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3,6-ジオールジアセテートホリック
3 無限増殖生命体の侵略行為
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病室の二つ隣の小部屋に入る。
「座ってください。」
医者は、机を挟んで2つある椅子のうち入口側への着席を促した。俺は、動揺しながら遠慮がちに腰を下ろした。
医師は、今まで待たされていた間我慢し続けたであろう溜め息を最大限吐き切ると、まずは暑いファイルを机に置き、俺とは反対側の椅子へ座った。
母の病室と同じ方角に位置するこの部屋には、先程と同様に満月の光が差し込んでいた。その光は、これから告げられるであろう告知を予想するかのように、薄暗い部屋のサッシを抜けて医師を照らした。
「実はお母様はーー」
医者が切り出した。過剰なアルコールを放出するために嘔吐する時のように、一気に語り切った。細かなことは頭へインプットされなかったが、俺の不安の大方は的中した。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
電波が悪いラジオのようにところどころが耳に突き抜けてくる。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
だんだんと聞こえてくる医者の声は遠のいた。開かれたファイル書かれた特定の言葉だけが、目の前でぐるぐると回り続ける。それは、徐々に回転数を増していき、机の色と混じって、灰色に染めた。
「最後に」
こちらが呆然としていることに気づいたのか、医者は張り詰めた声で発声する。
俺は、その一言で、辛うじて元の小部屋へ呼び戻される。
「最後に、お父様と話し合ってお母様に伝えるかは決めてください。」
「……はい」
俺は力なく返答する。
「もし、望まれるのであればホスピスを紹介します。根治は難しいでしょう。」
医者は17の青年にはヘビィな選択を付け加えた。
なによりも、終末ありきの説明には、絶望感と嫌悪感を同時に感じることとなった。
医者の説明とひとしきり聞き、状況を整理する。要は、俺の母・富士元美咲は、無限に増殖し続ける細胞に絶讃被侵略中ってわけだ。
一旦母に入院の準備のために必要物資を家に取りに行くことを伝え、家で親父に母の状況を伝えることにした。勿論不自由な選択肢とともに。
病院を出て、すぐにタクシーを捕まえる。ドライバーに自宅を伝え、あとは何もしなくても目的地へ到着する。いつもは楽なもんだが、今日に限っては、親父への伝え方を長考することに全てを費やした。結局、妙案は思いつかずそのまま伝えることとした。
家に着きタクシーに待って守るよう依頼する。
自宅に戻ると親父は、少量のアルコールを嗜みながらテレビを見ていた。俺は、親父が座っているダイニングテーブルに備え付けられた椅子の対角に座る。今度は俺の背後から月の光が差し込んでいる。さっきの医者の位置に座り親父に声をかける。
「電話気づかなかったですか。」
「何があったか。」
親父は、質問には答えず要件だけを求めてくる。なので俺も単刀直入に伝えてやった。全部。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
そもそも、まともに説明を聞けなかった為、親父には断片的に伝えた。但し、不自由な決断だけははっきりと言った。
親父は考えたように頷くと一言で会話をテレポートさせる。
「センター試験対策は順調か?」
「今はそんなことより……」
「順調か聞いているんだ!」
親父は立場を利用して、逃げた。俺は、仕方なく順調だと伝える。
父親は再度頷き、自分の書斎へ入っていった。
キッチンに張り出してあるカレンダーを見ると、今日から、市議会の定例会であった。
俺も母も親父にとっては、市議会より大切なものにはなり得ないことを実感することとなった。
結局母の生死は、俺、富士元貢に委ねられることになった。
