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第八十八話
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ここまで思い出した僕は、はっと気が付いた。
おかしい!
心の中で僕は叫びをあげた。
おかしいのだ。今の今まで忘れていた。
僕はあの時、白瀬の怨霊に『一生、自分の物』だと宣言され、それを僕自身も受け入れた。
僕は白瀬に対する仄かな想いは深くそして二度と消せない消せない後悔と共に今でも覚えている。でも、あの文化祭の劇で共演した時にはっきり自覚した緑川への想いは、白瀬がこの世を去った瞬間に僕の記憶奥底に固く封印されてしまった。あれ以来、緑川を異性として自覚することはまったくなくなった。ただのクラスメイト、そして高校生になってから僕の過去を知る少しおせっかいな元クラスメイト。何故か、緑川を異性としてみる感覚がすっぽり抜け落ちていた様だ。
だからなのだろ。
板額があんな強引な手段を用いなければ、僕は、緑川の僕への狂おしいほどの気持ちを感じ取ることが出来なかったのだ。
いや、違う。今ならはっきり分かる。
あれは僕自身が、緑川の気持ちに気が付かない様にしていたのだ。気が付けば僕だって思春期真っ只中の男の子だ。相手があの美人で名高い緑川なら必ずその想いを受け入れる。しかし、僕にはそんな事は絶対に許されないのだ。そう、他の誰もが許したとしても、白瀬が許すわけがない。ましてや、僕と付き合う事で緑川まで僕と同じ人間だと思われてしまう。
そんなことは絶対にダメだ。だから、僕はそうならない様に自身に強い暗示をかけたんだ。
『女の子が苦手、と言うより女嫌い』。緑川に限らず、僕が一生、重い十字架を背負い、白瀬以外の女性とは寄り添わない人生を過ごす。それが、僕が僕自身にかけた決して解ける事のない『白瀬京子の呪い』なのだ。
しかしである。
その強い、僕にとっては神の言霊ともいえる『白瀬京子の呪い』をいとも簡単に破った者が居た。
そう、それが板額だ。あいつは、僕ですら自覚できないまでに深く染まっていたその呪いを、いとも簡単にするりと掻い潜って僕の心の奥底に忍び込んで来た。そして、僕を自分の彼氏にしただけでなく、緑川の想いまでも成就させてしまった。
だが、なぜなんだろう? 僕はそれがどうしても分からなかった。
呪いは相手が女の子なら、会った時点で強固な壁を作ってこちらに踏み込めない様にしていたはずだ。これは同性の男にだって強固さに違いはあるが発動していた。その絶対的な壁が板額には通じなかったんだ。思い越せば、板額は僕と出会った瞬間、すでにその壁を一歩踏み越えて僕の中にやすやすと入って来ていたんだ。
じゃあ、『烏丸 板額』と言う女の子はいったい何者なんだ?
僕は、自分の決して忘れてはいけない自身の過去を思い出しながら、最後はそう板額と言う存在の謎を改めて自覚していた。
結局、僕は再びクラスのみならず学校でも、より深く孤立していった。中学校の時、味わったのと同じ氷の監獄の様な感じを再び僕は味わう事になった。
同時に、板額が現れるのと前後して見なくなった『白瀬京子の怨霊』も再び見る機会が増えていった。白瀬の怨霊は、今までと違ってあまり言葉を発することはなかったが、時折物陰から僕を不気味な薄笑いを浮かべながら僕を見つめていた。でも、僕はそれに恐怖を感じる事はほとんどなかった。あの頃と同じように白瀬にこんな形でも会える事に、不思議な安堵感と幸福感を感じていた。
普通の女の子なら、こんな僕だと知ればさっさと僕からは離れていっただろう。しかし、板額と緑川は相変わらず今まで通り僕の傍に居てくれた。それはとてもうれしい事のはずなのに、僕は『なぜ板額と緑川は僕を一人にしておいてくれないのだろう?』などと逆に迷惑だと感じる事もあった。
そうなのだ。こと『白瀬 京子』の事になると僕は正常な考えが出来なくなる。
「ねぇ、巴、君は何かおかしな感じをもたいないかい?」
ある日、すっかり人気の少なくなった教室で、僕の机に今まで通りの様に座る板額が隣の席に居た緑川に尋ねた。
「やっぱりあなたも同じことを感じてるのね」
緑川はちらりと教室の周りを見回してからそう答えた。すでに帰りのホームルームが終わってかなり経ったこともあって教室に残っているの僕ら以外数人だった。そしてその数人も、極力、僕から距離を取れる位置に陣取っていた。
おかしい!
