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序章 妖界と妖怪
第7話 怒縛屋 参
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鈴鹿の用意してくれた服は、丈もバッチリで随分動きやすかった。
側で毛繕いをしていた松宵がふと顔を上げ、朔の姿を見て言った。
「馬子にも衣装というやつじゃの」
「んなっ、馬鹿にしてるな!?あんたってほんと……一番最初に出会った頃は普通に甘えてくる可愛い猫かと思ったのに……全っ然可愛くないな」
「あれはきちんと付いて来させるように媚び売っとっただけじゃ」
「うわ、やらし~。……っていうか、今気づいたけどまさかあんた雄?」
「じゃからどうした」
「ちょっ……先に言ってよね!!普通に目の前で着替えちゃったじゃん!」
「馬鹿者、小娘の貧相な身体など毛ほども興味などないわ!」
「はぁーッ!?」
くだらない口喧嘩をしているところで、障子が少しだけ開き、大きな赤い瞳が覗く。鈴鹿だった。
「あの……お取り込み中……ですかね」
「いや!違う!着替え終わりました!」
「そうでしたか」
障子を開け部屋へ入ると、朔の着た服を軽く整えて確認する。
「丈もあっていますね、安心しました。実は、急遽準備できるものが私のお古しかなくて……丈は少しいじったのですが。他人が使った物なので、不快に思われていたらごめんなさい」
鈴鹿は申し訳なさそうに苦笑いした。
「いや!とんでもないです。なんかしっくりきちゃって……ありがとうございます」
「お気遣いありがとうございます。朔さんはお優しいですね」
「いやいや、そんな」
鈴鹿は優しく笑うと、手で誘導する仕草をする。
「では、案内いたしますので、どうぞこちらへ」
松宵が、ヒョイと軽々飛び、朔の肩に乗る。何故だか、重くはなかった。疑問に思い松宵に問う。
「妙に軽くない?」
「半分霊体みたいなもんじゃからの。重さなどない」
「ふーん……」
朔はこんな生意気な奴に肩を貸してやるのも不本意に感じたが、モフモフとした手触りが首元に当たってなんとなく気持ちが良かったので、許してやることにした。
「……」
立ち止まる朔。「どうした?」と松宵は問いかける。
耳鳴りが酷い。実は、目覚めてからずっとこれだった。しかもそれだけではなくて、妙に全ての音が鮮明に、そして大きく聞こえる。また、普段聞こえないようなわずかな音まで。今の松宵の声ですら、軽く脅かされたような気になるくらい大きい声だと認識するほどだ。
ついでに言えば、鼻も然りだった。いろんな匂いが鮮明に、激しく主張しているような。
今までこんな感覚を味わったことがないので、少々気分が悪かった。
「いや、大丈夫……なんでもない」
でも、こんなことでいちいち騒ぎ立てていられない、我慢、我慢……と、心の中で言い聞かせる。朔はそう濁して、鈴鹿の後を付いて行く。
……が、ハッと気づいてまた足を止める。恐る恐る障子に近づき、外の縁側の様子を左、右、とよく見回す。
朔の不審な動きに戸惑う鈴鹿。
「あの、朔さん?どうかなさいましたか?」
「さっき提灯みたいなのが脅かしてきたから……警戒しちゃって」
「ああ、それなら、もう大丈夫ですよ。別の場所へ遊びに言ったみたいです」
「そっか、なら良かった……」
ホッと胸を撫で下ろした直後。
「俺は居るぞお」
ギョロリ、と再び障子に目が現れる。
「うおおおわぁ!!」
朔は思わず飛び退け謎の構えをする。
鈴鹿が「こら、目目連。おやめなさい」とたしなめると、「ちぇ~」とつまらなそうに返事をして目を閉じた。何事もなかったかのように、普通の障子に戻る。
「もくもく……え、何……!?あれは一体……」
恐る恐る聞く朔。
「彼らは目目連という妖怪です。ああやって屋敷内の障子を転々として現れるんです。……ごめんなさい、ああいう類の者たちは、驚かすのが好きなので。けど、安心してください。害はありませんから」
