影月の燈導‪—‬えいげつのともしるべ—‬

茶々麻呂

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一章 薬屋

第8話 薬屋 壱

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 カンカンカンカン!と薬屋に響き渡る鐘を叩くような音。目覚ましの代わりである。朔があわてて飛び起きると、日はすっかり登っていた。
 薬屋の朝は早い。起きて支度を済ませたらすぐに仕事の準備を開始する。
 寮の中は同じ住み込みで働く妖たちでワイワイと騒がしかった。そういえば花の姿が見当たらない。花の寝床を見ると布団も寝巻きも丁寧に畳まれており、すでに起床していたようで、早速そのしっかり者っぷりを目の当たりにする。まだ少し寝ぼけ眼で部屋の外を見回すと、ちょうど戻ってきた。そして何かを差し出す。

「おはようございます!はい、朔さん!」

「これは?」

 木製の小さな板。穴に紐が通してあり、黒く文字が彫られていた。『朔』『松宵』……名前だった。

「名札ですよ!お二人分まとめておりますが。ここは働き手が多いですから、すぐ判別できるように身につけるんです。出勤簿のような役割も果たしていますので、なくさないでくださいね、業務が終わったら、元の場所に返しに行くんです」

 なるほど、と頷いた。花は同じように『花』と書かれた名札を首にかけた。真似するように朔も首にかける。

 寮を出て、他の妖たちの行列に紛れながら上の階へと向かう。

「今日は何をすればいいんだろう?」

「あれ?比丘尼さんから聞いてないんですか?」

「いや、何も……」

「比丘尼さん意外とおっとりしてるんですよねえ。私は今日は店番なんです、比丘尼さんは部屋にいらっしゃると思いますのでとりあえず聞きに行くと良いですよ!」

「わかった、またあとでね」

「はい!」

 花と別れ、まずは昨日も行ったあの散らかった比丘尼の部屋へと向かう。

「失礼します、えっと、比丘尼さん~」

 そろ~っと入り声をかける。応答はなかった。あたりを見回すも、部屋の散らかり具合は相変わらずだった。
 部屋の奥で何かがモゾモゾと動いたのに気づき、朔は障害物を避けながら近づく。やがてその姿が比丘尼であるとわかった。机に突っ伏したまま、幸せそうな顔をして……眠っていた。起こして良いものかと悩んだが、「上司の時間管理も助手の仕事じゃないのか?」という松宵の助言もあり、一応仕事の時間でもあるので起こすことに。

「比丘尼さ~ん」

「んんん~もう食べられにゃい……」

「な、何を……?起きてください、朝ですよ」

 肩を揺するが全く起きない。困った。上司の指示がなければ何もできない。とりあえず部屋を片付けておくか?と思うも、あまりに散らかりすぎて何から片付ければいいのかもわからないしそもそも収める場所もよくわからない。
 う~んと悩んでいると、ふと声が。

「なんだ、来てたのか、猫女」

「秋千」

 何故か手鍋とおたまを両手に携えた秋千だった。

「比丘尼さん起きないんだけどどうしたらいいの?」

「こうする」

 比丘尼の前で手鍋とおたまを掲げる。まさか。朔と松宵は咄嗟に耳を塞ぐ。前まで人間だったので頭の真横を押さえたが慌てて正しい位置にある頭の上に生える耳を畳むように抑え直した。すると秋千はそのふたつの金属を勢いよく叩きつけた。

 ガンガンガンガン!!!!

