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第34話
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「ところでカゲトキさん。
もうあなたはあの変態町長の部下ではなくなったのですよね」
メイド姿の女が、自身の処遇も良い方向で決まり怪我の痛みから解放されて安堵の表情を浮かべている剣士に恐る恐る尋ねた。
先ほどからのいきさつの一部始終をメイド姿の女は見ていた。それでも今まで主を人質に取り、女としては死ぬより辛い辱めを自身に与え続けていた町長の用心棒だった男である。女にとっては今でも完全にはまだ信用しきれてない様だった。
「ああそうだ、メイドさん。
もっともその前だってあの男とは金で雇われてただけだ。
今の姫君と結んだ関係とは全く違うよ」
それでも町長の用心棒をしていた事にはどこか後ろめたい気持ちが剣士にはあったのだろう。少し自虐的な笑みを浮かべてそう答えた。
「では教えてください。
私の主はどこに囚われているのですか?」
するとメイド姿の女は真剣な、そしてすがる様な瞳で剣士に尋ねた。
「君の主は北の塔に居た……」
そう剣士が口にした途端、メイド姿の女は大広間の出口に向かって走り出していた。
「まずい、あやつを止めろ、ハロルド、カゲトキ!」
それを見て戦乙女が思わず叫んだ。主の命に二人はすぐさま従った。
メイド姿の女の足は、今まで徹底的、あの変態町長から責め苛まれ続けていた女とは思えぬほどしっかりしていた。若き帝の騎士と剣士が駆け出した時にはすでに大広間の出口の扉までたどり着きそうな勢いだった。それでも、さすが戦女神、いや『剣聖アメリア姫』に認められた男だけはあった。剣士はメイド姿の女がその扉を開く前に追いつき、その身柄を押さえていた。
「放して! 何故止めるの!
一刻も早く主様に会せて!」
それでもメイド姿の女は剣士に抱きすくめられながらも、そこから逃れようと声を上げて酷くもがいた。その姿は、メイドが主の安否を心配すると言うより、離れ離れにされた恋人に会おうとする恋する一人の女だった。
「落ち着け、行ったところで会えない」
剣士は暴れるメイド姿の女を落ち着けさせようとその目を見てそうきっぱりと言った。
「それはどう言う事?」
暴れていたメイド姿の女がぴたりと暴れるのを止めて、剣士の目をじっと見てそう尋ねた。そう尋ねながら、彼女には剣士の言葉からその答えがすでに前から分かっているかのようだった。ただ、それでもメイド姿の女はその事を認めたくなかったのかもしれない。その気持ちがその問いになって現れたのだ。
「君だって薄々分かっていたのだろう。
相手はあの町長だ、彼はもう……」
「馬鹿者! 今はまだ、それを言ってはならぬ!」
気の毒そうな表情を浮かべてそう小さく呟いた剣士に向かって、戦乙女が思わず声を上げた。
その瞬間だった。
メイド姿の女の形相が一転した。
今までは、いかに生粋のメイドと言う感じの控えめで表情も抑え気味だったものが、剣士の言葉で別人の様に変わったのだ。
それはまるで『鬼女』と言うべきものだった。
目は血走り異様な眼光を放ち、長い金髪を振り乱し、天を仰ぎまるで獣の様な叫びを上げた。いや、しれは咆哮と言う方がしっくり行く物だった。雪の様に白かった顔は赤黒く染まり、その目じりや頬にはまるで刺青の様な赤い文様が浮かんだ。さらには、大きく開かれた口から丸見えになった歯には獣の様な牙さえ見えた。
ひとしきり叫びを上げたメイド姿の女は、その殺意に血走る目をいまだ呆けている町長にぎょろりと向けた。
「己……よくも我が主を……。
許さない……絶対に許すものか……この外道が!」
メイド姿の女、いや、今は完全に鬼女と化したその女の声は、今までの澄んだ小川のせせらぎの様な声とは全く違う、低く響く猛獣の唸り声の様だった。
町長を睨みつけそう声を上げたメイド姿の鬼女の体が一瞬、跳ねた様に見えた。
剣士も若き帝の騎士も、鬼女の意図を察し、それを阻止しようとすぐに動いていた。しかし、鬼女の動きは彼らの想像以上だった。衰弱して立っているのもやっとだったとは思えぬそれは、まるで獣の如き俊敏さだった。若き帝の騎士はともかく、あの剣士の反応速度をも上回る速さで鬼女は町長へと迫った。
「間に合わない!」
当の騎士も、一歩遅れる若き帝の騎士も最悪の事態を覚悟した。
