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序章 妖界と妖怪
第3話 水底の境界
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冷たい水の温度。
下へ下へと沈む感覚。
突然のことで思わず息を吐く。ガボゴボッと音を立て空気の泡が舞う。
息ができない。
そう思った矢先、周りの水はうっすらと消え去り、息はできるようになったが、代わりに緩やかに空中を落下している感覚が襲う。
強く瞑っていた眼をかすかに開くと、それは、すぐそこにいた。
「ッッッ———!!!!!!」
見たこともない、おぞましい姿。白く、細身の女の上半身、胴と腕が無数に重なり、塊になっている。先端の胴体だけ頭部があり、長い緑髪から、ニタァと口裂け気味に笑う顔。
化け物。そう呼ぶ他はないほどに、恐ろしく、禍々しいモノが、朔の身体を掴んでいた。
「ああ、なんて馬鹿な子!!自分からやってくるなんて!!久しぶりのご馳走だわ!!!さあおいで、おいでなさい、私の腹の中へ!!!」
化け物は高らかに笑い声をあげた。無数の手が、朔の身体を引き寄せていく。
「ヒッ」
まずい、まずい、まずい!
こいつは何!?何が起こってるの!?
化け物の身体が、グワッと裂けた。中には並ぶ大きな歯、舌。
ゾッと、身体が竦み恐怖に支配される。指一本動かすこともできないほどに。
———喰われる——!
その刹那。
「ぬうッ……!?」
化け物は動きを止めると、背後に視線をやった。
「!!?」
何かが、化け物の身体を食い千切っている。激しい血飛沫。再び容赦なく噛み付く。
白くサラサラとした毛並み。長い尻尾。
そこには、威嚇するように咆哮を轟かせる、大きく白い獣がいた。
「な、なに、あれ……!?」
「ぬうう!小癪な化け猫め!!」
化け猫?猫?あれが?
確かに耳や顔の形は猫の骨格に似ているが、にしてはあまりにも大きい。一口に言えば獰猛で大きな獣……だが、威嚇音や鳴き声は猫のようだった。
朔はハッと気づく。
「まさか……さっきの猫っ……!?」
朔を山に誘った、あの白猫。だが、先程まで普通の猫と同じような姿をしていたはず。
化け物は無数の腕を重ねて作った大きな手で猫を掴もうとするが、逆に噛み付かれる。
化け物が猫に気を取られ、朔は掴まれていた腕の力が緩んだことに気づく。今なら逃げられる、と、脱出に成功。
「しまっ」
化け物が朔のほうに視線を戻した瞬間、猫は噛み付いた腕を振りかぶって、化け物をぶん投げる。激しい轟音とともに壁に叩きつけられた。壁は衝撃に耐えられずガラガラと音を立て崩れる。
朔は、おっかねえ、と化け物から猫へ視線を戻すと、猫は自らめがけて飛んできた。
まさか、今度は猫に喰い殺される!?
朔は咄嗟に両腕で頭を庇う。
グンッ、と首元を引っ張られる感覚。
「え、」
猫はまるで子猫でもを運ぶように、朔の襟元を加え、化け物とは反対の壁に着地する。
「こんなタチの悪い妖怪に踊らされるとは、見損なったぞ御主人……いや、今は違うか」
猫が喋って……?