「フガッなになになに!?!?」

 飛び上がって辺りを見回す比丘尼。さして秋千は変わらず通常のテンションで、「ご覧の通りですよ」と返す。松宵が「普通の朝の鐘で起きんとかどういう神経しとんじゃ……」と呟くのに朔も同感だった。

「ああ~なんだ朝かあ~あかんあかん、昨日ちいと徹夜してしもたんよねぇ」

「またですか、最近度がすぎてませんか?」

「ごめんごめん、今日はちゃんと寝るさかい!ってギャー新入りに早速寝起きの顔見られてしもたわ!?うち支度してくるから、ちょっと待っとってえな!」

 比丘尼は涎を拭うと急いで部屋から出ていった。

 コロコロと表情の変わる愉快な人だなあ。
 
 ふと秋千の使った手鍋を見る限り、真ん中にかなり傷がついているので、過去に何回も同じ起こし方をしているのが伺える。どうやらこの様子は日常茶飯事らしい。

「……なるほど、比丘尼さんはいつもああなんだね」

「まあな」



「さぁー!今日も一日頑張るでぇー!!」

 すっかり支度を整えた比丘尼は張り切って腕を振り上げる。

「あっおはようさん朔ちゃんに秋ちゃん!朝の挨拶は大事やんね!」

「おっ、おはようございます!私はまず何したらいいですか!?」

 秋千が「お前にできることなんて大してねえよ」と最低な横槍を入れる。

「こぉら秋ちゃん!!新入りを虐めんの!!」

 比丘尼はポカッと軽く殴って注意する。「いてっ」と音をあげた。

「そやねぇ、うちは薬師やから、いつもは薬の調合と、新薬の研究しとるんよ。でも今作ってる新薬があともう少しでできそうでなあ。今はとりあえず二人はこの部屋の片付けしてもらって、終わったら店番の手伝いに行ってもろてもええかね?」

「わかりました」

 床に散らばった薬草やら書物やらを片付け、掃き掃除拭き掃除をやった。先程比丘尼に叱られたのが効いたのか、秋千は新入りの朔に特にちょっかいをかけることもなく、的確な指示を出して効率よく仕事を進めた。なんだ、仕事はできるのかと感心した。
 それなりに小綺麗になってきたところで、秋千が言った。

「あとは俺がやっとくから、お前先に店番行け」

「いいの?」

「あとは俺一人でできる。今の時間帯は客が混むから。それと、少しくらいは薬草覚えろよな。お前勉強しにきたんだろ」

 いやあれはあんたが勝手に……と言おうとしたところで比丘尼が部屋にいることを思い出した。その場で否定できなかった故に彼女はそれを信じ切っているので今ここで否定ができない。それに、物の整理をしていても壁一面の薬草の棚がいまいちわからなかった。数が多い上に収めようとしている薬草がそもそもなんと言う名前なのかもわからない。必要最低限の知識も不足しているのは確かだった。ぐぬぬと何も言い返せず「……精進します」とだけ答え、あとは秋千に任せた。



「これはドクダミ、これが芍薬、あっちは生姜、そしてこっちが杜仲……」

「まままままってまって花ちゃん!?」

 処理が追いつかず思わず止めたが、花は幼い少女に似つかわしくないほど博識だった。つぶらな眼で「どうかしましたか?」と問う花。

「あんまり勉強得意な方じゃなくて……もう少しゆっくり……覚えていきたいかなあ~なんて……はは……」

「それもそうですね、でも最低限ここの棚は覚えていただかないと仕事が……」

「ひ~ですよね~!松宵お願い私左半分覚えるから右半分の列覚えて~!」

「儂もやるんか!?し、仕方ないのう……!」

 と、早速しっちゃかめっちゃかな朔と松宵は店番、つまり薬屋の中で一番外からの妖が集まる薬の販売所にいた。読んで字の如く、来た客にお求めの薬を売買する。そのためには当然ある程度の薬の場所を覚えねばならず……

「働くってこんなに大変なのね!!泣きそう!」

「馬鹿者小娘その薬は上から3番目じゃ!」

「朔さん頑張ってください~」

 花も涙目で応援してくれたが、そうはいっても覚えられないもんは覚えられない!朔より松宵のほうが物覚えは早いようで何度も注意された。花にも手助けしてもらいながら、店番の薬師の指示する薬を配達したり棚の整頓に勤しむ。
 大盛況と言っていいほどに絶えず客は来る。しかし、ここで風変わりな客が来店した。

