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第38話
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黒髪のメイド、それに少しだけ遅れて剣士、若い商人が螺旋階段から屋上へ飛び出した。
そこに食人鬼のメイドは居た。
ただ、彼女は一段高くなっている屋上の縁上に立っていた。
ここは城塞の最上階。その縁の先は外敵が上って来れない様に切り立った壁になっていた。そして、そのはるか下には水をたたえた堀があった。下は水とは言え、この高さである。叩きつけられれば石畳と変わらない。まず無事では済まされないだろう。いや、普通なら確実に死が訪れる。そう言う事を考慮してこの城塞は造られているのだ。
「シャロンさん、どうしたんです。
見晴らしは良いですがそんな場所危ないですよ」
若い商人は笑みを浮かべ、極力、いつも通りの様子で一歩近づき食人鬼《グール》のメイドに話しかけた。
「良いか、ハロルド。
あやつはここに来る前にお前にそう言った。
それは止めて欲しいと言う気持ちが無意識の内に働いたのだ。
くれぐれもしくじるなよ」
黒髪のメイドが若い商人の後ろから小声で声を掛けた。
「カゲトキ、いつでも動けるようにしておけ。
もちろん私も、もしもの時に備えておく」
そして隣で、じっと食人鬼のメイドを見詰める剣士にもそう囁いた。
「委細承知です、姫君」
そう答えると剣士はぐっと全身に力を込めた。もちろん黒髪のメイドも同じで、二人の足は床を踏みぬかんばかりに力が入っていた。ただ、若い商人だけは、全身の力を抜き、いつもの様にひょうひょうとした感じでゆっくりと食人鬼のメイドに近づいていた。
「それ以上近づかないでハロルドさん!
それにカゲトキさんも姫様も動かないで。
ちょっとでも動く気配を感じたらすぐに飛び降ります」
若い商人の声に、振り返った食人鬼のメイドはそう言って声を上げた。振り返った食人鬼のメイドの目からは涙が溢れていた。
「どうしたんですか?
もし良かったら僕に話してみませんか?
きっと話せば気持ちがおちつきますよ」
その言葉に足を止めながらも、口元にやさしい笑みを浮かべたまま若い商人は極力、相手を刺激しない様に言葉を選びつつ答えた。
「姫様はともかく、男のあなたたちには分からないでしょうね。
食人鬼だって、女には変わりありません。
いえ、私はあの方と出会ってからは『人間の女』として生きてきました。
私はもう一度殺されてる様なものなのです。
体は五体満足ですけど、心はあの時から死んでるんです。
その上、大切な……大切なあの人も、もうこの世にはいない。
『よく頑張ったね』ってこんな汚された私でも、
褒めてくれる人はもう居ないんです。
そして、私の大切なあの方を殺した憎いあの下郎に、
この手で復讐する事も叶わなかった」
食人鬼のメイドは商人を振り返ったままそう叫んだ。
そして、最後の言葉を口にした瞬間、その金色の髪がざわざわと逆立ち、その顔色が赤黒く変わりはじめた。
「まずい……」
黒髪のメイドがそう呟いた。
「姫様!」
剣士も思わず声を上げた。
二人はぐっと腰を落とし今すぐにでも飛び出せる姿勢を取った。
しかし、食人鬼のメイドは、自身を落ち着ける様に一度空を見上げ大きくそしてゆっくりと深呼吸をした。すると変化しかかっていたその姿がすうっと元の人間の姿に戻って行った。
それを見て黒髪のメイドと剣士は少しだけ緊張を解いた。
「私がこの心の痛みに耐えてこれから生きて行く必要なんてどこにもないんです」
人間の姿に戻った食人鬼のメイドは再び若い商人を振り返り、悲し気な表情でそう囁く様に言った。
「あなたの気持ちが分かるなんて男の僕は言わない。
でも、僕には、あなたの大切な人の気持ちなら分かる。
その人は、あなたがここで自ら命を絶つ事など望んじゃいない。
その人はきっと最後の最後まであなたの無事を願っていたはずだよ」
若い商人はその口元に笑みを絶やさないままそう食人鬼のメイドに話しかけた。
「『帝の騎士』みたいな恵まれた立場のあなたに、
私たちの何が分かると言うのです!