鬼女は鋭く伸びた四本の牙を呆ける町長の首筋に突き立て切り裂こうと様を大きく口を開けて飛び掛かっていた。
もうあなたはあの変態町長の部下ではなくなったのですよね」
メイド姿の女が、自身の処遇も良い方向で決まり怪我の痛みから解放されて安堵の表情を浮かべている剣士に恐る恐る尋ねた。
先ほどからのいきさつの一部始終をメイド姿の女は見ていた。それでも今まで主を人質に取り、女としては死ぬより辛い辱めを自身に与え続けていた町長の用心棒だった男である。女にとっては今でも完全にはまだ信用しきれてない様だった。
「ああそうだ、メイドさん。
もっともその前だってあの男とは金で雇われてただけだ。
今の姫君と結んだ関係とは全く違うよ」
それでも町長の用心棒をしていた事にはどこか後ろめたい気持ちが剣士にはあったのだろう。少し自虐的な笑みを浮かべてそう答えた。
「では教えてください。
私の主はどこに囚われているのですか?」
するとメイド姿の女は真剣な、そしてすがる様な瞳で剣士に尋ねた。
「君の主は北の塔に居た……」
そう剣士が口にした途端、メイド姿の女は大広間の出口に向かって走り出していた。
「まずい、あやつを止めろ、ハロルド、カゲトキ!」
それを見て戦乙女が思わず叫んだ。主の命に二人はすぐさま従った。
メイド姿の女の足は、今まで徹底的、あの変態町長から責め苛まれ続けていた女とは思えぬほどしっかりしていた。若き帝の騎士と剣士が駆け出した時にはすでに大広間の出口の扉までたどり着きそうな勢いだった。それでも、さすが戦女神、いや『剣聖アメリア姫』に認められた男だけはあった。剣士はメイド姿の女がその扉を開く前に追いつき、その身柄を押さえていた。
「放して! 何故止めるの!
一刻も早く主様に会せて!」
それでもメイド姿の女は剣士に抱きすくめられながらも、そこから逃れようと声を上げて酷くもがいた。その姿は、メイドが主の安否を心配すると言うより、離れ離れにされた恋人に会おうとする恋する一人の女だった。
「落ち着け、行ったところで会えない」
剣士は暴れるメイド姿の女を落ち着けさせようとその目を見てそうきっぱりと言った。
「それはどう言う事?」
暴れていたメイド姿の女がぴたりと暴れるのを止めて、剣士の目をじっと見てそう尋ねた。そう尋ねながら、彼女には剣士の言葉からその答えがすでに前から分かっているかのようだった。ただ、それでもメイド姿の女はその事を認めたくなかったのかもしれない。その気持ちがその問いになって現れたのだ。
「君だって薄々分かっていたのだろう。
相手はあの町長だ、彼はもう……」
「馬鹿者! 今はまだ、それを言ってはならぬ!」
気の毒そうな表情を浮かべてそう小さく呟いた剣士に向かって、戦乙女が思わず声を上げた。
その瞬間だった。
メイド姿の女の形相が一転した。
今までは、いかに生粋のメイドと言う感じの控えめで表情も抑え気味だったものが、剣士の言葉で別人の様に変わったのだ。
それはまるで『鬼女』と言うべきものだった。
目は血走り異様な眼光を放ち、長い金髪を振り乱し、天を仰ぎまるで獣の様な叫びを上げた。いや、しれは咆哮と言う方がしっくり行く物だった。雪の様に白かった顔は赤黒く染まり、その目じりや頬にはまるで刺青の様な赤い文様が浮かんだ。さらには、大きく開かれた口から丸見えになった歯には獣の様な牙さえ見えた。
ひとしきり叫びを上げたメイド姿の女は、その殺意に血走る目をいまだ呆けている町長にぎょろりと向けた。
「己……よくも我が主を……。
許さない……絶対に許すものか……この外道が!」
メイド姿の女、いや、今は完全に鬼女と化したその女の声は、今までの澄んだ小川のせせらぎの様な声とは全く違う、低く響く猛獣の唸り声の様だった。
町長を睨みつけそう声を上げたメイド姿の鬼女の体が一瞬、跳ねた様に見えた。
剣士も若き帝の騎士も、鬼女の意図を察し、それを阻止しようとすぐに動いていた。しかし、鬼女の動きは彼らの想像以上だった。衰弱して立っているのもやっとだったとは思えぬそれは、まるで獣の如き俊敏さだった。若き帝の騎士はともかく、あの剣士の反応速度をも上回る速さで鬼女は町長へと迫った。
「間に合わない!」
当の騎士も、一歩遅れる若き帝の騎士も最悪の事態を覚悟した。
鬼女は鋭く伸びた四本の牙を呆ける町長の首筋に突き立て切り裂こうと様を大きく口を開けて飛び掛かっていた。
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