その赤提灯や目目連もさることながら、初っ端であんな腕だらけの不気味な様相をした化け物に殺されかければ、朔としてはかなり慣れてしまっている気はする。というか、まだ前者は優しいほうだと思った。
鈴鹿について回ること小一時間。怒縛屋の屋敷はやはり広かった。大富豪の家か何かかと勘違いするくらいには。
途中すれ違う者たちは、皆異形ばかりだった。角の生えた者、翼の生えた者、四肢の形がない者など、様々に。時には草履に脚が生えたような生き物が廊下を走り回っていた。
最初に現れた六六という男について鈴鹿に聞くと、彼は牛蒡種という憑き物系統の妖怪だという。今は、誰にも取り憑いていないらしいが。大層腕の良い怒縛屋の専属医師で、朔の手当てをしてくれたのも彼だった。一見人間でも、正体は妖怪である者も少なくはない。
まだ夢の中にでもいるのかと頬をつねるが、当たり前のように痛みはある。やはり、異界に来てしまったという現実を直視せざるをえなかった。
「ここが稽古場です」
鈴鹿の後に続き、広い庭のような場所に出た……その時。
「危なーい!!!」
「え」
空を切り右手に迫ってくる謎の塊。朔は無意識に、瞬時に仰け反る。
ザクッッ
ビィィンと音を立てて朔の真横の壁に突き刺さったそれは……鎖鎌。目の前で刃がギラリと光る。
「……ひぃぃッ……」
避けなければ間違いなく頭に突き刺さって死んでいた。もはや恐ろしすぎて声も出ず、へなへなとその場に座り込む。松宵は毛を逆立てて小さく震えていた。
まさか、ここにいると命がいくつあっても足りないのでは……そんなことを考えてしまった。
「わー!悪いッス!怪我ないッスか!?よく避けれたッスね!?」
急いで駆け寄ってきたのは、紺色の髪に月光の瞳、そして何より目立つ黒く大きな翼を背負った少年。
「か、影夜丸さん!危ないじゃないですか!朔さんに当たるところでしたよ!」
鈴鹿は驚きながらも少年を注意して、朔の手を引っ張って立ち上がらせる。
「こ、殺す気かぁー!!!」
涙目で訴える朔に、影夜丸と呼ばれた少年は両手を合わせて、
「ホントーに申し訳ない!ちょっと手が滑って……!以後気をつけるッス……!」
と言い訳をした。そして朔の姿をまじまじと見るなり、爛々と目を輝かせて、
「あれー!?この子新人ッスか!?可愛い子ッスね!猫もいる!よぉしよしよしよし」
朔の肩に乗る松宵の頭を豪快に撫で回す。「ぐおおおおおやめろ小僧!!」と反抗し、彼の手に猫パンチを食らわす。
「猫ではない、松宵じゃ!!」
少年は松宵から手を離すと、親指で自らの胸を指し、
「松宵か!俺は影夜丸!鴉天狗の影夜丸ッスよ!」
笑顔で握手しようと手を差し出す。朔も手を握り、挨拶する。
「初めまして……朔です」
「ああ~~敬語なんていいッスよ!見たところ同い年っぽいし!仲良くしましょー!」
朔の手をブンブン上下に振る影夜丸。元気と勢いの塊だった。朔の肩が激しく揺れ、乗っていた松宵は肩に捕まって揺さぶられながら、あからさまに苦虫を噛み潰したような顔をする。
鈴鹿が言った。
「彼女に怒縛屋を案内していたところなんですよ」
「そうなんスか!もう部署決まってたり?」
部署?と疑問に思う朔。
「いえ、それが……この世界に来たばかりの方なので」
「えっ!?ってことは元人間とか!?」
この子感鋭すぎかよ~と苦笑いする朔を他所に、影夜丸はジロジロと朔を観察する。
「ふむ、化け猫に取り憑かれたといったところッスかね!」
「ご名答です!」
なんでこの二人は楽しそうなんだろうかと朔は思ったが、その通りではあるので「まあそんなところですけども」と返事をする。
すると、朔はふと煙草の匂いが漂ってきたことに気づく。
「お~お~鍛錬サボってんのかあ~、いいご身分だな坊ちゃん」
「ぐえっ」
影夜丸の背後から手が伸びてきたと思えば、腕で首をガシッと掴む。声の主は六六だった。
「よっ、お嬢に新人……えーっと、朔だっけ」
どうやら六六は鈴鹿のことを“お嬢”と呼ぶらしい。
朔は六六に手当のお礼をするのを忘れていたことを思い出し、
「はい。私の怪我の手当てとか、ありがとうございました」