「おい!薬がこんなに高えってどぉいうことだ!!」

 目の前のことに必死に集中してまわりの様子には無頓着だったが、突如店内に響いた怒号に驚く。振り返ると、がたいの良い客二人が店番の薬師と揉めていたようだ。

「お客さん、うちは値切りはしない性分なんです、お願いですからこれで勘弁してくださいな」

「納得できねぇ!!こんだけの量だぞ!?ふざけるのも大概にしやがれ!!」

 その様子を見た花は眉間にシワを寄せ、客にズカズカと迫る。

「は、花ちゃん!?」

「なんなんですかあななたち!薬師さんも言ったでしょう、ここ薬屋では値切りは御法度!大人しく対価を払ってくださいな!できないのなら薬は渡せません!」

 大きな図体と比べ華奢で幼い少女の姿は随分弱々しく見えたが、その声と表情は客の強面に負けじと対抗してたくましかった。

「ああ?……なんだこのチビ。ガキが大人に指図すんじゃねぇ!」

「きゃあっ!」

 客は花を容赦なく蹴飛ばした。

「花ちゃん!!」

 朔は花のもとへ駆け寄る。痛々しそうに腹を抱える花。朔ははらわたが煮え繰り返るほどの怒りを覚え、客を睨みつけた。

「おまえッ‪—‬‪—‬」

 立ち上がり向かおうとした瞬間。薬草の優しい香りがふわりと目の前に現れる。
 浅緑色。見上げると、比丘尼が朔の前に手を出し制した。

「なんや、あんたら」

「薬が馬鹿みてえに高えからちょっと値切りしろっつったんだよ!!」

「……」

 比丘尼は花を一瞥する。視線を戻し、「それでこの子殴ったんか」と聞いた。朔にはわかった。比丘尼は相当怒っている。場の空気が凍りついた。

「そのガキがぎゃあぎゃあ騒ぐからだっつーの!いいから薬よこせやぁ!」

「喧しいわクソッタレ!!」

 比丘尼は大声で遮った。

「あんたらが欲しがってる薬はなあ!!うちの子らが薬草から大事に大事に育てて丁寧にすり潰して作っとるもんや!そのうちの子を傷つけておいてそのうえ値切りしろやと!?冗談も大概にせぇ!!小便でもかけて治しとき!!」

 ものすごい剣幕で罵声を浴びせた。

「ッ‪—‬このアマッ!!」

 逆上した客が比丘尼に殴りかかろうと拳を振り上げた。

「比丘尼さッ‪—‬!!」

 朔がそう叫びかけたその時。
 比丘尼の前に瞬時に現れた人影。次の瞬間、腹に衝撃を受けた客が勢いよく店の外へと吹っ飛ばされた。
 何が起こったのかと思ったが、比丘尼の前に現れたのは……秋千だった。睨めつけるような表情で、拳を下ろす。

「こっ、このガキっ!!」

 残った仲間が秋千に向かって拳を振り下ろす。秋千はそれを軽々しく避け、腕を掴むと身体を背負って地面に叩きつけ、「喚き散らすだけのクソガキはおねんねしてな」と吐き捨てると、腕をそのまま離さず先の客と同じように外へぶん投げる。立ち上がった先の客と思い切り衝突し二人とも気を失って倒れた。

 す、すごい……
 朔は思わず生唾を飲み込む。

「みんな!!大丈夫!?怪我はない!?」

 先ほどの剣幕とは打って変わっていつもの比丘尼が周りに声をかける。

「比丘尼さん!私らは無事ですが花が……!」

 店番の薬師が答えたように、花は腹を抱えて唸っていた。比丘尼は花の容体を確認して、安心させるかのように優しく笑った。

「大丈夫、うちに任せとき」


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