目が点になる朔。明らかに悪口を言われているが、内容よりこの現実に戸惑う。
「……細かいことは後回し。儂の名は松宵。お主の味方じゃということだけ今は理解すれば良い」
「松、宵……」
その言葉と、助けてくれたという事実から察するに奴の仲間でないことは明確のようだ。どことなく安堵したおかげか、竦んでいた身体の自由が効き始めた。
化け物ばかりに目を奪われていたため気づかなかったが、ただの暗い空間だったはずの周りの様子は変化していた。朱い柱、朱い社が窮屈なくらいに敷き詰められており、底の方までどこまでも続いている。
化け物の先端。壁にぶつかる寸前に作ったのだろうか、卵の殻のように無数の腕が先端の身体を守っていた。スルスルと解けると、女の顔は憤りでひどく歪んでいた。
「おのれ……許さぬ……許さぬ!!!」
巨体にも関わらず勢い良く飛び上がり、再び朔たちを襲わんと口をガパッと大きく広げる。
「掴まれ、少々揺れるぞ!」
「いっ!?」
松宵と名乗った猫は、自らの背中へ朔を投げ上げると、すぐに駆け出した。
化け物は松宵が居たはずの所へ勢いよく着地すると、すぐに後を追ってくる。
朔は思わず毛に掴まった。
そして異変に気付く。壁を、駆けているではないか。
「な、なんで落ちないの!?」
真っ逆さまに壁を走っている。本来なら重力に逆らえず身体が浮いて落ちているはず。
「ここは奴の境界じゃ。どうやら不完全らしいな、天は地に、地は天にある……つまり上下に決まりがないということ」
「待てぇぇぇ貴様らぁぁあ!!!」
化け物は全速力で追いかけて来る。
「奴を迎え撃つ!お主はこのまま走って出口を探せ!」
「え!?そんなこと急に言われても——わあっ!!」
松宵の急に立ち止まった勢いに耐えられず、毛を掴んでいた手を離してしまい、投げ飛ばされる。
「ぐっ」
派手に転がり落ちた。
見上げると、松宵はひらりと向かって来た化け物の上に避け、土産とでもいうように鋭い爪で二、三度引っ掻く。攻撃は先端の身体に命中する。
「ああああああ!!!」
化け物は苦痛の叫びをあげ、足を止めた。
朔が見上げると、化け物は随分と痛がって悶えている。特に、先端の上半身の個体が。
巨体の表面は生の人間と変わらぬようで、傷ついた肉から血がダラダラと流れ出している。
「痛い、ああ痛い…!!よくも、私の身体に傷を……!!ぬううううッ!!!」
ギョロッと朔の姿を捉えた。
「走れ!」
松宵は叫んだ。
壁を走るだなんて。でも、こんな無茶苦茶な世界で、常識など通用するはずがない。
呑気に突っ伏していたら、喰われる。実際のところ、化け物は朔を狙って次の動作に移ろうとしていた。
「走りゃあいいんでしょ!?」
化け物に背を向けるように、膝を立て立ち上がり、思いっきり蹴り出す。
落ちる、その不安をかき消すように、足が地を蹴る感覚がはっきりする。全速力で、壁を走っていた。
天は地に、壁は地になっている。
化け物は巨体を揺らし、社を容赦無く壊しながら、無数の腕を忙しなく動かし追いかけてきた。
地面を走るのと同じように、しっかりと踏み込み、蹴り、駆ける。
松宵に聞きたいことは山ほどあった。今もまだ、頭が混乱している。だが今はそんなことよりとにかく化け物から死に物狂いで逃げ、目の前の危機を脱しなければ。
「待てぇぇぇ!!!!小娘ぇぇ!!!」
「それで!?次はどうすりゃいいの!?」
走ることに集中しながらも、朔は斜め上の壁を駆ける猫に問いかける。
「境界の出口が見つからぬ!おそらくそいつを倒すしかない!!」
化け物は高らかに笑い声をあげる。
「そうさ!ここは私の縄張り、入ってしまったが最後、永遠に出られやしないのさ!!私を倒すだなんて、どうやって!?アッハハハハ!!観念して喰われることだねぇ!!」
あいつの言う通り。どうやって?どうやって奴の息の根を止める?あんな、人智を超えた化け物に。出来るわけない、勝てるわけない。
あの化け物に、大きな口の中に放り込まれ喰われそうになった瞬間が脳裏をよぎる。途端、背筋が凍った。
ああ、死ぬのか、こんなところで。こんな怪物に喰い殺されて。誰も知らない場所で、誰に知られることもなく。
余計に動悸が激しくなる。息が乱れる。
恐怖と、悲しみと、絶望。
「あッッ!」
ずっと全速力で走り続けていたため限界がきたのか、恐怖で集中力が切れたのか、足がもつれ、転倒しかける。
もうダメだ——!!
