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私が処刑される意味 側妃イヴァンナ⑧
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「…あの侍女が貴方の…妹…?」
愕然とした。
『憎いなんて簡単なものじゃない。今すぐにでもこの手で八つ裂きにしてやりたい位だ』
だとしたら、彼がそう思うのは当たり前の事だ。私はこの人から愛する人だけではなく、妹の命まで奪ったのだから…。
途端に体がガタガタと音を立てて震えた。
馬車の中と言う密室の中。私達は2人きりなのだ。まして私は貴族籍を失い今は平民だ。例えこの人に本当に八つ裂きにされたとしても文句の言えない立場だ。
また私の思考を読み取ったのか、目の前の男は歪な笑みを浮かべた。
「ふっ。怖いか? お前は本当に分かりやすい女だな。エリスはな。殺された時アルテーシアの食事を運んでいたらしい。お前達がアルテーシアの食事に薬を入れたからだ。その両手が塞がっている状態のエリスを侍女長は背中から押した。エリスは争う事さえ出来ずに、そのまま真っ逆さまに階段を落ちて行ったそうだよ。そしてエリスは死んだ。頭を強く打ち即死だったそうだ。その時のエリスの恐怖がお前に分かるか!? 今のお前の比では無かっただろうよ。エリスはな、アルテーシアの側に居る事が出来ない俺に代わって、彼女を守るのだと言ってこの国へ来た。その妹をお前は邪魔だと言うだけの理由で殺したんだろう? なぁ、最期までアルテーシアを守りきれなかった彼女の無念がお前に分かるか!」
彼は激昂して叫んだ。
そうだ…。確かに私はそう言った。
『そう。王妃付きの侍女が食事を用意しているの? そんな事されたらお腹の子を始末出来ないじゃない。その侍女邪魔ね。貴方何とかしなさい』
そう侍女長に命じた。
「アルテーシアが死んだ時もそうだ。お前は彼女の死を悼む事も無かった。それどころか、巻き添いになって死んだ侍女長を役立たずだと罵倒したそうだな。自分がその場にいればこんな事にはならなかったと」
『は? 私が王妃に堕胎薬を盛っていた事がジュリアスにバレた? あの女、本当に役立たずだわ。殺されて当然よ。ああ、私さえその場にいたら、こんな不手際、起こらなかったのに…』
そうだ。あの日私は、義母の誕生日だからと言い訳を作って公爵邸に里帰りし、シルベールに抱かれていた。
王宮に戻ると王妃が亡くなり、侍女長がジュリアスに斬られたと報告を受けた。
あの時私は、彼女達の死を悼むよりも、自分の行いがジュリアスに知られた事を悔やんだ。
そして思惑通り、ジュリアスが王妃様の死の真相を隠蔽し、自分がお咎めなしとなった事にほっと胸を撫で下ろしていた。
「人ってのは恐ろしいものだな。権力を失った途端、今までのお前達の悪事に対する証言が出るわ出るわ。公爵家の使用人までもが、お前とシルベールの仲を証言したよ。お前とシルベールは男女の関係だったそうだな。たがら、シルベールはお前を連れて逃げた。なぁ、知ってるか? 側妃と言う立場にありながら他の男と関係を持つのは、それだけで極刑に値するんだぞ。お前達は一体何度死ねば、その罪を償えるんだろうな」
彼は嘲る様にそう私に言い放った。
「カイザードは言ったよ。お前は自分の罪を反省していると。だがな、教えてくれよ。俺はどうやったらお前を許せる。反省したら許せるのか? 許さなければいけないのか? そんなのは無理な相談だ。俺は王弟陛下の仇を取るためにお前達の馬車を襲わせた。カイザードとイーニアの仇を取るためにお前達をあの場所に閉じ込めた。そして、アルテーシアの仇を討つ為にお前達の食事を抜いた。俺はお前達から全てを取り上げた。地位も権力も全てだ。だがな、それでもまだ心が叫ぶんだ。まだ足りない。まだ許せない。俺だけじゃない。カイザードもアルドベリクも皆んな苦しんでる。愛する人を救えなかった自分を悔やんでいる。それが愛する人を失った者達の気持ちなんだよ。なぁ、お前にそれが分かるか!?」
