漆黒の万能メイド

化野 雫

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第33話

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 剣士は覚悟を決めるかの様に静に目を閉じると静かに答えた。

「分かった……」

 剣士はそう答えると、止血したとは言えずきずきと痛む腕を押さえながら姿勢を正した。そして、その場に片膝を付いて深々と頭を下げた。

 すると戦乙女はその剣士に数歩近づき、腰に吊るした細身の剣を鞘から引き抜くとその怪しく輝く白銀の刃を剣士の右肩そっと当てた。

「汝、我に絶対の忠誠を誓え!
 そして我が言葉を心に刻め!
 そなたの命、今この時より永久とわに我が物なり。
 我が言葉は絶対なり。
 我が名は『アメリア=ダレア=クレサリス』。
 汝のこの世で唯一無二の主なり」

「我『カゲトキ=シン=ブラッドフォードは、
 『アメリア=ダレア=クレサリス』陛下を、
 未来永劫、唯一無二の主するものなり。
 今より、我が命、我が物にあらず。
 ただひとえに、殿下の為だけの物なり。
 これ、我が命を掛けて陛下に誓います」

「汝の誓い、我、今ここに受け取ったり。
 今より汝に『帝国騎士団<シャドーサイド>』の特権全てを与える。
 汝が行う全ての事、殺戮までも、我が意思の元なれば、
 何人たりとてそれを咎めることあたわず。
 汝を縛る物は、ただ一つ、我の言葉のみ」

 そう高らかに宣言した戦乙女は剣士の右肩に乗せた白銀の刃を、左肩も軽く触れさせた後、腰に吊るされた鞘にゆっくりとそして優雅な仕草で戻した。


「……と言う訳で、
 万年人手不足の我が『シャドウサイド』に新人騎士の誕生だ。
 よろこべ、ハロルド!
 そして、ややっこしい手続きの方はよろしく頼んだぞ」

 剣を鞘に戻した戦乙女さも嬉しそうな笑顔で若き帝の騎士に向き直って言った。その声は先ほどまでの威厳に満ち溢れた他を圧倒する様な物ではなく、しごく穏やかかつ、俗物的な感じになっていた。

「はいはい、了解しました、姫」

 若き帝の騎士はやや呆れ顔で苦笑しながらそう答えた。

 その時だった。

 今まで膝を付き頭を下げていた剣士が崩れる様にして床に突っ伏した。

「すみません、陛下……しかし……」

 剣士はともすればそのまま消え行ってしまいそうな意識を奮い立たせて、戦乙女を見上げ小さくそう呟いた。

「よいよい、分かってるよ。
 あれだけの傷だ。
 止血したとはいえ今まで意識を保っていただけでも見上げたものだ」

 そう言って戦乙女は微笑むと、倒れ込んだ騎士の横に膝を付き、静のその右手を剣士の腕の傷口辺りにかざした。

 すると戦乙女のかざした右手がまるで蛍の様に淡い光を帯びた。

「まあ、こんなもんだろう」

 しばらく光る右手をかざしていた戦乙女がそう言うと、手の光がすぅっと消えた。

「こ、これは……」

 思わず剣士は声を上げた。

 そう、剣士は感じていたのだ。

 戦乙女がその光を帯びた手をかざした途端、ずきずきと心臓の脈動と共に来る痛みが徐々に消えてゆくのを感じた。同時に、手をかざされた辺りがほんのりと暖かくなったのだ。そして戦乙女がの手の光が消えた時には、その痛みさえも光と共にすっかり消えていたのだ。

「ありゃ……良いですか、姫。
 その力使っちゃって。
 禁じ手にしてたんじゃないんですか」

 その一部始終を見ていた若き帝の騎士が笑った。

「良いのだ、こいつはもう私の物だからな」

 戦女神はそう答えた。

 その声に、剣士は慌てて戦女神に斬られた傷口を見た。

「こ、これは!」

 するとぱっくり皮膚が筋肉ごとぱっくり割れて骨までちらりと見えていた傷口がすっかりふさがっていた。ただそこには赤黒く大きな皮膚の傷跡があるだけだった。しかもその傷跡はつい最近の物と言う感じはなく、歴戦の勇士が持つ戦場で負った古傷と言う感じだった。

「綺麗さっぱり元通りにしてしまう事も出来たが、
 あえて傷跡を残しておいた。
 私と立ち合いをし生き残れた証だ。
 幾千の勲章より価値がある。
 ありがたく受け取れ」

 驚きの表情を浮かべている剣士を見て戦乙女はさも愉快げに声を上げて笑った。

「ちなみにカゲトキさん。
 その姫君はかなりの暴君ですよ。
 外見は伝説と違ってお美しいですが、
 その性格の方は伝説の『狂王女バーサーカープリンセス』そのまま、
 いや、事によるとそれ以上ですからね。
 あなたも大変な人に見染められたもんですよ」

 若き帝の騎士は、まだ全てが理解しきれていない様子の剣士を見てくすりと笑った。
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