彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

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国王ジュリアス⑤

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 アルテーシアが亡くなって数ヶ月。

 ジルハイムからは、王妃の突然の死を悼む書簡が1通届けられただけだった。

 まるで何事も無かったかの様な穏やかな日常が続く中、アルテーシアの死の真相を知る者も知らぬ者も皆、王妃の死に対しジルハイムの動きが無かった事に安堵の表情を浮かべ、彼女の死を過去のものとして捉えるようになっていた。

 ただ、変わった事と言えば、俺はあれ以来イヴァンナと閨を共にする事はなくなった。あれ程愛おしいと思っていた彼女への想いが、自分でも驚く程綺麗さっぱりなくなってしまったのだ。

 そして愛情に代わって俺はイヴァンナに対し違う感情を持つようになった。

 恐怖だ。

 王妃を餓死させた女。

 然も彼女は俺にアルテーシアの懐妊を知らせない様に画策し、秘密裏に王妃の腹に宿った俺の子を亡き者にしようとした。

 それを知った時、俺は思った。イヴァンナには自分の意に沿わぬ者には、何をするか知れない恐ろしさがあると。

 彼女はアルテーシアの食事に薬を盛り、アルテーシアの侍女がそれに気付くと今度はその侍女を亡き者にした。挙句、アルテーシアに満足な食事も与えず餓死させたのだ。

 その余りに恐ろしいイヴァンナの裏の顔を知った俺は、俺自身もいつ彼女の気分を害し、その標的にされるのかも知れないと恐れを抱いた。

 いや、もしシルベールの目的がアルドベリクの言う様に国を乗っ取る事だと考えれば、彼女は俺との間に子が出来れば、その子を王にするためシルベールの手足となり、俺の事もあやめようとするかも知れない。何しろ王宮はシルベールの息のかかった連中で溢れているのだ。

 俺は次第に彼女から距離を置く様になっていた。

「王妃様は流行病はやりやまいで亡くなったのです。いくらジルハイムと言えど、その死に対し、何も申せなかったのでございましょう」

 軈て、大臣達までもが安心し、そう公然と口にする様になった頃、その知らせは突如齎された。

「何? ジルハイムと周辺国からの支援が突如打ち切られただと!?」

 俺はアルドベリクからのその報告に耳を疑った。突然我が国への支援打ち切りを告げる書簡が一方的に届けられたと言うのだ。

「理由は? 支援を止められた理由は何だ? 書簡には何と記されていた?」

 我が国は未だ復興途中にあった。今、この時点での支援打ち切りは、これからの復興計画に大きな支障をきたす。

 俺は焦ってアルドベリクを問いただした。

「表向きの理由はあの震災から既に5年。そろそろ他国に頼る事なく自助努力をせよとの事です」

「表向き? では本当の理由は別にあると言うのか?」

「ええ、王妃様の死が関係しているのかと…」

 アルドベリクはまた、何時も通りの抑揚の無い声音で淡々と俺に告げた。

「やはりそう思うか?」

「ええ…」

 彼は頷いた。

 俺に嫁いで来て僅か2年での王妃の死。

 やはり叔母シルヴィアは俺を許さない様だ。だが考えてみればそれも致し方ない事。何故ならアルテーシアは、ジルハイムからのに我が国に嫁いで来たのだから。

「覚悟を決めるしか無いな」

 俺がアルドベリクにそう告げた時だ。

 貿易全般を担当する大臣が、青い顔をして執務室へ駆け込んで来た。

「陛下! 大変でございます! ジルハイムを中心とした周辺国が、皆一斉に我が国との物流を止めております」

「………っ!」

 俺は息を飲んだ。

 物流を止めている? それは即ち、我が国には他国から何の物資も入って来なくなると言う事だ。

「ジルハイムは我が国を干上がらせるつもりか!?」

 俺は叫んだ。

「何故だ! 叔母はこの国の王女だろう? 何故ジルハイムはここまで我が国を苦しめる?」

 このままでは民達の生活すら脅かされる。この国の王女だった叔母が民まで苦しめる様な選択をするなんて…。

 俺には俄かに信じられなかった。

「食料は? 備蓄はどうなっている!? この状況で我が国の食料はどれだけ持つ?」

 物流が止められたとなれば、真っ先に気になるのはやはり食料の事だった。

「それが…。5年前の地震の折、備蓄は全て使い果たしております」

 大臣は青い顔をしたままそう答えた。

 大臣からのその答えを聞いた俺は愕然とした。

「……ジルハイムはこの国を兵糧攻めにするつもりか…」

 兵糧攻め…。そう自分で口にしてハタと気付く。

 正にアルテーシアの死がそうだったではないか。

 何日も満足に食事を与えられず、漸く与えられたパンには薬が塗られていた。

「あああー」

 まさかアルテーシアの本当の死因がジルハイムに漏れたのか…。

 恐怖で体が震え唸った。もし自分の大切な娘がそんな死に方をしたと知ったら…。

 ましてアルテーシアの腹には叔母にとっても国王にとっても孫となるはずだった子がいたのだ。

 ジルハイム国王夫妻にとってこの国は娘と孫の仇だ。

 もしそうだとしたら、どれ程の恨み、憎しみだろうか…。

 大臣は更に続けた。

「実はそれ以外にもこの様なビラが国中、至るところにばら撒かれておりまして…」

 彼はそう言っておずおずと1枚のビラを俺に手渡した。

 俺はそのビラに目を通す。そのビラはジルハイム国王から国民に宛てて書かれたものだった。

 《5年前の震災の折、我が国はロマーナ国に支援の手を差し伸べた。だが震災から3年、この国の国民は我が国への感謝すら忘れ、王妃としてこの国に嫁いだ我が娘を嘲笑った。国王の婚約者であったの公爵令嬢は、天災により愛する国王との仲を引き裂かれた悲劇の公女。反してから嫁いだ我が娘は支援をに2人を引き裂いた悪女だったか? 其方達は我が娘をそう呼んでいたのであろう? 此度、其方達が悪女と呼んだ娘は死んだ。それならもうをくれてやる必要もない。よって、我が国ジルハイムは、ロマーナへの支援を全て取りやめる事とした。これからは、異国である我が国よりも、其方達がが自ら選んだ自国の公爵家、シルベール家からの支援を受けるが良い。  ジルハイム国王 ユリウス2世》

 国王自らが自分の怒りを、飾り立てする事なく率直に書き記したビラ。

 普通こんな感情を露わにした文面を王が書く事はない。

 然も他国の国王が態々シルベール家と、1貴族の家名を記した。

 だがそれ故に、彼のこの国の民達とシルベール家に対する強い憤りを感じた。

「ビラを手にした民達から不安の声が漏れ広がっております。自分達のこれからの暮らしはどうなるのか…と。シルベール家は本当に我々を支援してくれるのか…と」

 シルベール家がどれ程この国の中で強大な力を持っていたとしても、所詮は1国の1貴族に過ぎない。シルベール家が全財産をはたいたとしても、ジルハイム1国の支援にさえ遠く及ばないだろう。ましてジルハイムは今回、周辺国をも巻き込んでいるのだ。

「この平穏な数ヶ月は、周辺国との調整の為の時間か…」

 そう問いかけた俺に、アルドベリクはまた抑揚の無い声で答えた。

「恐らくは…」と。

















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