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アリシア

アリシア17

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 糸が燃え尽き、モンスターが見える。
 外見は腕が一本無くなっている。それだけで変わらない。しかし、目の色だけが、赤々と怒りに燃えるように赤く変わっていた。
 その目を見た瞬間、一瞬にしてまた悪寒が走る。そして、改めて脳内に警報が鳴り響く。
 逃げろ……にげろ……ニ…ゲ……ロ。
 しかし、それは叶わない。そう思うのに時間は要らなかった。
 モンスターは先程まで弱っていたのが嘘のようなスピードでボク達へ近付き、火属性を放った男子生徒の腕を薙ぎ斬った。
 もう、そのスピードは目に追うのも難しい程だった。
 「ぎゃーーーーー!!!」
 男子生徒は腕を押さえ、うずくまる。そこに、魔物の鎌が振り下ろされ、四肢はバラバラにされた。
 とっさに女子生徒が回復魔法で四肢を繋げようとするが、それもあっという間に阻まれ、女子生徒も四肢を切られた。
 なぜ、首を落とさないかは分からない……いや、簡単な事かもしれない。動け無くなれば戦闘は出来ない。回復魔法は効力を発揮しないのだ。回復魔法は相手に触れていないといけないから……。それをボク達との戦闘中に理解したから?
 あっという間に二人が戦闘不能になる。二人の泣き叫ぶ声とモンスターの口をカチカチと言わせる音が嫌にルームに響き渡る。
 その状況に我慢出来ず、しびれを切らしたのか、友人の危機に奮起したのか、女子生徒が果敢にモンスターへ挑み掛かった。
 「少し待ってて!!コイツを片付けない限り、アナタ達を助けられない!!もう、弱点は分かっているのよ!くらいなさい!!!」
 女子生徒は殺虫魔法をモンスター目掛けて放つ。そして、それに呼応するように殺虫魔法を使える後一人の生徒も殺虫魔法を唱える。
 そうだ!ボクも怖じ気づいている場合ではない。クラスメートが危険な状態なのだ!
 ボクも殺虫魔法をモンスター目掛けて放つ。
 しかし、モンスターには当たらない。かすりもしない。
 そして、ボクの頭の中に嫌な考えがわいてくる。
 もしかして、モンスターはわざと糸を火属性魔法で焼き払わせたのではないか?という疑問だ。
 殺虫魔法は気体ではなく、液体なのだ。霧状に見えるが、ガスや水蒸気ではなく湯気に近い。属性的にも水属性魔法に分類されているし。
 モンスターや虫に毒になる有害な極小の水滴を纏わせ徐々に殺す。そんな魔法なのだ。
 小さな水滴は簡単に火属性魔法で蒸発する。蒸発した気体でダメージを負うだろうけど、毒でそれ以上、浸食される事はなくなる。そのダメージさえ乗り切れば生きられるのだ。
 そう考えると、ボク達は千載一遇のチャンスを逃したのかもしれない。あのまま、炎で焼き尽くさないければ、自然とモンスターは毒で倒せたのかもしれない。
 ギリ。奥歯を噛み締める音がする。
 もう、そう考えても意味がない。いや、生きて帰れれば意味は生まれる。侮るな。思考は嫌というくらいに張り巡らせろ。念には念を……。ここを生き延びれたら、もっと注意を払おう。
 そう思った瞬間、悲鳴が聞こえた。
 「いやーーーーー!」
 先生の声だ。
 ボク達が殺虫魔法を使っている間に隙を見て、負傷した二人を回復させようとしたのだろう。しかし、モンスターの攻撃を受け、二人と同じように四肢をバラバラにされていた。
 そして、先生がやられた事で戦況は崩壊する。
 心のより所だった先生がやられた。
 殺虫魔法が効く事で指揮系統はあまり必要なくなっていたとは言え、先生の存在とは大きな物だった。ボク達を鼓舞し、回復魔法をかけてくれていた。ボク達の中で一番、実戦経験も豊富で、ボク達よりも強い。仮に魔力量はボクの方が遙かに強くても、それを使う技量や知識、精神力はボクにはまだ備わっていない。