姫様やあなた達には迷惑を掛けません。
だから、お願い、このまま死なせて!」
食人鬼のメイドはその目から涙を流しながらそう哀願するかのように叫んだ。
「待て、そいつも……」
その言葉を聞いた黒髪のメイドが何かを言いかけた。しかし、若い商人は食人鬼のメイドを見詰めたまま後ろ手でその言葉を制した。
そこに食人鬼のメイドは居た。
ただ、彼女は一段高くなっている屋上の縁上に立っていた。
ここは城塞の最上階。その縁の先は外敵が上って来れない様に切り立った壁になっていた。そして、そのはるか下には水をたたえた堀があった。下は水とは言え、この高さである。叩きつけられれば石畳と変わらない。まず無事では済まされないだろう。いや、普通なら確実に死が訪れる。そう言う事を考慮してこの城塞は造られているのだ。
「シャロンさん、どうしたんです。
見晴らしは良いですがそんな場所危ないですよ」
若い商人は笑みを浮かべ、極力、いつも通りの様子で一歩近づき食人鬼《グール》のメイドに話しかけた。
「良いか、ハロルド。
あやつはここに来る前にお前にそう言った。
それは止めて欲しいと言う気持ちが無意識の内に働いたのだ。
くれぐれもしくじるなよ」
黒髪のメイドが若い商人の後ろから小声で声を掛けた。
「カゲトキ、いつでも動けるようにしておけ。
もちろん私も、もしもの時に備えておく」
そして隣で、じっと食人鬼のメイドを見詰める剣士にもそう囁いた。
「委細承知です、姫君」
そう答えると剣士はぐっと全身に力を込めた。もちろん黒髪のメイドも同じで、二人の足は床を踏みぬかんばかりに力が入っていた。ただ、若い商人だけは、全身の力を抜き、いつもの様にひょうひょうとした感じでゆっくりと食人鬼のメイドに近づいていた。
「それ以上近づかないでハロルドさん!
それにカゲトキさんも姫様も動かないで。
ちょっとでも動く気配を感じたらすぐに飛び降ります」
若い商人の声に、振り返った食人鬼のメイドはそう言って声を上げた。振り返った食人鬼のメイドの目からは涙が溢れていた。
「どうしたんですか?
もし良かったら僕に話してみませんか?
きっと話せば気持ちがおちつきますよ」
その言葉に足を止めながらも、口元にやさしい笑みを浮かべたまま若い商人は極力、相手を刺激しない様に言葉を選びつつ答えた。
「姫様はともかく、男のあなたたちには分からないでしょうね。
食人鬼だって、女には変わりありません。
いえ、私はあの方と出会ってからは『人間の女』として生きてきました。
私はもう一度殺されてる様なものなのです。
体は五体満足ですけど、心はあの時から死んでるんです。
その上、大切な……大切なあの人も、もうこの世にはいない。
『よく頑張ったね』ってこんな汚された私でも、
褒めてくれる人はもう居ないんです。
そして、私の大切なあの方を殺した憎いあの下郎に、
この手で復讐する事も叶わなかった」
食人鬼のメイドは商人を振り返ったままそう叫んだ。
そして、最後の言葉を口にした瞬間、その金色の髪がざわざわと逆立ち、その顔色が赤黒く変わりはじめた。
「まずい……」
黒髪のメイドがそう呟いた。
「姫様!」
剣士も思わず声を上げた。
二人はぐっと腰を落とし今すぐにでも飛び出せる姿勢を取った。
しかし、食人鬼のメイドは、自身を落ち着ける様に一度空を見上げ大きくそしてゆっくりと深呼吸をした。すると変化しかかっていたその姿がすうっと元の人間の姿に戻って行った。
それを見て黒髪のメイドと剣士は少しだけ緊張を解いた。
「私がこの心の痛みに耐えてこれから生きて行く必要なんてどこにもないんです」
人間の姿に戻った食人鬼のメイドは再び若い商人を振り返り、悲し気な表情でそう囁く様に言った。
「あなたの気持ちが分かるなんて男の僕は言わない。
でも、僕には、あなたの大切な人の気持ちなら分かる。
その人は、あなたがここで自ら命を絶つ事など望んじゃいない。
その人はきっと最後の最後まであなたの無事を願っていたはずだよ」
若い商人はその口元に笑みを絶やさないままそう食人鬼のメイドに話しかけた。
「『帝の騎士』みたいな恵まれた立場のあなたに、
私たちの何が分かると言うのです!
姫様やあなた達には迷惑を掛けません。
だから、お願い、このまま死なせて!」
食人鬼のメイドはその目から涙を流しながらそう哀願するかのように叫んだ。
「待て、そいつも……」
その言葉を聞いた黒髪のメイドが何かを言いかけた。しかし、若い商人は食人鬼のメイドを見詰めたまま後ろ手でその言葉を制した。
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