5 / 7
4.ザグルとフリッツ
しおりを挟む
響き渡る鐘の音で目を覚ました。
朝一番に鳴るこの時鐘は、神殿で生活する者達にとって一日の始まりの合図である。
神殿敷地内にある広い庭園に囲まれて、大きな鐘を最上部に吊るした塔が建っており、中の螺旋階段を上がって鐘の担当者が鳴らしにいく。神官や見習いが寝泊りする宿舎のすぐ側にあるため、窓を開ければより一層鐘の音は大きく聞こえた。
春が近いとはいえまだ肌寒い日が続く中、庭園には花よりも枝葉の方が目だって見えるが、庭師が丹精込めて手入れをする庭は芸術的で、刈り込まれ整えられた美しい景色は観光客にも評判がよかった。
「あー・・・・・・もう朝かよ・・・・・・」
伸びをしながら大きな欠伸をこぼす。窓の外には早起きの鳥達が飛んでいるのが見えた。しょぼしょぼする目をこすりながら、顔を洗いにベッドから離れる。冷たい水に触れ、頭はすぐに覚醒した。
『夢』は見なかったが、あまり寝た気はしない。疲れは残ったままだが、急いで身支度をする。朝の礼拝に遅れるわけにはいかないからだ。
廊下に出ると、隣りの部屋からちょうどフリッツが出てくるところだった。年は同じでこいつも俺同様に見習いだが、将来有望な神官魔法の使い手として優遇され個室を与えられている。そして神殿に来た時期が近いせいか、俺にやたらと噛み付いてくる。
俺を見て一瞬驚いた顔をしてから、すぐに眉間に皺を刻む。
「・・・・・・なんでお前がここにいるんだよ?」
「なんでって部屋が隣りだし、朝の礼拝に行くなら同じぐらいの時間に出るだろ?」
部屋を出て鉢合わせなんてよくあることだ。そしていつもなら無視されてる。
「昨日は帰ってきたのか?」
「あぁ、夜遅かったけどな」
「ふぅん・・・・・・」
珍しく無視をされないで話しかけられたと思ったら、訊くだけ訊いてさっさと先に歩いていく。なんだよもう、難しいお年頃だなぁ。昔は素直で可愛かったのに。
礼拝所に行くには同じ方向なので、距離を開けて後をついて行く。宿舎と本殿を繋いでいる回廊を渡り、礼拝所に入ると既に多くの神官と見習い達がいた。
フリッツにはにこやかに挨拶をする彼らは、俺を視界に入れると顔を歪めたり気まずそうに目を逸らした。これもまぁ、いつもの事だ。
「おはようございます」
返す人がいないのは承知してるけど、挨拶をしないとまた後で何を言われるかわかったもんじゃない。後ろの方の席に座って、礼拝の開始を待った。
その内、壇上に神官長が上がり、それに補佐役の年配の神官達が続いた。補佐役の神官の最後はザグルさんである。遠目でも、なんだか顔色が悪く見えた。
(もしかして、俺の帰りを待ってて寝不足とか?)
俺のせいで具合を悪くしてなきゃいいけど、と心配になる。と、ザグルさんと目が合った気がした。彼は、俺が目立たないように後ろの席に座る事を知っているから目が合ってもおかしくない。神殿内では他に見ない髪の色ですぐにわかるだろう。
おかしいのは、ザグルさんの表情だった。
(えっ?)
俺を見て、何故か驚いた表情を浮かべている。
そして、間を置いてよろめいたかと思うと。胸を押さえて膝をつき、倒れた。
(・・・・・・は?)
異常に気づいた周囲からどよめきが起こる。
何が起こったか理解できなかったが、反射的に立ち上がり、壇上へと駆けた。
「ザグルさんっ?!」
声をかけながら近寄る。側にいた補佐役の神官がザグルさんに回復魔法をかけ、神官長は医務室へと運ぶよう指示を出している。血の気が失せた顔に、不安になった。
「あのっ! ザグルさんはどうしたんですか?!」
「うん? お前は・・・・・・」
取り乱した俺の声に神官長が振り向き、目を見開いた。
何故ここにいるんだという顔をされたが、この神殿内で親のように思ってる人が倒れたんだ。立場が低いのはわかってるけど、心配して駆け寄るぐらい許してほしい。
神官長は、次いで苦々しい表情を浮かべた。
「あのっ、大丈夫なんですか?!」
「君、静かにしなさい」
ぴしゃりと水で打つように冷たい声をかけられる。身体の芯から凍えそうな声音に動きが止まった。
あれ、この神官長こんな声も出せるんだと驚いて見つめる。温厚な人で有名なんだけど。
「彼は心労で倒れたようだ。今から医務室に運ぶ」
誰のせいかわかるだろう?と、冷たい光を帯びたその目が物語っている。
そして身体の向きを変え、壇上の下にいる神官と見習いに大きな声量で告げる。
「他の皆も。今朝の礼拝は中止です。各々、部屋に戻るように」
俺に向けた声とはまるで違い、温かさを含みつつも威厳に溢れた声。
知らなかったけど、俺、神官長にも嫌われていたんだなぁ・・・・・・。
壇上にいることで、周囲から好奇と嫌悪の視線が突き刺さった。
その視線から逃れるように、運ばれるザグルさんを追いかける。
神官長が自分を嫌いということは、補佐役で一緒にいることが多いザグルさんは嫌味もたくさん聞かされただろう。
倒れた原因の自分がついて行くことを申し訳なく思いつつも、彼が目を覚ますまでは側にいようと決めたのだった。