それは悲痛な叫びだった。気がつくと、目の前の男はそう言いながら悔し涙を流していた。私はただ、そんな彼を見ながら両手を膝の上で血が出るほど強く握り締めた。
『私には謝る事しか出来ません』
さっき私は彼にそう言った。でも違うのだ。彼は私に謝罪なんて求めてはいない。
俯く私に彼が問いかけた。
「なぁ、お前達2人が何故平民として公開処刑されるか分かるか? 聡いお前ならもう既に分かっているのだろう?」
「……ええ。王妃様の死の真相を赤からかにし、今回のジルハイムのした行いに正当性を持たせる事。そして、その事によって疲弊した国民達の不満の受け皿になる事。それをジルハイムは望んでいるのでしょう?」
「ああ、その通りだ」
彼は頷いた。
「だがな、それだけではない。次の王位は我が国の第二王子シリウス様に継いで貰う。これでこの国に王家の血を取り戻す事が出来る。だがな、例えロマーナの王女であるシルヴィア様の産んだ子とはいえ、他国の王子が国を継ぐ事になる。その不満を抑えるためにも、お前達2人には悪役として国民の恨みを一身に背負って死んで貰う」
「ではジュリアスは…。ジュリアスはどうなるのですか?」
「彼には王家の血は流れていない。だがな、彼は今まで王位に就いていた。故に真実を国民に知らせる事は出来ない。その資格のない者が王であった事が知れれば、王家の正当性が失われてしまうからな。だから、彼は今回の責を取る形で王位を退いた上で、幽閉する。我が国は彼の命まで奪うつもりはない」
それを聞いて少しだけほっとした。
やはり私はまだ、ジュリアスに対して情はあるのだ。それにジュリアスはカイザードさんの子だ。生きてさえいれば、2人はいつの日にか出会う事があるかも知れない。
だったら、今、私に出来る事はただ一つだけ。
恨みや悲しみ、憎しみ…。
それら全ての罰を背負って、死んでいく。
それが何人もの人の命を奪った私に出来る唯一の罪滅ぼしだった。
愕然とした。
『憎いなんて簡単なものじゃない。今すぐにでもこの手で八つ裂きにしてやりたい位だ』
だとしたら、彼がそう思うのは当たり前の事だ。私はこの人から愛する人だけではなく、妹の命まで奪ったのだから…。
途端に体がガタガタと音を立てて震えた。
馬車の中と言う密室の中。私達は2人きりなのだ。まして私は貴族籍を失い今は平民だ。例えこの人に本当に八つ裂きにされたとしても文句の言えない立場だ。
また私の思考を読み取ったのか、目の前の男は歪な笑みを浮かべた。
「ふっ。怖いか? お前は本当に分かりやすい女だな。エリスはな。殺された時アルテーシアの食事を運んでいたらしい。お前達がアルテーシアの食事に薬を入れたからだ。その両手が塞がっている状態のエリスを侍女長は背中から押した。エリスは争う事さえ出来ずに、そのまま真っ逆さまに階段を落ちて行ったそうだよ。そしてエリスは死んだ。頭を強く打ち即死だったそうだ。その時のエリスの恐怖がお前に分かるか!? 今のお前の比では無かっただろうよ。エリスはな、アルテーシアの側に居る事が出来ない俺に代わって、彼女を守るのだと言ってこの国へ来た。その妹をお前は邪魔だと言うだけの理由で殺したんだろう? なぁ、最期までアルテーシアを守りきれなかった彼女の無念がお前に分かるか!」
彼は激昂して叫んだ。
そうだ…。確かに私はそう言った。
『そう。王妃付きの侍女が食事を用意しているの? そんな事されたらお腹の子を始末出来ないじゃない。その侍女邪魔ね。貴方何とかしなさい』
そう侍女長に命じた。
「アルテーシアが死んだ時もそうだ。お前は彼女の死を悼む事も無かった。それどころか、巻き添いになって死んだ侍女長を役立たずだと罵倒したそうだな。自分がその場にいればこんな事にはならなかったと」