そう思った瞬間。フワッと身体が浮かぶ感覚。見上げると、松宵が朔の服の襟を咥えていた。寸前で助けてくれたのだ。
横に振りかぶって、朔を自らの首元へ放り投げる。朔は毛に掴まった。
「……ッ死ぬかと思った……」
朔はホッと、軽く安堵した。息を整え、少しだけ落ち着きを取り戻す。
松宵に問いかけた。
「……やっぱり死ぬしかないの?」
「……お主は儂が死にはさせん。そもそもお主は死にたかったのか?」
「…………」
……違う。死にたかったわけではなくて。あの時。ただ、逃げたかった。あの場所にいるのが辛くて、ただそこから居なくなりたかっただけで。
選択肢に命を絶つことはあったかもしれない。でも、そんな度胸、自分にはなかった。
「……諦めたくない。死にたくない。」
その時、祖母のある言葉を思い出した。
『朔や、よくお聞き。これから貴女にはたくさんの困難が訪れることでしょう。でも、決して絶望に負けないで。よく観察して、冷静に、判断をするのよ。きっとどこかに道はある。難しい時は、迷わず周りの誰かに手を貸してもらいなさい。でも、待っていちゃだめ、誰かに任せきりではだめ。自分から、動くのよ』
幼い頃から、祖母が自分に言い聞かせた言葉。彼女の声はとても力強く、顔はとても真剣だった。だからか、朔の記憶に深く刻まれていた。
よく観察して、冷静に、判断。
祖母の言葉を反芻する。深く息を吸い込み、吐く。
大丈夫、落ち着いて。
必ず、どこかに道はある。
あの時。
猫に身体を噛み付かれていた時、肉は千切れ血が多く流れていた。なのに、さして痛がる様子もなく。だが、先端の胴体や顔についた引っかき傷は、妙に痛がるそぶりを見せていた。傷の深さの差は歴然にも関わらず。
そのうえ、壁にぶつかった時は、先端の身体を無数の腕で覆い、守る素振り。まるで一番大事な部分とでも言うように。
「……もしかして……!」
ハッと、閃いた。
「松宵!!あいつ、もしかしたら本体か弱点があの先端の身体なのかもしれない!!だから、あの部分に深手を負わせれば……!!」
下へ下へと沈む感覚。
突然のことで思わず息を吐く。ガボゴボッと音を立て空気の泡が舞う。
息ができない。
そう思った矢先、周りの水はうっすらと消え去り、息はできるようになったが、代わりに緩やかに空中を落下している感覚が襲う。
強く瞑っていた眼をかすかに開くと、それは、すぐそこにいた。
「ッッッ———!!!!!!」
見たこともない、おぞましい姿。白く、細身の女の上半身、胴と腕が無数に重なり、塊になっている。先端の胴体だけ頭部があり、長い緑髪から、ニタァと口裂け気味に笑う顔。
化け物。そう呼ぶ他はないほどに、恐ろしく、禍々しいモノが、朔の身体を掴んでいた。
「ああ、なんて馬鹿な子!!自分からやってくるなんて!!久しぶりのご馳走だわ!!!さあおいで、おいでなさい、私の腹の中へ!!!」
化け物は高らかに笑い声をあげた。無数の手が、朔の身体を引き寄せていく。
「ヒッ」
まずい、まずい、まずい!
こいつは何!?何が起こってるの!?
化け物の身体が、グワッと裂けた。中には並ぶ大きな歯、舌。
ゾッと、身体が竦み恐怖に支配される。指一本動かすこともできないほどに。
———喰われる——!
その刹那。
「ぬうッ……!?」
化け物は動きを止めると、背後に視線をやった。
「!!?」
何かが、化け物の身体を食い千切っている。激しい血飛沫。再び容赦なく噛み付く。
白くサラサラとした毛並み。長い尻尾。
そこには、威嚇するように咆哮を轟かせる、大きく白い獣がいた。
「な、なに、あれ……!?」
「ぬうう!小癪な化け猫め!!」
化け猫?猫?あれが?
