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第35話
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しかし、いましも鬼女の鋭い牙が呆けて天を仰ぐ町長の無防備な喉笛に突き刺さろうとする一歩手前、鬼女の動きがピタリと止まった。
「許せ、そいつを今ここで殺させるわけにはゆかぬのだ」
そう声がした。
鬼女が町長の喉笛に食らいつく一歩手前で、戦乙女がその間に割って入っていた。
「くううううっ……」
戦乙女は腰に吊るした剣の柄で鬼女のみぞおち辺りを突いていた。自身の突進する速度も加わり、戦乙女の差し出した柄の先は深々と鬼女のみぞおちに入っていた。
鬼女は、自身の胸元に低く入り込んだ戦乙女をじろりと見た後、口から泡と胃液をこぼしながらその場に崩れ落ちた。
「まったく、何て反応速度だ。
動き出しは俺より遅かったはずなのに……」
それを見た剣士が呆れ顔でそう呟いた。
「分かってはいたけど、一瞬、肝を冷やしましたよ、姫」
騎士の少し後ろに居た若き帝の騎士はそう言って苦笑いを浮かべた。
「私もまさか、この女がここまで速い動きをするとは思わなかった。
実際、紙一重だったよ」
床に崩れ落ちる前に鬼女の体を抱きとめた戦乙女がそう言って笑った。
先ほどまでは完全に鬼女の姿だった女は、意識を失うと何事もなかったかの様に、また元のあの美しいメイド姿の女に戻っていた。
「姫、このメイドさんは?」
一度は鬼女と化したメイド姿の女が元に戻り、しかも気を失ったのを見て、帝の騎士はゆっくりとそこに歩み寄って来た。そして戦乙女に抱かれる女を見て言った。
「このメイド、食人鬼だったんですね……姫君」
その横で同じ様にメイド姿の女を見下ろしながら剣士が小声で戦乙女に尋ねた。
「ああ、その通りさ、さすがカゲトキだな。
まったく馬鹿な奴だよ、あの町長は。
命知らずも程がある。
こやつを主がまだ生きているかのように騙して散々弄んでいたとはな。
それがバレた時にはどんな地獄がこいつを待っていたか……」
戦乙女は、剣士の問い掛けに、いまだ天を見詰め呆けている町長を、蔑む様な、憐れむ様な複雑な表情を浮かべてちらりと見ながら答えた。
「でも、食人鬼の女がなんで人間を主として従ってたんですか?
ひょっとしてこの人の主も姫並みにスーパーな方だったとか?
それともあまりに美味しそうだったので楽しみにとっておいたとか。
それにしては妙に主に想い入れが強そうだったけど。
どっちかと言うとし主従と言うより男女のって感じに見えましたが」
若き帝の騎士が納得のゆかぬ顔で尋ねた。
『それを言うならお前たちもだろ?』
その言葉を聞いてそんな声が思わず口から出そうになったのを剣士はぐっと抑えた。
「こやつの主は人間だ。しかもごく普通の商人だよ。
しかし、ハロルド、お前の言う通り、こやつはその主を愛していた。
それも主としてでなく、一人の男としてな」
「食人鬼の女と人間の男が恋愛関係?
時折、食人鬼の男が人間の女に対して、
食欲を満たす前に性欲を満たすって事はあるらしいですが、
それはあくまで一時的な事で性欲が満足出来れば即食欲だったはず」
戦乙女の答えに、一層、困惑の表情を深めて若き帝の騎士が言った。
「この世に絶対はなんて事はないさ。
むしろ例外って奴の方が多い位だよ。
実際、こやつの主への想いは本物だったよ。
よく覚えておくが良い、ハロルド」
「姫がそう言うのならそれで間違いないんでしょう。
かわいそうに愛する者の為に生き地獄を耐えて来たのに……」
戦乙女はそう言って寂し気に笑った。
若き帝の騎士も気を失っているメイド姿の女を悲し気な瞳で見ながらそう呟いた。
「いや、あの主と美しい想い出だけで終われた事は、
この女にとって幸せな事かもしれんよ」
二人のやり取りを黙って聞いていた剣士が小さく独り言のように呟いた。
「あんた、なんて事言うだ!
