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12.待ちわびて

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当主が亡くなった。
父の死は唐突だった。
 おかげで、僕は19歳になる少し手前で当主として家を背負って立つ事になった。

僕は覚悟はしていたつもりだったけど、それでもこんなに早く当主になるとは思ってもなかった。





「__________…クレマ様、そろそろお休みになられては」




「………………あぁ」




 当主になってからやることが多すぎて僕は余り眠れなくなった。それでもベルに食事をさせるのは欠かさなかった。食事はベルの生命線だ…僕は、もうやせ細るあの時のようなベルを見たくない。
 食事をする時もベルは僕の心配をした。ベルに心配をされてるのにそれが何よりも嬉しく、僕の心の支えになった。


なのに…………





「_________…ベル様、そのようなことお辞めください。………若様に知られたら私が首にされてしまいます」




「…大丈夫、もし知られてしまってもクレマ様には私が理由を説明しますから。………それに、あれではクレマ様が倒れてしまいます。……………ですから、私に貴方の精を分けてください」




…………あぁ、ベル。お前は何も分かってない。




「若様ッ」




「…………………ッ、床に入ったはずでは…起きていたのですか!…早くベットに戻ってッ___「ベル、来い…仕置だ」」











僕は月明かりが照らす室内で、僕の使用人であるベルを大きな白いシルクのベッドに押し倒していた。ベルは僕から両腕で顔を隠し、僕を拒絶する。



「__________…やめてください」






それからの食事は知っての通りだ。
 僕はベルを抱いた。僕は…僕が望んだ通り、ベルとただれた体の関係を築いた。
 食事として、そして性行為として…僕はベルの主人としてベルに命令するようになってしまった。
 幼い頃は、あんなに純粋にベルに近づきたくて命令も嫌っていたのに。

 僕は、ベルを幼い頃のように純粋に想えなくなった。それでも僕はベルを手放せない。ベルは僕にとって唯一の愛を教えてくれた、………?



(………ッ?……そうか! 僕はとっくに愛してたんだ)


僕は、漸く気づく…僕がベルを家族のように愛してたことに。僕は本物の家族の愛を知らない。それでも、幼い頃のベルに感じていた特別が家族のような愛だと分かってしまった。
 家族よのうな愛から恋に変わった。いいや、今もベルに対してのあの想いは…愛は変わらず感じれる。それは決して純粋な物では無くなってしまったのかもしれない。それでも、僕のこのベルを想う心に偽りなんて無かった。



「………はは、なんだよ…。とっくに、愛になってたんじゃないか」



小さく呟き、僕はベルの唇にキスをもう一度落としベルを抱きしめて目を閉じた。


(ごめんね、ベル。お前は幸せじゃないかもしれないけど…僕は既にちゃんと幸せだったよ。だって、愛するベルが僕の腕の中にいるから……………これ以上、幸せなことなんて無いだろ?)




もう、僕の想いが報われなくたっていい。僕はベルを通して愛を知れた。 




苦しさも、


恋の甘さも、


愛することの素晴らしさも、



幸せの形も、





 僕の幸せはベルと想いを通じ合わせることじゃない。ベルが僕の側で変わらずに仕えてくれる事だった。
ベルが側に居てくれることが全てだったんだ。
 

(あぁ、ベルと食事の関係に戻ろう。あれは、性行為なんかじゃなかった)












 僕は、あれからベルと性行為をしなくなった。ただ、ベルの体や顔色を観て必要そうだったら食事を無理矢理にでも与えるようになった。
 ベルは食事の好き嫌いが激しいらしく、新たな使用人を入れてもあまり食事を取ろうとしなかった。
 
(ベルのために元気そうな使用人を何人か雇ったのに…仕方がない、他に回そう)

ここに来て、追い出した使用人に戻ってきてほしいと思うことになるとは…。何が起こるか分からないのが人生だな。なんて、冗談めかしに思ってしまった。
 僕はベルにちゃんと食事を取ってほしかった。僕からの食事が嫌なら、僕以外からの食事を取れるようにした。なのに、ベルの反応は余り良いものでは無かった。ベルの食事は難しい。






