欠落した世界を、君と生きる

木下美月

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三章 狂ったコト

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 僕は翼を生やして、青い空を漂っていた。
 筋肉への負担は少ない。
 しかし、確かに新たな器官が生まれた様な感覚で、翼を操っていた。

「ユキ!気分はどう?」

 青いドラゴンに乗ったシュウが手を振りながら近付いて来た。

「良いかも。中々ファンタジックな趣味だね」

「ユキこそ天使みたいだぞ」

 シュウが僕の背に生えた純白の翼を指差して言った。僕もこれくらい真っ白でいられたら誇らしくお礼の言葉を返せるのだけど、僕の心も翼も、生憎紛い物だ。

「無難に飛行機にすればよかったかな」

「そのままの方がいいって」

 この仮想フライト空間では、あらゆる飛行手段で空を飛ぶ事が出来る。オフラインユーザは一人で広い空を自由に征服できるし、僕らみたいにオンラインで飛んでるユーザは、もれなく空の混沌を知る事になる。
 様々な趣味嗜好を持った人々は、各々好きな飛行手段を選択する。下を見れば鳥になった人もいるし、戦闘機に乗った人もいる。正面には気球が飛んでいるし、上を見上げれば宇宙船が遠くに見える。
 この空はどんな願いも叶えてくれる、まさに現代の桃源郷だ。

「そのドラゴン、何が出来るの?」

「何でも出来る」

 シュウは子供の様にニッと笑うと、その場で旋回し、ドラゴンの口から火を吐かせた。それは僕の視界を赤く染めて、少しの熱量も感じさせた。現実世界にある僕の身体が、マシンからの熱を受けているのだろう。僕はこの空間のリアリティに感心した。

「僕にも何か出来るかな?」

「データウィンドウを開けばわかる!」

 シュウは楽しくなったのだろう、ドラゴンに僕の周りを回らせながら、大声で答える。音の伝わり方まで、距離を測って精密に再現しているんだ。

「そういえばそんな事が出来た様な……」

 遠い日の記憶を、或いはついさっきの設定を思い出しながら僕はウィンドウを目の前に出した。

「へぇ……こりゃすごい……」

 目の前に開示されたパネルを操作しながら、自然に笑みがこぼれる。選択した飛行手段がこの翼であるから、当然パフォーマンスもファンタジックになる。

「ユキ!来いよ!」

 シュウが手を振りながらスピィドを上げて行く。彼はどの様にドラゴンを操っているのだろうか。後で僕も試してみたい。
 僕は早くも扱い慣れた翼を羽ばたかせ、青い幻想生物を追う。

「わお、凄い速さ」

 風に乗ったシュウの呟きが僕に届く。口角が上がる。まだまだだ。風になる。
 急降下。ドラゴンの腹の下へ。シュウが背の上から下を覗いて僕の居場所を確認しようとする。
 宙返り。舞い上がった僕は再びドラゴンの背の上にやってきた。

「ここだよ」

 僕を見失ってずっと下を見てるシュウの背中に声を掛ける。翼を畳んでドラゴンの背に乗ってみたけど、驚く程の安定感だ。そもそも、さっきの僕のスピィドだって常識離れしている。確かに風圧は感じたけど、現実だったら比じゃないだろう。
 安全を最優先された仮想現実だからスリルが少ないと言えばそうなのかもしれないけど、これほどまでの再現力なら確かにハマってしまう。実際、空のあちこちを飛ぶ人たちは皆この空間に惹き込まれた人達だ。それに仮想現実空間はこの種類だけじゃない。他空間にも多くの人口がいる事を考えれば、VRマシンがどれほど活用されているかがわかる。

「ははっ、凄いな……翼を操る飛行手段は、扱いにくいって言われてるんだぜ?」

「えっ、そうなの?」

「ああ。それは人間の身体には無い器官を動かそうとするからな。適応出来ない人間が殆どだ。俺が乗ってるドラゴンも脳で指示を飛ばさなくちゃいけないから、頭の悪い奴には向かない」

 扱いが楽だと思っていたが、これは僕だけの感覚なんだ。そう思うとどんどん楽しくなってきた。

「頭の良いお兄さん!少し踊ろう!」

 高精度のマシンは人の意思を汲み取る事が出来るらしいけど、僕は使った事がない。的確な判断力、強い意思決定が必要なんだろう。簡単じゃないに決まってる。でも、頭のキレるシュウなら使いこなせると、僕は信じて疑わない。
 ドラゴンの背から飛び、翼を広げる。
 水平飛行。速度はどんどん上がっていく。
 前方にヘリコプターを発見。停滞している機体を、右に迂回して避ける。操縦士は空の飛び方を知らないのかな。
 視界が白く染まる。雲の中に入った。昔の人間はこの白い靄に実体があると信じていたって本当だろうか。その勘違いが許されるのはマンモスを石で叩いてた時代までだ。
 チラリと後ろを見ると、青い影が迫って来てる。流石だ。敏捷性がウリのこの翼にしっかりついて来ているじゃないか。
 急降下。垂直に下に向かう僕の姿は、頭のネジが外れている様だろうな。
 雲を抜け、青い海が見えて来る。もしこれが現実で、このまま海に飛び込んだとしたら、確実に死ぬ。悪くない死に方だけど、ここは現実じゃない。視界に映る青が近づいて来る。もう少し。
 海面に触れる直前。僕は空中を滑る様に進行方向を変え、落ちる速度を水平方向へ転換する。高度は僅か数十センチ。
 僕が起こした風だけが海面に触れ、飛沫を上げている。それは太陽の光を反射してキラキラと光っていた。
 最高だ。気持ちがいい。
 ここでなら僕は何も望まない。重い身体に囚われている現実世界とは違い、この空間にいる僕は何にも縛られる事は無い。この翼はまるで、自由を体現している様だ。
 直後、嵐を彷彿させる音が聞こえた。後ろを振り返れば、ドラゴンが大きな翼を羽ばたかせていた。その風圧は僕の比じゃなく、海水は風に跳ね上げられて、散りながら再び海に戻る。あの巨大生物は急降下の後、力づくで方向転換をしたに違いない。それは僕のと違ってスマートとは言えないが、圧倒的な力にも魅力がある。

「気分はどう?」

 僕が置き去りにした声を、後ろから追うシュウが拾って、何か叫んでいる。聞こえないな。言いたい事があるなら僕に追いついてごらんよ。
 自分の増長に気付きながらも、僕はとどまる事のない高揚感を速度に変換する。
 他のユーザーが邪魔だ。
 もっと華麗に。
 もっと速く。
 そして気付いた時には、不穏な空に侵入していた。
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