と、頭を下げた。
「あーいいってことよ。俺は俺の仕事をしたまでさ」
影夜丸の頭に腕を置いて、ヒラヒラと手を振る六六。続けて「何してたんだ?」と問う。
「朔さんに怒縛屋を案内していました。今日は私も非番ですし、初めての方にはこの広い屋敷は大変かと思いまして……」
説明する鈴鹿がふと朔の方を見る。
朔は、仕切りに目をこすっていた。
「……朔さん?どうかしましたか?」
「……あっ、いや……ごめん、なんか……急に眠気が……襲ってきて……」
立っていられるのがやっとなほど、急な睡魔が襲ってきた。と思えば、次は脚がふらつく。耳鳴りも、先程よりずいぶん酷くなっていた。
急にどうしたことだろうか、と困惑する朔。
「それはいけませんね、今すぐ部屋でお休みになられた方が……」
鈴鹿が心配そうに声をかけ、肩に手を回す。
「おい、小娘、大丈夫か?」
すぐ側で声をかける松宵の声すら、だんだん遠のいていく。声が、景色が、頭の中が、ぐわんぐわんと回るような気持ちの悪い感覚。
あ、やばい。
そう思った瞬間、目のピントが合わず視界がボヤけ、朔は意識を失い倒れた。
「小娘!」
「朔さん!」
「大丈夫ッスか!?」
心配する鈴鹿と影夜丸。
六六が「どきな」と駆け寄り容態を診る。だがしかし、やがて呆れたように言った。
「眠ってるだけだ、なんてこたあねぇ」
朔は静かに寝息をたてていた。
六六は「よっこらせ」と掛け声とともに朔を抱きかかえる。
「やれやれ……心労か、もしくは猫に取り憑かれたのなんだので身体に負荷がかかってたんだろ。怪我も完治してねぇしな。無理もねぇ」
「な、なんじゃ、儂が悪いのか?」
松宵は罰が悪いように言った。「そうは言ってないだろ」と答える六六に、今度は鈴鹿が焦りながら、
「私が連れ回さなければ……案内なんて明日にでもすればよかったのに……朔さんごめんなさい、ごめんなさい……!」
ひどく申し訳なさそうに、朔の顔を見ながら謝る。
「別に誰のせいでもねーって。はいはい、今日のところは散った散った。休ませてやんねぇと。あと影夜丸!壁のあの鎌抜いとけよ!」
六六は朔を部屋へと連れて行った。
側で毛繕いをしていた松宵がふと顔を上げ、朔の姿を見て言った。
「馬子にも衣装というやつじゃの」
「んなっ、馬鹿にしてるな!?あんたってほんと……一番最初に出会った頃は普通に甘えてくる可愛い猫かと思ったのに……全っ然可愛くないな」
「あれはきちんと付いて来させるように媚び売っとっただけじゃ」
「うわ、やらし~。……っていうか、今気づいたけどまさかあんた雄?」
「じゃからどうした」
「ちょっ……先に言ってよね!!普通に目の前で着替えちゃったじゃん!」
「馬鹿者、小娘の貧相な身体など毛ほども興味などないわ!」
「はぁーッ!?」
くだらない口喧嘩をしているところで、障子が少しだけ開き、大きな赤い瞳が覗く。鈴鹿だった。
「あの……お取り込み中……ですかね」
「いや!違う!着替え終わりました!」
「そうでしたか」
障子を開け部屋へ入ると、朔の着た服を軽く整えて確認する。
「丈もあっていますね、安心しました。実は、急遽準備できるものが私のお古しかなくて……丈は少しいじったのですが。他人が使った物なので、不快に思われていたらごめんなさい」
鈴鹿は申し訳なさそうに苦笑いした。
「いや!とんでもないです。なんかしっくりきちゃって……ありがとうございます」
「お気遣いありがとうございます。朔さんはお優しいですね」
「いやいや、そんな」
鈴鹿は優しく笑うと、手で誘導する仕草をする。
「では、案内いたしますので、どうぞこちらへ」
松宵が、ヒョイと軽々飛び、朔の肩に乗る。何故だか、重くはなかった。疑問に思い松宵に問う。
「妙に軽くない?」
「半分霊体みたいなもんじゃからの。重さなどない」
「ふーん……」
朔はこんな生意気な奴に肩を貸してやるのも不本意に感じたが、モフモフとした手触りが首元に当たってなんとなく気持ちが良かったので、許してやることにした。
「……」
立ち止まる朔。「どうした?」と松宵は問いかける。
