彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️

文字の大きさ
16 / 36

宰相アルドベリク⑤

しおりを挟む
 アルテーシア様が王宮内で蔑ろにされる様になったのは、やはり、イヴァンナが側妃として娶られてからだろう。

 陛下はイヴァンナを寵愛し、それに比例する様にアルテーシア様はその立場を失っていった。

 そのイヴァンナが側妃として娶られる為に、背中を押したのが民意だ。

 シルヴィア様は今、この国の民にどれ程の怒りを感じておられるのだろう。

 だが、どんなに恨みに思っていても、彼女はやはり自分の祖国の民達を、完膚なきまでに痛めつける事は出来なかった様だ。

 かなり強めのお灸…そう言ったところか…。

 だが、これでシルベールとイヴァンナがアルテーシア様に行った非道は間違いなく炙り出されるだろう。

 援助の再開。そして何より物流の再開がかかっているのだ。

 民達はジルハイムから当たり前に行われていた、その善意の本当の価値を知った。飢えに苦しむ民達は間違いなく、王妃の死の真相を求めるだろう。そしてそんな領民を抱える貴族達もまた、今度こそ間違いなく彼らを追及するはずだ。

 2年前、シルベールは世論を形成し、イヴァンナを側妃へと押し上げた。そして陛下のイヴァンナへの寵愛をいい事に、王宮内でその勢力を更に強めていった。 

 今ではそれこそ陛下でさえ、彼らにおいそれとは逆らえない程に…。

 エラルド様、ジュリアス様。2代に渡って意のままに国を操って来たのだ。だが今度はそうはいかない。お前達が利用した世論。その世論によってお前達は破滅への道を進む。

 私はビラを片手に執務室を後にした。これから今現在、王都にいる有力貴族達を集めた、緊急の対策会議が行われる。

 私は会議室へ向かう前に陛下の執務室を訪れた。会議前に陛下と打ち合わせをするためだが、今回、この問題に選択の余地は無かった。

 陛下の執務室をノックし扉を開けると、彼はまるで檻の中の獣の様にウロウロと部屋の中を歩き回っていた。

 頭を抱えながらぶつぶつを1人事を呟いているせいで、私が部屋に入って来た事にさえ気付いていない様だ。

「陛下、会議室に貴族達が集まっているそうです。陛下の到着を皆が待っていると連絡がありましたのでお迎えにあがりました」

 漸く私に気付いたジュリアスは私を縋る様な目で見た。

「……アルドベリク…。俺はどうしたら良いだろう…」そう情けない声を上げながら。

 王として余りにも未熟…。ジュリアスをそう評した伯母の言葉を思い出す。

「…どう…とは?」

「王妃は餓死したのだぞ! そんな事が知れればジルハイムは許さないだろう?」

 冷静に問いかけた私に彼は声を荒げた。

 今更何を言っている? 全ての元凶は王として正しい判断さえ出来なかったお前ではないか! 

「私はあの時聞いたはずです。罪を償わさなくて良いのかと。だが、それを拒んだのは王である貴方だ。それに、許されないからどうすると言うのですか? また隠蔽するのですか!? それともまた違う新しい理由を考えるのですか? それでジルハイムは納得すると思いますか? 真実を正直に話し詫びる。もはやそれしか道はございません」

 怒りを覚えた私は、語気を強めきっぱりと言い切った。

「…そ…そうだな」

 そんな私に彼は躊躇いがちに頷いた。

 私と陛下が着くと、会議室はもう既に混乱を極めていた。

 勿論、侍女長が悲鳴をあげ、あれだけの騒ぎになったのだ。アルテーシア様の死の本当の原因を知っている者もいた。

 だが、直ぐに王による緘口令が引かれた事で、知らない者の方が圧倒的に多かった。

 陛下を待つこの僅かな時間で、その知らなかった者達が知っている者達から真実を聞いたのだろう。

 陛下の顔を見るなり何人もの貴族達が陛下に詰め寄った。

 「陛下、王妃様は本当は餓死だったと!? それはまことの事ですか!?」

 陛下はその問いに頷く。

「皆、すまない…」

 そう言って声を震わせながら…。

「どうするおつもりです! 王妃様が餓死なんて…。信じられない! そんな真実を話せば、ジルハイムの怒りは更に増すばかりでしょう!?」

「シルベールと側妃様には死んで貰う他ありませんな。こうなった以上、ジルハイムに2人の首を差し出し、精神誠意詫びるしか道はありませぬ」

「ふ…2人を処刑するのか…」

 彼らの言い分に陛下は驚いた様に目を見開く。

「何を驚いておられるのです! 王妃様はジルハイムの王女ですよ。然も腹には陛下の子を宿しておられたと言うではありませんか!? 王族を殺めたのです! 当たり前ではありませんか!」

 今までシルベールの持つ権力を恐れて、何も言えなかった者達が、皆、ここぞとばかりにシルベールとイヴァンナに対して罵詈雑言を繰り返す。

 ふっ。現金な者だな。揃いも揃って責任逃れか…。私は溢れ出る笑いを噛み殺すのに必死だった。ここまでシルベールを付け上がらせたのは、奴の顔色ばかり伺っていたお前達ではないか…と。
 