翌朝、親父が家から出ていくのを見計らって、病院へ行った。
学校はサボった。電話が家にかかってこない程度の病院にかかった。母の寝巻き、それに生活必需品を持っていく。あの難問の選択問題の回答はタクシーで用意すればいい。まあまあ遠いしそれまでには思いつくだろう。
こういう時に限って信号は青色ledを光らせる。タクシーの運転手は、法定速度遵守のプロドライバーのはずなのに、体感速度は急速に感じる。
結局、自分を納得させる回答は見つからなかった。俺は決定権者ではない。それはきっと母なのだろう。俺は、その選択を母に委ねるということを決めるしかできなかった。
病院へ着き母のいる部屋に荷物を運び込む。
「学校は?大丈夫?」
「そんなことより母さんこそ、体調は大丈夫?」
俺は、親父と同じ手法で会話を別の話題へと飛ばした。やはり俺は、親父に息子らしい。
「辛くないわよ。調子良さそう。」
その母の回答を聞いて、また先程の俺の頭の中で戦わせた議論が再び蘇りそうになった。それでもこれ以上まともな方法など出せないことなど、承知済みだ。
俺は医者に言われた説明をそっくりそのまま伝えた。
母の様子はショックな様子はなく、寧ろ、こちらに微笑みを向けつつ決意を表明する。
「ホスピスへ転院は、しないわ。だって、助かる余地があるんでしょう?」
ほぼ即決だった。その母の一連の動作に救われた気がした。
俺は母の身の回りを整えると、母に学校へ行くこと、また明日来ることを伝えて病室を後とした。病室を出る際、母の寂しそうな、不安そうな表情が、入り口手前に備え付けられた洗面台の鏡に映った。
母が根治を望んで以来、母の治療は困吐き気難を極めた。特に抗癌剤による副作用は甚大であり、母には吐き気と頭痛が襲っていた。
母は俺の前では、気丈に振舞いつつも、看護師に様子を聞くと調子は芳しくなく、辛そうな様子も見受けられるとのことであった。
親父は一回も母の様子を見に来ていないらしい。俺も何度か一緒に行くことを提案したが、なんだかんだ用事をつけては曖昧に断られていた。
母の体は、治療によって生に指針を押し戻しつつも、ガンと薬の副作用は徐々に死を近づけていた。
何度か医者に呼ばれて、無情な事実を告げられる。母が助かる見込みがなさそうだ、癌がいたるところに浸潤していてメスを入れられないとのことだった。
その度に母に伝え、ターミナルケアに切り替えるよう説得した。なによりも、衰弱していく母を見ているのは辛かった。
母は納得しなかった。
医者の言う通り癌は、治療を無視するかのように母の体を順調に蝕んで行く。そんな感じで、遂に余命宣告された月を迎えた。
その日はセンター試験の日だった。母には、試験が終わったらすぐ病院へ向かうと告げていた。
早朝、固定電話が鳴る。こんな時間には普通電話などかけてこない。電話をとると、病院からだった。母の容態が急に悪化したらしい。俺は、今すぐ病院へ向かうことを激しく伝え、筆記用具や参考の入ったカバンを置いたまま家を出ようとした。
「センター試験はどうするんだ。」
親父だ。センター試験など頭の中から消え失せていた。無視して再び玄関ドアの取っ手に手をかける。
「試験行けよ!」
親父が左肩を持って振り向かせようとする。俺は、それに賛成して親父に正対するとともに右手で殴りつける。親父は、尻餅をついて、あとはその場で固まっていた。
俺は家を後にした。
病室へ着くとベットは看護師で、囲まれていた。それをかき分けて母のベットに手を着く。母を確認すると息を吐くなどの生理現象は、見られなかった。看護師が言う。
「たった今、息を引き取られました。」
続けて、同じ看護師が言う。
「これは、富士元さんが、息子さんに渡してほしいとのことでした。」
俺はそれを受け取る。俺宛の手紙だった。
俺が親父の元で生活することは不安、俺が独り立ちするまでは死ねないなど、ほとんどが俺への願いであった。
最後に、親父への言葉、もっと一緒にいたかったとつづたれていた。
俺は、母が今世界から消えたことによる何処にもぶつけられない憤りと、親父への憤りを同時に感じた。