確かに耳や顔の形は猫の骨格に似ているが、にしてはあまりにも大きい。一口に言えば獰猛で大きな獣……だが、威嚇音や鳴き声は猫のようだった。
朔はハッと気づく。
「まさか……さっきの猫っ……!?」
朔を山に誘った、あの白猫。だが、先程まで普通の猫と同じような姿をしていたはず。
化け物は無数の腕を重ねて作った大きな手で猫を掴もうとするが、逆に噛み付かれる。
化け物が猫に気を取られ、朔は掴まれていた腕の力が緩んだことに気づく。今なら逃げられる、と、脱出に成功。
「しまっ」
化け物が朔のほうに視線を戻した瞬間、猫は噛み付いた腕を振りかぶって、化け物をぶん投げる。激しい轟音とともに壁に叩きつけられた。壁は衝撃に耐えられずガラガラと音を立て崩れる。
朔は、おっかねえ、と化け物から猫へ視線を戻すと、猫は自らめがけて飛んできた。
まさか、今度は猫に喰い殺される!?
朔は咄嗟に両腕で頭を庇う。
グンッ、と首元を引っ張られる感覚。
「え、」
猫はまるで子猫でもを運ぶように、朔の襟元を加え、化け物とは反対の壁に着地する。
「こんなタチの悪い妖怪に踊らされるとは、見損なったぞ御主人……いや、今は違うか」
猫が喋って……?
目が点になる朔。明らかに悪口を言われているが、内容よりこの現実に戸惑う。
「……細かいことは後回し。儂の名は松宵。お主の味方じゃということだけ今は理解すれば良い」
「松、宵……」
その言葉と、助けてくれたという事実から察するに奴の仲間でないことは明確のようだ。どことなく安堵したおかげか、竦んでいた身体の自由が効き始めた。
化け物ばかりに目を奪われていたため気づかなかったが、ただの暗い空間だったはずの周りの様子は変化していた。朱い柱、朱い社が窮屈なくらいに敷き詰められており、底の方までどこまでも続いている。
化け物の先端。壁にぶつかる寸前に作ったのだろうか、卵の殻のように無数の腕が先端の身体を守っていた。スルスルと解けると、女の顔は憤りでひどく歪んでいた。
「おのれ……許さぬ……許さぬ!!!」
巨体にも関わらず勢い良く飛び上がり、再び朔たちを襲わんと口をガパッと大きく広げる。
「掴まれ、少々揺れるぞ!」
「いっ!?」
松宵と名乗った猫は、自らの背中へ朔を投げ上げると、すぐに駆け出した。
化け物は松宵が居たはずの所へ勢いよく着地すると、すぐに後を追ってくる。
朔は思わず毛に掴まった。
そして異変に気付く。壁を、駆けているではないか。
「な、なんで落ちないの!?」
真っ逆さまに壁を走っている。本来なら重力に逆らえず身体が浮いて落ちているはず。
「ここは奴の境界じゃ。どうやら不完全らしいな、天は地に、地は天にある……つまり上下に決まりがないということ」
「待てぇぇぇ貴様らぁぁあ!!!」
化け物は全速力で追いかけて来る。
「奴を迎え撃つ!お主はこのまま走って出口を探せ!」
「え!?そんなこと急に言われても——わあっ!!」
松宵の急に立ち止まった勢いに耐えられず、毛を掴んでいた手を離してしまい、投げ飛ばされる。
「ぐっ」
派手に転がり落ちた。
見上げると、松宵はひらりと向かって来た化け物の上に避け、土産とでもいうように鋭い爪で二、三度引っ掻く。攻撃は先端の身体に命中する。
「ああああああ!!!」
化け物は苦痛の叫びをあげ、足を止めた。
朔が見上げると、化け物は随分と痛がって悶えている。特に、先端の上半身の個体が。
巨体の表面は生の人間と変わらぬようで、傷ついた肉から血がダラダラと流れ出している。
「痛い、ああ痛い…!!よくも、私の身体に傷を……!!ぬううううッ!!!」
ギョロッと朔の姿を捉えた。
「走れ!」
松宵は叫んだ。
壁を走るだなんて。でも、こんな無茶苦茶な世界で、常識など通用するはずがない。
呑気に突っ伏していたら、喰われる。実際のところ、化け物は朔を狙って次の動作に移ろうとしていた。
「走りゃあいいんでしょ!?」