 殺虫魔法が当たらない今、あっという間に決着は着いた。
 ボク以外が、これ見よがしに四肢を切り離され、絶望を叫ぶ。
 そして、いよいよ、ボクの番。
 はっきり言って、動きを追えない。援護無しではどうにも出来ない。何度も唱える殺虫魔法は空を切り、ボクも簡単に四肢を切り落とされた。
 痛い。いや、それどころではない。
 この感覚、忘れようとも忘れられない。幼い日の出来事が鮮明に蘇る。 
 あれから、何年経っても、忘れられない。
 悪夢として見た事も数え切れない。
 父のあの時の顔が蘇る。
 「いやーーーーー!!いや!いや!!いやーーーーーーー!!!!」
 今までにない、ボクの絶叫が他の啜り泣く声の中、ルームに木霊する。
 怖い……怖い……怖い、怖い……怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……ボクは死ぬの?怖い……よ。
 もう、ガタガタガタガタガタガタと震えて歯を鳴らす音が止まない。
 痛い。という感覚は麻痺して恐怖だけがボクを支配する。
 一番怯えていたのはボクだろう。それを察知したのか、モンスターはボクの所へやって来た。そして、二本の腕……鎌でボクの両肩を刺し、持ち上げる。
 モンスターの口からは、カチカチと音が鳴り、涎が滝のように零れる。
 そして、それはボクの頭に容赦なく垂れてきた。
 ……ああ。そうか。
 ボクは理解した。モンスターがボク達を四肢を切り落として生かしていたのか……。
 一つは、回復魔法や攻撃手段、移動手段を奪いたかったのだろう。でも、一番大事な事は、ボク達を生きたまま頭から食べたい。そんな欲求だったのだ。手足を切り落としてしまえば、逃げられる事はないから……。
 ダンジョンのモンスターが人を喰うという事は、あまり聞いた事がないけれど、イレギュラーならそれも有るのかもしれない。
 カチカチという音は段々と近付いてくる。滝のように垂れる涎は、ボクの体をベチョベチョに濡らす。
 怖い……怖いよ……。
 ボク、こんな死に方したくなかったよ……。
 ごめんね。アルベダ。ボクもそっちに行くよ。
 ボクが諦め、死を覚悟した時、脳内にまたあの時の声が聞こえた。
 『黒は闇に万物を呑み込み 白は光に万物を打ち消す 生は混沌を生み 死は秩序に安寧をもたらす 死は汝を救うだろう 死は汝を許すだろう』
 ああ。そうだ……。ボクは即死魔法が使えるんだった。でも……このモンスターに効くのだろうか?
 すると、もう一度声が聞こえた。しかも、その声は懐かしかった。
 『黒は闇に万物を呑み込み 白は光に万物を打ち消す 生は混沌を生み 死は秩序に安寧をもたらす 死は汝を救うだろう 死は汝を許すだろう』
 ずっと聞きたかった声。忘れなかった声。……アルベダの声が聞こえた。諦めるな!最後まで足掻け!!と言っているように……。
 「カラーコンタクト、外れて。」
 ボクはそう言い、カラーコンタクトを外し、目を閉じ、呪文を口にする。
 「『黒は闇に万物を呑み込み 白は光に万物を打ち消す 生は混沌を生み 死は秩序に安寧をもたらす 死は汝を救うだろう 死は汝を許すだろう』」
 そして、目を見開いて魔法を唱えた。
 「『デスホーリーフェザー』」
 左右、白黒に分かれた羽根が空から舞い降りる。そして、それがモンスターに触れた瞬間。モンスターのカチカチと鳴る歯の音は止み。横に倒れた。それと同時に声が聞こえる。
 「アリシアーーー!!」
 ああ。イリアの声だ。その声を聞いて、ボクは気を失った。
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