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第24話
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いや、問題はその動きの速さではない。それ以上に驚かされたことがあった。
あの男にはキルシュの『幻影の檻』に囚われていなかった。この自分ですら、一旦、檻に足を踏み入れればその幻影から逃れる事は出来ない。今、少なくともこの大広間全体が完全にキルシュの檻になっていたはずだ。それなのに、今この場にいるこの男は彼女の『幻影の檻』の影響を受ける事無くそこにいる。
それは、商人の男、いや正確には『商人を装った帝直轄聖剣騎士』の一人にとっては初めての事だった。
故に、ここでこの騎士崩れの男をその姿のまま判断して、その警告を無視する事は危険だと彼は判断した。
事実、あの男の目はそこらに居る騎士とは明らかに違う光を宿していた。あの様な不気味で妖しい光を宿す目を持つ者は滅多に居ない。あれは間違いなく『数多くの修羅場を潜り抜けた者』だけが持つものだ。
そして、今の自分はあの高み、いや正確には『狂気』と言うべきだろう、までにはまだ到達できていない。
『良い判断だ。
それは決して臆病ではない。
やみくもに前へ進むのが強い騎士ではない。
自分と相手の差を正しく判断し身を引く事が出来る、
それこそ、優秀な騎士である証だ』
若き帝の騎士の頭の中に、声が響いた。その声はこんな緊迫した状況下であるのに、まるで教師が幼い教え子に教える様に柔らかで落ち着いた優しい声だった。
『まあ、お前の場合、正確には騎士ではなかったか』
最後にその声はそう付け加えてくすりと笑った。
そして、その声の主もまた、あの『狂気』と言うべき所にまで到達した者である事を若き帝の騎士は知っていた。そしてその声は、不気味で圧倒的な力を前にしてこわばった彼の体と心を少しだけほぐしていった。
『確かに僕は同じ帝の剣でも専門は事務方の方ですからね』
若き帝の騎士は心の中だけでそう答えてくすりと笑った。もちろん表の表情はこわばらせたまま、心の変化を微塵も表す事はなかった。
「頼む、その人は助けてやってくれ。
僕がその人をそそのかしたんだ。
殺すなら僕を殺せ」
若き帝の騎士は、自ら抵抗する気が無いのを示す為、体を凍り付かせたように微動だにさせずに叫んだ。
しかし騎士崩れの男は、何も言わずにじっと商人を装った帝の騎士を見詰めていた。
「何をやってる、早くその女を斬れ!
そして、その男も叩き斬ってしまえ!」
そのつかの間の沈黙をもどかしく思った町長が、明らかにイラついた声で叫んだ。
その声に答える事無く騎士崩れの男は静かに剣を鞘に納めた。
「何、勝手に剣をしまってるんだ!
こっち高い金出して雇ってるんだ。
勝手に止めるな!」
騎士崩れの男がメイド姿の女だけでなく、商人の若い男……少なくとも町長は彼が『帝の剣』である事など知る由もなかった……さえも見逃そうとしていると思いまた声を荒げた。
「黙れ!」
そんな町長を騎士崩れの男の声が一喝した。その声は大広間に凛として響き、その場の空気を一瞬で凍り付かせた。
騎士崩れの男は、ゆっくりと腰を落とし、開いた右手を剣の握りの上でピタリと止めた。
若き帝の騎士は、その男の仕草で分かった。
この男は自分の正体に気がついている。いや正確には『帝の剣』とまでは分からぬまでも相手が只者ではない事は察している。
若き帝の騎士は思った。
確かに自分は、『帝の剣』の中では実戦方ではなく事務方である。それでも一般的な騎士相手なら互角以上に戦える。かなりの手練れ相手でも勝てないまでも生きて逃げ切る事が出来る自信はあった。
それでもだ。
今、そこに居る生地崩れの男から発せられる気は普通じゃない。
しかも今、この男、剣を鞘に納めているが町長が言うようにこちらを斬るのを諦めたわけではない。いや、むしろ逆だ。この男は、その全力を持って今自分を確実に一撃で仕留めようと思っている。
この男の構え、これは伝説の抜刀術だ。
鞘に剣を収めた状態から、その全身全霊を込めた電光石火の速さで剣を抜き一撃で相手を斬って捨てる。
そして今や半ば伝説化しているこの抜刀術。
しかし、この若い帝の騎士は実際に何度か見た事があるのだ。
だからあの剣だったのか。