耳鳴りが酷い。実は、目覚めてからずっとこれだった。しかもそれだけではなくて、妙に全ての音が鮮明に、そして大きく聞こえる。また、普段聞こえないようなわずかな音まで。今の松宵の声ですら、軽く脅かされたような気になるくらい大きい声だと認識するほどだ。
ついでに言えば、鼻も然りだった。いろんな匂いが鮮明に、激しく主張しているような。
今までこんな感覚を味わったことがないので、少々気分が悪かった。
「いや、大丈夫……なんでもない」
でも、こんなことでいちいち騒ぎ立てていられない、我慢、我慢……と、心の中で言い聞かせる。朔はそう濁して、鈴鹿の後を付いて行く。
……が、ハッと気づいてまた足を止める。恐る恐る障子に近づき、外の縁側の様子を左、右、とよく見回す。
朔の不審な動きに戸惑う鈴鹿。
「あの、朔さん?どうかなさいましたか?」
「さっき提灯みたいなのが脅かしてきたから……警戒しちゃって」
「ああ、それなら、もう大丈夫ですよ。別の場所へ遊びに言ったみたいです」
「そっか、なら良かった……」
ホッと胸を撫で下ろした直後。
「俺は居るぞお」
ギョロリ、と再び障子に目が現れる。
「うおおおわぁ!!」
朔は思わず飛び退け謎の構えをする。
鈴鹿が「こら、目目連。おやめなさい」とたしなめると、「ちぇ~」とつまらなそうに返事をして目を閉じた。何事もなかったかのように、普通の障子に戻る。
「もくもく……え、何……!?あれは一体……」
恐る恐る聞く朔。
「彼らは目目連という妖怪です。ああやって屋敷内の障子を転々として現れるんです。……ごめんなさい、ああいう類の者たちは、驚かすのが好きなので。けど、安心してください。害はありませんから」
その赤提灯や目目連もさることながら、初っ端であんな腕だらけの不気味な様相をした化け物に殺されかければ、朔としてはかなり慣れてしまっている気はする。というか、まだ前者は優しいほうだと思った。
鈴鹿について回ること小一時間。怒縛屋の屋敷はやはり広かった。大富豪の家か何かかと勘違いするくらいには。
途中すれ違う者たちは、皆異形ばかりだった。角の生えた者、翼の生えた者、四肢の形がない者など、様々に。時には草履に脚が生えたような生き物が廊下を走り回っていた。
最初に現れた六六という男について鈴鹿に聞くと、彼は牛蒡種という憑き物系統の妖怪だという。今は、誰にも取り憑いていないらしいが。大層腕の良い怒縛屋の専属医師で、朔の手当てをしてくれたのも彼だった。一見人間でも、正体は妖怪である者も少なくはない。
まだ夢の中にでもいるのかと頬をつねるが、当たり前のように痛みはある。やはり、異界に来てしまったという現実を直視せざるをえなかった。
「ここが稽古場です」
鈴鹿の後に続き、広い庭のような場所に出た……その時。
「危なーい!!!」
「え」
空を切り右手に迫ってくる謎の塊。朔は無意識に、瞬時に仰け反る。
ザクッッ
ビィィンと音を立てて朔の真横の壁に突き刺さったそれは……鎖鎌。目の前で刃がギラリと光る。
「……ひぃぃッ……」
避けなければ間違いなく頭に突き刺さって死んでいた。もはや恐ろしすぎて声も出ず、へなへなとその場に座り込む。松宵は毛を逆立てて小さく震えていた。
まさか、ここにいると命がいくつあっても足りないのでは……そんなことを考えてしまった。
「わー!悪いッス!怪我ないッスか!?よく避けれたッスね!?」
急いで駆け寄ってきたのは、紺色の髪に月光の瞳、そして何より目立つ黒く大きな翼を背負った少年。
「か、影夜丸さん!危ないじゃないですか!朔さんに当たるところでしたよ!」
鈴鹿は驚きながらも少年を注意して、朔の手を引っ張って立ち上がらせる。
「こ、殺す気かぁー!!!」
涙目で訴える朔に、影夜丸と呼ばれた少年は両手を合わせて、
「ホントーに申し訳ない!ちょっと手が滑って……!以後気をつけるッス……!」
と言い訳をした。そして朔の姿をまじまじと見るなり、爛々と目を輝かせて、
「あれー!?この子新人ッスか!?可愛い子ッスね!猫もいる!よぉしよしよしよし」
