影月の燈導‪—‬えいげつのともしるべ—‬

茶々麻呂

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一章 薬屋

第7話 潜入開始

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 薬屋に入った途端。まず鼻につくのは薬草の匂いだった。広い屋内の壁は棚のように引き出しがいくつも敷き詰められていた。おそらくここで働いているであろう妖怪たちが、せっせと棚から薬草や瓶を取り出しては走り回っている。
 入り口すぐ横に長いカウンターがあり、ここで客とやり取りをしているようだ。ちょうど少年の姿を見るなり、店番の者が「秋ちゃん、おかえり」と挨拶する。少年はただいま、と返事を返した。

「ここが、薬屋……」

 軽く感嘆していると、少年は振り向きもせず言った。

「まずは、ここで働くっていう意思表示しないとな」

「は、話が早くない?」

「じゃあお前何しにきたんだ」

「……働きに来ました……」

「合ってんじゃねーか」

 口が裂けても潜入捜査に来ましたなどと潜入先では言えない。この少年が薬屋で働いている時点で勘付かれてはいけないうえに、誰が聞いているとも知れないというのに。

 屋敷の中央は天井が吹き抜けになっていた。その高さに思わず朔は見上げたまま唖然とする。
 たくさんの薬草がまるで洗濯物でも干すかのように紐で宙吊りにされていた。

 階段を上り、二階三階……と進む。通路を渡りながら、部屋に目をやると、たくさんの薬草の鉢植えに水をやる者、大きな乳鉢で薬草を磨り潰す者……各部屋ごとに薬草の栽培、生産、調合などが行なわれているようだった。

「……松宵」

「ああ。はせんな……というより、他の薬草の匂いが混じりすぎてうまく鼻が効かん」

 例の匂いとは、のことだ。
 小声で話していたのが聞こえたのか、少年は「何か言ったか?」と振り返る。朔は慌てて、

「な、なんでもない!ただお偉いさんに跳ね返されたらどうしよっかな~なんて……」

「まあおまえあんま役に立たなさそうだもんな。そのお偉いさんは心配しなくても良い人だから。すぐ決まる」

 本当に余計な一言が多いなこいつ。こめかみの血管が切れそうになるのを押さえながら、朔は心の中でボソリと呟いた。

 通路を抜けると、ひとつの部屋のような空間が広がっていた……が、ずいぶんと散らかっている。壁はたくさんの引き出しで埋め尽くされていた。中から薬草の匂いがする。乾燥させるためだろうか、宙吊りにされた薬草や紙や籠も天井からたくさんぶら下がっていた。

比丘尼びくにさん!ただいま帰りましたよ」

 部屋の中にいる誰かに聞こえるように声を張り上げた。すると、梯子の上から「はーい!」と返事がした。

「おっかえり~秋ちゃん!団子買えたぁ?」

 降りてきたのは、ふわふわとした浅緑色の髪に、深海の如く青々とした瞳の女性……だが、薬草まみれだった。
 秋ちゃんと呼ばれた少年が呆れたように髪から薬草を取り除く。

「……今度は何をしでかしたんですか」

「いや~薬草入れとった籠ひっくり返してもうて~てへへ」

「一昨日掃除したばっかりなんですけどね」

「ごめんて~!手伝う手伝う~!」

 少年の機嫌を取るようにごまかす。そこでようやく朔の存在に気付いた。秋千の背中をバシバシと叩きながら、

「え、え!!秋ちゃんが!女の子連れてきよったで!!え!!猫ちゃんもおるやん!ウソ!しかも可愛い!お名前なんて言うん!?」

 嬉々爛々として朔との距離を詰めると、手を握り締めて聞いてきた。

「朔です……こっちは松宵……」

 半ば気圧されながら答えると、「朔ちゃん!朔ちゃんやね!それと松宵……呼びにくいから松にゃんね!」と復唱する。
 勝手に可愛らしいあだ名をつけられて「松にゃん……」と少々落ち込む松宵。
 少年が後ろから口を挟む。

「あー、そいつ、親を病で亡くしたらしくて。誰かを助けられるように薬草について知りたいっていうから連れて来たんですよ」

「!?」

 朔はそんなこと言ってないぞ、と動揺を隠せなかった。

「まあ~!なんて健気な子……!」

 比丘尼は口元を押さえてうるうるとした目で朔を見つめる。そんな顔をされるとさすがにその場で否定の言葉を発することはできず、飲み込むしかなかった。

「えっと……まあ、そんなところで……」

「よし!!わかった!!ここで働き、朔ちゃん!!」

「いいんですか!?」

 話の速さにあたふたする朔。

「ええよええよ~!ちょうど人手も欲しかったところやし~!」

 少年の方を一瞥すると、「べ」と舌を出して小馬鹿にしていた。

「そや、紹介が遅れてしもうたな、うちの名前は比丘尼びくに!こっちはうちの助手してもろてる秋千しゅうぜん!仲良うしたってな~!」

 秋千の両肩に手を置いて満面の笑みで説明してくれた。それとは対称的に無愛想な顔をした秋千と目が合うや否や……

「仲良く……ハイ」

 朔は今までの自分に対する罵詈雑言を思い出し、内心仲良くしたくはないので顔が引きつるのであった。



 初日は薬屋の中を案内してもらい、秋千から大体の説明を受けた。
 ここ薬屋は日の光の関係上、上層階が薬草の栽培が多く、真ん中は加工や調合、保存などの倉庫、下の階は主に住み込みで働く者たちの居住空間になっている。街に面した方角には8階が薬草そのままの販売所、4階が加工されたいわゆる薬の販売所である。建物の真ん中は吹き抜けで、ここから滑車を使い上層階で作った薬草などの荷物を下に回しているらしい。