『は? 私が王妃に堕胎薬を盛っていた事がジュリアスにバレた? あの女、本当に役立たずだわ。殺されて当然よ。ああ、私さえその場にいたら、こんな不手際、起こらなかったのに…』
そうだ。あの日私は、義母の誕生日だからと言い訳を作って公爵邸に里帰りし、シルベールに抱かれていた。
王宮に戻ると王妃が亡くなり、侍女長がジュリアスに斬られたと報告を受けた。
あの時私は、彼女達の死を悼むよりも、自分の行いがジュリアスに知られた事を悔やんだ。
そして思惑通り、ジュリアスが王妃様の死の真相を隠蔽し、自分がお咎めなしとなった事にほっと胸を撫で下ろしていた。
「人ってのは恐ろしいものだな。権力を失った途端、今までのお前達の悪事に対する証言が出るわ出るわ。公爵家の使用人までもが、お前とシルベールの仲を証言したよ。お前とシルベールは男女の関係だったそうだな。たがら、シルベールはお前を連れて逃げた。なぁ、知ってるか? 側妃と言う立場にありながら他の男と関係を持つのは、それだけで極刑に値するんだぞ。お前達は一体何度死ねば、その罪を償えるんだろうな」
彼は嘲る様にそう私に言い放った。
「カイザードは言ったよ。お前は自分の罪を反省していると。だがな、教えてくれよ。俺はどうやったらお前を許せる。反省したら許せるのか? 許さなければいけないのか? そんなのは無理な相談だ。俺は王弟陛下の仇を取るためにお前達の馬車を襲わせた。カイザードとイーニアの仇を取るためにお前達をあの場所に閉じ込めた。そして、アルテーシアの仇を討つ為にお前達の食事を抜いた。俺はお前達から全てを取り上げた。地位も権力も全てだ。だがな、それでもまだ心が叫ぶんだ。まだ足りない。まだ許せない。俺だけじゃない。カイザードもアルドベリクも皆んな苦しんでる。愛する人を救えなかった自分を悔やんでいる。それが愛する人を失った者達の気持ちなんだよ。なぁ、お前にそれが分かるか!?」
それは悲痛な叫びだった。気がつくと、目の前の男はそう言いながら悔し涙を流していた。私はただ、そんな彼を見ながら両手を膝の上で血が出るほど強く握り締めた。
『私には謝る事しか出来ません』
さっき私は彼にそう言った。でも違うのだ。彼は私に謝罪なんて求めてはいない。
俯く私に彼が問いかけた。
「なぁ、お前達2人が何故平民として公開処刑されるか分かるか? 聡いお前ならもう既に分かっているのだろう?」
「……ええ。王妃様の死の真相を赤からかにし、今回のジルハイムのした行いに正当性を持たせる事。そして、その事によって疲弊した国民達の不満の受け皿になる事。それをジルハイムは望んでいるのでしょう?」
「ああ、その通りだ」
彼は頷いた。
「だがな、それだけではない。次の王位は我が国の第二王子シリウス様に継いで貰う。これでこの国に王家の血を取り戻す事が出来る。だがな、例えロマーナの王女であるシルヴィア様の産んだ子とはいえ、他国の王子が国を継ぐ事になる。その不満を抑えるためにも、お前達2人には悪役として国民の恨みを一身に背負って死んで貰う」
「ではジュリアスは…。ジュリアスはどうなるのですか?」
「彼には王家の血は流れていない。だがな、彼は今まで王位に就いていた。故に真実を国民に知らせる事は出来ない。その資格のない者が王であった事が知れれば、王家の正当性が失われてしまうからな。だから、彼は今回の責を取る形で王位を退いた上で、幽閉する。我が国は彼の命まで奪うつもりはない」
それを聞いて少しだけほっとした。
やはり私はまだ、ジュリアスに対して情はあるのだ。それにジュリアスはカイザードさんの子だ。生きてさえいれば、2人はいつの日にか出会う事があるかも知れない。
だったら、今、私に出来る事はただ一つだけ。
恨みや悲しみ、憎しみ…。
それら全ての罰を背負って、死んでいく。
それが何人もの人の命を奪った私に出来る唯一の罪滅ぼしだった。
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