朔の肩に乗る松宵の頭を豪快に撫で回す。「ぐおおおおおやめろ小僧!!」と反抗し、彼の手に猫パンチを食らわす。
「猫ではない、松宵じゃ!!」
少年は松宵から手を離すと、親指で自らの胸を指し、
「松宵か!俺は影夜丸!鴉天狗の影夜丸ッスよ!」
笑顔で握手しようと手を差し出す。朔も手を握り、挨拶する。
「初めまして……朔です」
「ああ~~敬語なんていいッスよ!見たところ同い年っぽいし!仲良くしましょー!」
朔の手をブンブン上下に振る影夜丸。元気と勢いの塊だった。朔の肩が激しく揺れ、乗っていた松宵は肩に捕まって揺さぶられながら、あからさまに苦虫を噛み潰したような顔をする。
鈴鹿が言った。
「彼女に怒縛屋を案内していたところなんですよ」
「そうなんスか!もう部署決まってたり?」
部署?と疑問に思う朔。
「いえ、それが……この世界に来たばかりの方なので」
「えっ!?ってことは元人間とか!?」
この子感鋭すぎかよ~と苦笑いする朔を他所に、影夜丸はジロジロと朔を観察する。
「ふむ、化け猫に取り憑かれたといったところッスかね!」
「ご名答です!」
なんでこの二人は楽しそうなんだろうかと朔は思ったが、その通りではあるので「まあそんなところですけども」と返事をする。
すると、朔はふと煙草の匂いが漂ってきたことに気づく。
「お~お~鍛錬サボってんのかあ~、いいご身分だな坊ちゃん」
「ぐえっ」
影夜丸の背後から手が伸びてきたと思えば、腕で首をガシッと掴む。声の主は六六だった。
「よっ、お嬢に新人……えーっと、朔だっけ」
どうやら六六は鈴鹿のことを“お嬢”と呼ぶらしい。
朔は六六に手当のお礼をするのを忘れていたことを思い出し、
「はい。私の怪我の手当てとか、ありがとうございました」
と、頭を下げた。
「あーいいってことよ。俺は俺の仕事をしたまでさ」
影夜丸の頭に腕を置いて、ヒラヒラと手を振る六六。続けて「何してたんだ?」と問う。
「朔さんに怒縛屋を案内していました。今日は私も非番ですし、初めての方にはこの広い屋敷は大変かと思いまして……」
説明する鈴鹿がふと朔の方を見る。
朔は、仕切りに目をこすっていた。
「……朔さん?どうかしましたか?」
「……あっ、いや……ごめん、なんか……急に眠気が……襲ってきて……」
立っていられるのがやっとなほど、急な睡魔が襲ってきた。と思えば、次は脚がふらつく。耳鳴りも、先程よりずいぶん酷くなっていた。
急にどうしたことだろうか、と困惑する朔。
「それはいけませんね、今すぐ部屋でお休みになられた方が……」
鈴鹿が心配そうに声をかけ、肩に手を回す。
「おい、小娘、大丈夫か?」
すぐ側で声をかける松宵の声すら、だんだん遠のいていく。声が、景色が、頭の中が、ぐわんぐわんと回るような気持ちの悪い感覚。
あ、やばい。
そう思った瞬間、目のピントが合わず視界がボヤけ、朔は意識を失い倒れた。
「小娘!」
「朔さん!」
「大丈夫ッスか!?」
心配する鈴鹿と影夜丸。
六六が「どきな」と駆け寄り容態を診る。だがしかし、やがて呆れたように言った。
「眠ってるだけだ、なんてこたあねぇ」
朔は静かに寝息をたてていた。
六六は「よっこらせ」と掛け声とともに朔を抱きかかえる。
「やれやれ……心労か、もしくは猫に取り憑かれたのなんだので身体に負荷がかかってたんだろ。怪我も完治してねぇしな。無理もねぇ」
「な、なんじゃ、儂が悪いのか?」
松宵は罰が悪いように言った。「そうは言ってないだろ」と答える六六に、今度は鈴鹿が焦りながら、
「私が連れ回さなければ……案内なんて明日にでもすればよかったのに……朔さんごめんなさい、ごめんなさい……!」
ひどく申し訳なさそうに、朔の顔を見ながら謝る。
「別に誰のせいでもねーって。はいはい、今日のところは散った散った。休ませてやんねぇと。あと影夜丸!壁のあの鎌抜いとけよ!」
六六は朔を部屋へと連れて行った。
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