くそ。もはや自分にも親父にも嫌いを通り越して無関心だ。今の人格は、この時形成されたんと思う。とにかくムカつきは抑えきれなかった。
「座ってください。」
医者は、机を挟んで2つある椅子のうち入口側への着席を促した。俺は、動揺しながら遠慮がちに腰を下ろした。
医師は、今まで待たされていた間我慢し続けたであろう溜め息を最大限吐き切ると、まずは暑いファイルを机に置き、俺とは反対側の椅子へ座った。
母の病室と同じ方角に位置するこの部屋には、先程と同様に満月の光が差し込んでいた。その光は、これから告げられるであろう告知を予想するかのように、薄暗い部屋のサッシを抜けて医師を照らした。
「実はお母様はーー」
医者が切り出した。過剰なアルコールを放出するために嘔吐する時のように、一気に語り切った。細かなことは頭へインプットされなかったが、俺の不安の大方は的中した。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
電波が悪いラジオのようにところどころが耳に突き抜けてくる。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
だんだんと聞こえてくる医者の声は遠のいた。開かれたファイル書かれた特定の言葉だけが、目の前でぐるぐると回り続ける。それは、徐々に回転数を増していき、机の色と混じって、灰色に染めた。
「最後に」
こちらが呆然としていることに気づいたのか、医者は張り詰めた声で発声する。
俺は、その一言で、辛うじて元の小部屋へ呼び戻される。
「最後に、お父様と話し合ってお母様に伝えるかは決めてください。」
「……はい」
俺は力なく返答する。
「もし、望まれるのであればホスピスを紹介します。根治は難しいでしょう。」
医者は17の青年にはヘビィな選択を付け加えた。
なによりも、終末ありきの説明には、絶望感と嫌悪感を同時に感じることとなった。
医者の説明とひとしきり聞き、状況を整理する。要は、俺の母・富士元美咲は、無限に増殖し続ける細胞に絶讃被侵略中ってわけだ。
一旦母に入院の準備のために必要物資を家に取りに行くことを伝え、家で親父に母の状況を伝えることにした。勿論不自由な選択肢とともに。
病院を出て、すぐにタクシーを捕まえる。ドライバーに自宅を伝え、あとは何もしなくても目的地へ到着する。いつもは楽なもんだが、今日に限っては、親父への伝え方を長考することに全てを費やした。結局、妙案は思いつかずそのまま伝えることとした。
家に着きタクシーに待って守るよう依頼する。
自宅に戻ると親父は、少量のアルコールを嗜みながらテレビを見ていた。俺は、親父が座っているダイニングテーブルに備え付けられた椅子の対角に座る。今度は俺の背後から月の光が差し込んでいる。さっきの医者の位置に座り親父に声をかける。
「電話気づかなかったですか。」
「何があったか。」
親父は、質問には答えず要件だけを求めてくる。なので俺も単刀直入に伝えてやった。全部。
乳癌、全身への転移、ステージ4、余命3ヶ月……
そもそも、まともに説明を聞けなかった為、親父には断片的に伝えた。但し、不自由な決断だけははっきりと言った。
親父は考えたように頷くと一言で会話をテレポートさせる。
「センター試験対策は順調か?」
「今はそんなことより……」
「順調か聞いているんだ!」
親父は立場を利用して、逃げた。俺は、仕方なく順調だと伝える。
父親は再度頷き、自分の書斎へ入っていった。
キッチンに張り出してあるカレンダーを見ると、今日から、市議会の定例会であった。
俺も母も親父にとっては、市議会より大切なものにはなり得ないことを実感することとなった。
結局母の生死は、俺、富士元貢に委ねられることになった。
翌朝、親父が家から出ていくのを見計らって、病院へ行った。
学校はサボった。電話が家にかかってこない程度の病院にかかった。母の寝巻き、それに生活必需品を持っていく。あの難問の選択問題の回答はタクシーで用意すればいい。まあまあ遠いしそれまでには思いつくだろう。