 そんな日々も過ぎていき僕は20歳になった。ベルとはあれから色々あったけど、ベルも無事に30歳になった。
 その頃には、僕はだいぶ家や領地の管理に慣れてきた。そんな時、ベルに長期の休みを申し込まれた。





「__________申し訳ございません、クレマ様。どうしてもリス様の元にいたいのです。リス様は私の母のような方です…そんなリス様の最後の頼みになるかもしれないことを私は断ることが出来ません」





ベルの母親代わりであったはずのリス夫人の体調が思わしくないようだった。僕は、ベルに必ず僕の元へ返ってくるように約束させベルを見送った。

 何ヶ月経っただろうか…ベルが家から居なくなって僕の時間は止まったようだった。そんな、死んだように領地の経営にいそしむ僕の元に…リス夫人が訪ねてきた。



「________…ベルは、元気にしていますか?」



ベルからは、リス夫人は危ない状況だと聞いていたから少し驚いたけど、ベルの言葉に疑いなんて持たない僕は何か理由があるのだろうと思い直ぐに対応を切り替えた。




「…………いいえ」




「は? どういう事ですか?」





「クレマ様、貴方にお願いがあって参りました…」



リス夫人が僕に頭を下げてきた。リス夫人の頭は机に大きな音をたてて下げられ、そのまま動かない。




「クレマ様の子種を渡して欲しいのです」



「……………ッ?!」




「ベル様のためですわ。…貴方から子種が貰えないとベルは…私のフルールがッ………また、逝ってしまいますッッッッ」



 リス夫人が僕の服を掴んですがってくる。その行動と言動はもはや正気の沙汰とは思えなかった。顔も涙を零してしまってるせいで化粧が落ちてしまっていた。リス夫人の美しい顔は分厚い化粧で仮面のように覆い隠されていたものだと分かるものだった。



「夫人、冷静になってください…。僕は貴方を、ベルの大切な母親をこの家から放り出したくないッ!」




「ッッッ……………。…食事が…ベルの喉を通らないのです…。………ですから、食事を分けてもらおうと貴方様を頼りに来ましたの。…クレマ様の食事ならベルも食べられると思って…」



僕の言葉に、漸く正気に戻ったリス夫人が静かに語りだす。




「………………ベルを僕に返して下さりませんか、リス夫人」




「ダメですわッ! まだ、駄目なのよ!!」




「………………………………」




「ッ、ちゃんと貴方にはベルを無事に帰すわ! えぇッ、だってベルは貴方の事を愛してるもの…。でも、それはまだ駄目なのよ………」



必死に言い募るリス夫人に僕は負ける。ベルの母親代わりの夫人だ…。それに、ここまで言い募るのには訳があるのだろう。ベルの好き嫌いは病的なものだ…命がかかってるくせに食事しないベルを思い浮かべられてしまい、お手上げだった。


(…夫人の言うことは本当なのだろう。………それにしても、フルールとは何の事なのか…夫人はベルをフルールと言っていた。もしかしたらベルの母親の名前かもしれない)



「……………………ベルの食事を渡せばいいのですよね。………少しお待ちいただけませんか。………直ぐに用意するので」




 僕がベルの食事を準備しようとするとリス夫人は目を輝かせ涙した。





「…………あの、そろそろ服を掴んでる手を離してください。…………食事の準備が出来ません」





 僕は使用人に命令し、夫人を玄関まで案内させた。その間に直ぐベルの事を考えて、ベルの為に食事の用意をする。
 中身が見えない瓶の中に精液を入れ、リス夫人に渡した。それを数ヶ月繰り返した。




「……クレマ様、感謝します」




「夫人のためじゃありませんよ?……全て僕のベルのためです。ですから、夫人も僕のベルを早く僕の元に帰してくださいね?」





ベル、早く僕の元に帰っておいで。
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