漆黒の万能メイド

化野 雫

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第27話

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「お前……『魔剣士』か?」

 全身の力を込めて黒髪のメイドを弾き飛ばそうとしているのに、その細い腕が握る短剣は、いやその華奢な体全体すら、鋼鉄で出来ている様に微動だにしなかった。そんな、黒髪のメイドに剣士は思わずそう問いかけた。


 『魔剣士』。

 それは、本来絶対にあり得ない『剣士』と『魔法使いヴィザード』の両方の才能を持って生まれた稀有な存在。王国広し、いや世界広しと言えど、その数は数えるほどしか存在しないと言われている。しかもそのほとんどが、王家と言う特殊な血筋にのみ現れ、こんなメイドをしている様な血筋の者に現れるなど聞いたことが無かった。

 いや、もっと言うなら、『魔騎士』は身体を使った剣術と魔法の両方の才能を持って生まれるが、そのどちらかに力の偏りがある。並外れた『魔法使いヴィザード』としての才能をもつなら、『剣士』としての才能は騎士+α程度のなのだ。またその逆もしかり。

 この黒髪のメイドの様に、『幻影の檻』などと言う桁違いに高度な魔法を使いながら、あの一撃をあの反応速度と動きでものの見事に受け止める腕を持つ事など絶対にあり得ない。


 その問い掛けに黒髪のメイドは剣士を見上げ微笑んで見せた。そのこの場に不似合いな侍女としてあまりに自然過ぎる表情に剣士の力が一瞬抜けた。

 黒髪のメイドは、その瞬間、まるで床の上をすべる様にすぅっと数歩後ろに下がった。そして、その黒いワンピースを両手で掴んでドレープを美しく優雅に広げると、やや膝を折って頭を下げながら静かに答えた。

「いえ、私はただの『メイド』でございます、剣士様」

 そして、ゆっくりと頭を上げると、今度は先ほどとは似ても似つかぬ、老獪な剣士の様な不敵な笑みをその口元に浮かべた。

「ふっ……白々しい事を。
 どうせその仮面も本来は傷を隠す為の物ではなく、
 自身の正体を隠す為だろう」

 剣士は剣を構えたまま、微かな笑みを口元に浮かべてそう言った。

「いえいえ、何をおっしゃいますか。
 醜き傷故、主や周りの方々を不快にせぬ為だけでございますよ」

 黒髪のメイドはそう言ってまたメイド然とした微笑みを浮かべた。

「先ほどまでは意識的に隠していたのだろうが、
 今は分かってしまうのだよ、私程の者になると。
 お前が並みの腕でないことぐらいはな。
 その纏っている気配が並々ならぬ物であることぐらいはな」

 そう言って剣士は構えていた剣を腰の鞘にゆっくりと戻した。そして、目を閉じ、大きく息を吸い、そしてまた大きくゆっくりと息を吐き出した。再び、腰を落とし身構えた。

 再び腰を落とし身構えると、目を開き、キッと黒髪のメイドを見詰めながら続けた。

「面白い、面白いぞ、女。
 久々に俺が本気になれる相手に出会えた。
 お前の腕がどれ程の物か、
 『剣聖』とまで呼ばれた、
 この『カゲトキ=シン=ブラッドフォード』が確かめてやる」

 剣士がそう言い終わるやいなや、大広間に笑い声が響いた。

「はははははっ! 聞いたか、ハロルド。
 『剣聖』だと。
 この男、今、自身を『剣聖』と言いおったぞ」

 それは間違いなく黒髪のメイドが発した言葉だった。

 しかし、その声は明らかに今までの声とは違っていた。いや、声そのものは同じだ。しかし雰囲気がまったく違っていた。そしてそれは声だけではなくその纏う雰囲気すらまったく別人の様に変わっていたのだ。

 そこで高笑いした女は姿こそ確かにメイドであった。しかし、今までのへりくだった控えめな使用人の雰囲気とは違い、それは、まるで女王、いや女帝を思わせるほど高圧的で上から見下す様な物だった。

「あぁ~あ、言っちゃったよ、あの人。
 よりにもよって『あの人』の前で『剣聖』を名乗るとは……」

 自身が主なのに、まるで下僕に言うように声を掛けられた商人を装っていた若き帝の騎士はそう言って気の毒そうな目で剣士を見た。

「その『剣聖』の名、
 本物かどうか、この私が見極めてやる」

 黒髪のメイドはそう言うと手に持った短剣を投げ捨てた。


 そして黒髪のメイドは、床にへたり込んだままの若き帝の騎士をちらりと見て続けた。

「いいか、ハロルド。
 お前は絶対に余分な事はするな。
 私の楽しみを少しでも邪魔すれば、
 相手がお前だろうと容赦なく斬る」

「はいはい、分かってますよ……。
 僕は絶対に手出ししませんからご自由にどうぞ」

 若き帝の騎士は笑いながら呆れ顔でそう言った。
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