化け物に背を向けるように、膝を立て立ち上がり、思いっきり蹴り出す。
落ちる、その不安をかき消すように、足が地を蹴る感覚がはっきりする。全速力で、壁を走っていた。
天は地に、壁は地になっている。
化け物は巨体を揺らし、社を容赦無く壊しながら、無数の腕を忙しなく動かし追いかけてきた。
地面を走るのと同じように、しっかりと踏み込み、蹴り、駆ける。
松宵に聞きたいことは山ほどあった。今もまだ、頭が混乱している。だが今はそんなことよりとにかく化け物から死に物狂いで逃げ、目の前の危機を脱しなければ。
「待てぇぇぇ!!!!小娘ぇぇ!!!」
「それで!?次はどうすりゃいいの!?」
走ることに集中しながらも、朔は斜め上の壁を駆ける猫に問いかける。
「境界の出口が見つからぬ!おそらくそいつを倒すしかない!!」
化け物は高らかに笑い声をあげる。
「そうさ!ここは私の縄張り、入ってしまったが最後、永遠に出られやしないのさ!!私を倒すだなんて、どうやって!?アッハハハハ!!観念して喰われることだねぇ!!」
あいつの言う通り。どうやって?どうやって奴の息の根を止める?あんな、人智を超えた化け物に。出来るわけない、勝てるわけない。
あの化け物に、大きな口の中に放り込まれ喰われそうになった瞬間が脳裏をよぎる。途端、背筋が凍った。
ああ、死ぬのか、こんなところで。こんな怪物に喰い殺されて。誰も知らない場所で、誰に知られることもなく。
余計に動悸が激しくなる。息が乱れる。
恐怖と、悲しみと、絶望。
「あッッ!」
ずっと全速力で走り続けていたため限界がきたのか、恐怖で集中力が切れたのか、足がもつれ、転倒しかける。
もうダメだ——!!
そう思った瞬間。フワッと身体が浮かぶ感覚。見上げると、松宵が朔の服の襟を咥えていた。寸前で助けてくれたのだ。
横に振りかぶって、朔を自らの首元へ放り投げる。朔は毛に掴まった。
「……ッ死ぬかと思った……」
朔はホッと、軽く安堵した。息を整え、少しだけ落ち着きを取り戻す。
松宵に問いかけた。
「……やっぱり死ぬしかないの?」
「……お主は儂が死にはさせん。そもそもお主は死にたかったのか?」
「…………」
……違う。死にたかったわけではなくて。あの時。ただ、逃げたかった。あの場所にいるのが辛くて、ただそこから居なくなりたかっただけで。
選択肢に命を絶つことはあったかもしれない。でも、そんな度胸、自分にはなかった。
「……諦めたくない。死にたくない。」
その時、祖母のある言葉を思い出した。
『朔や、よくお聞き。これから貴女にはたくさんの困難が訪れることでしょう。でも、決して絶望に負けないで。よく観察して、冷静に、判断をするのよ。きっとどこかに道はある。難しい時は、迷わず周りの誰かに手を貸してもらいなさい。でも、待っていちゃだめ、誰かに任せきりではだめ。自分から、動くのよ』
幼い頃から、祖母が自分に言い聞かせた言葉。彼女の声はとても力強く、顔はとても真剣だった。だからか、朔の記憶に深く刻まれていた。
よく観察して、冷静に、判断。
祖母の言葉を反芻する。深く息を吸い込み、吐く。
大丈夫、落ち着いて。
必ず、どこかに道はある。
あの時。
猫に身体を噛み付かれていた時、肉は千切れ血が多く流れていた。なのに、さして痛がる様子もなく。だが、先端の胴体や顔についた引っかき傷は、妙に痛がるそぶりを見せていた。傷の深さの差は歴然にも関わらず。
そのうえ、壁にぶつかった時は、先端の身体を無数の腕で覆い、守る素振り。まるで一番大事な部分とでも言うように。
「……もしかして……!」
ハッと、閃いた。
「松宵!!あいつ、もしかしたら本体か弱点があの先端の身体なのかもしれない!!だから、あの部分に深手を負わせれば……!!」
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