朝一番に鳴るこの時鐘は、神殿で生活する者達にとって一日の始まりの合図である。
神殿敷地内にある広い庭園に囲まれて、大きな鐘を最上部に吊るした塔が建っており、中の螺旋階段を上がって鐘の担当者が鳴らしにいく。神官や見習いが寝泊りする宿舎のすぐ側にあるため、窓を開ければより一層鐘の音は大きく聞こえた。
春が近いとはいえまだ肌寒い日が続く中、庭園には花よりも枝葉の方が目だって見えるが、庭師が丹精込めて手入れをする庭は芸術的で、刈り込まれ整えられた美しい景色は観光客にも評判がよかった。
「あー・・・・・・もう朝かよ・・・・・・」
伸びをしながら大きな欠伸をこぼす。窓の外には早起きの鳥達が飛んでいるのが見えた。しょぼしょぼする目をこすりながら、顔を洗いにベッドから離れる。冷たい水に触れ、頭はすぐに覚醒した。
『夢』は見なかったが、あまり寝た気はしない。疲れは残ったままだが、急いで身支度をする。朝の礼拝に遅れるわけにはいかないからだ。
廊下に出ると、隣りの部屋からちょうどフリッツが出てくるところだった。年は同じでこいつも俺同様に見習いだが、将来有望な神官魔法の使い手として優遇され個室を与えられている。そして神殿に来た時期が近いせいか、俺にやたらと噛み付いてくる。
俺を見て一瞬驚いた顔をしてから、すぐに眉間に皺を刻む。
「・・・・・・なんでお前がここにいるんだよ?」
「なんでって部屋が隣りだし、朝の礼拝に行くなら同じぐらいの時間に出るだろ?」
部屋を出て鉢合わせなんてよくあることだ。そしていつもなら無視されてる。
「昨日は帰ってきたのか?」
「あぁ、夜遅かったけどな」
「ふぅん・・・・・・」
珍しく無視をされないで話しかけられたと思ったら、訊くだけ訊いてさっさと先に歩いていく。なんだよもう、難しいお年頃だなぁ。昔は素直で可愛かったのに。
礼拝所に行くには同じ方向なので、距離を開けて後をついて行く。宿舎と本殿を繋いでいる回廊を渡り、礼拝所に入ると既に多くの神官と見習い達がいた。
フリッツにはにこやかに挨拶をする彼らは、俺を視界に入れると顔を歪めたり気まずそうに目を逸らした。これもまぁ、いつもの事だ。
「おはようございます」
返す人がいないのは承知してるけど、挨拶をしないとまた後で何を言われるかわかったもんじゃない。後ろの方の席に座って、礼拝の開始を待った。
その内、壇上に神官長が上がり、それに補佐役の年配の神官達が続いた。補佐役の神官の最後はザグルさんである。遠目でも、なんだか顔色が悪く見えた。
(もしかして、俺の帰りを待ってて寝不足とか?)
俺のせいで具合を悪くしてなきゃいいけど、と心配になる。と、ザグルさんと目が合った気がした。彼は、俺が目立たないように後ろの席に座る事を知っているから目が合ってもおかしくない。神殿内では他に見ない髪の色ですぐにわかるだろう。
おかしいのは、ザグルさんの表情だった。
(えっ?)
俺を見て、何故か驚いた表情を浮かべている。
そして、間を置いてよろめいたかと思うと。胸を押さえて膝をつき、倒れた。
(・・・・・・は?)
異常に気づいた周囲からどよめきが起こる。
何が起こったか理解できなかったが、反射的に立ち上がり、壇上へと駆けた。
「ザグルさんっ?!」
声をかけながら近寄る。側にいた補佐役の神官がザグルさんに回復魔法をかけ、神官長は医務室へと運ぶよう指示を出している。血の気が失せた顔に、不安になった。
「あのっ! ザグルさんはどうしたんですか?!」
「うん? お前は・・・・・・」
取り乱した俺の声に神官長が振り向き、目を見開いた。
何故ここにいるんだという顔をされたが、この神殿内で親のように思ってる人が倒れたんだ。立場が低いのはわかってるけど、心配して駆け寄るぐらい許してほしい。
神官長は、次いで苦々しい表情を浮かべた。
「あのっ、大丈夫なんですか?!」
「君、静かにしなさい」
ぴしゃりと水で打つように冷たい声をかけられる。身体の芯から凍えそうな声音に動きが止まった。
あれ、この神官長こんな声も出せるんだと驚いて見つめる。温厚な人で有名なんだけど。
「彼は心労で倒れたようだ。今から医務室に運ぶ」
誰のせいかわかるだろう?と、冷たい光を帯びたその目が物語っている。
そして身体の向きを変え、壇上の下にいる神官と見習いに大きな声量で告げる。
「他の皆も。今朝の礼拝は中止です。各々、部屋に戻るように」
俺に向けた声とはまるで違い、温かさを含みつつも威厳に溢れた声。
知らなかったけど、俺、神官長にも嫌われていたんだなぁ・・・・・・。
壇上にいることで、周囲から好奇と嫌悪の視線が突き刺さった。
その視線から逃れるように、運ばれるザグルさんを追いかける。
神官長が自分を嫌いということは、補佐役で一緒にいることが多いザグルさんは嫌味もたくさん聞かされただろう。
倒れた原因の自分がついて行くことを申し訳なく思いつつも、彼が目を覚ますまでは側にいようと決めたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる