃を仕掛けていく。
 静馬が嵐狐を振るう寸前、森沢は橘の攻撃に対応している為に静馬に背中を見せている。そして、橘も静馬をサポートするように仕掛けていく。そして、静馬がその無防備な背中に嵐狐を振るう。

「ふふ、やっぱり凄いわ」

 だが、それすら言葉と共に躱されてしまう。消えた森沢の姿に困惑する静馬に橘がその後ろを見て静馬を掴みながら横に飛ぶ。
 橘に掴まれながらだった為に変な姿勢で飛んだ静馬だったが、その直前までいた場所を見て橘に感謝する。

「あ、危なかった」

「よく気が付いたわね」

 どう動いていたのか分からなかったが手を振りぬいた状態で立っていた森沢を見ながら静馬は体勢を立て直して背中に冷や汗を感じる。
 橘が静馬の様子をチラっと横目で確認したが、その表情には一切の余裕が無く、森沢の動きを見逃さない様に見つめている。

「大丈夫そうね」

「なんとかですよ」

「あら、そんな悠長にお喋りしてて良いのかしら?」

 森沢に意識を向けながら橘と話していると唐突に森沢の声が聞こえ、同時に背中に痛みと衝撃を感じて前に飛ばされた事を静馬は理解した。そして、痛みに耐えながらも立ち上がろうとした瞬間、腹部に痛みと衝撃を感じて目の前に静馬の腹部に拳を振りぬいた姿の森沢がいる事に気が付いた。

「あらあら……」

 だが、そんな事も森沢が何か言っている事も静馬には途切れ行く意識の中での事でしかなかった。
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