帝の騎士は、この時、この騎士崩れの腰に下げる剣が異様に細身である事に気がついた。そして、同時に、この形状の剣には見覚えのあるはずの自分が、この事を見落としていた事に激しく後悔した。
あの男にはキルシュの『幻影の檻』に囚われていなかった。この自分ですら、一旦、檻に足を踏み入れればその幻影から逃れる事は出来ない。今、少なくともこの大広間全体が完全にキルシュの檻になっていたはずだ。それなのに、今この場にいるこの男は彼女の『幻影の檻』の影響を受ける事無くそこにいる。
それは、商人の男、いや正確には『商人を装った帝直轄聖剣騎士』の一人にとっては初めての事だった。
故に、ここでこの騎士崩れの男をその姿のまま判断して、その警告を無視する事は危険だと彼は判断した。
事実、あの男の目はそこらに居る騎士とは明らかに違う光を宿していた。あの様な不気味で妖しい光を宿す目を持つ者は滅多に居ない。あれは間違いなく『数多くの修羅場を潜り抜けた者』だけが持つものだ。
そして、今の自分はあの高み、いや正確には『狂気』と言うべきだろう、までにはまだ到達できていない。
『良い判断だ。
それは決して臆病ではない。
やみくもに前へ進むのが強い騎士ではない。
自分と相手の差を正しく判断し身を引く事が出来る、
それこそ、優秀な騎士である証だ』
若き帝の騎士の頭の中に、声が響いた。その声はこんな緊迫した状況下であるのに、まるで教師が幼い教え子に教える様に柔らかで落ち着いた優しい声だった。
『まあ、お前の場合、正確には騎士ではなかったか』
最後にその声はそう付け加えてくすりと笑った。
そして、その声の主もまた、あの『狂気』と言うべき所にまで到達した者である事を若き帝の騎士は知っていた。そしてその声は、不気味で圧倒的な力を前にしてこわばった彼の体と心を少しだけほぐしていった。
『確かに僕は同じ帝の剣でも専門は事務方の方ですからね』
若き帝の騎士は心の中だけでそう答えてくすりと笑った。もちろん表の表情はこわばらせたまま、心の変化を微塵も表す事はなかった。
「頼む、その人は助けてやってくれ。
僕がその人をそそのかしたんだ。
殺すなら僕を殺せ」
若き帝の騎士は、自ら抵抗する気が無いのを示す為、体を凍り付かせたように微動だにさせずに叫んだ。
しかし騎士崩れの男は、何も言わずにじっと商人を装った帝の騎士を見詰めていた。
「何をやってる、早くその女を斬れ!
そして、その男も叩き斬ってしまえ!」
そのつかの間の沈黙をもどかしく思った町長が、明らかにイラついた声で叫んだ。
その声に答える事無く騎士崩れの男は静かに剣を鞘に納めた。
「何、勝手に剣をしまってるんだ!
こっち高い金出して雇ってるんだ。
勝手に止めるな!」
騎士崩れの男がメイド姿の女だけでなく、商人の若い男……少なくとも町長は彼が『帝の剣』である事など知る由もなかった……さえも見逃そうとしていると思いまた声を荒げた。
「黙れ!」
そんな町長を騎士崩れの男の声が一喝した。その声は大広間に凛として響き、その場の空気を一瞬で凍り付かせた。
騎士崩れの男は、ゆっくりと腰を落とし、開いた右手を剣の握りの上でピタリと止めた。
若き帝の騎士は、その男の仕草で分かった。
この男は自分の正体に気がついている。いや正確には『帝の剣』とまでは分からぬまでも相手が只者ではない事は察している。
若き帝の騎士は思った。
確かに自分は、『帝の剣』の中では実戦方ではなく事務方である。それでも一般的な騎士相手なら互角以上に戦える。かなりの手練れ相手でも勝てないまでも生きて逃げ切る事が出来る自信はあった。
それでもだ。
今、そこに居る生地崩れの男から発せられる気は普通じゃない。
しかも今、この男、剣を鞘に納めているが町長が言うようにこちらを斬るのを諦めたわけではない。いや、むしろ逆だ。この男は、その全力を持って今自分を確実に一撃で仕留めようと思っている。
この男の構え、これは伝説の抜刀術だ。
鞘に剣を収めた状態から、その全身全霊を込めた電光石火の速さで剣を抜き一撃で相手を斬って捨てる。
そして今や半ば伝説化しているこの抜刀術。
しかし、この若い帝の騎士は実際に何度か見た事があるのだ。
だからあの剣だったのか。
帝の騎士は、この時、この騎士崩れの腰に下げる剣が異様に細身である事に気がついた。そして、同時に、この形状の剣には見覚えのあるはずの自分が、この事を見落としていた事に激しく後悔した。
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