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スプリンティア開幕。そして……

スプリンティア開幕。そして……4

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 「……大体の事はわかりました。一番簡単な事は、『ヤマト』で雇ってあげる事ですね。アリシアもその事をヤマト様に言いたかったのでしょ?」
 ターニャさんは直ぐに答えを出した。
 「うん……そうなんだけど……。」
 あ~。なるほどな。なかなか、こういう事って言いにくいもんな。でも、今の店じゃ人員過多なんだよ。新しい店舗が完成したら、雇って問題ないと思うんだけど。アリシアもこの状況を理解しているし、自分も今、その状態でギルドで働いているんだしな。
 「今の店じゃ、人員が多いんだよな……。」
 俺の予想通りの答えに、アリシアは落胆の表情を浮かべる。しかし、ターニャさんはきり返した。
 「それなら、ヤマト様とイリアお嬢様が今のお店から抜ければいいのではないですか?」
 俺は、ターニャさんに意見に驚きを隠せなかった。
 「え?どういう事なんだ?俺とイリアが抜けるって??」
 「新店舗が出来た暁には、今の店舗はどなたかにお任せになるのでしょう?」
 「ああ。そのつもりだけど?」
 「それならば、まだ人員は今以上に必要になるのではないでしょうか?それに、今の店舗を任せられる方となると、今の店舗の全てをお任せ出来る人材が必要になります。新店舗が出来れば、イリアお嬢様達は新店舗で働くのでしょうし……ですので、今から教育されるのが、よろしいかと思うのです。この世界にヤマト様ほどに料理が出来る方も居ませんから、一から育て上げるしかないでしょう。それには、時間も経験も必要です。」
 「確かにそうだな……。でも、教えるのは俺が良いんじゃないか?」
 「それはそうでしょうけど……、ヤマト様は、今からパーティー料理を考案せねばなりません。正直、時間もあまりありませんし、そちらに専念して頂けないといけないと思います。それに、ララにも、戦闘以外に人に教える。という事を経験させておいて損はないと思います。ララが厨房に入っていれば安心ですし、ララが厨房に居れば、料理も滞りなく進むでしょう。お客様にもご迷惑はかけないと思います。仮に、ヤマト様が体調を崩したり、今回のようにご不在の時、お店を任せられるのは、ララしかいません。今のお店には必要です。接客の方ですが、計算のとても早いイリアお嬢様が抜けるのがいいと思います。エリは教えるのも何気に上手いですが、計算能力はイリアお嬢様より劣ります。最終的な計算はイリアお嬢様に任せっきりなのです。イリアお嬢様の計算力を、クエンカ夫妻があてにしない事も重要だと思います。売上金などの計算も自分たちでおこなわないとなりませんからね。エリにも良い経験になると思います。なので、ヤマト様とイリアお嬢様が抜けるのが妥当なのではないでしょうか。」
 ターニャさんの言うとおりかも。でも、問題もあるんだよな。
 「でも、俺はどこで試作品を作ればいい?王宮か??ターニャさんが作っているなら、家にありそうな機材もあるよな。」
 「そうですね。王宮でもよろしいでしょう。」
 「そうか。それなら大丈夫かな。イリア達にも話をしないといけないな。あと、クエンカ夫妻がやりたくないって言ったら、このままだけど。」
 「そっか、そうだね。クエンカ夫妻の事も考えないといけなかったね。ボク、少し暴走しちゃったよ。」
 アリシアは考えが至らず、少し落ち込んだようだ。それだけ、クエンカ夫妻に恩義を感じているんだな。俺は、気にするなと言わない代わりに、アリシアの頭を優しくポンポンとして、席へ戻った。

 結果的に言えば、クエンカ夫妻はウチで働く事になった。
 しかし、その際に俺達がイレギュラーに遭遇したと話をしたら、イリア達に物凄く怒られた。直ぐに話さなかったのはよくなかったけど、凄い剣幕だった……。
 その話の流れで、俺がダンジョンに行く時は、最低、イリア、ララ、エリの誰か一人が同行しないといけない事になってしまった。今のアリシアが即死魔法を使えても、単体にしか威力を発揮しない。モンスターの大群が相手の場合はまだ役不足と判断されたようだ。
 これに、アリシアは反対しなかった。
 
 イリア達にしぼられた後、クエンカ夫妻の歓迎会と言うことで場所を酒場に移した。
 そして、住居の話になり、クエンカ夫妻が今の店舗の二階に住むという運びになった。
 ならば、俺達は何処へ住むのだろう?そう思ったら、イリアの提案で新しい家が出来るまで、イリア宅に住むことになってしまったのだ。
 しかも、新しい店舗は住宅も兼ねていたが、住まいは別に作る事になった。それも、規模を拡大して。もちろん、そこにはターニャさんも住むらしく、イリア宅はその住宅出来たら、売り払う手はずになってしまった。それを聞いたエリも、なら自分もと自宅を手放す事にし、イリアとエリの住宅を売却したお金は、新しい住宅にまわされる事になった。はっきり言って、この前の八千万エルウォンもあるのに……凄い金額になってしまった。
 しかも、それだけじゃない。店舗兼住宅の予定だった為、二階部分は住居になるのが客席になってしまった。そのせいでまた人員不足になる事が確実になった。
 すると、歓迎会に同席していたマーガレットが手を挙げた。
 「私!私!!新しい店舗でヤマトさん達と働きたいです!!もっと、料理を勉強したいです。」
 正直、これは俺もビックリした。人気のオープンカフェのシェフがまさか自分も一緒に働きたいと言い出すとは……。
 「俺としては、その申し出はありがたいんだけど……お前、あのオープンカフェのシェフだろ?いいのか??」
 俺の言葉を聞いて、イリア達も一様に頷く。しかし、マーガレットは少し疲れたように口を開いた。
 「……正直、上手くいっていなんいですよ。」
 ん?上手くいっていない??
 「経営がか?」
 かなり大繁盛しているみたいだが??
 「いえ。私は経営者じゃないですけど、儲かってはいるとは思いますよ。王都であれだけ流行っているのは、ヤマトさんのお店かウチのお店くらいですから。オーナーとは仲も良いですしね。……そうじゃないんですよ。」
 なら、何が問題なんだろう?
 「なら、何が問題なんだ??」
 「私……あんまり料理長と上手くいっていないんですよね。」
 ああ……そういうことか。
 「何かあったのか?」
 少し悩んだ後、マーガレットは口を開いた。
 「ウチの料理長って、料理を探求するっていうのかな??新しいメニューを考え出したりする事があまり好きじゃないんですよね。今ある料理を、そのまま作る事に美学を見いだしていると言うか……なんと言うか……。私とは合わないんですよ。私は新しい料理を作りたいんです。ガーリックで炒めたピチョンパをのせたサラダを作った時も、料理長とは衝突したし。何か試して作ろうとすると、直ぐにクレームをつけるんですよ。確かに伝統的なサラダも悪くはないんですけど……正直、あまり美味しくないんですよね。普通のピチョンパサラダ。」
 考え方の違い。ってやつなのかな?
 「確かに、そのような方は居ますね。改革を嫌うと言うのでしょうか?伝統を重んじると言うのか……。変わることをよしとしない方。」
 ターニャさんは心当たりがある。と言わんばかりに言葉を零した。
 どうやら、俺が思うより根っこが深い問題なのかもしれない。
 「よし。マーガレット、話は分かった。すまないが、雇うのは新店舗が出来てからでいいか?」
 「はい。もちろんです。よろしくお願いします。」
 こうして、思わぬ形で一日、三人も新しい仲間が増えた。
 
 
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