心の中で僕は叫びをあげた。
おかしいのだ。今の今まで忘れていた。
僕はあの時、白瀬の怨霊に『一生、自分の物』だと宣言され、それを僕自身も受け入れた。
僕は白瀬に対する仄かな想いは深くそして二度と消せない消せない後悔と共に今でも覚えている。でも、あの文化祭の劇で共演した時にはっきり自覚した緑川への想いは、白瀬がこの世を去った瞬間に僕の記憶奥底に固く封印されてしまった。あれ以来、緑川を異性として自覚することはまったくなくなった。ただのクラスメイト、そして高校生になってから僕の過去を知る少しおせっかいな元クラスメイト。何故か、緑川を異性としてみる感覚がすっぽり抜け落ちていた様だ。
だからなのだろ。
板額があんな強引な手段を用いなければ、僕は、緑川の僕への狂おしいほどの気持ちを感じ取ることが出来なかったのだ。
いや、違う。今ならはっきり分かる。
あれは僕自身が、緑川の気持ちに気が付かない様にしていたのだ。気が付けば僕だって思春期真っ只中の男の子だ。相手があの美人で名高い緑川なら必ずその想いを受け入れる。しかし、僕にはそんな事は絶対に許されないのだ。そう、他の誰もが許したとしても、白瀬が許すわけがない。ましてや、僕と付き合う事で緑川まで僕と同じ人間だと思われてしまう。
そんなことは絶対にダメだ。だから、僕はそうならない様に自身に強い暗示をかけたんだ。
『女の子が苦手、と言うより女嫌い』。緑川に限らず、僕が一生、重い十字架を背負い、白瀬以外の女性とは寄り添わない人生を過ごす。それが、僕が僕自身にかけた決して解ける事のない『白瀬京子の呪い』なのだ。
しかしである。
その強い、僕にとっては神の言霊ともいえる『白瀬京子の呪い』をいとも簡単に破った者が居た。
そう、それが板額だ。あいつは、僕ですら自覚できないまでに深く染まっていたその呪いを、いとも簡単にするりと掻い潜って僕の心の奥底に忍び込んで来た。そして、僕を自分の彼氏にしただけでなく、緑川の想いまでも成就させてしまった。
だが、なぜなんだろう? 僕はそれがどうしても分からなかった。
呪いは相手が女の子なら、会った時点で強固な壁を作ってこちらに踏み込めない様にしていたはずだ。これは同性の男にだって強固さに違いはあるが発動していた。その絶対的な壁が板額には通じなかったんだ。思い越せば、板額は僕と出会った瞬間、すでにその壁を一歩踏み越えて僕の中にやすやすと入って来ていたんだ。
じゃあ、『烏丸 板額』と言う女の子はいったい何者なんだ?
僕は、自分の決して忘れてはいけない自身の過去を思い出しながら、最後はそう板額と言う存在の謎を改めて自覚していた。
結局、僕は再びクラスのみならず学校でも、より深く孤立していった。中学校の時、味わったのと同じ氷の監獄の様な感じを再び僕は味わう事になった。
同時に、板額が現れるのと前後して見なくなった『白瀬京子の怨霊』も再び見る機会が増えていった。白瀬の怨霊は、今までと違ってあまり言葉を発することはなかったが、時折物陰から僕を不気味な薄笑いを浮かべながら僕を見つめていた。でも、僕はそれに恐怖を感じる事はほとんどなかった。あの頃と同じように白瀬にこんな形でも会える事に、不思議な安堵感と幸福感を感じていた。
普通の女の子なら、こんな僕だと知ればさっさと僕からは離れていっただろう。しかし、板額と緑川は相変わらず今まで通り僕の傍に居てくれた。それはとてもうれしい事のはずなのに、僕は『なぜ板額と緑川は僕を一人にしておいてくれないのだろう?』などと逆に迷惑だと感じる事もあった。
そうなのだ。こと『白瀬 京子』の事になると僕は正常な考えが出来なくなる。
「ねぇ、巴、君は何かおかしな感じをもたいないかい?」
ある日、すっかり人気の少なくなった教室で、僕の机に今まで通りの様に座る板額が隣の席に居た緑川に尋ねた。
「やっぱりあなたも同じことを感じてるのね」
緑川はちらりと教室の周りを見回してからそう答えた。すでに帰りのホームルームが終わってかなり経ったこともあって教室に残っているの僕ら以外数人だった。そしてその数人も、極力、僕から距離を取れる位置に陣取っていた。
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