ハンガク!

化野 雫

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第百十七話

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「半分は本当で半分は冗談だよ。
 与一も巴も安心したまえ。
 完全体の鬼牙に近い僕にはある程度の鼻が利くんだ。
 例え覚醒前であっても『憑き者』なら近づけばある程度の判別は付く。
 少なくとも君たちは『憑き者』じゃないと僕は思ってる」

 そう言って板額はくすりと可愛らしく笑った。今度の笑いは時折板額がする、いつもの少女らしい可愛い笑みで僕も安心できた。

 でもその一方で、僕は今の板額の言葉になんだか違和感を感じた。

「えっ……板額、あなたも『完全な鬼牙』じゃないの?」

 またたしても、緑川がそんな僕の違和感に一歩先に気が付き、ずばりと板額に聞き返した。まったく緑川の奴はやっぱり頭の回転が早い。しかも、何度も言うが、僕が貸した上着の下は下着姿。さっきまで一歩間違えば不良どもに輪姦さるかもしれないと言う、女の子にしたら殺されるのに等しい危険な状態だった子とは思えない立ち直りの早さだ。

「うん、そうだよ、僕は『完全な鬼牙』じゃない。
 非常に稀な『イレギュラーな鬼牙』なんだよ」

「あんな凄い事をしておきながら『完全な鬼牙』じゃないって、
 じゃあ『完全な鬼牙』ってどんだけ凄いのよ」

 板額の言葉に、緑川はそう言って笑った。

「と言ってもあの状態の僕は、『完全な鬼牙』とほとんど同じなんだけどね。
 なんせ、根本の部分で決定的に完全たり得ない因子が僕にはあるんだ」

「完全たり得ない因子?」

 板額が続けた言葉に、今度は僕が反応した。

「そうなんだ。
 その部分を話すことは同時に僕の正体を与一に話すことにもなるだよ」

 そう言ってから板額は僕の目の前までやってきて、前髪を片手で押し上げてから、それこそ鼻と鼻がくっつきそうになるほど僕に顔を近づけて尋ね来た。

「ねえ、与一、本当に僕の事、分からない?」

「分からないって、板額の何が?」

「僕の事、本当に覚えてない?」

 板額は僕の問いかけに、またそう言葉を変えて聞き返して来た。

 でも僕は、あの転校してきた日からしか板額の事を知らない。板額は僕ともっと前から知り合いだったと言いたいのだろうが、本当に僕にはそんな記憶がないのだ。僕に出来るのは、ただただ困った様な表情を浮かべて板額の整った綺麗な顔を見つめ返すことだけだった。

 ちなみにその時、視界の隅に緑川がなんかすごく怖い顔でこっちを見てるのが、僕には分かったけどあえて見なかった事にした。

「僕だよ、『タレちゃん』だよ。覚えていないの、与一?」

 そんな僕に少し悲しそうな、あるいは少し失望した様な、表情を浮かべて、またそう聞き返した。


 『タレちゃん』! その名なら僕には明確な記憶がある。

 いや、忘れるものか。

 歳は同じだったけど、一人っ子だった僕に初めて出来た弟の様な可愛い存在。今から思えば、父の仕事の都合で転校が多く、その中のほんの短い間、たぶん半年程度だった。だけど、すごくすごく一緒に居て楽しかった友達のあだ名。

 確かに言われてみれば、その顔つき、どことなくあの『タレちゃん』の面影がある。

 だが、待て。待て待て。そんなはずはない。

 だって「タレちゃん』は気が弱くて、僕の後ろにいつもくっついている様なちょっと女の子みたいも感じる子だったけど、『男の子』だった。ラノベに良くあるそれは僕の勘違いで、実は『女の子』でしたって事はない。学校では公式に『男子』とされて、先生方も『タレちゃん』を明確に『男の子』として扱っていた。それは絶対に間違いない。


「何言いだすんだ、板額。
 『タレちゃん』は男の子だぞ!」

 いまだに顔を近づけたままの板額に僕はそう声を上げていた。

 ちなみに、相変わらず緑川がまだ凄い顔でこっちを睨みつけている気がするぞ。

「あの時は……うん、そう、あの時は『男の子』だったんだ、僕」

 そんな僕に少し困ったような表情を浮かべて板額はそう答えた。

 な、なんですと!

 『あの時は男の子だった』ですと。それじゃ、板額、君は、ラノベではお約束となりつつある『男の娘』って奴ですか?

 いやいや、確かに板額の全裸姿を見たわけじゃないけど、僕はこの手で確かめたはずだ。板額には『男の子』である証拠の物はなかったはずだ。しかも小ぶりながら胸の膨らみだったあった。あの体つきは間違いなく『女の子』そのものだった。

「ひょっとして、板額、君は性転換手術を受けたのか?」

 僕はそう板額に聞いた。
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