こういう時に限って信号は青色ledを光らせる。タクシーの運転手は、法定速度遵守のプロドライバーのはずなのに、体感速度は急速に感じる。
結局、自分を納得させる回答は見つからなかった。俺は決定権者ではない。それはきっと母なのだろう。俺は、その選択を母に委ねるということを決めるしかできなかった。
病院へ着き母のいる部屋に荷物を運び込む。
「学校は?大丈夫?」
「そんなことより母さんこそ、体調は大丈夫?」
俺は、親父と同じ手法で会話を別の話題へと飛ばした。やはり俺は、親父に息子らしい。
「辛くないわよ。調子良さそう。」
その母の回答を聞いて、また先程の俺の頭の中で戦わせた議論が再び蘇りそうになった。それでもこれ以上まともな方法など出せないことなど、承知済みだ。
俺は医者に言われた説明をそっくりそのまま伝えた。
母の様子はショックな様子はなく、寧ろ、こちらに微笑みを向けつつ決意を表明する。
「ホスピスへ転院は、しないわ。だって、助かる余地があるんでしょう?」
ほぼ即決だった。その母の一連の動作に救われた気がした。
俺は母の身の回りを整えると、母に学校へ行くこと、また明日来ることを伝えて病室を後とした。病室を出る際、母の寂しそうな、不安そうな表情が、入り口手前に備え付けられた洗面台の鏡に映った。
母が根治を望んで以来、母の治療は困吐き気難を極めた。特に抗癌剤による副作用は甚大であり、母には吐き気と頭痛が襲っていた。
母は俺の前では、気丈に振舞いつつも、看護師に様子を聞くと調子は芳しくなく、辛そうな様子も見受けられるとのことであった。
親父は一回も母の様子を見に来ていないらしい。俺も何度か一緒に行くことを提案したが、なんだかんだ用事をつけては曖昧に断られていた。
母の体は、治療によって生に指針を押し戻しつつも、ガンと薬の副作用は徐々に死を近づけていた。
何度か医者に呼ばれて、無情な事実を告げられる。母が助かる見込みがなさそうだ、癌がいたるところに浸潤していてメスを入れられないとのことだった。
その度に母に伝え、ターミナルケアに切り替えるよう説得した。なによりも、衰弱していく母を見ているのは辛かった。
母は納得しなかった。
医者の言う通り癌は、治療を無視するかのように母の体を順調に蝕んで行く。そんな感じで、遂に余命宣告された月を迎えた。
その日はセンター試験の日だった。母には、試験が終わったらすぐ病院へ向かうと告げていた。
早朝、固定電話が鳴る。こんな時間には普通電話などかけてこない。電話をとると、病院からだった。母の容態が急に悪化したらしい。俺は、今すぐ病院へ向かうことを激しく伝え、筆記用具や参考の入ったカバンを置いたまま家を出ようとした。
「センター試験はどうするんだ。」
親父だ。センター試験など頭の中から消え失せていた。無視して再び玄関ドアの取っ手に手をかける。
「試験行けよ!」
親父が左肩を持って振り向かせようとする。俺は、それに賛成して親父に正対するとともに右手で殴りつける。親父は、尻餅をついて、あとはその場で固まっていた。
俺は家を後にした。
病室へ着くとベットは看護師で、囲まれていた。それをかき分けて母のベットに手を着く。母を確認すると息を吐くなどの生理現象は、見られなかった。看護師が言う。
「たった今、息を引き取られました。」
続けて、同じ看護師が言う。
「これは、富士元さんが、息子さんに渡してほしいとのことでした。」
俺はそれを受け取る。俺宛の手紙だった。
俺が親父の元で生活することは不安、俺が独り立ちするまでは死ねないなど、ほとんどが俺への願いであった。
最後に、親父への言葉、もっと一緒にいたかったとつづたれていた。
俺は、母が今世界から消えたことによる何処にもぶつけられない憤りと、親父への憤りを同時に感じた。
くそ。もはや自分にも親父にも嫌いを通り越して無関心だ。今の人格は、この時形成されたんと思う。とにかくムカつきは抑えきれなかった。
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