 それに処刑? 首を差し出す? 甘いな。そんな簡単に死なせる訳がないだろう? 処刑は最後の最後だ。それまで彼らにはたっぷりと苦しんで貰う。

 アルテーシア様はお腹に子を宿しながら、何日もの間、満足に食事すら出来ずに亡くなったんだぞ。その間の彼女の絶望はどれ程のものだったかを思い知って貰う。

 エリスだってそうだ。いつも侍女達から陰口をたたかれ、無視されていた。それ以外にも態と水をかけられたり、物が上から落ちて来たり、部屋を荒らされていた事だってあった。俺が知っているだけでこれだ。一体彼女がどれ程の嫌がらせを受けていたか計り知れない。
 
 その挙句、イヴァンナの命により、手にアルテーシア様の食事を持ち、満足に受け身も取れない状況だった彼女は背中を押され、階段から転落した。

 その時、誰かが漸く気付いた様だ。

「そう言えばシルベールは何処にいる! 陛下、彼を何処かに捕らえておられるのですか?」

「いや…。私は知らぬが…」

 陛下が戸惑いながら答える。筆頭公爵である彼にもまた、会議の呼び出しはかかっていたはずだ。

 それなのにシルベールの姿がない。

「もしや、逃げたのではないでしょうな」

 誰かのその言葉で、公爵家のタウンハウスに遣いを出した。

 暫くして遣いの者が慌てて帰って来た。

「陛下! 公爵は領地へとお戻りになられたそうです! その折、イヴァンナ様も同行されておられたとか」

「…そんな…」

 報告を聞いて呆然とする陛下に大臣の1人が詰め寄った。彼は王妃様が亡くなった時、王宮にいて一部始終を見ていた男だ。

「まさか…陛下が逃したのではありますまいな?」

「そんなっ! 俺がそんな事、する訳がないではないか!?」

 陛下は激昂して叫んだ。

「ですが王妃様がお亡くなりにになった時、貴方は宰相の言葉に逆らってまで、彼女を守ったではありませんか? あの時、宰相の言葉通り彼らを処罰していればこんな事にはならなかった…」

 大臣はそう言って悔しそうに唇を噛んだが、お前にそれを言う資格はない! あの時、そばに居ながら口を噤んだ。お前はその1人ではないか…。

 だが、陛下は本当に何も知らない。

 実は彼に逃げる様に唆したのは私だ。

 私はシルベールの耳元でそっと囁いた。

「ここだけの話しですがね。今回ビラが配られたのは王都だけのようですよ。領地の民達は誰も知らない…。逃げるなら今しか無い。会議が終われば貴方達は拘束されるでしょう。捕まれば極刑は免れない」

 私は嘘は吐いていない。事実を教えてあげただけだ。だが、案の定2人は逃げ出した。

 私は笑いを堪えるのに必死だった。全て思い通りだ。

「セオドリク様、後はお任せします」

 私は呟いた。

 セオドリク・ウィルターン

 王妃アルテーシア様の元婚約者であり、エリスの兄でもある彼は、今回シルヴィア様に2人の私刑を強く願い出たと、伯母から手渡された手紙に書いてあった。

 シルヴィア様もそれに頷いたと…。

 既に彼はシルベールの領地に入っていると聞く。今頃、領地で2人の帰りを待ち侘びている事だろう。




 






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。

たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。 次の人生では幸せになりたい。 前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!! 自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。 そして元彼のことも。 現代と夢の中の前世の話が進行していきます。

私との婚約は政略ですから、恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘のエリザベスは10歳の時にコゼルス侯爵家の二男のルカと婚約をした。  王都で暮らすルカはエリザベスより4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と同じ学園に通う兄から聞かされたエリザベス。  エリザベスはサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカに一目惚れをしたが、よく言っても中の上の容姿のエリザベスが婚約者に選ばれたことが不思議だったこともあり、侯爵家の家業から考え学園に入学したエリザベスは仲良さそうな二人の姿を見て『自分との婚約は政略だったんだ』と、心のどこかでそう思うようになる。  そしてエリザベスは、侯爵家の交易で使用する伯爵領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのだと結論付けた。    夢見ていたルカとの学園生活は夢のまま終わり、婚約を解消するならそれでもいいと考え始めたエリザベス。  でも、実際にはルカにはルカの悩みがあるみたいで……   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

【完結】貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

妹に婚約者を奪われましたが、私の考えで家族まとめて終わりました。

佐藤 美奈
恋愛
セリーヌ・フォンテーヌ公爵令嬢は、エドガー・オルレアン伯爵令息と婚約している。セリーヌの父であるバラック公爵は後妻イザベルと再婚し、その娘であるローザを迎え入れた。セリーヌにとって、その義妹であるローザは、婚約者であり幼馴染のエドガーを奪おうと画策する存在となっている。 さらに、バラック公爵は病に倒れ寝たきりとなり、セリーヌは一人で公爵家の重責を担うことになった。だが、イザベルとローザは浪費癖があり、次第に公爵家の財政を危うくし、家を自分たちのものにしようと企んでいる。 セリーヌは、一族が代々つないできた誇りと領地を守るため、戦わなければならない状況に立たされていた。異世界ファンタジー魔法の要素もあるかも

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

処理中です...