 居住空間はいわゆる寮のようなもので、複数人が同じ部屋で寝食を共にする。妖の多さを見るかぎり、朔と同じように住み込みで働く者は多いようだ。

「ここがお前の部屋だ」

「うん」

 部屋は小さいものの、布団や引き出し、机などといった最低限のものは揃えられているようで、住み込みで働くにはむしろ十分なくらいの生活空間だった。

「……お前先輩に対して敬語使えねぇのか?」

「あんたに使えって?嫌だよ。だって感じ悪いし」

「だっれが案内してやったと思ってんだ!!」

「比丘尼さんに頼まれたからでしょーが!恩着せがましいこと言うな!」

「んだとコラァ!!」

 心底馬が合わないらしく、取っ組み合いの喧嘩になりそうになったその時。

「喧嘩はダメです~!」

 妖の少女が朔の背中にひっついてきた。思わず秋千から手を離した。

「えっ、あなたは……」

「あっ私、はなといいます!この部屋で生活してる薬屋の者です!あなたとその猫さんが朔さんと松宵さんですか?比丘尼さんからいち早く同じこの部屋に入ったとお聞きしまして……これから一緒に頑張りましょーね!」

 元気で可憐な少女だった。まるで花が咲くように屈託のない笑顔に思わずその場にいた皆がホッコリした。

 秋千がハッとしたように、「明日から仕事だからな」と言い残し去っていった。その後ろ姿にべーっと舌を出す朔。

「秋千さん、普段はあんなじゃないんですよ~。本当は優しくて、いつも何かお菓子をくれる人なんです~」

 寂しそうに訴える花。あまり想像はできなかった。

「まあいいや、花ちゃん、今日からよろしくね」

 朔は花に手を差し出す。花はパッと明るい笑顔で握り返して、

「もちろんです朔さん!わからないことがあれば、なんでも聞いてくださいね!」

「ありがとう」

「それはそうと、お腹が空きませんか?そろそろ夕食の時間なんです!ご飯取りにいきましょう!」

 実は薬屋には食堂がない。というのも、ものが多いのでそのスペースすら埋まってしまったらしい。故に、各自で厨房から食事を受け取り、皆自室に持ち帰って食べるか、空いた場所を見つけて済ますらしい。そのため、二人は食事をもらってまた自室に戻った。

 食事を摂りながら、他愛ない話をする。

「花ちゃんはなんていう種族なの?」

化鼬鼠ばけいたちです!うちは兄弟がたくさんいて、私は長女なので出稼ぎに来てるんです!」

「そうなの!偉いねえ」

「はい!というのも、もちろん家族を養うのも目的なのですが、母が病気でして。比丘尼さんにいつも専用の薬を調合してもらっているんです」

「そうなんだ……お母さん、早く良くなるといいね」

「はい……でもでも、比丘尼さんの薬のおかげで、母は前よりずっと調子がいいんですよ!本当に比丘尼さんにはいくら感謝しても足りません!だから、ここでたくさん働いて少しでも恩返しがしたいんです!」

 花はムンッと力こぶを作って見せた。
 強い子だなあと朔は感心した。

「じゃあ私も負けじと頑張らなきゃね!」

 朔も力こぶを作って見せた。

「はい!朔さんは、松宵さんに取り憑かれているんですか?」

「お、よくおわかりで」

「うふふ、耳の形と色が同じでしたから!可愛いですねえ」

 猫じゃらしを目の前でちらつかす花。松宵は不本意ながらも本能に逆らえないのか戯れていた。影夜丸には戯れなかったのになあ……と遠い目をする朔。

「あ!食べ終わったら食器はちゃんと厨房に片さないとダメですよ!係の人が怒ります!今回は朔さんの分私が持っていくので、朔さんは自分の寝床を整えてくださいね!」

 テキパキと片付けて、指示出しも完璧だった。さすが長女……と朔はまたも感心する。
 同室の子が本当に良い子のようで安心した。
 花がいなくなったのを確認したうえで、

「さて、うまく潜入できたはいいものの」

 布団を整えながら朔はこぼした。

「どうやって探ればいいと思う?」

 松宵は枕をふみふみしながら答える。

「そうじゃな、内側に入ることには成功した。まずは怪しまれぬように仕事に励むことじゃな。今はまだ下手に動かぬ方が良いじゃろ。それに、どうやらあの比丘尼という女がここの総取締役のようだし……一番目をつけるべきじゃろうな。奴の近くで働けるのは絶好の機会じゃから、よう監視するんじゃな」

「うん、私も同感。とりあえずは下手に動かない」

「うむ」

「でも、実際に話してみたのと、花ちゃんの話を聞く限りでは、比丘尼さんが悪いことをする人には見えないんだよね……だって、すごく親切だし」

 花の話では、病気の母の薬を専用に調合したり、花を雇って実質家族を養っている。立派な人助けであり、非常に人徳のある人だ。

「……まあ気持ちはわかるが。どんな者でもその腹の底には何を隠し持っておるかわからん。あの茶屋で会うた少年も言っとったじゃろ、まずは疑ってかかれと」

「うん……でも悪い人だと信じたくはないな……」

「しっかりせぇ、あまり情に流されすぎると危険じゃぞ」

 眠そうにあくびをこいて、丸くなった。朔はこれから本格的に始まる潜入捜査に、不安を隠せないままだった。



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