いくら相手が食人鬼だからってそんな言い方はないだろう!」
その呟きを聞き逃さなかった若き帝の騎士が思わず剣士の胸倉を掴んでそう声を荒げた。しかし剣士は、少し苦し気な表情で若き帝の騎士から顔を背けただけで、何も言わず、そして抵抗も反撃もしなかった。
「止めよ、ハロルド。
人には色々事情があるのだ」
戦乙女は静かな口調で、しかし有無を言わせぬ重みを持った声でその若き帝の騎士をそう言って制した。
「姫がそう言われるのなら……」
それでも納得がゆかぬのか、若き帝の騎士は剣士をじろりと睨んでその手を離した。
「許せ、そいつを今ここで殺させるわけにはゆかぬのだ」
そう声がした。
鬼女が町長の喉笛に食らいつく一歩手前で、戦乙女がその間に割って入っていた。
「くううううっ……」
戦乙女は腰に吊るした剣の柄で鬼女のみぞおち辺りを突いていた。自身の突進する速度も加わり、戦乙女の差し出した柄の先は深々と鬼女のみぞおちに入っていた。
鬼女は、自身の胸元に低く入り込んだ戦乙女をじろりと見た後、口から泡と胃液をこぼしながらその場に崩れ落ちた。
「まったく、何て反応速度だ。
動き出しは俺より遅かったはずなのに……」
それを見た剣士が呆れ顔でそう呟いた。
「分かってはいたけど、一瞬、肝を冷やしましたよ、姫」
騎士の少し後ろに居た若き帝の騎士はそう言って苦笑いを浮かべた。
「私もまさか、この女がここまで速い動きをするとは思わなかった。
実際、紙一重だったよ」
床に崩れ落ちる前に鬼女の体を抱きとめた戦乙女がそう言って笑った。
先ほどまでは完全に鬼女の姿だった女は、意識を失うと何事もなかったかの様に、また元のあの美しいメイド姿の女に戻っていた。
「姫、このメイドさんは?」
一度は鬼女と化したメイド姿の女が元に戻り、しかも気を失ったのを見て、帝の騎士はゆっくりとそこに歩み寄って来た。そして戦乙女に抱かれる女を見て言った。
「このメイド、食人鬼だったんですね……姫君」
その横で同じ様にメイド姿の女を見下ろしながら剣士が小声で戦乙女に尋ねた。
「ああ、その通りさ、さすがカゲトキだな。
まったく馬鹿な奴だよ、あの町長は。
命知らずも程がある。
こやつを主がまだ生きているかのように騙して散々弄んでいたとはな。
それがバレた時にはどんな地獄がこいつを待っていたか……」
戦乙女は、剣士の問い掛けに、いまだ天を見詰め呆けている町長を、蔑む様な、憐れむ様な複雑な表情を浮かべてちらりと見ながら答えた。
「でも、食人鬼の女がなんで人間を主として従ってたんですか?
ひょっとしてこの人の主も姫並みにスーパーな方だったとか?
それともあまりに美味しそうだったので楽しみにとっておいたとか。
それにしては妙に主に想い入れが強そうだったけど。
どっちかと言うとし主従と言うより男女のって感じに見えましたが」
若き帝の騎士が納得のゆかぬ顔で尋ねた。
『それを言うならお前たちもだろ?』
その言葉を聞いてそんな声が思わず口から出そうになったのを剣士はぐっと抑えた。
「こやつの主は人間だ。しかもごく普通の商人だよ。
しかし、ハロルド、お前の言う通り、こやつはその主を愛していた。
それも主としてでなく、一人の男としてな」
「食人鬼の女と人間の男が恋愛関係?
時折、食人鬼の男が人間の女に対して、
食欲を満たす前に性欲を満たすって事はあるらしいですが、
それはあくまで一時的な事で性欲が満足出来れば即食欲だったはず」
戦乙女の答えに、一層、困惑の表情を深めて若き帝の騎士が言った。
「この世に絶対はなんて事はないさ。
むしろ例外って奴の方が多い位だよ。
実際、こやつの主への想いは本物だったよ。
よく覚えておくが良い、ハロルド」
「姫がそう言うのならそれで間違いないんでしょう。
かわいそうに愛する者の為に生き地獄を耐えて来たのに……」
戦乙女はそう言って寂し気に笑った。
若き帝の騎士も気を失っているメイド姿の女を悲し気な瞳で見ながらそう呟いた。
「いや、あの主と美しい想い出だけで終われた事は、
この女にとって幸せな事かもしれんよ」
二人のやり取りを黙って聞いていた剣士が小さく独り言のように呟いた。
「あんた、なんて事言うだ!
いくら相手が食人鬼だからってそんな言い方はないだろう!」
その呟きを聞き逃さなかった若き帝の騎士が思わず剣士の胸倉を掴んでそう声を荒げた。しかし剣士は、少し苦し気な表情で若き帝の騎士から顔を背けただけで、何も言わず、そして抵抗も反撃もしなかった。
「止めよ、ハロルド。
人には色々事情があるのだ」
戦乙女は静かな口調で、しかし有無を言わせぬ重みを持った声でその若き帝の騎士をそう言って制した。
「姫がそう言われるのなら……」
それでも納得がゆかぬのか、若き帝の騎士は剣士をじろりと睨んでその手を離した。
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