漆黒の万能メイド

化野 雫

文字の大きさ
45 / 49

第42話

しおりを挟む
 若い商人は、いきなりの事ながら、何故かそうなる事が分かっていたかの様に剣士に向かて怒鳴った。

「あんた馬鹿か! こんな時に何やってんだ!」

 しかし、剣士はその声には答えず、食人鬼グールのメイドを自身もじっと見つめたまま真剣な表情で尋ねた。

「それで気が済んだか?」

「まったくあなたと言う方は……。
 あまりにも突然過ぎます。
 そう言う事はもう少しデリカシーを持ってしてください」

 若い商人は当然、食人鬼のメイドは返す手で剣士のもう片方の頬も殴ると思っていた。しかし、食人鬼のメイドは少しだけその表情を緩めそう囁くように剣士に言っただけだった。若い商人はそんな食人鬼のメイドを怪訝な表情で見ていた。

「姫、こいつを俺にくれ。
 あんたの騎士団にロハで入団したせめてもの見返りだ。
 安いもんだろう」

 剣士は食人鬼のメイドのメイドがどうやら本当に腹を立てているのではない事を確認して、黒髪のメイドを見て少し好色そうな笑いをその口元に浮かべて尋ねた。

「おい、あんた、冗談はいい加減にしろ!」

 剣士のあまりに無神経な言葉に思わず若い商人が声を荒げた。

 しかし、それを黒髪のメイドが手で制して言った。

「まあ、私は構わんが……」

 姿こそ、食人鬼のメイドと同じメイド姿ながら、その時の黒髪のメイドは、その仕草や言葉、さらには纏う雰囲気すらまさに『女王』いや『女帝』の風格だった。 

「そっちの食人鬼の女はどうなんだ?」

 黒髪のメイドが剣士の腕に抱かれたままの食人鬼のメイドに尋ねた。

 すると食人鬼のメイドは小さく頷くと小声ながらはっきりと答えた。

「騎士様、いえ、カゲトキ様がそうお望みなら私に異存はありません」

「ならば何も問題あるまい。
 今この時よりそなたは、
 私が認める公私両面にわたるカゲトキのパートナーだ。
 ただ、『ライトサイド』と違って、慢性人出不足の『シャドーサイド』。
 宮殿パレスに居る時はカゲトキ個人ではなく、
 『裏』全体のメイドとしても働いてもらうがな」

 黒髪のメイドは、女王の風格を纏ったままそう言った後、若い商人に向かって続けた。

「……と言う訳だ。お前も異存はないな」

「あなたがそうおっしゃるのなら……」

 若い商人はまだ完全には納得していない様子ながらそう答えた。

「それから女帝には、シャロンの事、お前から巧い事言っておいてくれ」

 それを聞いて黒髪のメイドはそう言うとさも愉快げに高笑いをした。

「そう言うめんどくさい事はすべて僕任せなんですからね、あなたは」

「しかたあるまい。
 私は実際にはすでに死人だ。
 本来の姿で女帝の前に出る訳にもゆくまい。
 かと言ってこの姿で『偉大なる女帝』様に意見する訳もゆくまいて」

 いつのまにか見た目の主従関係が逆転した雰囲気で若い商人がそう言って苦笑を浮かべると、黒髪のメイドはそう答えてにやりと笑った。


「本当にあなたはそれよろしいのですか、カゲトキ様。
 私は『人間ひと』ではありせん。
 食人鬼と言う『化け物』なのですよ」

 剣士の腕に抱かれたままの食人鬼のメイドが、剣士を見上げて少し不安げな表情でそう尋ねた。

「そこは、心配するな。
 『食人鬼』って奴には少しばかり縁がある」

「そうですか……」

 剣士は何故か食人鬼のメイドから目を逸らせてそう答えた。食人鬼のメイドもその雰囲気を察してその事にはそれ以上立ち入らなかった。それでも、相手が食人鬼と知りながら深いキスをしてきたこの剣士には、食人鬼と何らかの深い関係があるのではないかと食人鬼のメイドはその時思った。

「お前こそ良いのか?
 俺は前の主とは全く違うぞ。
 女に優しくもないし、下品でがさつな男だ」

「ふふふっ……それはあなたがわざとそうしてるだけですよね。
 本来のあなたはとても優しい方でしょ。
 それに剣士、いや帝の騎士としてもやってゆける程の人格者」

 剣士の問い掛けに、食人鬼のメイドはそう言ってくすりと笑った。

「買い被るな。
 そんな男があんな町長の用事棒などやらないだろう」

「では、そう言う事にしておきましょう。
 私はどちらであれ、あなたに公私共々仕えると決めたのですからね」

「こんな俺だ、かなり苦労する事は覚悟しておけよ」

「はい、カゲトキ様」

 そう言った食人鬼のメイドに、思わず剣士の方が頬を赤らめ目を逸らしてしまった。それでも剣士は食人鬼のメイドを恋人の様に抱いたままだったし、食人鬼のメイドも嫌がる素振りはまったくしなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...